次の朝―――――。  
アイゼルはちゃんと服を着て、自分の工房で寝ていた。何事もなかったように。  
 
(・・・なにか・・・ものすごく嫌な・・・夢を見ていたようだわ・・・)  
アイゼルは身体がいつもの朝よりかなり重いような気がして、すぐに起き上がれないことに気づいた。  
腰が重い。  
(・・・やだな、あの日かしら?)  
アイゼルは下半身に手を伸ばしてみて、ぬるりとした感触に、ああやっぱりと思った。  
しかし手に付着していたのは血ではなく、愛液で彼女自身が驚いた。  
(・・・やだ! ・・・なんで!?)  
しかもゆるゆると一晩中、滴らせていたのかドレスもぐっしょりと濡れていた。  
それに寝間着ではなく、ドレスのまま、というのもおかしな気がした。が、アイゼルはどうしても昨夜のことを思い出せない。  
ただ―――とても淫らな夢を見たらしい―――ということしか考えられなかった。  
アイゼルは恥ずかしさのままに別の下着とドレスに着替えた。  
 
3/ 
「やあ、アイゼル。工房を手伝いに来たよ」  
ノルディスがいつものように工房へやって来た。  
しかしアイゼルは彼の顔を見た途端、急に夢の内容を思い出してしまって、目をそらしてしまった。  
そうだ。アイゼルはノルディスと淫らな行為にふける夢を見たような気がしたのだ。  
「・・・お、おはよう」  
夢とはいえ、自分の中にあそこまで淫猥な願望があったのかとアイゼルは恥ずかしくて恥ずかしくて死にたい程だった。  
「どうしたの? アイゼル・・・具合が悪いの?」  
目の前のノルディスはその夢で出てきた彼とは全く違い、潔癖な眼差しを向けてくるのがアイゼルには辛かった。  
「・・・何でもないわ。ちょっと調合疲れ、かも。今日は何だか工房を開く気になれなくて・・・。  
だからノルディス、せっかく来てもらったけど、今日は工房を休むわ。・・・だからアカデミーに帰って・・・」  
アイゼルは今すぐに彼が自分から離れてくれないとどうにかなってしまいそうだった。  
「本当に大丈夫?」  
それなのにノルディスはサラっとアイゼルの髪をのけて彼女の頬に手を当てる。  
アイゼルはノルディスが触れただけでビクリとした。  
「・・・あ・・・」  
アイゼルは夢のことがあって、その彼の何でもない行為に艶かしい吐息を漏らしてしまい、またあの場所から淫らな液がしたたるのを感じてしまった。  
「・・・なんでも、ないのっ」  
本当は振り払いたくないのにアイゼルは彼の手をどけた。  
まだ心配してエメラルドの瞳を覗き込むノルディスにアイゼルは、たまらなくなる。  
「・・・お願い、帰って!」  
(でないと、私―――――!)  
アイゼルはノルディスを押しのけて彼を工房から追い出してしまった。  
ノルディスはそんな彼女がまだ心配だったが、熱はなさそうだったので帰る事にした。  
 
アイゼルはやっとノルディスが行ってしまって工房に鍵をかけると、全身のだるさのままに寝間着に着替えて、ベッドにまた潜り込んだ。  
しかし身体がだるくて頭も重いのに、あの場所だけは違うのだ。  
(・・・やだ・・・、どうしてこんなに・・・)  
そしてアイゼルはどうしても、またあの夢を反芻してしまって、身体の疼きを加速させてしまう。  
きっとあの時、ノルディスに求めれば、いつものように応じてくれていただろう。  
だが、今日はあまりにも刺激的な夢を見て、最初からもうこんなに濡れてしまっているのがアイゼルは恥ずかしくて、彼にそれを鎮めてもらうのは躊躇われた。  
 
アイゼルは止まらない身体の火照りを自分で鎮めようと考えた。  
せっかく着替えた寝間着も下着も脱いで裸になり、アクセサリーも外し、またシーツにくるまる。  
そしてアイゼルは昨夜の夢を思い出して、湧き出る泉に自身の指を沈める。  
「・・・んっ・・・はぁっ・・・ノルディスっ・・・」  
ずぶずぶと何度も抜き差しを繰り返し、入れる指の数も増やしてしまう。  
ノルディスが―――私に―――あんな淫らな―――――  
アイゼルの大きなエメラルド色の瞳も、そこと同じに潤み、唇から絶えず吐息が漏れ、何度も彼の名を呼び、何度も達した。  
彼女は自分が病気なのかもしれないと思うほど、その一日中、淫らな行為にふけりつづけた。  
 
(どうも、アイゼルの様子がおかしかったな・・・)  
ノルディスはアイゼルに、もしかしたら気に障ることでもしたのか、言ったのかもしれないと不安になった。  
(・・・どうも僕は無神経なところがあるからな。・・・そうだ!)  
ノルディスは最近自作したアイテムを取り出した。  
これが役に立つのかもしれない。  
それは小さな宝石箱のようなもので、アクセサリーなどを入れると持ち主がそれを身に付けていた時の会話を引き出し、聞かせてくれるという物だ。  
ただし、それは耳をよく澄まさないと聞こえないし、本人からアクセサリー、  
―――特に石を使ったもの―――を直接借りて小箱に入れないと駄目だ。  
しかもそのアクセサリーを長く愛用している者でないと、なかなか『声』を聞き出せないのが難点だった。  
 
