「ただいまー! おまたせっ!」  
元気溢れた声を上げ、マリーがお尻で工房の扉を押し開け入ってくる。  
アカデミーへ買出しに出かけていた彼女の両手には大量の荷物が抱えられている。  
「ちょっと途中でシアに会っちゃって少し話し込んじゃったの」  
小さく「よいしょ」と掛け声を上げ、調合の材料をテーブルに置いた。  
「相変わらずですね」  
予想外の声と返事。  
「げっ! なんであんたがそこに居るのよ」  
本来ならエリーが居るはずのテーブルに座っていたのは彼女の好敵手であり、恋人もどきであるクライスだった。  
「なんですか、その言い方は……私だって被害者なんですから」  
「被害者って……なんでよ」  
その言葉が癪に障ったのか、マリーは肩を怒らせながらクライスの元へとやってくる。  
彼は今まで目を通していた書類をテーブルに置き、椅子から立ち上がる。  
「私は依頼をしに来たのに、こうしてここで留守番をさせられる羽目になったんですよ」  
「あ……」  
「誰のせいとは言いませんがね……」  
マリーの帰宅はエリーと約束していた時間を2時間ばかり過ぎてしまっていた。  
今日は彼女が採取に出かける予定があったのを忘れて……  
「悪かったわね! でも、その言い方はないんじゃない? あたしだって……」  
「あたしだって、なんですか?言い訳なら聞きますよ。お酒の匂いを漂わせてるお嬢さん」  
クライスは眼鏡の縁を触りながら問いかける。  
切れ長の目はいつもながら険悪な狐を思わせるいやらしい目つきでマリーを見据えていた。  
マリーもシアと立ち話をしていたわけではない。  
彼女のお店に出す新作御菓子の試食に付き合っていたのだ。  
それほど甘いものが好きなわけではなかったがお酒に良く合うという謳い文句に誘われ  
試食より一緒に出されたワインを空にしたのは言うまでもない。  
「そもそも貴女は……」  
「うるさい! うるさい! うるさーい!」  
マリーの大声がクライスの言葉をかき消す。  
折角楽しい気分で帰ってきたもののクライスに嫌味を並べられ台無しにされてしまった。  
「で、なによ、依頼って。今ちょっと混みあってるからすぐにできないかもしれないけど?」  
マリーは言い争いに終止符を打つべく本題へと話題を摩り替えることにした。  
年末も近く様々な依頼を抱えている彼女にとって少しでも時間は無駄にしたくないというのが本音だ。  
シアの試食会もお酒に釣られなければ行ってなかっただろう。  
マリーはヘーベル湖の水をビーカーで一杯あおり、再びクライスに言い寄っていく。  
 
「…で、時間がないんだけど?」  
相変わらず彼女の口からはアルコールの香りが漂っている。  
「実はこれを見て欲しいんだ」  
クライスが彼女に渡したのは先ほどまで自分が目を通していた書類だった。  
それはマリーが見たことのある筆跡で書かれたものだ。  
「なにこれ?」  
その中に書かれた自分とクライスの名前に目が留まる。  
「官能小説」  
「へ〜官能小説ね……か、かんのうしょうせつ!?」  
マリーは鸚鵡返しでクライスの言葉を返したものの自ら発した単語に驚いてしまう。  
「じょ、じょ、冗談じゃないわよ!何であたしがそんなもの」  
動揺と共に恥ずかしさで火がついたようにマリーの顔が朱に染まっていく。  
「貴女にしか頼めないんだが……登場人物が登場人物なだけに」  
マリーは彼が言わんとすることも分かったようだ。  
先程目を走らせただけで自分とクライスが出ていることを察していた。  
「ば、馬鹿言わないでよ! あたしだって依頼が待ったなし状態なんだから!」  
「後で私が手伝いますよ」  
普段は消極的なクライスだが今日は違っていた。  
どうしてもこの場を引き下がる気配が無い。  
それに今の依頼状況で彼の手伝いほど心強いものは無かった。  
彼は相棒のエリーと同等、いやそれ以上の技術を持っているといっても過言ではないだろう。  
「わ、わかったわよ……」  
マリーはしぶしぶといった感じの返事をするものの、内心は嬉しい気持ちを抑えるのに必死だった。  
「それと……」  
 
