「はー…もう期限来ちゃうのに間に合わないよぅ」
目の前に貼ってある酒場からの依頼リストと、注文品の在庫、調合用材料の在庫リストを交互に見ながら
何がいくつ必要なのかをチェックしていたリリーは机に突っ伏してぼやいた。
足りないものはあれと、これと…それを作るのに必要なのがこれとこれとこれで…
こっちがあといくつ足りないけど自分で採取に行くとこれを作るのに何日かかるから…
うっかり手が滑って落としてしまった中和剤を悔やみながら、頭の中で綿密に日数計算をしていると
やはり現状を自分一人で賄うのにはどうしても日が足りない。
妖精さんは既に雇える人数全て雇い、それぞれに必要な事を頼んであるし
「イングリドもヘルミーナもこんな時に限って出かけてて採取も頼めないし…どうしよー」
と、頭を抱え込んだその時。
コココン
玄関の方からノック音が聞こえた。
「こんな時に誰だろ…注文だったら困るなぁ。はぁーい!」
そう呟きつつも、ここ数年ザールブルグでこつこつと積み重ねてきた信用を落とすわけにはいかないので
元気な返事を返し玄関へ急ぐリリー。
「あれっ、ヴェルナー?」
扉を開けた先に居たのは、怪しげな雑貨を売る店の店主でもあり、リリーの恋人のヴェルナーだった。
「よう、景気はどうだ…と、あまり良さそうな顔じゃないな」
接客スマイルから普段の表情を浮かべていたリリーの奥にある感情を敏感に読み取り、自己完結する。
「んー…まぁ、そんなとこ。だから注文だったら今受ける余裕ないわよ」
と言いつつ前に立って歩き、居間のテーブルへと誘導し自分はお茶を入れる準備へ向かうリリー。
仕事の余裕はなくとも、折角訪ねてきてくれた恋人を無下に追い返すような真似はしたくない。
寧ろそんな時にこそ顔が見れて嬉しいのである。
「いや、注文じゃなく、珍しい東洋の菓子を手に入れたんで一緒に食おうかと思ってな」
また嬉しい事が一つ増える。
怪しい雑貨店を営んでいるとこうした珍しい物が手に入るらしく、やはり商品にもするので時々ではあるがこうやってお茶菓子にと差し入れてくれるのだ。
疲れてる時に甘いものと好きなお茶。そしてヴェルナー。
最高の組み合わせを予想して満面の笑みでティーセットを手にテーブルへ戻ったリリーが目にしたのは
蓋が開けられた、長方形の箱に6つ並んだ平べったくて少し厚みがある丸い焼き菓子だった。
「なんていうお菓子なの?」
初めて目にしたそれを不思議そうに見つめつつ、ミスティカでブレンドした紅茶をカップに注ぎながら問う。
「んー、どら焼きとかいう東洋では有名な菓子だそうだが良くわからん。
大人用で甘さ控えめらしいから、これなら俺でも食えるかと思ってな」
「へぇー、食べても良い?」
頷いたヴェルナーを確認すると、一つ手に取りまじまじと眺める。
リリーの手のひらより少し大きく、表面にお菓子よりふた周りほど小さい円と
その中に不思議な形の絵が焼き入れられている。
ここで、多少なり東洋の学問に通じた者がそれを目にすればこの絵に違和感を覚え、口にしなかったはずであるが
果たしてヴェルナーは勿論の事、リリーも東洋の文化には一切触れたことがなく。
「なんだろう?」とは思いこそすれ、ただの模様だろうとそれ以上は全く疑問にも思わず
そのふかふかとした生地に、軽く鼻腔をくすぐる焼き菓子の匂いと、それに混ざる初めて嗅ぐ甘い香りに
誘われるがままに手にしたどら焼きを半分に割る。
その柔らかな生地の中には黒いものが詰まっていた。
甘い香りがより強くなったので香りの正体はこの黒いものらしい。
「いただきまぁす」
香りに誘われて、勢い良くかぶりつく。
「っ…………おっいし〜〜〜〜い!」
口内に広がる程よい甘さと、時折舌に触れるつぶつぶ。
生地のふんわりした食感と相まって、絶妙なバランスをかもし出している。
