ザールブルグの日食の日は、街も静かなもので、出歩く人も少ない。  
と、なれば当然職人通りも店もどこも開店休業でヒマだ。  
いつもはたくさんの客で賑わうリリーの店も、今日ばかりはヒマだった。  
カウンターでぼんやりとしながらドアを見つめてみても、鈴を鳴らして入ってくる人はいない。  
「仕方ないかぁ、あーあ、アカデミーにでも顔出そうかなぁ」  
いつも忙しくしているせいか、時間を持て余す事に慣れていない。  
だが、用事もないのにアカデミーに顔を出しても迷惑だろうと思い直し、結局、こうしてカウンター  
でぼんやりしているだけだ。  
「そうだ!せっかくだし……」  
パッと閃いたリリーはいそいそとカウンターの隅に立てかけてあった鏡の前に座り、ここしばらく  
作りためていた数々の化粧品を取りだした。  
シスカの依頼で試作品として作っていたものの残りだ。  
「へへー、お化粧の勉強も大事だって、よくシスカさん言ってるもんね」  
年頃の娘らしく、化粧に興味はあったが、忙しさにかまけて、なかなか機会もない。  
今日みたいなヒマで時間を持て余している時がチャンスだ。  
「んっと……」  
慣れていないせいか、なかなかうまくいかなかったが、シスカに教えられたポイントを思い出しつつ、  
少しずつ化粧を施していく。  
真剣に鏡に向かっていると、まるで鏡に映る自分が自分でないような不思議な気分になってくる。  
「できた!」  
シスカに見せたい、と思ったが、確か1週間ほど前から冒険に出かけているはずだ。  
「うん、まぁ……まだあんまりうまくないもんね。もうちょっと上達したら、シスカさんに見せよう」  
化粧を落とそうと、布を手にした瞬間、カラン、と鈴が鳴り、ドアが開いた。  
 
「あれ?ヴェルナー」  
「よぉ」  
同じ職人通りに雑貨屋を構えるヴェルナーだった。  
少し皮肉気な口調が最初は苦手だった。  
だが、彼が本当はとても優しい人だと知ってからは、気にならなくなった。  
「あれ?リリー、何やってんだ?」  
「あ、えと、こ、これね!」  
化粧をしている事を思いだしたリリーは両手で頬を多い、パッと目をそらした。  
紅白粉より尚、バラ色の頬の理由をヴェルナーに知られたくなくて。  
「ちょっとヒマだったから、お化粧の勉強でもしようかなぁ、なんて、あはは」  
いつもの皮肉気な言葉が返ってくるかと思ったが、ヴェルナーは何も言わない。  
リリーはそれを不信に思いヴェルナーを見たが、彼らしからぬ態度だった。  
顔を逸らして、言葉を選んでいるようだった。  
「ヴェルナー?」  
「……たまには、いいんじゃねぇ?」  
ボソリと呟いた声は小さかったが、静かな店内には大きく響いた。  
リリーはヴェルナーに誉められているのだと理解した瞬間、頬が熱くなるのを感じ、  
思わず顔を伏せた。  
「あ、あのっヴェルナー、何か用?」  
「あ、いや…今日日食だろ?その、ヒマだから店閉めてきたんだよ。  
リリーもヒマしてんじゃねぇかと思ってさ」  
「あ、うん、見ての通りヒマだったの。ヴェルナーのお店もだったんだ」  
「日食の日は仕方ねぇけどな。朝から真っ暗だ」  
「そうね。あの……お茶でも煎れようか?」  
身を翻したリリーだったが、瞬間、ヴェルナーに手を取られた。  
「ヴェルナー?」  
言葉は続かなかった。  
柔らかくねじ込まれるようにキスが降りてきた。  
 
