肩を掴み、鼻をぶつけそうになりながら震える唇にたどたどしく口付けると、  
トトリも恐る恐る応えてくる。  
初めこそ、そうしてわずかに触れ合うだけでも気持ち良かったが、  
唇を離すたびに響く湿った音が、隙間から漏れる切なげな吐息が、徐々に理性を侵食して、  
表面的な接触だけでは物足りなくなってくる。  
 
より深く繋がるために、舌を出してトトリの唇をつつく。  
開かせた唇の中に舌を滑り込ませ、唇の裏の粘膜を舐り、  
あやふやに逃げようとする舌に舌を絡めて、唾液ごと啜ってやる。  
吸い切れずに口の端から零れてしまった唾液がつうっとトトリの顎を伝って、  
首筋へ、そして胸へと滑り落ちていくのが視界の端に映り、熱に浮かされた思考はそれを勿体ないと捉えた。  
零れた分も全て舐め取ってしまいたくて、光る線を辿るように、口付ける場所を下へとずらしてゆく。  
 
そのうち、座った姿勢だとうまく唇を這わすことができなくなって、  
肩を掴んだまま、干し草と毛布の簡易ベッドに押し倒す。  
が、勢い余ってトトリの上に突っ伏す格好になってしまい、  
ふたりの身体の間に挟まれたそれが反応を見せ、慌てて手と膝を付き身体を離す。  
本当は今すぐにでもトトリのすべらかな肌に擦り付けて汚してしまいたかったけれど、  
それは妄想の中での独りよがりな行為と変わらない気がして、ぐっと我慢した。  
 
首筋に唇を押し付ければ赤い痕が残り、軽く歯を立てればびくりと震える。  
自分の行為にトトリが反応を示しているのだと思うと、戦いとはまた違う充足感を得られた。  
もっと色々なことをして、反応を確かめてみたくなる。  
 
トトリの胸は、仰向けになってしまうとふくらみがほとんどわからない。  
優しく――極力そうなるよう努めながら――左右から両手ですくい上げるように挟み込むと、  
双丘の形が表れ、先端の桜色がぷっくりと起き上がる。そこにも口を付ける。  
「あ……」  
トトリは僅かに身をよじったが、そこからどうしていいかわからないようだった。  
それをいいことに、もう片方のふくらみも手中に収め、指の隙間と手のひらで弄ぶ。  
 
少し手に力を込めればやわらかく吸い付いてきてされるがままになるくせに、  
どこか思い通りにならない部分を残し、弱々しく抵抗しているかのような感触は  
想像していたよりもずっといやらしく、身体の芯がますます昂ぶってゆくのを感じた。  
 
 
 ◇ ◇ ◇  
 
 
「……っ、ん……んっ」  
不意にトトリの苦しそうな声が耳に入り、ぎくりとして手を止めた。  
いつからそんな声が上がっていたのか、全く把握できていないことに気づいて、空恐ろしくなる。  
 
「なあ、もしかして、痛いか?」  
「……」  
じっと目を合わせて尋ねても、トトリは切なげな表情で口を開きかけては閉じるだけで、  
全く要領を得ない。  
「なんだよ、言わないとわかんないだろ」  
少し苛立ってしまう。トトリにも、トトリに快楽を与えることができていない自分にも。  
痛い思いをさせるばかりなら、こんな行為に意味などないのに。  
 
途中で止めるつもりはなかったけれど、今ならまだなんとかならないこともない。  
妄想は妄想だから妄想なのであって、べつに本物のトトリにまで同じことをしたいわけではなかったし。  
芯に篭った熱をどうやって治めたものか考えながら、手を付き、身体を起こそうと力を入れる。  
と、トトリはようやく観念したのか、途切れ途切れに言葉を紡ぎ始めた。  
 
「違うの……あのね、がまんして、たの……」  
「ん?」  
「……ち……よくて、へんな声、出ちゃいそうで……恥ずかしかったから、だから、だいじょぶだから……」  
潤んだ瞳でどこかもの欲しそうに見上げられ、毛布の上の左手に、温かなトトリの右手が重なる。  
その温度は腕を伝い、首を登り、頭まで浸透していき――くらりと視界が揺らいだ。  
「あ……そ、そうか」  
これは誤解というのかなんというのか。  
遅れて、どうしようもない照れ臭さといたたまれなさに襲われる。  
やぶへび、という言葉が浮かんだ。ちょっと違うかもしれない。  
 
「じゃ、じゃあ、大丈夫なんだな」  
熱くなっている頬と、気を抜くと緩んできそうな口元をさっさと隠してしまいたくて、  
トトリが頷くのを確認するや否や、早々に胸の突起に口付ける。  
「ふぁ……っ、あ……」  
もう、苦しそうな声が上がることはなかった。  
 