「そりゃ良かった、じゃあ俺も一つ」
喜んでいるリリーを見て満足したのか、ヴェルナーもどら焼きを一つ手に取りこちらはそのままでかぶりついた。
「ふむ、思ったより甘くないな」
「ヴェルナー美味しいよこれ!あ〜〜〜ん、もう幸せっ」
自分で作るアップルパイやペンデルも勿論好きだが、こういった新しい美味しさもまた格別である。
最初の勢いやそのままに、リリーはあっという間にどら焼きを3つも平らげてしまった。
「お前食いすぎだろう、太るぞ」
あまり甘いものを得意としないヴェルナーは、最初の一つを食べるだけにとどめ
あとはミスティカブレンドの紅茶を飲みつつ幸せそうなリリーを微笑ましく見詰めていた。
「だって美味しいんだもの…はぁ、幸せ…」
全く、女という生き物は甘い物で簡単に幸せになれるもんなんだな、と
紅茶を飲んで満足げなリリーを見、半ば呆れつつヴェルナーは笑った。
と、その時。
ヴェルナーは自分の中に微かな違和感を感じる。
胸の奥がむず痒いような、だが我慢できない程ではないので彼はそれを自分の内に押し込むが
「ん…?」
目の前に座っていたリリーはそうではなかった。
声に釣られてその顔を良く見ると、先ほどまでの健康的な満足げな表情から一変して
頬は軽く赤らみ、瞳は少し潤んでいる。
「どうした?リリー。食いすぎで気分でも悪くなったのか?」
珍しい菓子を持ってきたということで、それが原因でリリーの体調がおかしくなったのならば責は自分にある。
ヴェルナーは慌てて席を立ち、リリーの肩に手を置いた。
「はぅっ…」
熱い。
「お前、熱でもあるんじゃないか?」
服越しであるにも関わらず、そう思っても仕方ないほどにリリーの体は熱くなっている。
「わかん…ない……けど、なんだか、すごく…熱…ぅい」
そしてその声も、普段とは違った艶を含んだ声に変わっている。
これは、なんだ…?
何が起きているのかさっぱり見当もつかないが、正常じゃない事だけは理解できた。
その証拠に、先ほどは無視しようと決め込んだ自分の中の違和感が少しずつではあるが、大きくなっているのだ。
リリーはというと、ヴェルナーよりもその違和感がはっきりと感じられ、胸の奥だけではなく体の芯までがむずむずしている。
熱くてたまらない。
どこが、ではなく、全てが。
頭の中にまで熱が広がり、意識がぼうっとしてくる。
「ヴェ…ル、ナ…」
先刻の仕事で頭を悩めていたのと同じように、しかし明らかに違う悩みを抱えてリリーはテーブルに突っ伏した。
「リリー?おい、リリー!」
まだ正常な思考を残していたヴェルナーは、そんなリリーを見て熱が上がったのだろうと焦り
慌てて抱え上げ二階にあるリリーのベッドへと急ぐ。
その拍子に、リリーの下敷きになっていたどら焼きの箱が床へ落ちたが、ヴェルナーは見向きもせず駆け上がった。
胸に抱いたリリーの体は、燃えるように、熱い。
ヴェルナーの胸の奥で、ゾクリ、と何かが動く。
「クソッ、俺は何を…」
頭を軽く振り、取り敢えずリリーをベッドへと寝かせる。
「ヴェル…ナ…ぁ」
離れようとしたヴェルナーの腕を、ゆるゆると動いたリリーの指が引き止める。
「離れちゃぁ…いーやぁ…」
甘ったるい、夢現の中にあるような、誘うような。
そんなリリーの声を初めて耳にしたヴェルナーは、流石におかしい、と気付いた。
ただの食べすぎだとか、熱があるとか、そんな言葉で片付けられるものではない。
もう既にその時には、リリーの正常な思考はどこかへ消え、自らの体の奥から溢れ出る本能のみが彼女を動かしていた。
「リリー…?」
反応を伺うように声をかけると、にこぉっとリリーが微笑み
「こっち…きて?」
その言葉に、残っている理性が抗おうとする。
これは、いつものリリーじゃない…!