 
ひょんな理由からあたしと彼は工房内で二人っきりになっていた。エリーはストックが無くなった素材の採取に出かけてしまったから。  
心なしかさっきシアの試食会で呑んだお酒が抜けきっていない気もする。  
おそらく体が火照っているものそのためだと思う。  
決して彼が側に居るからではないはず……  
「どうですか?」  
「悪くないんじゃない、どこかで習った?」  
彼があたしの肩を揉んでくれている。  
「正直に気持ち良いとはいえないのですか?」  
「まぁ、その、気持ち……良いわよ」  
そう答えながらついついその言葉を変な意味にとってしまったりする。  
「もしかして溜まってます?」  
「なっ!」  
思わずその手を払いのけようとしたと同時に後ろから彼が抱き付いてきた。  
「私は……ます」  
彼の声が耳元に響く。  
すべては聞き取れなかったけどとっても恥ずかしいことを彼は言っていたと思う。  
それこそ普段の彼からは想像も出来ない言葉。  
「だめよ……あの日なんだから……」  
彼の束縛から逃れようと私は立ち上がろうと体を起こす。  
しかし、彼は逃さないようにと強くあたしを抱きしめ言葉を続ける。  
「おかしいですね。先月から算段すると予定では明後日ぐらいのはずですが……早くきましたか?」  
「なっ!?」  
「それに女性は月経の前は性的欲求不満が高まるとありますが……」  
彼は平気な顔で返答し難いことをズバズバと言い放つ。  
「さっきのは……う、嘘よ。言ってる事もあたってるけど、そんな雰囲気じゃないでしょ!」  
「私は我慢できそうにありません」  
背後から彼の手が服の上から胸を鷲づかみにする。  
消極的な彼にしては大胆な行動。  
「じょ、冗談よね?」  
心臓が早鐘を打っている。  
その振動が彼に手に伝わってしまっているのでは思ったぐらいの高鳴り。  
「いつものように……躱すつもりですか?」  
彼の長いブロンドのあたしの耳にかかる。  
彼の香り、普段は風が運び僅かに薫る程度の芳香。  
今ははっきりとあたしに届く。  
「今日は誰も居ませんよ?」  
 
あたしの心の先を読んだ彼の言葉。  
次の疑問もきっと彼は打破してしまうと思いながらも私はそれを口にする。  
「誰か来たらどうするのよ……」  
「こんな時間に?約束でもしていないなら来客がくる時間でもないと思いますが」  
「もしもの話よ!」  
曖昧な答えを彼の口からは聞きたくなかった。  
らしくないから……望んでいないから……  
「先日私が貴女に依頼したものを覚えていますか?」  
「えっと……」  
ごめん、正直覚えてない。  
「気のいい友達だったっけ?」  
とりあえず適当なもので探りを入れてみた。  
「それは……貴女の趣味でしょう?まったくお酒のことばかり……これですよ」  
彼があたしに見せたのは錬金術の中でも難易度の高い「時の石版」だった。  
「今日みたいな日のためにこの前御願いしたんですよ」  
「え?」  
「もし仮に誰かがここに来たとしても応急的な対処にはなるでしょう」  
ちょっとそれってどういうこと?言葉にならないあたしの問いかけ。  
なぜなら彼の唇があたしの発言を邪魔したから。  
「んん!」  
突然の出来事に目を丸くしたものの、あえてあたしは反抗はしなかった。  
彼がこんなに積極的なことも珍しいし、二人きりになれる時間も今の生活では難しかったから。  
少ないチャンス、だけど場所がその雰囲気をかもし出さない。  
彼は唇を離すと服を脱ぎ、それを床に広げていた。  
「いいですね?」  
「か、確認しないでよ!今更……」  
彼の女性のように華奢な体、普段から日に当たらない病的な白さ。  
じっくり顔を見つめれば目の下には黒いクマがくっきりと浮かび上がっている。  
彼が睡眠すらろくにとっていないことをあたしは知っていた。  
「ここで? その……するつもり?」  
彼に少しはムードってものを考えて欲しいと願う。  
「貴女の日常で、貴女を知りたい」  
と彼は囁く。  
工房内を見渡せば普段より物は散らかっていない。  
おそらく出かける前にエリーが少しは片付けてくれたのだと思う。  
 