 
 ◇ ◇ ◇  
 
 
始終響いている風車の硬質な音の中、わずかに、くちくちと湿った音が聞こえた気がして、  
動きを止め様子を伺うと、トトリがなにやらもぞもぞと内股をすり合わせている。  
好奇心もあり、脚の間に身体を割り込ませ、膝裏に手を差し込んでゆっくりと脚を持ち上げてみる。  
 
「な、なに……? ひゃっ」  
足をばたつかせるトトリに構わず両脚を押し開くと、その付け根にある割れ目から染み出た蜜が  
肌を伝い落ち、毛布に染みを作っているのが見えた。  
ふっくらとした丘も、そこにごく薄く茂る柔毛も、すっかり蜜にまみれてしまっている。  
それらが蝋燭ランプの灯りをてらてらと反射し、呼吸に合わせて僅かに上下する様は、  
まるで男を誘うための別の生き物であるかのように淫靡で、ジーノは思わず生唾を飲み込む。  
「……すっげーことになってる、ここ」  
「う、うううー」  
トトリは恥ずかしさに耐え切れなくなったのか、両手で顔を覆ってしまった。  
 
蜜を湛えるそこへ、誘われるままに触れれば、指はつぷりと容易く受け入れられる。  
トトリの身体が今まででいちばん強く震えた。  
指を動かしていいものかどうか、そのまましばらく逡巡して、そっと円を描くように掻き回すと、  
割れ目の奥からはじわりと新たな蜜が溢れ、肌を伝い、毛布へと零れ落ちてゆく。  
ちゅぷちゅぷと、淫らな水音が小屋の中に響いた。  
 
「や……やああ……っ!」  
トトリは顔を隠したままいやいやをするように首を振るが、腰はジーノの指から逃げるでもなく、  
掻き回す動きに合わせてほんの少しだけ、自ら揺れる動きを見せていて。  
目の前の痴態と指に絡みつく濡れた柔肉の感触に、こめかみの辺りがずきずきと脈打った。  
今まで意識の外に追いやっていた下半身の閉塞感も、痛みを感じるほど強く主張を始める。  
もう限界だ、と思った。  
 
割れ目の中を性急に探り目的の場所を探し当て、十分すぎるほどに潤っているのを確認すると、  
ベルトを外すのももどかしく、それを露出させ、指の代わりにあてがう。  
「……っ!」  
指とは違うものが触れたのがわかったのか、トトリは息を飲み、顔を隠していた両手を退けた。  
おろおろと彷徨っていた視線がぶつかると、上気した頬のままなんとも情けない表情を見せるので、  
「……なるべく、痛くならないようにする、からな」  
「う、うん」  
そんなことを言ってみた。きっと、気休めにしかならないのだろうけれど。  
 
少しでも苦痛を和らげられるようにと、あてがったものを何度か割れ目に沿って上下させ、  
零れる蜜を潤滑液代わりに塗りつけているうちに、ぬるんと滑った先端が入り口に狙いを定める。  
トトリがびくりと硬直するのが伝わってきたが、踏み留まれるだけの余裕はもう残っていなかった。  
そのまま腰を抱え、押し返そうとする入り口へと押し込む。  
「あ……う……!」  
ぎゅっと目を瞑って上体を反らせ、痛みを堪えるトトリの首筋に、  
つい先程自分が付けた噛み痕を見つけて、そっとそこへ口付けた。  
 
 
 ◇ ◇ ◇  
 
 
トトリの中は、あれだけ濡れていたのが嘘のようにきつく、狭かった。  
結合部から溢れる蜜には赤いものが混じり、トトリの感じている痛みを否が応にも意識させる。  
なのに、擦られる内壁はどこか嬉しげにざわめいてジーノを刺激し、  
早く奥を突いてほしい、とねだってくるかのようで。  
何もかも忘れ、好き勝手に動いて注ぎ込みたくなる衝動を懸命にねじ伏せ、  
脂汗を浮かせるトトリの様子を見ながら、少しずつ腰を進めていく。  
 
やがて腰と腰が密着したところで、動きを止め、ふたり揃って息を付く。  
「はぁ……」  
「はぅ……、いた……っ」  
ざらついた襞にやわらかく全体を締め上げられ、腰から背筋へと這い登ってくる快楽は絶えることがなく、  
黙っていてもいずれ達してしまいそうなほどだったが、  
ジーノのそれと違い、トトリの吐息には、苦痛の色が濃く現れていた。  
 