「ヴェルナー…」
熱で潤んでいる綺麗な、透き通った薄茶の瞳が、ヴェルナーを見詰める。
じわり、じわり、と、だが確実に、何かがヴェルナーの胸の奥で蠢いている。
「あなたが、ほしいの」
その言葉がヴェルナーの耳に届いた、その瞬間。
彼の理性は、彼女と同じように、飲み込まれた。
「ん…ぷぁ……っ」
リリーの、普段より熱い、熱い口内とその舌に、自らのそれを絡ませ、吸いつく。
歯茎や、歯列を舌先でじっくりと撫で回し、ほのかに残るミスティカの味と、彼女の唾液の味をじっくり味わう。
「ふぅ…んん…んっ」
唇の隙間から零れるその声も、吐息も、頬に弱く添えられた、熱で桃色に染まったリリーの指も
その全てがヴェルナーの脳を蕩けさせる。
右手でリリーの襟元を寛げ、唇から離れて首筋に口付ける。
「はぁっ」
ただそれだけでも、彼女の体はビクンッと跳ねた。
ローブのウエストの紐をほどいた後、背中に手を回し、上着のボタンを一つずつ外していく。
全て外し終える時間ですらもどかしく感じ、空いている手を挿し込みその滑らかな肌に指を這わせる。
「あぁ…、あん…」
そこは熱で汗ばみ、指先にしっとりと吸い付くその感触にすら眩暈を覚えるほどの快感を感じた。
緩やかにその背中を撫で、ボタンを全て外し終えた邪魔な上着を剥ぎ取り、リリーのふっくらとした蕾に唇を当てる。
「ぁっ…!」
首筋に口付けたときよりもより敏感にリリーが跳ねる。
口の中に含んだまま、少し硬くなっていたその蕾を丹念に舐り、吸う。
「あん、あぁ、あっ…ああぁ、ヴェルナ…あ、あぁ、んっ…は、あぁ、ダメ、ダメ、きちゃう、きちゃうの!」
体を重ねるのは勿論初めてではない。が、普段のリリーならばこれだけでここまでの反応は示さない。
ちらり、と頭の隅に正常な思考が戻りかけたが、それもほんの一瞬の事だった。
「あっ、あっ、あ、あぁあ、あ――――!」
ちゅぅうっと一際強くその蕾を吸い上げたその時、リリーの体の熱が上がり、びくびくっと弾けた。
「はぁ…っ、あ…」
乳房から顔を上げ、そのリリーを見下ろしにやり、とヴェルナーが笑んだ。
「乳首だけでイったのか?いやらしいな、リリーは」
「だってぇ…すごく、きもち、いいの…」
とろんとした瞳で見上げるそのリリーは、今まで見た彼女のどんな表情よりも、『女』を感じさせた。
「じゃあ、こっちだとどうなるんだろうな?」
そう言ったヴェルナーの手は、ウエストを寛げたリリーのパンツの中へと入っていく。
そして脱力しきっている太腿の付け根…秘所へとそっと触れた。
「ひぁっ!?」
下着の上から軽く触れただけだというのに、またしてもリリーの体は熱さを増し。
隙間からそっと指を差し入れ、その柔らかな割れ目をなぞると、ぬるっとした感触。
「もうぐしょぐしょじゃないか」
一本、二本、と指を膣内へ差し入れる。
「ぁあ、あ、あぁっ、はぁ…あぁん、ヴェルナー、あぁ、すご…きもち、いぃ…もっとぉ…」
ぐちゅ、ぐちゅ、と卑猥な音を立て、リリーのそこは容易くヴェルナーの指を飲み込み尚且つ
その中の熱と愛液、肉壁を蠢かせ快感を求めている。
「あはぁ…あ、ふ…あ、あぁあ、もっと、ねぇ、ヴェルナ、ねぇもっと奥ぅ…」
甘えたように快感をねだるその声に応えるべく、既にはちきれんばかりに膨れ上がっていたヴェルナー自身を取り出し
リリーの衣服を全て剥ぎ取った後、一気に奥まで挿入する。
十二分に潤っているリリーの中は、しっかりとヴェルナーの肉棒を受け入れ。
「はぁあ、あぁ、あっああ―――――――っ!!」
