「あれ、テオじゃない。おーい、テオ……」  
私は叫びかけて咄嗟に口を閉ざした。テオは他の人たちとなにやら話していたから。  
私がいるのはザールブルグの南門からやや離れたあたり。城壁を背にして、草原がまばらな木々の間を広がっている。  
その木陰の一つにテオはいた。  
「誰かしら……」  
見掛けない人たちだった。旅の冒険者や行商やとも違う。  
……何だかやくざな感じがする、そんな男の人たちだった。私はテオが何を話しているかとても気になった。  
だから悪いとは思いながらも、近くの木陰に身を隠し、こっそり聞き耳を立てていた。  
そして、とんでもないことを聞いてしまうのだ……  
 
「城壁の破壊しやすい箇所は調べてあるな?」  
「勿論だ」  
「爆弾の用意はできているか」  
「ああ、問題ない」  
爆弾……? 私はその言葉に眉を顰めた。テオが頷き、言葉を続ける。  
「後は、あんたらの軍隊がザールブルグを包囲したとき、内側から城壁に爆弾を仕掛ければいい」  
しまった、と気づいたときには遅かった。私の震える足は、もつれ、地面の突起に躓いてしまっていた。  
すぐに、私に気づいた男たちが腰の剣を抜き、周りを取り囲む。  
私はたちまち男たちに取り押さえられてしまった。  
「あ、あなた達はドムハイトの……?」  
「姉さん、聞いてしまったんだね……」  
テオが私の前に立った。今まで見せたことがないほど冷たい表情だった。  
テオが私に近づいてくる。腰の剣を抜き払って。  
「テオ……嘘でしょ? ねえ、嘘でしょ……?」  
震える私の声にテオの顔は無反応だった。そして――剣の柄が私の鳩尾に叩まれた。  
胃が口から飛び出しそうなショックが体を突き抜ける。私の意識は暗闇の底に落ちていった。  
 
……気がつくと、薄暗い場所にいた。カビ臭くてじめじめした湿気が肌にまとわりつく。  
松明の明かりがぼんやりと照らすそこは何かの倉庫のようだった。  
そして――  
「気づいたみたいだね、姉さん」  
「…………」  
「どうしたんだよ、姉さん。そんな目をして睨まないでくれよ」  
テオはおどけた仕草をみせると、腰掛けている箱から腰を上げて、  
縛られ、床に転がされている私に近寄ってくる。冷たい剣の切っ先が私の首に当てられた。  
「悪く思わないでね、姉さん。秘密を知られた以上、生かしておくわけにはいかないんだ」  
「どうし……て……」  
思わずかすれた声が口をついて出る。  
「信じてたのに……あなたのこと信じてたのに……」  
「…………」  
「全部、嘘だったの? 私に話したことは全部、嘘だったの?  
あんなに楽しそうに自分の夢を語ってくれたのは、全部、嘘だったの? 私を好きだと言ってくれたこともみんな嘘だったのっ!?」  
「本気だったさ。――利用するためにね」  
やっぱり、テオの顔に表情はなかった。  
私は自分の中で何かが壊れていくのをはっきりと知覚していた。  
「隠れ蓑にも、メガフラムの調達にも役立ったし、姉さんには大助かりさ。  
性欲のはけ口としても、あんたは都合のいい道具だったよ。ちょいと優しい言葉をかけてやればすぐ体を開くんだからね、姉さんは」  
「許さ……ない……絶対に……許さないわ」  
「あ〜そんな顔して悔し涙なんか流しちゃって。そういう姉さんもそそるよ」  
「はうっ!」  
しゃがみ込んで私の顔を覗きこんでいたテオの手が、いきなり私の胸を掴んだ……!  
 
