「おねいさーん」
「はあい。どうしたの?」
工房で忙しく立ち回っていると、妖精さんが声をかけてきた。
なんだか、もじもじして変な感じ。
「あのね、友だちが遊びに来たいっていってるんだ。ここに呼んじゃだめかな?」
「ここ、って、工房に?」
「うん。だめかな・・・?」
妖精さんに見つめられて、ちょっと考えてちゃう。
だって、いつもお世話になってるし、少しくらいはいいかな、って。
「うん。いいよ。たくさん呼んであげて!」
「本当!?やったー!じゃあ、さっそく来てもらうね!!」
妖精さんはにっこり笑って、友だちを、呼んだ。
「・・・え?」
「ありがとう、おねえさん!」
ありがとー、と妖精さんの大合唱。
そう。妖精さんが、たくさん。たくさん、にしたって限度がないかな!?
ひきつった笑いを浮かべる私を妖精さん達は軽くスルーして、宴会を始めちゃった!!
わきゃわきゃとすごい音。やかましくて頭が壊れそう!!
「・・・どど、どうしよう!?」
工房の音がひどいって苦情があったから防音の工事をしたから、多分この騒音でも近所に迷惑はかけない、と思うけど。
これ以上ここにいたら、確実に頭がおかしくなっちゃう!
「・・・さ、さよならっ」
私は逃げ出すことにした。とほほ。
「ううー、どうしようかなあ。アイゼルに理由を離せば、泊めてもらえないかな?」
薄暗いアカデミーの廊下を歩いていく。
夜のアカデミーって初めてだけど、すごーく不気味だ。嫌だなあ。
「あら、エリーじゃない。こんな時間にアカデミーにいるなんて。補習?」
「・・・アイゼル!」
さりげなくヒドイことを言われた気がするけど、この際関係ない。
私は工房の現状を伝えて、アイゼルに泊めてほしいとお願いしてみた。
「だからアイゼル、今夜一晩泊めてくれないかな?」
「・・・そう。それは大変ね。風邪をひかないように気をつけなさい」
アイゼルはこれまで見たことがないくらいキレイな笑顔を浮かべて、踵を返した。
え?あれ?あれれ!?
「あ、アイゼル!?あのね!私すっごく困ってて・・・!!」
追いすがろうとしたけど、無情にもアイゼルの部屋のドアはばたんと閉まった。
・・・ええー!?どど、どうしよう!?こうなったらイングリド先生に頼む・・・
頼んだらもっと恐いことになる!!絶対だめだあ!
はあ、と肩を落として、仕方ない野宿でもしよう、と腹をくくった。
「・・・エリー?どうしたんだい、こんな時間にアカデミーにくるなんて・・・」
「あ、ノルディス。実はね、ちょっと工房には帰れない事情があってアイゼルに泊めてもらおうと思って来たんだけど・・・」
廊下の物音に気付いたのか、ノルディスがこちらに向かってきていた。
私はかいつまんで現状を説明して、野宿でもするつもり、と力なく笑った。
「その様子だと断られたみたいだね。僕の部屋でいいなら泊めてあげるけど、来る?」
「え!?ノルディスの!?」
ど、どうしようかなあ。
ちょっと悩んで、結局ノルディスの部屋に泊めてもらうことにした。さすがに野宿はきついからね。
きちんと整理されたノルディスの部屋に通される。
いつも思うんだけど、どうして散らからないのかなあ。不思議・・・。
「エリーはそこのベッドで寝てよ。僕は床で寝るから」
「そ、そんな。ノルディスの部屋なんだから・・・私が床で寝るよ」
やっぱり、というか。ノルディスは非常に紳士的にそう言った。
でも、押しかけた私がベッドを使うなんて、絶対に駄目だ!