女は痛がるものなのだと知ってはいたけれど、こうして目の当たりにするとやはり落ち着かず、  
どうにもできない不公平感を少しでも埋め合わせたくて、問いかけた。  
「本当にだいじょぶか? なんなら、もう」  
「んーん……痛いだけで、終わるほうが、やだ、よ……」  
トトリは目尻に涙を滲ませながら、ぎこちなく笑顔を作ろうとしてみせる。  
その表情に、子供の頃のトトリが重なって見えた。  
 
思えば昔から、冒険者ごっこやら何やらの無茶に一方的に付き合わせてばかりいた気がする。  
それはトトリにしてみれば当然、楽しいことだけではなかったはずで、  
呆れられたり、怒らせたり、泣かせてしまう時だってあった。  
けれどいつも不思議と、拒絶されることはなくて、自分の隣だとか少し後ろを歩いてきてくれる。  
心配そうな顔で。あるいは少し口を尖らせて。  
あるいは――涙を拭いながら、困ったような泣き笑いで。  
 
むずむずとし始めた胸の奥を探れば、情欲とはまた別の温かなものが生まれ、  
じわりと身体に広がってゆく。  
毛布を握り締めていたトトリの右手を解いてやり、自分の左手と指を絡ませ、握り締めた。  
やせ我慢かもしれないが、この先を期待されては、応えないわけにもいかない。  
 
「じゃ、続けるぞ」  
「うん……」  
視線を合わせながら、ゆっくりと腰を動かし始める。  
トトリの口からは声にならない悲鳴が漏れ、絡めた指にもすがるように力が込められるが、  
裏腹にその内側は、出入りするものをわななきながらも包み込み、時に強く扱き立てた。  
 
引けば名残惜しげに絡みつき、突き入れれば離すまいと吸い付いてくる襞は簡単に理性を削ぎ落とし、  
腰から湧き上がる疼きは、トトリを気遣いながらゆっくりと昂らせるはずの動きを、  
自分の欲望を注ぎ込むための抽送にすり替えてしまう。  
そうして、目の前にある苦しげな表情すら、だんだんと視界に映らなくなってゆく。  
 
抽送を続けるうち、不意に先端が最奥にぶつかり、トトリの腰が跳ねる。  
「ひぅぅっ!」  
「――っ!」  
その衝撃で舐めるようにざわめく襞に擦り付けられ、同時に全体を強く締め付けられるのを感じ、  
かろうじて堪えていたものはあっさり決壊して、そのまま、弾けた。  
 
 
 ◇ ◇ ◇  
 
 
トトリの上に身体を預け、手も腰も繋がったまま、荒れた息を整える。  
顔を向ければすぐ横にあるはずのトトリの顔を、どうしても見ることができなかった。  
照れもあるのだが、自分ひとりだけで、しかも暴発のような形で終わってしまったのがなんだか気まずく、  
最後まで痛がっていたはずのトトリのことを思うと、罪悪感すら湧いてくる。  
頭の中ではいくら酷いことをしても、こんな心境にはならなかったのに。  
 
若干沈んだ気分でいると、簡易ベッドが揺れ、髪に何かが触れた。  
それは毛先を弄ったり、優しげに頭を撫でてみたりと気ままに動き回った後、  
ジーノの背に回り、抱き締めるように弱く力が込められる。トトリの左手だった。  
「あったかい……」  
かすかな呟きが、身体を通して伝わってくる。  
身体の芯は熱を帯びてはいたが、ひんやりした外気に晒されていた表面は思ったよりも冷えていて、  
ジーノもまた、トトリの肌から伝わるぬくもりを素直に受け取り、離れがたく感じていた。  
 
そうっとトトリの方に顔を向けてみる。  
眠るようにまぶたを閉じていたトトリは、動く気配に気づいたのか、目を開けた。  
やがてとろんとした瞳がジーノを捉えると、嬉しそうに笑みを見せ、  
「やっとこっち、向いてくれた」  
少し遠慮がちに顔をすり寄せてくる。  
 
驚いて何もできずにいると、頬にやわらかくて湿った唇が触れて、ちゅ、と音が立った。  
そして未だジーノを受け入れたままの内部もひくひくと痙攣するようにうごめき、  
その刺激が引き金になって――もうとっくに治まったと思っていたのに――反応を示してしまう。  
 
トトリの方も、受け入れたものの異変に気づいたようだった。  
「あ、あのー、ジーノくん?」  
眠たげな微笑みが固まり、次第に照れ困った表情へと変わるのを見ていると、  
悪戯心が首をもたげるのと同時に、いつもの調子が戻ってくる。  
今度こそトトリを気持ちよくさせてやりたい、という妙な闘志らしきものの後押しもあって、  
身体を離し、もう一度トトリの腰を抱え込んだ。  
 