「そ、それならい……いけど。変なことになっても知らないよ」  
「貴方がですか?」  
「……馬鹿」  
あたしは口を尖らせプイと彼から顔をそらす。  
いつもはガラに無い仕草も彼と二人の空間なら見せることができた。  
あたしの顎を彼の手が触れ、向ききなおさせると同時に唇が重なる。  
カサカサの唇……少しでも手入れすればいいのになんてことを考えてしまう。  
そう考えているのも束の間……  
蕩けるようなキスって上手い表現だっていつも思う。  
現に彼との口付けだけで身も心も、そして頭の中もすべてが液化して流れてしまいそうな気分。  
ずっとこの時間が続けばいいのに……  
ぺちゃぺちゃと唾液交じりの音が耳元でリアルに聞こえる。  
それもそのはず、彼があたしの耳を舐めているのだから……  
「あっ……あぁ……」  
あたしの口から鼻にかかった息が漏れる。  
くすぐったいけどそれだけじゃない気持ち。  
「や……くすぐったい……」  
耳の愛撫を回避すべく体を捩る。  
「マルローネ」  
呟いた彼はあたししか知らない素顔だった。  
どんな時でも眼鏡をはずさない彼。寝る時も、入浴の時も、鍋をつつく時でも眼鏡はつけている。  
私が知る限り唯一二人の時間だけは彼は素顔をさらけ出していた。  
彼がもう一度口付けをせがむ。  
最初とは違う濃密な接吻。  
「ん……あぅ……はぁん」  
彼の細い背中にあたしは指を這わす。  
そうしている間にも徐々に彼は細く長い指で愛でながらあたしの体を滑り降り始める。  
彼は胸元で一度動きを止め、慣れた手つきであたしの衣服を取り払ってしまった。  
「綺麗だ……そして美味しそうだ」  
彼はそういってあたしの胸にむしゃぶりついてくる。  
子供のように、もっと言えば赤ん坊のように愛らしい仕草。  
まだ子供を育てたことは無いけど僅かながらも母親になった気分に浸ってしまう。  
いうなればこれが母性本能なのかも?  
「あっ、あん! ……はぁぅ……んはぁ」  
彼の優しい愛撫、時折激しく、一定のパターンで快感の波を徐々に煽りたてる。  
 
「ほら、ここがこんなになってるよ」  
わざと彼はあたしに見せつけ言葉で責める。  
羞恥プレイと言っていたけどあたしは嫌い、けど恥ずかしがる姿が逆に彼は興奮すると言っていた。  
「あっ……、あぁ……」  
丁寧な愛撫に酔いしれているうちにいつの間にか彼は標的を変えていた。  
「あっ! だめ!」  
彼の顔はあたしの股間の位置にあった。  
とっさに脚を閉じようとするものの彼の手がそれを阻止してしまう。  
「もうこんなになっているのに?」  
言われなくても分かっていた、そこがどんな状態なのか自分自身が一番分かっているのだから……  
「もう少し脚を開いて」  
恥ずかしいと思いつつもそれには逆らえなかった。  
言葉の呪文。それは魔法のようにあたしの体を動かしてしまう。  
彼があたしの下着を降ろし、荒い息がかかる。  
彼の手が、唇が、あたしのもっとも大事な部分に触れる。  
相手を傷つけることの無い、思いやりを感じる彼の丁寧な愛撫。  
 
じゅぶじゅぷ……  
 
徐々に激しさを増し、舌と指が交互にあたしの体の中に入ってくる。  
「あっ、あっ、ああぁあん!」  
襲い繰る快感に膝が震える。  
それは自分の体を支えることすらままならない状態。  
かがみこむ彼の肩に手を置き、なんとか今の姿勢を維持するのに努めた。  
「だ、だめ……もう立ってられない……あぁぁん!ク……ライスぅ」  
圧し掛かる重さに気付いたのか、私の訴えが届いたのかわからないけど彼は愛撫を中断する。  
「マルローネのこれ……お酒の味がした」  
「えっ? え?」  
立ち上がった彼が私に見せつけたのはべったり液体が付着した指。  
つまるところあたしのアレ……  
「ほ、ほんと……う?」  
「冗談ですよ。一度舐めてみますか?」  
彼はその指をあたしの口に近づけてくる。  
「絶対嫌!」  
彼に対し私は顔を背け拒否反応を示した。  
 