「いいよ。それに僕はこれから本を読むから寝るのは明け方なんだ。
ベッドがせっかく空いてるんだからつかいなよ」
ノルディスは私の様子に苦笑する。うう、なんか見透かされちゃってるなあ。
「そ、そう?それだったら・・・ごめんねノルディス」
「いいよ、そんなの。おやすみ、エリー」
ノルディスはふんわりほほ笑んで、ベッドから少し離れた椅子に腰かけた。
分厚い、多分錬金術の参考書なんだろうな、を手にして本に没頭し始める。何の本なんだろう。
ちょっと気になったけど、邪魔したら悪いから、背を向けて目をつむった。
そういえば、今更気づくけど、部屋に二人きりなんだよね。
い、いやいや。ノルディスは私がかわいそうだから、助けてくれただけで、深い意味なんかないんだろうけど。
胸にちくん、と棘が刺さる。誰にでも優しいノルディス。
私だから、こんな風に優しくしてくれるわけじゃない。
誰かが同じように困ってたら、きっと泊めてあげるんだろうな。
「・・・やだ」
ぎゅっと自分を抱きしめる。
もしそれが、女の子でも?泊めてあげるのかな?そんなの、嫌だよ。ノルディス。
ずっと前から気付いてた気持ち。でも、どうしたって叶わないから、ずっとしまいこんでいた気持ち。
せめて女の子として、扱われたいと思うけど。無理なんだろうなあ。
こうして、部屋に二人きりなのに。ノルディスに変わった様子なんかないし。
(ノルディス視点)
我ながら、大胆なことをしたなあ、と今になって後悔していた。
僕のベッドに、エリーが眠ってる。夜が明けるまで、あとどれくらいだろう。
手にした本に目を通すけど、内容なんか頭に入ってこなかった。
エリーは僕に背を向けていて、寝顔はわからない。
どんな顔で眠っているんだろう。そればかり気になった。
そして、もし夢を見ているなら、どんな夢を見てるのか。
誰かが見ている夢を共有できる薬なんて、作れないかな。
なるべく音を立てないように立ちあがって、本棚の前に立つ。
これまで読んできた参考書から、内容が似通った本がないか調べ始めた。
もし、すぐに作れるなら、試したかった。それくらい、僕は、その、余裕がない。
エリーのことが知りたかった。知らないことがないくらい、全部。
せめてそれくらい、僕に許してほしいだなんて、身勝手なことを考える。
「・・・やだ」
小さな呟きが聞こえて、びくりと肩を震わせた。エリーを窺うと、先ほどまでと様子に変わりはない。
・・・寝言かな。胸をなで下ろして、本を探すことを諦めた。
そもそも、そんな記述がある本があったら、これまでに作っていただろうし。
僕とエリーは二人きりで採取に行くこともあった。
テントをはって、キャンプをすることもあったのだから、もしそんな薬が作れたらその時試していたはずだ。
ため息をついて、椅子に腰を下ろした。どうしたらいいのか、答えが出ない。
そろそろ卒業が迫っていて、僕は自分の進路よりもエリーがどうするのかばかりが気になっていた。
エリーは入学したときとは比べ物にならないくらい錬金術の腕を上げて、ついこの間はエリキシル剤を調合していた。
エリーが目標とする、伝説の錬金術師マルローネさんがエリーのために調合した薬を。
多分、エリーの目標はその薬を調合できるようになることで、それ以上は求めていないんじゃないかな、と僕は思ってる。
そうなると、エリーはこのまま卒業を選ぶんじゃないだろうか。
故郷のロブソン村に戻って、ザールブルグとは関係のない生活を送る・・・。
ゆっくり頭をふる。考えても仕方のないことだ。
もしそうなったら、ロブソン村に遊びに行ってもいい。
彼女にザールブルグに遊びに来るようにいえばいい。
けれど、理性とは違う場所が叫んでる。そんな付き合いは欲しくない、と。
もっと深く、たとえ違う道を選んでも、またいつか会えるくらいの、そんな繋がりを僕は欲していた。
(ノルディス視点続)
「・・・駄目だな」
