秋の足音が聞こえ始めた、とある山中。  
その中で茂みが随所に見られる場所に、一組の男女が留まっている。  
女のほうは一つの茂みに向かって座り込み、  
男は少し離れたところで屹立し、周りをうかがうように視線を動かしていた。  
 
―――ガサガサッ。  
 
別の方向から枝葉を騒がせる音が聞こえると、  
男は踵を返し歩き出す……愛用の剣をさやから取り出しながら。  
歩みを進めた彼を待っていたのは、7〜8匹ほどのぷにぷに。  
ブルーやピンクの色をした軟体生物が、敵意というより興味深そうな視線を発し近づきつつあった。  
「ったく……ほらほら、こっちだって無用な殺生はしたくないんだ。  
 あんまり近づいてくんなよ、っと」  
男はそう言いながら、ぶっきらぼうに剣を振り回し威嚇する。  
魔装金属―――ミスリルの刃が発する青白い光は、男が腕を振るごとに残光となって舞い、  
その神秘的な光に驚いたぷにぷに達は、群を乱して散らばっていった。  
 
「はぁ」とめんどくさそうに溜息をつくと、男は再び女の下へ戻る。  
変わらず、茂みに向かって手を動かす彼女を見つけると、男は話し掛けた。  
「だーめだ、ありゃ。子どもが初めて見るようなもんにやたらと近づくようなもんだな。  
 またすぐに集まってくるだろ……。  
 マリー、そっちはまだ終わんないのか? いい加減降り始めないと、  
 村に戻る頃には夜になっちまうぞ」  
「ゴメンゴメン……えーっと…ウン、このへんの薬草はこんなもんね。  
 見張り御苦労様、ルーウェン」  
マリーと呼ばれた―――本名はマルローネという―――女性は、スカートをはたくと立ち上がる。  
採取したモノをまとめ出発の準備を整えると、毛皮のコートを羽織りなおす。  
本来は薄着を好む彼女だが、秋を感じさせるようになった山中では、あまり我を通す事もできない。  
「んじゃルーウェン、戻りましょ」  
 
 
ルーウェンとマリー。  
二人はまだ20代半ばながら、  
各地に根を張る冒険者ギルドの中で、既にかなりの名声を集めていた。  
ミスリルブレードを扱う放浪剣士……そう謳われたルーウェンは重戦士とは遠い外見だが、  
理に叶った体捌きと的確な剣撃において、余程の武芸者でないと太刀打ちできない域に達している。  
片やマリーはザールブルグ・アカデミーから認められた才媛。  
アカデミー卒業後2年と少しの間、アカデミー時代から幾度も冒険を共にした  
ルーウェンと諸国を練り歩き、  
錬金術・魔術双方について、さらなる知識の取得に精を出している。  
 
銀色の魔狼討伐隊への参加、サークテイル鉱山の落盤事故解決、  
南方の町々を襲った流行り病の根絶―――、  
各地のギルドに持ち込まれた大規模な事件、  
それらに二人が係わったとされる数は、7〜8件を数えると言われる。  
そして、その数は事件が解決された数と同数というのが、ギルドに残る記録であった。  
この若さで高名を得ることとなったのも、そういう実績が存在するからこそである。  
 
……だがザールブルグ出身者以外、どれほどの人が彼らの過去を想像し得るだろうか。  
その輝かしい実績から誰もが想像しがちな、幼少からの天才ではない事を。  
 
7年程前までは、狼一匹まともに仕留められない駆け出しの少年冒険者と、  
ザールブルグ・アカデミー始まって以来のトンでもない落ちこぼれ生徒だった事を―――。  
 
 
カラン、カラーン。  
「おやじさん、ただいま」  
ルーウェンは鈴付きのドアを開け中に入った。  
ここは村唯一の宿屋。  
規模としてはあまり大きくない村だが、東西の都市間馬車の中継点として、  
外部からの往来はそれなりに多い。  
そのため、この宿屋も村の規模からすると比較的立派な作りをしている。  
 