「なあ、あと一回だけ、いいか」  
一応尋ねておく。もっとも、嫌だと言われても聞くつもりはなかったが。  
「あと一回って、私もう眠い……きゃっ」  
再びひくつき始めた襞の中、ゆっくりと腰を引いて再び押し込めば、元の硬さが戻ってくる。  
「トトリが悪いんだからな」  
そんなへんな真似するからだっ、と続けたかったが、なんとなく悔しいので胸の中にしまっておいた。  
 
「ちょ、ちょっと待って!」  
「ん」  
動きを止め、機嫌悪く聞き返すと、トトリはあわあわと喋り始めた。  
「今日はもう終わり! ほら、従者は主君の言うことを聞かなきゃ」  
頭から冷水を浴びせられたような気分になる。そういえばそんなものもあった。  
とんでもない権利を軽々しく作り出してしまったことを後悔しながら、しぶしぶ身体を離そうとして、  
ふと思い当たる。たしか窓のそばに時計が掛けてあったはずだ。  
目で時計を探し、その針の示す位置を確認してから、できるだけ意地の悪い笑みを作って言ってやる。  
 
「もう従者とか主君とか、そういうの無しな。日付変わってるし」  
「えええー!」  
トトリはそれで事態が収まると思っていたらしく、愕然とした表情になる。  
そうなるよう仕向けたのは自分とはいえ、なんだか面白くない。  
さっきまで幸せそうににこにこしていたくせに。  
 
「トトリだって、痛いだけで終わるのは嫌だって言ってただろ」  
「それは……ジーノくんにもちゃんと、その……気持ちよく……」  
「ならいいじゃん」  
目を反らしながらしどろもどろに告げられたトトリの答えに、気分良く応じる。  
自分はまだ満足していないし、たぶんトトリだってそうなのだから。  
 
 
 ◇ ◇ ◇   
 
 
願望がそう見せているだけかもしれないが、トトリは先程に比べてさほど痛がっていないようだった。  
ジーノの突き上げに合わせて時折身体を震わせ、溜め息とも喘ぎともつかない息を漏らす。  
結合部からも白濁混じりの蜜がとめどなく溢れてきていて、  
毛布の後始末のことが一瞬頭をよぎったけれど、すぐに快楽の波に押し流されて見えなくなった。  
 
「きゃぅっ」  
突然トトリが甘い声を上げたのは、再び先端が最奥を掠った時だった。  
引こうとする動きを一旦止め、そのままもぞもぞと腰を動かして反応のある場所を探っていく。  
「やああっ、そ、こ、だめぇっ」  
最奥の壁に行き当たると、身体が跳ね、明らかに今までと違う反応を見せる。  
 
「奥、いいのか?」  
「……い、言いたくないっ」  
どうも素直じゃないのは、さっきの一件のせいだろうか。  
「なんでだよ」  
「言いたくない、ものは、言いたく……っ!」  
それではと試しに奥を小突いてみれば、嘘のつけない身体は面白いくらいに反応を示し、  
応えるように先端をきゅうきゅうと締め付けてくる。  
 
その反応が愉しく、ようやく快楽を引き出す手がかりを掴めたのも嬉しくて、  
逃げようとするトトリの脚を押さえ、より結合を深くしてやる。  
そうしてゆっくり腰を回すと、トトリの腰も呼応するように揺らめき始め、  
結合部から響く水音も、さらに大きくなった気がした。  
 
「や、だっ……やだ、いじわる……!」  
言葉だけは変わらず拒絶の意思を示していたが、嬉しげな締め付けは続いているし、  
咎める声も表情もすっかり蕩けてしまっていて、全く説得力がない。  
「ほんと弱いんだな、こうするの」  
「そんな、こと、いわな……ひゃぁぁっ」  
 
唐突に、ふ、と明かりが消える。  
唯一の照明だったランプの蝋燭が尽きたか何かしたのだろうか。  
「ひ……っ!」  
直前まで快楽に翻弄されていたトトリは、状況に対応しきれなかったのか、  
引きつれた声を上げ、びくりと身体を震わせる。  
月が出ていれば窓から明かりが得られるはずだが、生憎今は雲にでも隠れているらしく、  
小屋の中は暗闇に閉ざされてしまっていた。  
 
「こわい、ね……」  
「そんなことねーよ。蝋燭が消えただけだって」  
「で、でも、なにも見えないよ……」  
不安なのか、ぺたぺたと触って確認しながら伸びてきたトトリの両手が、ジーノの肩の後ろに回る。  
その様子は先程までの言葉だけの拒絶と違い、本当に怯えている風に思えたので、  
少しだけ心配になって尋ねるが、  
「怖いなら、これで止めとくか?」   
「やだ……いっしょに、いて……」  
心細げな声と共に、肩に回された両手に力が篭り、すがるように上半身を引き寄せられる。  
 