また、体が弾ける。
「挿れただけでもイクとはな…リリーはいやらしい、だけじゃなく淫乱娘だな」
まだピクピクと痙攣するその膣内をずぶ、ずぶっと音を立て前後に掻き乱しながら耳元で囁く。
「あぁ、らって…あはぁ、ヴェルナーの、すごぉいの…あぁん、そんな、動いちゃ、はぅ、あ、また、きちゃうぅ」
自身を襲う余りの快感に、喘ぐその唇から透明の雫を垂らしながらリリーはまた、しかし今度は軽く達する。
「もぉ、きもちいいよぅ…どぉして…?中が、すごく、熱いままなのぉっ…」
本能が求めるままに、リリーは自分の腰を動かし再びの快感を求め始める。
「く…ぁ、リリー…俺も、ヤバ…」
「んっあぁあっ!」
円を描くように腰を動かすリリーの両足を肩へ持ち上げ、自分の腰を激しく打ちつけていく。
「あっ、あっ、あんっ、ひぅ…、はぁん、はっ、ぁ、ああ、らめ、あ、らめっ、ヴェルナ、ぁ、らめっ、あ………!!」
今度は、同時に。
激しく痙攣を繰り返すリリーの膣内へ、ヴェルナーも白濁したものを打ち放った。
その後、リリーはその言葉どおり、自らの中が求めるがままにヴェルナーの肉棒を貪った。
満足しきって、体力の限界が来て意識が途切れるその瞬間まで。
ヴェルナーはというと、呆れるほどのリリーの欲求に、最後の方は最早まともな記憶がない。
「もう…粉も、出ねぇ…」
身支度を整え家に帰るという気力も湧かず、そのままくたっとベッドに倒れこみ死んだように眠った。
その眠りに落ちる直前、脳裏に浮かんだ疑問。
なんだったんだ、リリーの(否、俺もだが)この異常な性欲は……
その答えは。
先ほどテーブルから落ち、ひっくり返ったどら焼きの箱。
表には
『○○村名物 どら焼き −大人用(甘さ控えめ)−』
と書かれた、変哲もない箱だった。
の、だが。
内側には、ある注意書きが記されていた。
『○○村名物 どら焼き −大人用− のご注意
夜の生活がマンネリ可しているご夫婦向けの媚薬が調合された特製あんこをふんだんに使用しております。
ご飲食の際は、くれぐれも食べ過ぎにご注意下さい』
そう、そういう意味の、大人用なのであった。
どら焼きの上にある模様も、東洋の漢字というもので『媚』と書かれているのである。
『甘さ控えめ』の一文が『大人用』の意味なんだと思い込み、ろくに注意書きすら見ていなかったいたヴェルナーは
そんなお菓子を説明なく人に食べさせ、結果時間がないというのに翌朝まで起きれず
更に子供への教育上、出来るだけこういった「男女の仲」については見せないようにと、常に注意を払っていたのが台無しになったと言って
「それもこれもぜんっっぶヴェルナー、あなたのせいよ―――!!!」
と、これまた初めて目にする本気怒りしたリリーのご機嫌を取るべく仕事が終わるまで手伝う羽目になった。
彼自身も知らなかったのに理不尽だ、という憤りを持ってきた行商人に向け
「説明不足だろうがてめぇこのやろう金返せ!」
と、行商人にとってはこれまた理不尽な内容で怒鳴りつける事で晴らしたとかなんとか……。
因みに残っていた二つのどら焼きはというと…
二人の目が覚め、階下へ降りたときには既に箱だけになっていたという。
さて、どこへ消えたのだろう…?
******おまけ******
……クスクス……
「イングリド、先生には絶対内緒だからね?」
「もっちろんよ!先生たちだけこんな美味しそうなお菓子食べてるなんて、ずるいんだから!」
「うんうん、あとでこっそり、こっそり食べようね」
……クスクスクス……
END