ルーウェン達が入ってくると、人の好さそうな宿番夫婦が出迎えた。  
「おう、おかえり。……どうだい、目当てのものは見つかったかい?」  
「さぁ、俺はあんまりわかんないけどね。  
 ま、あの顔を見ればそこそこ収穫はあったんじゃないか?」  
ルーウェンが顔を向けた先には、おかみと楽しそうに話すマリーがいた。  
「ふむ、あれだけご機嫌じゃあわかりやすいな。  
 ……さて、と。この後はどうするね。食事の準備はだいたいできているが」  
「あぁ、まずは夕飯を頼む。2階で荷物を片付けたら、すぐに食堂の方へ行くよ」  
その言葉に宿の旦那は大きく頷く。  
「わかった。じゃあ、ウチのかみさんに料理を運ばせておくわ。  
 風呂はわいてるから、メシの後にでも他の客の様子を見ながら適当に入ってくれ。  
 ……おーい、シーナ。食事が先だってよ。準備してくれないかぁ」  
その言葉におかみはハイハイと返事をする。  
マリーの方もそうそうに話題を切り上げ、ルーウェンの後に続いて二階の方に上がっていった。  
 
「ふぅ、いいお湯だったー」  
満足げに言いながら、マリーは自分達の部屋に入ってきた。  
夕食を摂り、一風呂浴び終わった今は、日は完全に落ち、村の家々に灯がともっている時間。  
部屋では、先に上がったルーウェンが剣の鞘を磨いている。  
「遅かったな」  
「やぁねぇ。あなたみたいにカラスの行水じゃ、乙女の柔肌は保てないわヨン」  
ルーウェンが声をかけると、マリーはおかしそうに返事をする。  
 
旅の中には、厳しい条件の元で続けなければならないものもあったが、  
マリーの肌は冒険者とは思えないほど、いまだ瑞々しいまま。  
何か特別な肌薬を使っているとの事だが、それを差し引いても驚くべきものがある。  
今は入浴の効果も手伝ってか、肌はやんわりと紅色に染まり、より艶やかな姿となって映る。  
思わず見とれていた、そんなルーウェンの視線を尻目に、マリーはベッド横の机に座った。  
寝巻用の絹ローブをまとい。まだ湿り気の残る髪をストレートに降ろしたまま、  
採取物の整理と保存の作業にかかる。  
会話が途切れたのを察し、ルーウェンも再び手元に視線を戻した。  
 
コンコン、コンコン。  
部屋にノックの音が響いたのは、二人が作業に移ってまだあまり時間も経たないうちだった。  
ドアに近いところにいたルーウェンが立ち上がり、取っ手を回しドアを開ける。  
そこにいたのは30になるかならないかぐらいの女性と、6、7歳ほどの女の子一人。  
通路奥の階段には、付き添ってきたらしい宿のおかみの姿も見える。  
「夜分に申し訳ありません。こちらに錬金術士様がいるとの話を聞いたのですが……」  
「あ、あぁ……マリー、お客さんだ」  
静かな申し出にルーウェンは応え、マリーの名を呼ぶ。  
マリーはやや怪訝そうな顔をするが、とりあえず話を聞くためドアに向かった。  
 