今までの嫌がりようとはうって変わってしおらしくなったその態度に、  
懐かしい庇護欲と、ついでに更なる劣情を掻き立てられ、ジーノは思わず身震いした。  
 
 
 ◇ ◇ ◇  
 
 
暗闇は、想像以上にトトリの感度を鋭くさせているようだった。  
悪戯心の赴くままに、わざとじらすように腰を引いて、浅い部分だけを掻き回す。  
それだけでもトトリの呼吸は乱れ、切れ切れの喘ぎ声が聞こえてくる。  
その状態から不意に奥を突いたり、首筋や胸の辺りに唇を這わせ歯を立てると、  
今度は抑えきれない嬌声が上がり、不規則な締め付けが襲ってきた。  
そんなことをしばらく続けているとやがて、どう動かしても、どこに触れても、  
びくびくと過敏なほど反応を返すようになってゆく。  
 
「……じーの、くん……」  
息も絶え絶えに名を呼ぶ声が聞こえて、動きを止めた。  
「あんまり、いじめ、ないで……」  
蕩けきった声音で懇願され、それまで宙を掻いていたはずのトトリの脚が  
ジーノの胴を挟むように絡みつき、腰の後ろで両足が組み合わされる。  
 
離れることを許さないその体勢は、そのままトトリの意思を示しているのだろうか。  
そう考えると、自分でも驚くほど昂ぶりを覚えてしまう。  
「ん……」  
トトリの表情がよく見えないのを残念に思いながら、短く答える。  
どうせこちらも、そんなに長くは持ちそうになかった。  
 
奥まで一気に突き入れると、待ちかねていたかのように強く扱き立てられ、  
そのまま全部持っていかれそうになるのをかろうじて堪える。  
絡みつく脚のせいであまり腰を引くことができず、自然と奥を繰り返し擦ることになるのだが、  
今まで我慢していた分のツケと、予想外の締め付けの強さに、すぐに限界が訪れる。  
 
「な……か、きちゃぅ……じーの……く、じーのくんっ」  
がくがくと身体を震わせながら、うわごとのように名前を呼ぶトトリを抱きしめ、  
もっとも奥まで届くよう、深く腰を打ち込む。  
「きゃ……ひぁああああ……!」  
最奥に先端を押し当てたところで、切なげな悲鳴と共に、トトリの身体が弓なりに反り返る。  
硬直するトトリの足に腰を固定されたまま、全て搾り取るかのような収縮に襲われ、  
白くなってゆく視界の中、最後の最後まで、欲望を注ぎ込んだ。  
 
メルルがトトリの不在を知ったのは、ユヴェルの麓周辺の開拓から帰還した後のことだった。  
トトリから伝言を受けていたホムたちによれば、自分の依頼品に足りない材料を採取するため、  
トロンプ高原にひとりで出かけていったのだという。  
 
日数的にはとっくに戻っていてもおかしくない頃だったものの、  
それだけならこんな騒ぎにはならなかったのだろうが、  
とりわけメルルたちを不安にさせたのは、東方に棲むリザードたちがアールズへ侵攻を開始し、  
ハルト砦がその襲撃に遭った、という知らせだった。  
 
ミミはその知らせを聞くなり、遠征の疲れも癒えないままトロンプ高原へ向かった。  
アトリエで絵本を描きながら話を聞いていたらしいロロナも、  
彼女を引きとめようとして結局失敗したステルクを道連れに、ミミの後を追いかけていった。  
大規模な鬼ごっこか何かと勘違いしている節もあったが。  
 
そしてメルルはケイナと共に、街外れのアトリエに残っている。  
もしかするとトトリが戻ってくるかもしれないし、  
トトリの為の捜索隊を出すのなら、それらを中継する連絡役も必要だ、という名目だったが、  
メルルの身を案じたルーフェスがなんらかの手を回したのは想像に難くない。  
その卒の無さには感嘆と、ついでに感謝だって覚えなくもないけれど、それよりも歯がゆさの方が大きかった。  
 
 
 ◇ ◇ ◇  
 
 
ケイナは、トトリがいなくなった日の朝、  
並木通りをひとり街門に向かって歩くトトリを見かけていたらしい。  
「すみませんメルル。あの時私がトトリ様を止めていたら、こんなことには」  
「そんな、ケイナはなんにも悪くないよ!  
 それを言うならわたしこそ、さっさとあの辺のリザードたちを……」  
言いかけて、はたと、おかしな前提が胸の奥に巣食ってしまっているのに気づく。  
「……あーもー、違うちがう。なんでこんな変な雰囲気になってるのー!」  
その根っこを、妙な雰囲気ごと全部振り落としてしまいたくて、ぶんぶんと両手を振り回した。  
 