(僕はアイゼルに何を言って傷つけたんだろう・・・)  
ノルディスはそれを確かめたくて、3日後あたりにアイゼルの工房を訪ねた。  
彼女はこのあいだと違ってうって変わって、普通の状態に戻っていた。  
なんだ、杞憂かとノルディスは思ったが、持ってきた宝石箱のアイテムを彼女に見つかってしまった。  
「あら、それ、きれいな箱ね」  
アイゼルの言うようにそれは見た目もかわいらしい、変わった鉱物で出来ている小箱だった。  
きれいに磨いてあって、蓋の部分の装飾も草花のレリーフが施されていて美しいものだった。  
「え、あっ、うん。・・・め、珍しい材料が手に入ったから作ってみたんだ。気に入ったならあげるよ」  
 
ノルディスは彼女に本当の効用を話さずにそれを渡した。  
効用を聞けば、プライバシーの侵害だとノルディスはアイゼルに怒られると思ったのだ。それに、それを使うにはもう一つノルディスが作ったアイテムが要る。  
そのアイテムはその箱と同じ物質で作ってある結晶状の物で、それを箱に当てて共鳴する作用を使って、『声』を聞きだすのだ。  
片方だけでは、ただの宝石箱でしかない。  
「ええっ? 本当にいいの? 作るの大変そうじゃない、これ」  
思わずアクセサリーを入れたくなるように作ったのだから、ノルディスにしては念入りに女性が好むようなデザインにこしらえたのだ。  
「まだ試作品なんだ。第一号だからアイゼルにあげるよ」  
「でも気に入ったわ。さっそくいつもつけてるチョーカーとか入れてみたいな」  
ノルディスは、あまりに上手く事態が展開していくので、やはりこれで彼女とのここ何日かの会話をそのアイテムで聞きたくなった。  
「・・・実はね、これに一日アクセサリーを入れておくとピカピカになるんだ。装飾品を手入れしなくていいってワケ」  
ノルディスは嘘をついた。  
「本当? やっぱりノルディスね。何も仕掛けがない宝石箱なんか作らないわよね。じゃ、さっそく入れてみるわ」  
アイゼルはこの優秀な相方であり、恋人に満面の笑みを浮かべて、チョーカーを外した。ノルディスの方は、何も仕掛けがない物を作るはずがないと言われ、  
ギクリとしたが、その小箱にチョーカーを外して入れるアイゼルに内心、悪いと思いつつも上手くいった!という気持ちにもなっていた。  
 
そしてふたりはいつものように調合を始め、夜になって寮の門限が近づいてきたノルディスは帰る時間になった。  
「ねぇ、アイゼル。今朝、入れたチョーカー、もうピカピカになってると思うんだけど」  
ノルディスは、ある考えが浮かんで言った。  
「あ、そうね! さっそく効果を見てみたいわ」  
アイゼルは先の小箱からチョーカーを取り出した。  
「・・・ノルディス、悪いんだけどコレ、効果がないみたいよ」  
アイゼルはがっかりしたように言う。  
「そっか。まだ完全じゃなかったんだな。ちゃんと改良して今度、持って来るから、これ預かっていい?」  
「ええ、でもそのチョーカーも?」  
ノルディスはギクリとしたが、  
「こ、効果を見るには普段使い込んでるアクセサリーがないと、さ。僕はそういうの持ってないから」  
「ええ、わかったわ。完成するのと、それがピカピカになって返ってくるの楽しみにしてる」  
彼は、もっともらしい言い方をして、まんまとアイゼルからチョーカーが入ったままの小箱を取り返すのに成功した。  
 
アカデミーの寮に帰ったノルディスはさっそくその小箱と対に作った、『声』を聞く石を取り出した。  
彼はすでにアイゼルと自分がした会話などどうでもよく、純粋にそのアイテムが効力を発揮するのかが気になって仕方がなかった。  
ノルディスはアイゼルのチョーカーが入った箱に石を近づける。そして彼は石に耳を当てた。  
「・・・な、・・・なん・・・・」  
ノルディスはそこから聞こえてくるアイゼルの声に真っ赤になってしまった。  
いきなり彼女の喘ぎ声が聞こえてきたのである。彼は困ってしまった。  
(・・・最近、そんなに激しいことしたかな・・・)  
彼はその声にドキドキしながら、アイゼルとのここ数日間のことを思い出してみた。  
そこへまたアイゼルの叫び声ともつかぬ、喘ぎ声とともにノルディスの名を呼ぶ声が聞こえてきて、彼は焦った。  
(な、な、僕はこんな・・・!)  
ノルディスが驚いていると、自分でない男の声が聞こえたような気がした。  
彼はこんなに激しく彼女を抱いた憶えもなかったし、その別の男の声に―――アイゼルが自分でない誰かに―――という恐怖が湧いてきた。  
(どういうことだ!?)  
【・・・・・・この惚れ薬は・・・は好きな・・・がいる人間に・・・使うとそいつに見えちゃう・・・みたいだな・・・】  
男の声は聞き取りづらかったが、このひと言でノルディスは全てを察知した。  
【・・・でも・・・咥えてろ・・・! ・・・ほら、お口が・・・休んで・・・】  
(・・・・・・・・・・・・アイゼル!)  
ノルディスはその男の下品な声に怒りで身体が震えた。  
アイゼルは辱めを受けたのだ。許せなかった。  
 