「ん……っ」  
驚いて逃げようとしたが、リリーの細い腰をヴェルナーが捕まえ、強引に息を奪われる。  
歯列を辿る舌の感触にぼんやりとした快感が生まれ、リリーは瞳を閉じたまま、  
ヴェルナーのさせるがままに任せた。  
やがて唇が離れ、視線をごく近くに合わせ、リリーはクスッと小さく笑った。  
「ヴェルナー、口紅ついてる」  
指先でヴェルナーの口元を拭うと、淡いバラ色の口紅がリリーの指を汚した。  
「どうしたの……?びっくりした」  
「したくなっただけ、だよ……」  
ヴェルナーの言葉に、リリーはふと、自分のつけている口紅が「魅惑の口紅」であった事を思いだした。  
このせいだなんて思いたくないのは、自分がどうしようもなく、この皮肉屋で素直じゃない男が好きなせいだろうか。  
「ヴェルナー」  
「何だよ」  
「この口紅のせいじゃないよね?」  
指先のバラ色は鮮やかで、人を魅了する。  
ヴェルナーを魅了したのは、この口紅?それとも……。  
「あ?何言ってんだよ、おまえは」  
リリーの腰を抱いたまま、ヴェルナーはリリーの顔を覗き込んだ。  
「口紅なんてつけてなくても、おまえはおまえだろうが」  
「もう、あたしの言いたい事分かってくれてない」  
「変な事言ってんじゃねぇよ。リリーがリリーだからその、俺は……」  
「……うん……ごめん。変な事言った」  
信じているのは確かなのに。  
 リリーはパッとヴェルナーの腕から抜け出して、ドアの鍵を閉めた。  
驚いた顔をしているヴェルナーに向かってにっこりと笑い  
「今日は店じまい」  
と宣言する。  
 
 
「いいのか?」  
「だってどうせヒマだもの。ヴェルナー、上行こう」  
「……」  
リリーの誘いが分からないほどヴェルナーも無粋ではなかったが、彼女が無理をしているようにも思えた。  
最近お互いに忙しくて、会う時間もなかなか取れなかった。  
それが彼女に何か無理をさせていたのだろうか。  
「ヴェルナー?」  
大きな瞳の中の小さな不安の棘を見つけて、ヴェルナーはつかつかとリリーに歩み寄り、ひょい、と横抱きに抱き上げた。  
「きゃっ!?」  
「あんまり俺の前で無理するな」  
「え?」  
答えは返ることなく、ヴェルナーに抱き上げられたまま、2階のリリーの寝室へと連れて行かれる。  
日食の日は、昼間でも暗く部屋の中もぼんやりとしか見えない、  
外も静かで、まるで一日中、夜の中にいるみたいだ。  
「ヴェルナー?あの……怒ってるの?」  
「怒ってねぇよ」  
ベッドにそっとリリーを横たえ、キスを贈る。  
ヴェルナーの優しさに触れたようで、リリーはそこでやっとホッとした表情を見せた。  
髪をほどかれ、指先ですくわれリリーはヴェルナーを見上げ手を伸ばした。  
それに応え、深いキスを交わす。  
ヴェルナーの無骨で大きな手が、リリーの胸に伸びる。  
豊かな膨らみを服の上から撫でるように触れると、ビクン、とリリーが反応する。  
 
「や…っヴェルナー……」  
むず痒いような感触に、リリーは体の奥深くから生まれ始めた熱に届いていないもどかしさを感じ、身を捩った。  
 直接触れて欲しい。  
潤んだ瞳でヴェルナーを見上げると、リリーの前髪をサラリと撫で、瞼にキスをする。  
「焦るなよ……ちゃんと気持ちよくしてやるから」  
「……う、ん」  
服の上からの愛撫はもどかしさと同時に焦れったさを煽り、リリーの体は急速に熱くなっていった。  
プチンブチンと、音を立ててボタンを外され、服の間から、ヴェルナーの手が滑り込んでくる。  
固く尖った胸の蕾に指の腹が触れ、撫で上げ、摘み、刺激を送る。  
「は……っ」  
ゆっくりと左右に服を開かれ、薄い暗闇の中にリリーの白い体が浮かび上がる。  
「ヴェルナー……大好き」  
熱に浮かされたような声はどこか泣きそうで、ヴェルナーはリリーの頬に手を伸ばし、その声をキスで奪った。  
 
 そんな泣きそうな声で好きだなんて言うな。  
 
だけど、そんなリリーを心から愛しいと思う。  
最初に出会った頃は、こんなに大切な人になるなんて、大切だと思える人間が出来るなんて思っていなかったのに。  
「ん……っ」  
触れあう体の温度の違いが、少しずつ一つのものになっていく。  
優しく胸を愛撫しながら、ヴェルナーはリリーのうなじに唇を寄せ、赤い焦げ痕を散らした。  
「あ…っ、だめっ」  
リリーが力の入らない指先でヴェルナーの肩を掴む。  
 