「先生は元冒険者なんだし、すごい道具だってたくさん持ってるんだから、大丈夫だよ。絶対」  
よくわからない根拠で子供のような理屈をこねたのは、ケイナを安心させるためだけでなく、  
自分に言い聞かせるためでもあった。  
すごい道具。そういえば、トトリはトラベルゲートを持っているはずだ。  
いつでも、どこからでも一瞬でアトリエへ戻ってこられる、本物の魔法みたいな道具。  
それなのに、帰ってこないということは――  
 
どうしようもない不安を抱えながら、暮れてゆく空を窓越しに眺めていると、  
突然、白くまばゆい光が目を刺した。庭に人の身長ほどの大きさの、白い光の塊が落ちている。  
「あ……!」  
「これって……もしかして!」  
ケイナと顔を見合わせる。  
既視感のある光景だった――トラベルゲート以外にこんな現象を起こすものを、メルルは知らない。  
いても立ってもいられず、足をもつれさせながらドアを開けて外へ飛び出す。  
光はもうだいぶ収まっていて、その中に、見慣れた青い衣装が見えた。  
 
「先生!」  
人違いの可能性なんて考えられなくて、青い衣装の人影に飛びつく。  
「メ、メルルちゃん? どうしたの?」  
少し戸惑った様子の優しい声が返ってくる。トトリに相違なかった。  
そしてその横にもうひとつ、少し背の高い人影がある。人影は片手を上げて挨拶してきた。  
「おっす、メルルにケイナ」  
「ジーノさん! 先生と一緒だったんですね」  
「ああ。修行中にばったり会ってさ」  
 
ジーノは時折、修行と称してトロンプ高原に何日か滞在している。  
ちょうどその時期と、トトリが高原に向かった時期が重なっていたのだろう。  
行方の分からなかったふたりが無事に戻ってきたことで、心を曇らせていた不安が拭い去られる。  
そうして顔を見せた感情は安堵ではなく、もやもやと凝った、苛立ちによく似たものだった。  
 
「先生、どうしてひとりで採取に行っちゃったんですか」  
「え? ええと、みんな忙しそうだったから悪いかなって」  
尋ねる声に潜んでいるものの意味に気づいていないわけでもないだろうに、  
いつもと同じように微笑んでみせるトトリは、曖昧にこの場を収めたがっているように思えて、  
端的に言えば、癇に障った。  
 
「――ひとりで採取に行くのは危ないから、かならず誰かと一緒に行けって。  
 最初にわたしに教えてくれたのは先生じゃないですか!」  
感情の昂ぶるままに声を荒げる。  
トトリは困った顔をしていて、冷静なもうひとりの自分が頭の中で制止の声を上げていたが、  
一度堰を切った言葉は止められなかった。  
 
「で、でも、早く依頼品を仕上げたかったし、あの辺りの魔物なら私ひとりだって」  
「いま、リザードの軍団が、東からアールズに攻めてきてるんです!  
 そんな時に先生がひとりで高原へ向かったって聞いて、それで、  
 いつまで経っても先生が帰ってこないから、わたし……ものすごく心配で、もしかして……って」  
 
胸の内を吐き出すうち、凝っていた苛立ちが徐々に溶けていく。  
その中にあった、本当の気持ちが見えたところで、つんと鼻の奥が痛んだ。  
涙の前触れだと悟って、情けなさに余計泣きたくなる。  
泣いている場合じゃないのに。これではますますトトリを困らせるだけだ。  
涙や鼻水が出てくることより、声が震えてうまく言葉を紡げなくなるのが、とにかく鬱陶しくて――  
 
突然、ぽん、と間の抜けた音が響く。ジーノが手のひらを打った音だった。  
「なるほどなー。それであいつら、やたら大勢で襲ってきてたのか」  
場の空気をよそに、なにやら納得した様子でひとりうなずいている。  
「あのなメルル。高原に攻めてきたリザードなら、トトリが来る前に倒しちまったぞ。  
 何匹かは倒しそこねたけど、そいつらも諦めて帰ってったな」  
「そうですよ、諦めて帰って――へ?」  
思わぬところで話の腰を折られて呆然とする。いつの間にか涙も引っ込んでしまっていた。  
 
「その後はリザードなんか全然見かけなかったし、あの辺はしばらく大丈夫なんじゃないか?  
 北の方はわかんないけどな」  
ルーフェスの元に届いていた報告書にも確か、リザードの本隊は北から来ていた、との記述があった。  
ジーノが倒したリザードたちは、進軍ルートを決めるための偵察隊か何かだったのかもしれない。  
トトリに危険が及ばなかったらしいのは分かったが、なんだか大幅に話がずれていた。  
伝えたかったのはそんなことではない。慌てて修正する。  
 