「はい? 私がマルローネですけど」  
「実は…娘が今まで聞いた事の無い、病気のようなものにかかったみたいでして…。  
 それで、その…少し診ていただけないでしょうか」  
そう言うと、母の足元でぐずついていた少女を、マリーの前に押し出す。  
知識が豊富な錬金術師は、しばしば医者達と混同される。  
もちろん純医学的なものではないにしろ、医者の知識とかぶるものは錬金学にも多いのだが。  
それを見たルーウェンは、自分の役目は終わったとばかり部屋の中に戻り、  
磨き終えた鞘を元の場所に片付けた。  
そうこうするうちに、ドアの方からは、マリーと母親の声が聞こえてくる。  
『2週間………から咳が出始……です。  
 風邪薬を………も効き……無くって…。  
 ……どころか、咳は………に、少し…つ酷く………して…』  
『うーん……こ……ですね、風邪…………違う……【ラヴマート症】と呼ば…………だと思…ます。  
 他……の伝染性は………んどない……。  
 …の病気は………治療法も……され……すよ。  
 ……進行も…だ浅い………すし、加療……ば治り……から安心…て………い』  
一瞬会話が途切れると、マリーは顔をひょいっと部屋の中に入れる。  
「ねぇ、ルーウェン〜。机の横の革手下げと、調合材料入れを持ってきてくれる〜?」  
「ん、あぁ」  
何をする事も無く、聞き耳を立てていた剣士は、相方の要望を受け望まれた物を持っていってやった。  
ちらとドアの外を覗くと、マリーの助言が効いたのか、母親の顔は多少明るさが戻っている。  
再び部屋に戻ったルーウェンの耳を小さな相談声が叩く。  
そして今度は少し大きな声が聞こえた。  
『い〜い? レミナちゃん。お姉さんはねぇ、なんでもできる魔法使いなの。  
 だから、このおクスリを言われた通りに飲めば、ちゃ〜んっと治るのよ、わかった?  
 ………ウンウン、いい子いい子。それじゃ、今日はママと一緒に帰りましょうね。  
 貴方にもアルテナの御加護がありますように―――』  
それから礼を言う母親の言葉が一つ二つ発せられた後、夜のちょっとした訪問は終わりを告げたようだった。  
親子がドアから離れるとともに、マリーはドアを閉め部屋の中に戻る。  
 
「どうしたんだ?」  
「うん、さっきの人なんだけど、ここのおかみさんの妹と姪にあたる親子なんだって。  
 娘さんが『ラヴマート症』っていう、ちょっと珍しい病気に厄介になっちゃって、  
 それで私のトコに来たってわけ」  
「……治るのか?」  
珍しい病気、と言われて流石に不安そうにルーウェンは尋ねる。  
「えぇ、たぶん…ね。咳が酷くなるにつれて衰弱していく症例でも、まだ軽い初期の段階だったし。  
 ホントはそれ用の抗薬があれば良かったけど、そこまではちょっと、ね。  
 でも栄養剤にミスティカの葉を浸した奴を用意して、  
 アルテナの水と3〜4日併用して飲んでいれば、治療の効果があるってのは実証されてるから、  
 手持ちの中から一式、分けてあげてきたわ」  
ふぅん、と頷くルーウェン。彼の了解を満足げに見ると、マリーは軽く伸びをする。  
「あーふぁ……っあ…。最後にあんな事もあって、今日は少し疲れちゃった。  
 整理は明日にして、早めに寝ようかな…」  
「その前に……俺も『なんでもできる魔法使い』さんに、癒してもらいたいな、っと」  
「へ? 何言って……きゃあっ!?」  
ルーウェンの何気ない一言に疑問符を発したマリーは、  
次の瞬間、腕を引っ張られてベッドの上に投げ出されていた。  
 
倒れた弾みでベッド上に広がる金色の髪と絹のローブ。  
それを見たルーウェンは、いたずらっぽい笑みを浮かべてマリーの上に乗る。  
結果、彼女の身体に対しマウントポジションのような位置になった。  
「なっなっなっ、何すんのよ!?」  
「いや、だから夜を共にして、俺も心とか体とか色々癒して……」  
「信じらんない! ただ襲ってるだけじゃないの! この変態、オタンコナスッ!!」  
下になったマリーは足をジタバタ動かし精一杯の抵抗を試みる。  
足と同時に両手も勢いよく回転させ、そのままルーウェンの胸倉をポカポカと叩く。  
「あだっ、あだだっ、落ち着けってば!」  
「こんな体勢でなーにが『落ち着け』よ、バカッ、スケベッ、童顔剣士っ!…………あら?」  
マリーの回転パンチを避けるべく、ルーウェンが首を上に向けた時、彼の首回りが露わになる。  
その瞬間、首筋に煌めいたチェーンを錬金術士の目は見逃さなかった。  
 