「うーん、やっぱこの体もったいないよ。殺す前にもう一回やらせて」  
「私に触れないでっ!!」  
「そんなこといっても、姉さんもう濡れちゃってるんでしょ?」  
「あっ……!」  
テオが私の体をまさぐりながら圧し掛かってくる。  
必死に押し殺した声が、それでも口をついて出る……!  
「相変わらず、おっぱい感じやすいんだね、姉さん」  
「やめて……私に触らないでえっ!!」  
涙がぽろぽろと溢れ出てくる。愛してたから。本当にテオを愛してたから。  
だから、許せなかった。私を騙したテオが。あんなに私を愛しているといってくれたテオが許せなかった!  
なのに……なのに……  
「はあっ……ふっ……くうっ……!」  
「何だよ、やっぱり姉さんもうグショグショじゃないか」  
テオの指が下着のなかに入り込んで、そこを弄くり、こね回す。  
その度に私の頭を叩き割るほどの快楽がつきぬけていく……  
「やめてえっ!! 私から離れてえーっ!!」  
私は泣き叫んだ。ただ悔しさで泣いていたんじゃない。心から悔し涙を流していたんだ。  
私を裏切ったテオが許せなかったから! そして、体で翻弄される自分が悔しくてしょうがなかったから……!  
「あはぁっ!!」  
心臓が止まりそうなほどの強い刺激が体に走る。息が詰まりそうになる。  
「姉さん、クリトリスを強めに刺激されると、すぐイッちゃうんだよね」  
「あひぃ! いやあぁっ! やめてぇっ!」  
テオが指を加速した。  
「ほらほら、さっさとイッちゃえよ。イッちゃえ、イッちゃえ!」  
「駄目ぇ、やめてぇ――――っ! あっ、いあああ――――――っ!!」  
そうして、頭の中が真っ白になり、私の意識はスパークして飛んでいった。  
 
「ぷはっ、すごい汁。顔にかかっちゃったよ」  
「……ふ……うっ……」  
もう、何も考える気力もなかった。体に力が入らない。  
私は這いつくばり、涎を垂らしながら口を開けて必死に喘いでいた。  
涙が頬の上を伝わって落ちるのを感じた。テオが体重を掛けてきた。  
「それじゃ、いくよ」  
「あひぃ!」  
テオが私の中に入ってきた。いつもは私を満たしていた。  
今では、嫌悪の対象でしかない。なのに、私の体はテオを受け入れてしまっていたのだ……。  
「ああっ! やめてぇ……駄目ぇ……!!」  
「姉さん、凄い締め付けてくるよ。犯されている自分に感じてるの?」  
「はあっ!」  
テオが私の涙を舐めると、腰をいっそう深く沈めこむ。  
「ひっ……ふっ……」  
「ああっ、いいよ、姉さん……姉さん……」  
体が次第に硬直していくのが分かる。手足がつっぱり、痙攣する。  
徐々に大きくなっていって。来る。大きな、波が。  
「イクよっ、姉さん! 出すよ!!」  
「ひいっ、ひああっ、あっああああああああ――――――っ!!」  
私は、波に浚われ、のた打ち回った。ひたすら、溺れ、喘いだ。涙の底で。  
熱い樹液がほとばしるのを感じた。  
 
「ふうっ……気持ち良かったよ、姉さんのおま○こ。まだびくびくしてらぁ」  
「ああ……うっ……」  
絶頂を迎えた衝撃で全身の痙攣が退かない私の体を、テオが舐めるように撫でる。  
かつては私を愛撫で燃え上がらせたその手で。今は私とザールブルグを売り渡した汚れたその手で。  
「どう……して?」  
私は、涙で潤んだ瞳でテオを見上げた。  
「どうして、こんな……?」  
「……姉さんみたいな育ちがいい娘には、分からないさ」  
テオは立ち上がり、身づくろいしながら吐き捨てるように告白していった。  
「オレの実家はドムハイトの貧乏百姓でさぁ、働けど働けど暮らしは楽にならざりき、ってね。  
朝から晩まで泥に塗れて、腹一杯飯を食った覚えがなかった。ちょっとでも年貢を納めなければすぐ死刑だ。  
Mohn(ケシ)でも副業に樹えて、闇市場に流すくらいじゃないとやってけねえのさ。  
それでも本当の姉さんは、娼婦として売られていったよ。親父はその内自分で作った阿片の中毒になっちまうし」  
「…………」  
「そうする内、闇市場のヤクザを通して、ゲハイム・スターツポリツァイ(国家秘密警察)の連中と知り合いになったのさ。  
俺みたいな平民出の小僧が大金を攫むには、おえら方の下働きが一番手っ取り早い。そうして俺はザールブルクに潜り込んだ」  
ギギと音がして倉庫に明かりが差し込む。テオは言葉を止めると、人影に向かった。  
「なんだ、まだその女始末してなかったのか?」  
「ああ、ちょっと楽しんでてな」  
入って来たのは、ドムハイトの工作員たちだった。  
皆下卑た目で私を見つめる。私は裸体なのを思い出して縛られた姿勢で慌てて身づくろいした。  
「いや……!」  
男たちが鼻息を荒くする。  
「おい、俺たちにも姦らせてくれよ」  
「乳臭いようで中々べっぴんじゃねえか。皆で輪姦そうぜ」  
(……!)  
男たちは秘密を知った私を殺す前に、体を弄ぶというのだ。  
私は、絶望に頭がくらついてきた。テオ……いや、ドムハイトの秘密警察に裏切られて、  
ボロボロになった私の心を、さらに踏みにじろうと。  
「その事だが、この女、殺すのはもったいない」  
突然、テオが思いもよらぬ事を云う。それは男たちにとっても同様だったらしい。  
「なんだ? まさか貴様情が湧いたとか言うんじゃなかろうな」  
「違う。この女は『錬金術』とやらいう業を身につけている。本国に送れば、色々と使い道があるだろ」  
私は、涙が滲むまなこをきっと釣り上げて、叫んだ。  
「ふざけないで、錬金術は人殺しの技じゃないわ!!」  
「なに……?」  
「あなたたちなんかに、私は絶対協力しない!! 殺すんならとっとと殺しなさいよ!!」  
男たちが殺気を滾らせる。  
 