(・・・誰なんだ、こいつ!!)  
しかしノルディスは不審に思った。  
アイゼルがそのことを憶えていたら、今日のように平然と自分と工房で作業ができただろうか?  
彼女が変だと思った日はあったが、こんな酷い仕打ちを受けたなら、工房から彼女は出てこないだろうし、自分とは二度と会おうとしないだろう。  
アイゼルの性格を考えるとアイゼル自身が知らない間に彼女は陵辱されたのかもしれない、とノルディスは考えた。  
そしてノルディスは嫉妬に猛り狂う心を押さえながらも、もっと遡ってその『声』が聞けないか、徹夜でそのアイテムにかかりっきりになった。  
誰が、何を使って、何の目的で、彼女を凌辱したのか―――その決定的な証拠の会話を聞き取れるまでノルディスはその石に耳を傾けつづけた。  
 
 
その一週間後、ノルディスはアイゼルのチョーカーを磨き、宝石箱と称したアイテムを彼女の工房の前に手紙とともに置いてきた。  
それにはこう記してあった。  
 
『しばらく採取に出かけるので工房を手伝えなくてごめん。頑張ったけど、この箱はやっぱり駄目だった。でも一応、アイゼルのアクセサリーは磨いておいたから。帰ってきたら真っ先に工房へ寄るよ』  
 
それからノルディスはある場所へ寄ってから、シグザール城門前へ足を運んだ。  
 
「ダグラスさん。護衛を頼みたいのですが」  
城門前にいたダグラスは珍しい訪問客に驚いた。  
「珍しいな・・・。でも俺だって忙しい。ヤローの護衛なんてつきあってらんねぇよ」  
 
ダグラスは普段からエリーと仲がいいノルディスに内心、いい気持ちがしなかった。  
錬金術士の女にも手を焼いてるのに、錬金術士の男まで面倒をみるのはこりごりだった。  
だから、ダグラスはどうしてもノルディスには憮然と答えてしまう。  
「ヴィラント山か、エアフォルクの塔か、どっちかに行きたいんですけど魔物が多いのはどっちでしょう?   
そういう所に行きたいから、ザールブルグでも屈強を誇るあなたにこうして頼んでいるんです」  
ダグラスも剣の腕を見込まれると悪い気はしない。が、ダグラスは彼の言うことを不審に思う。  
「お前、採取に行くんだろ? だったら魔物が多いエアフォルクの塔なんかやめておけ」  
「おや? 行きたくないんですか? あなたほどの人が・・・」  
ノルディスにしては癇に障る言い方で、ダグラスはカッとなる。  
「オレは実際的なコトを言ってんだ! エアフォルクの塔はかなり魔物が多いし、採取しようにも何にも・・・」  
「魔物は多ければ多い方がいいな・・・。エアフォルクの塔にしましょう。魔物のドロップアイテムが欲しいんですよ」  
ノルディスは、しれっとダグラスに言った。  
後ろに、大きなグラビ結晶と生きてるナワに括りつけられているローネンハイムの息子にルフトリングをはめさせ、それを見えない状態にしながら。  
もちろん騒がないよう、アイゼルがされたように猿ぐつわもしてある。  
ダグラスにも周りの人間にもノルディスが宙に浮かんだ人間をナワでひっつかんでいるのは誰にもわからない。  
「ダグラスさん、あなたのような人でないとエアフォルクの塔の魔物から護衛なんて出来ません。お願いします」  
ノルディスはしおらしくダグラスに頼み込んだ。ダグラスもそこまで言われて、しぶしぶ引き受けることにした。  
「・・・しゃーねーな。じゃ、話つけてくるから」  
ダグラスは城の中へ入っていった。  
 
ノルディスは鼻歌まじりでダグラスを待っていた。  
横目で、無様に縛られ、透明人間にされたザールブルグ一のドラ息子を見ながら。  
 
「おい。許可がおりたぜ。いつ、行くんだ?」  
「今すぐにでも」  
ノルディスは見えなくなった生きてるナワを風船のようにひっぱりながら、ダグラスと一緒にエアフォルクの塔へ向かって歩き出した。  
 
「・・・・・・・・・! ・・・・・・・・・・・・!!」  
 
「おい、今、何か声がしなかったか?」  
「いいえ」  
 
 
その後、ローネンハイムの息子が行方不明になったとザールブルグ中で噂になった。  
真相を知るのは、一介のアカデミーのマイスターランクの生徒、ただひとりだけだった。  
 
                                〜おしまい〜  
 
 

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