「だめ……痕、つけないで…」  
「なんで?」  
「見えちゃうよ……」  
「隠れる服着てろ」  
「もう……」  
鎖骨、胸へと唇で撫でながら、時折、強く吸い上げ、赤い花弁をリリーの肌に刻む。  
「あ……っ!」  
固く尖った先端を舐められ、軽く歯で嬲られ、リリーは背を反らした。  
顕著な反応は、薄く滲む汗すら香しく思わせるほど甘やかだ。  
「ヴェルナー……ッ」  
必死にヴェルナーにしがみつきながら、リリーは自分の体を残さず愛してくれる大きな手を愛しいと心から思った。  
「リリー、脚開け……」  
「あ……」  
「できるだろ?」  
「……うん」  
おずおずと脚を開くと、ヴェルナーはゆっくりと、滴る泉に指を沈めた。  
「あ……んっ」  
ズブ、と粘着質な音を立てて、第2関節までをリリーの中に沈める。  
震える華奢な体に飲み込まれた指は熱く、溶けてしまいそうだ。  
「はぁ……っヴェルナー……」  
ゆっくり擦るようにリリーの中を掻き回す。  
「はぁ……んっ、やっ、もっと……っ」  
決定的に届かないものを求めて、リリーは腰を揺らした。  
体の奥深くに疼く熱まで、ヴェルナーの愛撫が届かない。  
 
もっと……っヴェルナー……」  
「焦るなって……」  
リリーの恥ずかしい姿を見ると、いつもどうしようもない満足感を感じ、高ぶる。  
彼女の甘い姿はどんな魅惑の錬金術よりヴェルナーを捕らえる。  
これは甘えだ。  
普段は口にも態度にも出せない、リリーへの深い甘えだ。  
「いじわる……」  
涙目で睨まれ、ヴェルナーは小さく笑って指先に力を込めた。  
甘えている事を気付かれたくないと思う辺り、やっぱり自分はひねくれているのだろう。  
「ああっ!」  
強い刺激にリリーの声も跳ね上がる。  
「あぁ……っヴェルナー!」  
「リリー……」  
指を抜き、ヴェルナーはそのままリリーを一気に貫いた。  
「ああ……っ!!」  
一番奥まで届いた熱に、一瞬にして蒸発するような快楽がリリーを捕まえた。  
「く……っ」  
無数の柔らかな牙に噛み付かれているような快楽に体が震える。  
腰を動かし、リリーの中を掻き回し、頭まで突き抜ける快感に眩暈がしそうだ。  
「ヴェルナー……ッ!あ、あたし……あたし……っ!」  
「もう、少し……っ」  
「はぁ……っ!やぁ、もう……っ!!」  
シーツをきつく掴むリリーの指を捕まえ、ヴェルナーはリリーに覆い被さるようにして一番奥まで貫いた。  
「ああっ!だめぇ……っ!!」  
我慢の限界を超えたリリーの悲鳴に、ヴェルナーは彼女の絶頂に導かれ、自らの限界を手放した。  
熱く脈打つ熱が体の中で解放され、リリーも自らの絶頂を白く濁った頭の隅で感じた。  
力強い腕に無意識にしがみつき「ヴェルナー大好き……」と呟いた事は覚えていられなかったけれど。  
 
 
 
 ヴェルナーはすやすやと眠るリリーを見下ろして、まだ時間が午後だと確認した。  
日食の日は時間が分かりづらい。  
髪をほどき、子供のような顔をして眠っているリリーに微笑みが浮かぶ。  
「俺も、本当にどうしようもねぇな……」  
彼女に溺れたのは、理由なんてきっといらない。  
 不意にヴェルナーはベッドサイドのテーブルの上の小さな小物入れが開いている事に気付き、中を見た。  
「これ……」  
そこには、かつて自分がリリーに贈った指輪が大切にしまわれていた。  
 いつか、リリーに返してもらいに行くと約束した。  
その時は、リリーも一緒に、と。  
その時はまだ来ない。  
だけど、離れないでいれば、いつか必ず彼女に誇れる自分になって迎えに行けるとも思う。  
「……」  
ヴェルナーは指輪を取り、眠るリリーの手を持ち上げ、その白い指に滑らせた。  
起きる気配もなく眠るリリーはどこまでも愛らしく、ヴェルナーは指輪にキスをした。  
化粧の残る顔は、色づきも鮮やかで、まるで花嫁のようだ。  
「いつか、ちゃんと、な……」  
それからリリーを抱きかかえるようにして自分もベッドに体を横たえて目を閉じる。  
 
 
目が覚めた時、リリーがどんな態度をとるのか、少し楽しみにしながら。  
 
 
日食の午後を微睡む事にした。  
 
 
             end  
 

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