「あの、そういう問題じゃなくて……と、とにかく、先生!  
 錬金術の材料が足りないならわたしのを分けてあげられますし、  
 採取に行くんなら、わたしでもケイナでもライアスくんでも、引っ張ってってもらっていいんです」  
この際、細かいことは考えない。ケイナも力強くうなずいてくれた。  
生憎ライアスはこの場にいないけれど、いま街の外の見回りに出てくれているのは、  
そのようにルーフェスの命が下ったからだけではないと思いたかった。  
 
例えトトリが、自分には永久に追いつけないくらい優れた錬金術士で、  
自分たちの力など全く必要としていなかったとしても、この気持ちは伝えなければいけないと思った。  
そうさせるものが寂しさなのか、悔しさなのか、それとももっと別の何かなのか、  
そんなことは知らないし、どうでもよかった。  
ただ衝動に突き動かされるまま、後先は考えず、言葉のかたちに無理矢理固めて声に乗せる。  
 
「わたし――きっとみんなも、先生のこと、見てますから。  
 ……えっと、そりゃ四六時中とは行きませんし、もしそうだったらちょっと怖いですけど」  
気を抜くと解けてあちこちへ散らばろうとする思考を、力技で纏める。  
「でも、この国のいろんな困ったことを解決できたのも、元を正せば先生のおかげですし。  
 それと同じくらい、先生が何かに困ってる時は、力になりたいんです。  
 借りっ放しでいるなんて、王族として恥ずべきことなんです」  
普段王族として何かを考えることなんて滅多に無いのは、棚の上に追いやった。  
 
驚いた風にも、怒っている風にも見えるトトリは、何か言葉を発しようと口を開きかける。  
それを遮るように、最後の言葉を被せた。  
「だから、先生もわたしたちのこと、もっと見てください」  
トトリは少し目を見開いて、それから眩しそうに細め、口元をほころばせる。  
「……うん。わかった」  
そうしてようやく、ただいま、と言われたので、おかえりなさい、と笑顔で返した。  
 
 
 ◇ ◇ ◇  
 
 
「……あー、なんか大ごとになってたんだな。悪い」  
やりとりを黙って聞いていたジーノは、ばつが悪そうに頭を掻いている。  
「? どうしてジーノさんが謝るんですか?」  
べつに、ジーノのせいでトトリの帰還が遅れたわけでもないだろうに、と思ったのだが、  
「いや、帰りにトトリの先生のアトリエに寄って風呂借りたりしてたんだけどな、  
 それがなきゃ、もう少し早く戻ってこれてたかもなって思ってさ」  
「はあ」  
その通りだったらしい。だからといって責める道理もないけれど。  
 
トトリの先生のアトリエというと、アーランド城下町にあるというロロナのアトリエだろうか。  
確かに、トラベルゲートがあれば行き来は自由かもしれない。しかし何故そこで風呂が出てくるのか。  
そもそもどうして、ここでもトトリの家のアトリエでもなく、ロロナのアトリエなのか。  
さっぱり話が掴めないけれど、この青年の言うこと全てをいちいち真に受けても疲れるだけだ、  
というのは学んでいたので、それ以上考えるのはやめにした。  
 
「まあでも、ジーノさんも先生も、リザードのことは知らなかったんですし……せ、先生?」  
目の前のトトリに視線を戻すと、どういうわけかトトリは耳まで真っ赤になっている。  
こちらの呼びかけも耳に入っていない様子で、ジーノに向け、唇の前に人差し指を立て、  
懸命に合図らしきもの――おそらくは喋るな、という意図の――を送っているが、  
ジーノはそれを一瞥しただけで、全く応える素振りを見せていない。  
 
そんなふたりの様子になんとなく踏み込んではいけない空気を感じ、  
意識の向けどころに迷ってケイナの方を見ると、ケイナまで頬を染め、居心地悪そうにうつむいている。  
「ケイナ、どうしたの? 顔赤いよ?」  
「い、いえ、トトリ様とジーノ様は仲がよろしいんですねというかその」  
「??」  
なんだかよくわからない上に、ものすごく今さらな話だった。  
 
そうこうしているうちに、この場にいる誰もが忘れていたことを思い出したのは、ケイナだった。  
「あのう、トトリ様が戻られたこと、ルーフェスさんに知らせに行かなくていいんでしょうか?」  
「あ」  
そういえばそうだ。ここまで話が大きくなっているのだから、一刻も早く知らせるべきだった。  
行き違いでトロンプ高原に向かったミミたち一行も、ルーフェスのハトを飛ばせば呼び戻せるだろう。  
 