「このアマ……!」  
「殺っちまおうぜ」  
「まあ待て」  
テオは手で男たちを制すと、しゃがみ込んで私の顔を覗いた。  
「姉さん死ぬのが怖くないの?」  
「あんたなんかに利用されるくらいなら、私は舌を噛み切って死ぬわ!」  
私は、テオを睨んで吐き捨てる。テオの瞳が陰翳を増した。  
何やら残酷な事を考えている目だった。この子にこんな目ができたなんて……。  
「――じゃさ、姉さんだけでなく、イングリドとヘルミーナも殺っちゃうよ? 姉さんの見ている前で」  
「……!!」  
「はるばるケントニスから海を越えてきた錬金術師たちは、異国の地で無残な死体となってしまいました、ってね。  
錬金術を廣めるっていう夢もぽしゃるけど、それ以前にまだガキの二人まで殺されるんじゃ、泣けてくるね」  
「やめて、二人には手を出さないでぇ!!」  
テオは、「ようやく素直になったじゃん」と嗤うと、男たちを振り返る。  
「そーいうことで、今からアトリエ・リリーに行って二人を拉致って来るから。あいつらガキだけど錬金術の腕前は大したもんだ。  
本国に誘拐したら、メガフラムでも量産させようぜ。これも俺の成績にしてくれよ」  
そう言って、テオは出て行った。  
「さて……と」  
男たちが、私を取り囲む。  
「殺さないなら、たっぷり楽しませてもらおうぜ」  
「ああ、これだけの上玉久しぶりだ」  
「いや、いや……」  
男たちが手を伸ばす。私は、絶望の叫びを挙げた。  
「いやああああああああああぁぁぁ――――っ!!」  
 