「自分の物ですよ」  
しつこく口の周りに先ほどまであたしを愛でてくれていた人差し指をアピールしてくる。  
こういうときあたしも黙っているだけじゃない。  
「なら、クライスもアレを呑んでみる気ある?」  
「え、遠慮しておきます」  
あたしが言ったアレとは、男のアレのことで苦くて、喉に何時までも存在感をのこしているアレのこと。  
「今度は……マルー……してもらえますか?」  
彼はあたしの肩に手を置き座るように促してくる。  
床の上に膝立ちしたら丁度顔の高さに来る、彼の逞しいモノ。  
すでにそれを覆う物は何もなく、まるであたしの愛撫を催促するようその先端からは涎のようなものが滲み出ていた。  
昔ほどの抵抗は無いけどあんまり好きじゃない行為。  
彼のモノを口いっぱいに頬張り、可能な限りそれを口の奥まで飲み込んでいく。  
口の中に溜まった唾液が彼のモノに絡みつく。  
「うぅ……マルローネ」  
か細い彼の声が頭の上の方から聞こえる。  
ワンパターンにならないように、あたしなりの努力で彼を愛でてみせる。  
それほど器用じゃないから満足してるかどうかは分からないけどそれを聞くのは無粋だと思う。  
今の態度や仕草が言葉以上に物語ってくれている。  
彼のモノが唾液まみれに水っ気を帯び、下準備が整う。  
自慢の胸にそれを包み込み、ゆっくりと上下に動かしてみる。  
二つの山の間からウナギが顔を覗かせるような光景。  
その頭を口に含み、舌先でチロチロと舐め回してあげる。  
彼の口からはまるで女の子のようなあられもない声が発せられる。  
シュッシュッ、シュッシュッと胸の動きを早め、ぬめりがなくなるまでその行為におよんでいた。  
「マルローネ、もう……ん……」  
彼が達する直前に私は動きを止めた。  
「だめ……まだあたし」  
挟んでいたモノを開放し、仰向けに床の上に寝転んで見せた。  
「クライス……きて……」  
自分が言った言葉だけど、恥ずかしさで顔から火が出そうになる。  
さっきのままで口に出されるのも嫌だったし、なによりあたしの欲求が満たされないまま悶々としないのも嫌だった。  
「……ですが、すぐ果ててしまうかもしれませんよ」  
彼が覆いかぶさりながらあたしに告げる。  
「それもだめ。あたしも……その、気持ちよくさせて」  
「善処しますが」  
 
あたしの大事なところに今まで口で愛でた彼もモノが当たっている。  
「いきますよ……」  
返事の変わりにあたしは無言で頷いた。  
ゆっくりと入ってくる彼の、彼自身の熱いモノ。  
「あぁ……あぁぁぁ……んはぁあ!」  
同じペースで彼のものがあたしの中へ進入し、退き、また入ってくる。  
「そ、そんなに締め付けられると……」  
「あぁ……クライス、クライスぅ!」  
彼の一突き一突きの振動が頭にまで響き、荒い息遣いが絡まり、高鳴る鼓動が一つになっていく。  
「だ、だめです……っく!」  
体を強張らせ、苦痛に耐えるように彼の顔が歪む。  
まるで数秒間時間が止まったかのように彼は動きを止めていた。  
そして、はふぅぅと長い息を吐き出した。  
「大丈夫?」  
「な、なんとか堪えました」  
額の汗が顎を伝って私の胸に滴り落ちる。  
そこまで無理しなくていいのに……けど……嬉しい。  
「……続けますよ」  
「う、うん」  
再びゆっくりと彼の律動が始まる。  
「あっ、あぁん、あっ、あっ、あっ……ん」  
浅く、浅く、時に深く硬く反ったモノがあたしの中に溺れる。  
耳に届くじゅぷじゅぷという淫靡な音……あたしと彼が奏でる愛のハーモニー……  
彼の手があたしの手を取り、それを股間へと導いていく。  
「自分で……触って……」  
「は、恥ずかしいよ」  
手を引っ込めようにも彼がそうはさせてくれなかった。  
「一緒にイキたいんです」  
「..あ、あぁ……」  
あたしは自分が一番気持ち良いと感じるところを丹念に撫で回す。  
彼と達したい……残念だけど気持ちは一つでも体はそれほど簡単には出来ていないのよね……  
「あん、あっ、あっ、ああぁぁん! クライス……きて、きてぇ……ああぁ、はぁん!」  
快楽の階段を駆け上がるように徐々に彼のピッチが上がる。  
あたしも羞恥心を取り払い、小さな肉芽を指で押しつぶし、こね回した。  
「貴女と……ひとつに……はっ、はぁ……ひとつにぃ!」  
 
