あたしがほんの小さい頃、レヘルンクリームは一番のごちそうだった。
甘くて冷たくて、おまけに滑らかな口溶けは、そう滅多に食べられるものじゃなかった事もあってか、
よく取っておいたりした。
でも・・・食器棚に入れたレヘルンクリームは、翌日にはすっかり溶けていた。
それを見て、良く泣いていたっけ。
「どうしたんだい?クリスタ」
「うぇーん、あたしのレヘルンクリームが・・・とけちゃったよ〜」
「泣かないで。僕のウチの氷室なら、ずーっと溶けないから。おいで」
そう言ってオヴァールはあたしの手を引いていった。
その途中で、あたしは
「ずーっとって、どれくらい?」
と聞くと、オヴァールは
「ずっとさ。50年前のケーキもちゃんと食べられるからね」
と得意そうに話した。
「へー。じゃあね、じゃあねー・・・このレヘルンクリーム、来年になったらまた食べるのー。」
そう言って預けたレヘルンクリームを、この時まですっかり忘れていた事に気付いた。
ある日ユーディットに護衛を頼まれた。
ファクトア神殿へグラビ石を取りに行くそうだ。
「その前に・・・氷室に置いてあったアイテム、取りに行っていい?」
「いいよー」
もともとあんまりやる事もなかったあたしは、ユーディットについて行った。
「うわー。いつ来ても寒い所ねー・・・」
ユーディットは震えながら、倉庫のアイテムをてきぱきと選別していった。
と、ユーディットの視線がある物に止まる。
「これって・・・なぁに?甘い香りがするけど・・・」
「ああ、触らないで。ここにある品は、全て依頼主から預けられた大事な物だって、前にも話したと思うけど?」
「ご、ごめんねオヴァール!・・・でも、何か食べかけっぽいよーな・・・」
オヴァールに怒られるユーディットを苦笑しながらユーディットの見ていた物を見て、何となく子供の頃の映像が浮かんだ。
そしてー
「あ・・・これ・・・!!」
「どうしたの、クリスタ?」
ユーディットがあたしの顔を覗き込む。あたしは首を振って
「ううん、何でもないの。昔氷室に預けたまんまだった物よ。・・・懐かしいなぁ」
そう言って、一瞬よぎった黒いものを取り払うように笑った。
そんなあたしの気持ちを知ってかしらずかユーディットは、
「へぇ〜。クリスタでも忘れ物するのねー」
と驚いた様な表情をした。
「当たり前でしょ・・・じゃ、管理人がまた機嫌を損ねないうちに、早く行こっ!」
「別に僕は歓迎もしないが客を追い払うような事もしないさ」
「あ、そ。んじゃ、近い内にソレ、引き取りに来るわ。じゃあね。」
そう言って、ユーディットを引っ張って行って、氷室を後にした。
「・・・ねぇクリスタ、あれレヘルンクリームみたいだけど、いつ置いたの?」
道すがらユーディットがあたしに聞いてきた。
「十年前。」
そうあたしはぶっきらぼうに答えた。
なんだかムカムカしてしょうがなかった。なんでかは分からなかったけど。
「クリスタ・・・もしかして、護衛を頼んだくせに氷室になんて寄ったりした事、怒ってる?」
「なんでさ」
実際ユーディットにもそう見えたらしい。でも理由は違う。別に寄り道なんか怒っていない。そう言うと
「良かったぁ〜。あたしクリスタにも怒られちゃうのかと思ったの」
「・・・誰かに怒られたのかい?」
そういうとえへへ、と彼女は笑った。
多分借金取りにでもまた取り立てに来られたんだろう。
だから保存しておいた爆弾類を取りに行く羽目になったのだ。
「ぇえっとさ、さっきのレヘルンクリームだけど・・・あれってホント美味しそうだったね〜。そんなに何年間も香りまで持つなんて、錬金術でも実現不可能なレベルだよね〜・・・て、クリスタ?」
「・・・人までもそんな風に保存できるかもね」
そう言うと、あたしは不意に涙を零してしまっていた。
あたしは・・・それが怖かった。
「・・・ねぇユーディット、そうやって氷室の中に毎日閉じこもってばかりいたら、・・・やっぱり元の姿のまま、保存されちゃうのかな?」
「ク、クリスタ、何を言ってるの?・・・まさかオヴァールの事?」
「・・・あいつは、仕事熱心だから、あんまり不用意には動かないだろう?
それはとても立派な事かも知れない。
でも・・・そうしていたら、あたしはおばあさんになっても、オヴァールはそのままだったら・・・
ううん、あたしが死んでもずーっとずっと・・・そうやって・・・そうやって・・・」
最後の方は言葉にならなかった。ヒクッ、としゃくりあげる事しか出来なかった。
そんなあたしの背中を、ユーディットはさすってくれていた。
「・・・そっか。それはイヤだもんね。あたしだって、好きな人と同じ時を生きられないのは辛いもん」
「ば、ばか・・・そんなんじゃないよ」
ユーディットは、真っ赤になって否定するあたしを見てフフと小さく笑った。
「じゃぁさ、せめて・・・想いを伝えてみなさいよ?それで・・・少しは出てくるように、言ってみたら?」
それで言う事聞くかなぁ、とぼやいてみたが、まずは行動しなくちゃ!とユーディットが楽しそうに言うので
(それはホントに楽しそうに)、あたしはレヘルンクリームを取りに来た、という口実で再び氷室のドアを叩いた。