男たちは皆情欲に駆られ、血走ったまなこをしている。  
テオに犯された私は半裸で、後ろ手に縛られ、身を動かす事も出来ない。  
「やめて……やだ、やだ……お願いよ……」  
私は恐怖と嫌悪に肩が震え、目には涙が滲んでくるが、どうしようもない。  
私の嘆願など聞いてくれるような男どもではないのだ。  
「嬢ちゃん、中々良いカラダしてんな。まだ十七八じゃねえか」  
「あのコゾウとはよろしくやってたのかい?」  
小僧――そう、テオの事だ。  
ケントニスからこのザールブルグに来て、初めて私たちのお客様になって呉れたのは、テオだった。  
それから冒険者として、お得意様として、日々を過ごす裡、  
私はいつの間にか彼が私の胸をきゅっと鷲掴むようにときめかしている事に気づいた。  
そしてあの日ピルツの森の木の上で想いを告げたその日――私は、初めてテオと寝た。  
女になった瞬間だった。  
彼が私の中に入って来たとき、私は躰が熱く、そして満たされた思いだった。  
「へへ、こいつ案外胸でけえぜ」  
「おい、アソコも見せてみろ。……毛が濃いな」  
私は異郷で生まれた。  
ケントニスでは錬金術に明け暮れる日々で、男の子と遊ぶ事もなかった。  
友達はみんな綺麗なお嫁さんになるのが夢だなどと言う中、  
私は錬金術師としてこの世になにか成したい、世の中に貢献したいとだけ思っていた。  
だから、恋なんてした事がなかった。  
ザールブルグに来て、アカデミーを立てて、そんな事で頭がいっぱいの私に、  
甘酸っぱい胸のせつなさを教えてくれたのがテオだった。  
「面倒だから全部破いちまえ」  
「おい、股を開かせろ」  
子供っぽくって、やんちゃで、甘えん坊で、甘いものが大好きで。  
初めはお姉さんとして接していて、いつか彼に男らしさを感じたとき、私は彼に恋をしていた事に気づいた。  
彼は一人前の冒険者に、私はみんなを助けられる錬金術師に。  
二人で、いっしょに夢をかなえよう。  
そう、郊外の叢の中、納屋の中、裸で抱き合って誓い合った。  
でも、それは。それは全て彼の策略だったのだ……。  
「好きにして……」  
ぽつり気の抜けた声で言う私に、男たちが思わず止まる。  
「ヤリたかったら好きなだけ犯しなさいよ。好きにすればいいじゃない……いいわ、私をめちゃくちゃにしてよ」  
声には抑揚がない。目は恐らくぼうっと光を失しているだろう。  
涙だけが一筋の流れとなって頬を伝った。  
 
「へえ、こいつ急に大人しくなりやがったじゃねえか」  
「望みどおり好きにしようぜ」  
男たちが「ゲへへ」と笑うその時、  
「――そこまでにしておくんだな」  
 
倉庫の扉が開かれて、陽光に甲冑が煌めいた。  
金髪の美剣士を中心に王室騎士団の弓取りたちが、手に白兵を持して踏み込んできた。  
「ドムハイトの密入国者ども、ザールブルグに対するスパイ行為と婦女暴行の現行犯で召し取る。抵抗すれば、命の保証はない」  
「ウルリッヒさま……?」  
「ち、お、おいかかれ!!」  
男どもは慌てて武器を手にしようとするが、着衣を脱いでいるため、汚物をさらすしまらない格好だ。  
すかさず切り込む王室騎士団。  
ウルリッヒさまの剣捌きはお見事だった。ドムハイトの賊はものの数呼吸で斬り伏せられた。  
「リリー無事か、大事ないか?」  
「ウルリッヒさま……」  
私は、しゃくりあげてくるものが抑えられなくて、その胸で震えて。  
「うわあああああああああああああああああああああああああん!!」  
しばらく泣きじゃくっている裡に、王室騎士団が部屋の中を探索する。  
その間中、ウルリッヒさまは半裸の私に上着をかぶせ、抱きしめてくれた。  
「落ち着いたか?」  
「ありがとう……ございます……」  
「間に合ってよかった」  
「どうして、ここが?」  
「密告があったんだよ。このスラムの倉庫を、連中がアジトにしてるとな」  
「そう、なんですか……」  
この方とは、たまに武具の製作で取引する以外あまり会った事はなかった。  
素敵な方だとは思っていた。  
でも、私はテオと付き合っていたから……テオ?  
「そうだ、ウルリッヒさま、イングリドとヘルミーナが!!」  
私の心臓が早鐘のように高鳴る。  
「テオは、テオは実はドムハイトのスパイだったんです。今イングリドとヘルミーナをさらいに行ってるはずです!!」  
「テオ……あの少年が?」  
「そうです! 早くしないと、二人が……」  
「しかし、ここの場所を教えたのはあの少年だぞ」  
「え……」  
私は、その言葉に凍りついた。  
 