「クライス、クライス! あぁん!好き! すきぃ……あっ! 大好き!」  
お互いのボルテージが上がっていくのが分かった。  
昇りつめるまではいかなくてもあたしは快楽の最高潮にふれているのを感じることができている。  
「っく! マ、ルローネ!」  
突然その動きが急に止まる。  
先ほどと同じく彼は果てる瀬戸際で必死で堪えているのが分かった。  
『一緒にイキたいんです』  
辛そうに見える顔を見るあたしも少し辛かった。  
残念だけど女のあたしに男の気持ちは分からない。  
一緒に何かをやり遂げたい気持ち……今日の目的は少し邪な希望だけど……  
「まだ、なんとか頑張れそうです」  
「む、無理しないでね……クライス」  
崖っぷちで繋ぎ止めたと思える彼の意思。  
息は上がり、自分の体を支える腕も震えている。  
その顔はまるで何キロも走ったように疲労の色すら覗かせている。  
「ねぇ、あたしが上になるよ」  
見かねてあられもない言葉を発してしまった。  
「目覚めましたか?」  
「ば、馬鹿! そんなんじゃないわよ! ……もう知らない!」  
今日の様子は彼らしくない。けど、そんな彼の影響かあたしもあたしらしくなかった。  
「そんなところが可愛いですよ」  
「コ……らん……」  
怒鳴りつけようとしたあたしに彼が口付けをする。  
こういう時のキスは嫌いじゃない。むしろずっとキスしたままでもいいぐらい……好き。  
彼の腕があたしを抱き起こし、代わりに彼が床の上に仰向けに寝転んでしまう。  
そこであたしの願いもむなしく二人の唇は未練の糸を引きながら離れていった。  
「御願いします……けど今度は我慢できないかもしれませんよ」  
分かってる、それにこれ以上我慢しなくて良いって思ってる。  
背をそらし、後ろに手を置きそれを支点にあたしは腰を動かしていく。  
ぐちゅぐちゅといやらしい音が動くたびに耳に届いてくる。  
あたしの動きに不満があるのか、彼の手が加担し、激しい動きを強要してくる。  
前後に揺すり、上下に動かし、また前後運動に戻る。  
最初は仰け反っていた体もいつの間にか前かがみに彼を見下ろすようになっていた。  
もう少しで顔が接する……見ると最初はカサカサだった彼の唇も潤いを取り戻していた。  
あたしの思惑が通じたのか彼は体を抱き寄せ、唇を奪ってくる。  
 
「んはぁ……ん……ぅうん……あはぁん」  
お互い口の外で絡める舌、もどかしくても触れ合う悦び。  
口付けを交わしながら彼の手があたしのお尻を掴んだ。  
「いきますよ」  
口付けの間からこぼれる言葉。  
激しく下から打ち上げられる体。  
逃げ場をふさがれたあたしは真っ向からそれを受け止め、体の芯で彼を感じていた。  
「ん!んはぁ!あっ、あんんん!」  
ふさがれた口から艶っぽい喘ぎは漏らせない。  
けど、体が悦んでいるのは彼にも伝わっているようだった。  
なおも速度を増し、突き上げ続ける彼。  
部屋中には声の変わりに体同士がぶつかり合う音がリズミカルに響いている。  
床からの振動でテーブルの上のフラスコたちが揺れる音も聞こえる。  
「い、いくよ!」  
切羽詰った彼の声。  
「きて、きて! クライス! 好き! 好きぃ!」  
「だ、出すよ! マルローネ! な、中に!」  
「大丈夫! だかぁっ! んぁ、あっ、あぁぁ!! ふぁ、いい……っいいのぉ!」  
頭の中が一杯になり何を言ってるのか、何を言われてるのか理解できなくなっていた。  
最後に彼がうめく声と同時にあたしの中が熱いもので満たされていく。  
「はぁ、はぁ、はぁ……」  
全力疾走を終えた後のような息も絶え絶えの様子の彼。  
その口にではなく、乱れた髪を払い、あたしは彼のおでこに「ちゅっ」と口付けを落とした。  
「ご、ごめん。君を満足、さ、させてあげ……かったですね」  
途切れ途切れに紡ぐ言葉。  
あたしはその問いかけに首を左右に振って堪える。  
「ううん……すごい満足できたよ。おなかいっぱいに……」  
甘えるよう彼の薄い胸板に頬を寄せた。  
「今の言葉恥ずかしくないですか?」  
まるで素に戻った口調で彼が問う。  
いつもなら怒鳴り返すところだけどぐっと堪え、あたしは彼の胸の上で余韻に耽ることにした。  
こういうところが彼の足りないところ……けど好きになっちゃったんだから仕方ないと自分に言い聞かせる。  
「マルローネ……その……愛してます」  
今度は少し照れながら彼が言った。  
「……恥ずかしくないの?」  
あたしはここぞとばかりに仕返しするつもりで皮肉めいてみせる。  
「いえ、本当のことですから」  
「……あたしも……」  
あたし達はその言葉の意味を再確認するようにどちらともなく唇を重ねた。  
 