ルーウェンはあまり装飾具はつける方ではない―――こんな首にかけるものなど初めて見る―――。  
「ねぇ、首にかけてんのナニよ、ねぇ?」  
上下左右に振りまわしていた拳を止め、見慣れぬチェーンに手が伸ばされる。  
「わっ、バ、バカ、止めろって!!」  
「何よ、そう言われると余計気になるじゃない。…エイッ!と」  
持ち主の妨害を巧みにかいくぐったマリーの手は、遂に目指すモノへとかかった。  
軽く指をひねると、チェーン――実際はペンダントだったが、それがシャツの外へまろび出る。  
「……なぁに、これぇ?」  
露わになったペンダントの名は【パルヒューム】。  
対象物やモンスターなどをを魅了させる装飾具として、冒険者の道具として度々使われる。  
……が、最近は恋焦がれる相手を振り向かせるものとして、【君しか見えない】という珍薬と共に、  
年頃の男女に求められる事も多い。  
 
その物体を視認すると、マリーの目つきは相手を追及するものへと変わってゆく  
「……もしかして…こんなもんの効果をアテにしてたとか?   
 多少強引に求めても大丈夫って??」  
「……う゛…」  
「はー、あっきれた。それに、コレ―――」  
下にしかれたままの女性の指が、パルヒュームの先をつま弾く。  
「材質、あまり良くないわよ。下のカプセルの色がおかしいもの。  
 魅了の粉の他に、不純物や粗悪材料が混じってるんじゃないかしら?  
 こんなもんじゃ、効果も……ね」  
「…………」  
「で、アナタはこんなもんにお金出しちゃったワケだ。ロクに効果もないモノに。  
 ほ〜んっと、もったいないわねー」  
マリーの錬金術士としての言葉が、容赦なくルーウェンのハートに突き刺さる。  
体勢こそ組み敷いた男と、組み敷かれた女だが、  
どちらが精神的優位に立っているか、誰の目にも明らかだった。  
 
ルーウェンはガックリと首をたらし『だって、店にあったもんだから客は信じちゃうじゃんかよ……』  
などとブツブツ呟いている。  
そんな様を見て、マリーはそれまでのツンとした表情を緩めた。  
そして両の手を伸ばし、ゆっくりとルーウェンの左右の頬を包み込み優しく撫でる。  
「もう、バカなんだから。初めて抱く相手じゃあるまいし、こんなもの使う必要があるの?」  
「い、いや……たまには違うムードとか…いーんじゃないかなーって…さ。  
 それに最近、マリーはさっさと寝てしまう日が多かったし…」  
そう言い訳をするルーウェンの顔を、マリーは手で挟んだまま自分の目の前に持ってくる。  
ルーウェンの身体は次第に前方へ倒れ、互いの表情しか見えなくなるほど、二人の顔は近くなった。  
「だーかーらー……『そういう雰囲気』作る努力なんて、モノに頼りすぎてもしょうがないでしょ。  
 ちょっとずつでも言葉や態度で盛り上げてくれた方が、女からすれば嬉しいんだから。  
 長い間一緒にいて、まだ…その辺わかってくれてないなら、ちょっとショックだなぁ……」  
そこまで言って、マリーの口調は少し寂しさを帯びた物になる。  
彼女のトーンの変化を察した剣士は、慌てて謝罪の言葉を述べる。  
「ゴメンッ、俺が悪かったっ!」  
「ンフフ……もぉいいわよ。昔っからそういうの苦手だもんね、ルーウェンは」  
「じゃあ……」  
「赦してあげる。でも、さっきみたいにムリヤリってのは、これから先もヤだからね」  
その言葉に二度三度頷くと、ルーウェンはマリーの豊かな胸へ、ローブ越しに顔をうずめてから応えた。  
「わかってる、わかってる♪」  
「コ、コラぁ。またそう、すぐに調子が良くなるんだから!」  
マリーは文句を述べたが、その口調はまんざらでもなさそうなものだった。  
 

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