自嘲して、せめてエリーの寝顔を見ようとベッドに近付いた。
小さく丸まった胎児のような苦しそうな姿勢のエリー。
息苦しくないかな、と思って僕はエリーの肩に手をかけた。
手に、さらさらしたエリーの髪が滑り落ちてくる。
アイゼルが怒ってたっけ。手入れもしれいないようなのに、どうしてあの子の髪はさらさらなのかしらって。
思いだして小さく笑っていたら、エリーが起きだす気配がした。
「ごめん、エリー。起しちゃった?」
「・・・ううん。眠れなくて」
「そうだよね・・・」
ベッドに腰かけたエリーに笑いかける。
何か、温かい飲み物でも用意しようかな。
背を向けた僕に、エリーがしがみついてきた。
「・・・エリー?」
内心の動揺が伝わらないよう、必死に声を抑えた。エリーは何も言わない。
「どうしたの?何か、悩みごとでもあった?」
そのままの体勢で、僕はエリーに話しかける。
エリーが、僕を友だちだと言うのなら、完璧に友だちの役をこなそうとずっと前から決めていた。
だから、今だってうまくやり通せるさ。多分・・・。
「ノルディスは、もし誰かが部屋に泊めてっていったら、泊めちゃうの?」
「僕が知っている人で、困っていればね」
「・・・女の子でも?」
僕は思わず振り返る。エリーはぎゅっと唇を引き結んで、泣き出しそうな顔をしていた。
これは、もしかして。でも。
「・・・エリーだけだよ」
「本当に?アイゼルだったら、泊めるよね?」
僕は首をふった。しっかり、エリーにわかるように。
僕を見つめるエリーの瞳が、かすかにゆらいだ。
「エリーだけだよ。エリーにしか、優しく、できないから・・・」
そっと、エリーの手を握る。エリーは途惑いながら、僕の手を握り返してきた。
君が、僕と同じ気持ちだって、思ってもいいのかい、エリー。
はやる気持ちを抑えて、目をつむる。
僕は、と声をあげかけた唇に、何かが押し付けられた。
(エリ―視点戻)
ノルディスの手を、おずおずと握り返した。
華奢だと思ってたのに、男の人の手なんだなあ。骨ばってて、ごつごつしてる。
見上げると、ノルディスは目をつむっていた。
キスしたい。
不意にそんな気持ちになって、何かを言いかけたノルディスの唇に、キスしていた。
「え、エリー?」
ノルディスは目を丸くして、私から身体を離す。
急に、さっきのキスが恥ずかしくなって、私はうつむいた。
ノルディスの気持ちが、同じかもしれないって思って、でも、どうしよう実は違ってたら!
まだ握ったままだったノルディスの手を離して、私は身をひるがえした。
ノルディスがどんな顔をしているか見たくなくて、そのまま部屋を出ようと決めた。
「エリー!待って!」
「や、やだっ!ノルディス!」
追いかけてきたノルディスの手を払って、逃げようとした。したんだけど。
ノルディスはドアノブに手をかけて、私を睨んでいた。
これじゃ、ドアから出ることはできないよ・・・。
「逃げないで、エリー・・・」
ゆっくり、ノルディスの手が私に近付いてくる。そのまま、私の頬をそっと撫で上げた。
「僕は・・・エリーが好きだよ・・・」
「・・・ノルディス」
「先をこされちゃった」
ノルディスはくすりと笑って、私にキスした。
自分でした時と違って、あれ、ま、まだ?まだ離れないの?
びっくりして瞬きしていたら、ノルディスは意地悪な顔つきになる。
「ノルディス・・・」
「まだ」
いったん口を離されて、大きく深呼吸したのを見計らって、またキスされた。
い、息ができないからぼーっとしちゃうよ・・・。
「エリー」
「・・・なあに?」
「僕のこと、好きかい?」
いつの間にか、ノルディスは壁に手をついて私を逃がさないようにしていた。
ノ、ノルディスって、思ってたより、こう・・・。
「ノルディスは、意地悪だったんだ・・・」
「え?そ、そんなことはないと思うけど・・・」
ノルディスは眉をひそめる。その顔がなんだかかわいらしくて、笑っちゃった。
「私も・・・ノルディスが、好きだよ」