 
「城門を閉じろ! 城外には騎兵を捜索に出せ!」  
騎士団の号令が響く。ザールブルグには戒厳令が敷かれていた。  
逃亡したテオの住居からは、大量のメガフラムやドムハイト秘密警察から送られたと思われる、  
秘密文書の類が押収されている。王室騎士団は正式にテオを「国家反逆者」として手配した。  
「リリー……」  
イルマが心配そうに眉根を寄せて言う。  
「きっと大丈夫よ、イングリドとヘルミーナは戻ってくるわ」  
「…………」  
あれからすぐアトリエに戻りドルニエ先生に確認したが、イングリドとヘルミーナは、  
街に買い物に出たまま行方不明になっていた。それ以来三日、行方は杳として知れない。  
「落ち込まないで、リリー」  
「ありがとう、イルマ、でも……」  
私は、静かな声で。  
「でも、今は一人にして……」  
「…………」  
私は、自分でも心の中がなにもかも交錯して、己を見つめる事が出来ない。  
テオは私を欺していたのだ。  
私を愛していると言ってくれた事も、今まで何度も情熱的に愛し合ってきた事も、  
ドムハイトのスパイとして、私を、錬金術師として利用する為だけにした事だったのだ。  
でも、暴漢たちに輪姦されそうになった私を、助けてくれて。  
テオは、どうして――。  
イルマが下がり、私は一人部屋で俯いていた。  
王室騎士団の特別高等課からぶっつづけで事情聴取を受け、ようやく解放されたばかりの私をイルマや先生は慰めてくれる。  
だけど、私は一人になりたかった。  
テオの声が、顔が、面影が浮かんで来る。  
 
(姉さん、姉さん――)  
 
(姉さん、とっておきの場所があるんだ)  
 
――ピルツの木……。  
私ははっと気づいた。テオはひょっとして――。  
 
その晩遅く、私はエルザに頼んでザールブルグの市壁を越えていた。  
テオを袋の鼠とする為、市内は兵士が厳戒し、城門には守備隊、固くザールブルグは閉ざされていた。  
私はラフ調合した空飛ぶ絨毯を使い、風に眠り薬を散らして警備兵を昏睡させ、エルザの手助けで城壁を越えていたのだ。  
エルザには礼を言い途中で別れを告げて、一人向かう。ピルツの森へ。  
 
夜通しで移動して。明け方には森についていた。  
 
「…………」  
森に足を踏み入れる。鬱蒼としたブナ林にまだ陽の光の及ばぬ闇が蟠っている。  
私は落ち葉を踏みしめ、黙々と進んでいった。  
ここで。あの日テオに告白されて。私はこの森でテオと生まれたままの姿で抱き合った。  
女になった。  
トクン。  
胸が鳴る。  
その時の熱い血潮、テオの抱擁、激しい接吻を思い出して身体が疼いて来る。  
私の心は一方で冷たく凍てついて、一方でせつなく胸を苦しめる。  
そして――  
 
「やあ、来たのか姉さん」  
あのピルツの木の下で。テオは私を待っていた。  
「心配ない、ちょっと眠らせているだけだ」  
「…………」  
テオが木の根もとで仲良く意識を失っているイングリドとヘルミーナを指して言う。  
「きっと来ると思っていた」  
「どうして?」  
私は、涙が、厭なのに、どうしても涙がこぼれて。  
「どうして、どうしてなのよ、テオ!?」  
「俺は――」  
テオがぽつりと語り始める。その顔はひどく男性的だった。  
「俺は成り上がる為なら何でもやるつもりだった。俺のような小僧がこの腐りきった世界に立ち向かうには、汚い手と策謀と、暴力しかなかった」  
「でも……」と、テオは、テオも――涙を流して。  
「何でかな。姉さんを想うと、そんな事はどうでも良くなったんだ……おかしいよな」  
「テオ」  
私は泣きながら、叫んで。  
「テオ、逃げて……ううん、一緒に逃げようよ。私、私……」  
「――そこまでだ」  
 
気づいた時には、もう遅かった。王室騎士団の甲冑が周囲を囲んでいた。  
「こんなことだろうと思ってな、跡をつけさせてもらった」  
特高騎士が酷薄に告げる。  
「テオ・モーンマイヤー、ザールブルグへの大逆罪で貴様を逮捕する」  
兵士たちが手に手に剣を構える。  
「殺すなよ。生かして捕えろ」  
「いや、お願い、テオを、テオを……!」  
暴れる私は、騎士に押さえつけられる。  
テオは剣を抜くと――放り投げた。最期に、微笑んで。  
「さよなら、姉さん」  
 
二週間後。  
激しい拷問と取り調べの後、テオはザールブルグの中央広場で四つ裂きにかけられた。  
群衆の環視する中、私は涙も流さずじっとそれを見守っていた。  
二十年後。シルヴァータイト紛争でウルリッヒ様を初め、多くの王室騎士が命を落とす。  
そして、私はザールブルグを後にしていた。  
思い出の、ペンダントだけを胸に。  
 
(終わり)  
 

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