けれど、火山の化身やリザードの件に加えてトトリの失踪騒ぎと、頭の痛そうな案件が重なり、  
ぴりぴりした雰囲気を纏っているであろうルーフェスと顔を合わせるなんて、メルルでも躊躇を覚えてしまう。  
さらにトトリの場合、失態を演じた前例が存在しないので、事態がどう転がるのか全く予測できない。  
 
「えーと、やっぱり、怒られる……かな?」  
「はい、たぶん……」  
「うん、しょうがないよね。私が突っ走ったからこんなことになってるわけだし」  
立場上は客人のトトリなら、長々とした説教は免除されるかもしれない。  
だが、客人だからこそ遠慮なく、という可能性も考えられる。  
自分が付き添って弁護したくもあったが、それも却ってルーフェスの不興を買いそうな気がした。  
それならせめてと、過去の経験から役に立ちそうな部分をいくつか抜き出してみる。  
 
「えっと、参考になるかわかりませんけど、わたしからのアドバイスとしては、  
 口答えは禁物! 目は閉じるな! ってとこでしょうか……  
 あと、さりげなーくタルトとか出すとなんか早く終わったりします。出し方によっては逆効果ですけど」  
「そ、そうなんだ。でも今回はタルトを準備してる時点で逆効果だと思うし、このまま行くね」  
「まったく、しょうがねーなートトリは。俺も付いてってやるよ」  
「ありがとうなんだけど、ジーノくんがそういうこと言うかなあって思うよ」  
 
何か言いたげにしばらくジーノを見つめるうち、疑問でも浮かんだのか、  
小首をかしげながらトトリはジーノに尋ねた。  
「でも、わざわざ付いてくることないのに。怒られるの嫌じゃない?」  
「なんだ、付いてかない方がいいか?」  
「そんなことないけど……ただ、どうしてかなーって」  
「どうしてって言われてもなあ」  
 
眉を顰めたジーノは、尋ねられた内容というより、尋ねられたことそのものに戸惑っているようだった。  
大して考えた素振りもないまま、続ける。  
「他にそんな予定なんかねーし。先のことくらい考えるだろ、普通」  
トトリは心底驚いた様子で、まじまじとジーノの顔を見つめた。  
「……うわー、ジーノくん、先のことなんて考えてたんだね」  
「まあな。……ってちょっと待て、どういう意味だよ」  
 
トトリは時折、配慮をどこかに置き忘れてきたかのような発言をする。  
ジーノ相手にそれが顕著になるのは、長年の付き合いがなせる業なのかもしれないが、  
会話だけ聞いていると、本当にこのふたりは仲がいいのだろうか、と疑問を感じることすらあった。  
 
ジーノの追求を適当にかわして、トトリは並木通りに続く道へと踏み出す。  
「それじゃ、行ってきます」  
「行ってらっしゃい、先生。  
 ケイナと晩ごはん作って待ってますから、終わったらみんなで食べましょう。ジーノさんも!」  
「おお、晩メシまだ決めてなかったんだよ。そういうことならさっさと終わらせてこないとな」  
ごはんの魅力に釣られたジーノはトトリの右手を掴み、急かすように早足で歩き出す。  
「待って待って。そんなに早く歩けないってば」  
「ん? そっか」  
つんのめるトトリを横目に見て、歩くペースを落とした。  
そんなところを見ると、なんだかんだでやっぱり仲はいいのだなあ、と微笑ましく思う。  
 
ふたりを見送って、メルルは大きく伸びをする。気分はすこぶる軽くなっていた。  
「よーし、今日はキノコ料理フルコースに挑戦しちゃうよー!」  
「ふふ、私も腕を振るいますね。ちょうど仕込みの終わったお肉もありますし」  
まだまだ課題は山積みだし、心配事だってたくさんあるけれど、それはひとまず後回し。  
今日は楽しくごはんを作って、美味しく食べて、さっさと寝よう。  
こちらが出向かなくても、どうせ厄介ごとは向こうからやって来るのだから。休める時には休むのだ。  
 
ケイナに続いてアトリエに入ろうとドアノブに手を掛け、ふと振り向けば、  
賑やかに遠ざかっていくふたつの後ろ姿がある。  
「うう……本当はもっと早く帰ってこれてたのに」  
「なんだよ今さら。元はといえばあの時トトリが」  
「わあああー! もうなんでもいいからルーフェスさんの前でだけは黙っててー!」  
 
話の内容は相変わらずよくわからなかったけれど、  
怒ったり慌てたり笑ったりとくるくる表情を変えながら、ずっと手を繋いだまま歩くふたりは、  
まるで家族のように見えた。  
 
 

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