 
 
事を終えた二人は二階のベッドで休息を取ることにした。  
お互い天井を見上げ、クライスに腕枕をされマリーは彼に寄り添っている。  
腕枕といったが普通の枕もしてあり、首のところの空間に腕を通したクライスに負担の少ないものだ。  
「でもなんでこんなもの書いたの」  
マリーは数枚に書かれた小説を流し読みしながら問いかける。  
女性の立場からして官能小説というものをじっくり読む機会などないと思っていた。  
「僕じゃありませんよ。それ……あなたのところに居た女性から御願いされたものです」  
「え? ひょっとして?」  
「そう、そのひょっとしてです」  
どうりでマリーの見覚えのある筆跡だった。  
他でもない彼女の工房でやっかいになっていたアニスのものだ。  
彼女が在宅中もたらした災いの多くは性的要因を含んでいる。  
今回のこともその一つと言えるだろう。  
「でもなんでクライスが?」  
「私と貴女を題材にした小説を書いたので読んで感想を聞かせて欲しいと言われましてね」  
「断ればいいのに」  
「知らない仲でもないですし、なにより貴女の門下生ではないですか。無下にできませんよ」  
とやり取りの間もマリーはその小説から目を離していない。  
どことなく引き込まれる魅力があるのだろう。  
なにより自分たちが登場人物になっているのだから興味を惹かれないことは無い。  
「あ、このフレーズ!」  
「なにか?」  
文面の中に紛れも無くクライスが口走ったものがあった。  
普段の彼とは違う一面、それはこの作品から出てきたものだと改めて思い知る。  
「真似たでしょ?」  
「たまたまです」  
大あくび混じりに応えるクライス。  
見れば見るほど先ほど自分とクライスのまぐわいに近いストーリーに仕立てられている。  
台詞によってはクライスが発したものとまったく一緒なものまで見受けられる。  
「ク〜ラ〜イ〜ス!」  
「確かに真似た所があるのは否定しません。けど私が言った言葉に偽りはひとつもありませんよ」  
マリーは先ほどの言葉を思い出し顔が火照るのを感じた。  
彼の口からでた愛の言葉。  
「覚えていないようでしたらもう一度言ってさしあげましょうか?」  
「結構よ!」  
照れ隠しとばかりに再びアニスの作品に目を走らせた。  
 
彼女の作品には独特で不思議な魅力を感じずにはいられなかった。  
なるほど、クライスが欲情したことにも納得してしまう。  
現に自分とて変な気持ちに駆り立てられてしまっていたからだ。  
流石に物語の後半は違うものの一通り読み終えた彼女は悶々とした気持ちになってしまっていた。  
幸いなことに合意でそれを満たすことのできる相手はすぐ傍にいる。  
「ねぇ、クライスぅ」  
マリーはとっておきの猫なで声で彼に頬を摺り寄せる。  
いや、今の彼女の場合なら雌豹と言ったほうが良いだろう。  
「Zzz……」  
返事の変わりに聞こえる彼の間抜けな寝息。  
マリーはクライスの眼鏡を取り、夢の中でその言霊を受け取ることを願って寝顔に向かって愛の言葉を落とした。  
 
二人に数時間だけの平穏な睡眠を……  
 
□END□  
 

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