「たっだいまー!」
最後の丘を登りきったニケが大声で叫ぶ。僕とサルファは急いでその後を追い、眼下に広がる村を見下ろした。
「ここが獣人族の村か……。綺麗なところだね」
たなびく小麦の金色の穂の向こうに、赤い屋根の小ぢんまりとした家がいくつも並んでいる。
煙突から煙を吐いている家も多く、その合間を獣人族の子供たちがじゃれあって遊んでいた。
一日の終わりを告げる光が村を照らしている刻だというのに、物悲しい雰囲気は一切ない。
家族の帰宅を待つ温かい匂いが僕のことまでそっと包んでくれているような気がした。
素朴でのどかでゆったりした空気が流れる村。なるほど、二ケが育った村だよな、と、僕が感心していると、
突然左腕を引っ張られた。
「さっ、ということで行こっか、ヴェイン」
「わわっ、ちょ、ちょっと待って……」
前言、撤回。
ニケの家に招待され、何とも賑やかな食卓を囲んだあと、僕は2階へと案内された。
ここはお父さんたちの部屋、こっちはばあちゃんの部屋、といくつかある部屋の扉を指して回ると、
ニケは一つの部屋のドアを思い切り開けた。
「そんで、ここがうちらの寝室ーっ」
「寝室って、うちらって、えええーっ?!」
部屋の中央にでんと置かれた、カーテン付きの巨大なベッド。
大人2人が悠々寝っ転がれる大きさであることは外から見ただけでもわかる。
ここに、二人で寝るってことは、つまり、そういうこと、なん、だよ、ね……?
「にゃー(考えてなかったのか?)」
「うん、全然……」
「みゃっ(つきあいきれん。俺は隣の部屋で寝る)」
「あ、待ってよ、サルファ。僕も隣の部屋で……」
すたすたと寝室を後にするサルファを追って僕も廊下へ出ようとしたら、後ろから襟首を掴まれた。
「何やってるの。ヴェインはうちの婿になるためにこの村に来たんでしょ?」
「だから、別に婿になるわけじゃ……」
そう言っている間にもニケは僕をベッドまでずるずる引きずっていくと、
そのまま勢いよく僕を押し倒し、自分はすぽんとベッドの上に飛び乗った。
「はいはい、それじゃ電気消すよーあっ大事なこと忘れてた」
いきなりそう叫ぶと、ニケは僕のほうに向きなおり、ベッドの上に正座した。
しおらしい顔で三つ指ついて僕に頭を下げる。
「ふつつかものですが、よろしくお願いします」
「あ、いえ、こちらこそ……」
思わず反射的にそう答えてしまい、次の瞬間OKのサインを出してしまったことに気が付く。
ああ、もう!こうなりゃ最後までやってやる!
そうは言っても、僕にはこういった方面での経験はおろか知識すらも殆どない。
他のアトリエでは男子学生同士で集まっていろいろ情報交換する、なんて風景も見られたようだけど、
うちのアトリエでは全くそんなことはなかったから。
なにしろ、グンナル先輩はああだし、ロクシスだってあんな感じだし。
ムーペも含め彼らと卑猥な話をするなんて想像もつかない。
それに、僕もマナだった頃は今から思うと性的な興味なんて全然持っていなかったんだと思う。
かといって、力を使い果たしてただの人間になったからと言って、それでいきなり欠如していた性欲が急増したわけではない。
ただなんとなく、今までは何も考えずに接していた女子メンバーの体に、
ふと目が吸い寄せられるようなことが多くなった気がする、その程度の変化だったんだ。
だから……この時の僕は、一度は覚悟を決めたものの、何をどうやっていいのか皆目見当がつかない状態だったんだ。
我ながら情けないけれど。
キスをするでもなく、愛撫の手を伸ばすでもなく。ただベッドに横たわる僕をニケは上からまんまるい目で覗きこんできた。
「ヴェイン」
「なに?」
「目、閉じて」
「こう?」
大人しくニケの言うなりになっていると、唇に柔らかいものが押しあてられ、舌が入ってきた。
びっくりして目を開けると、間近にうっとりとした表情で目を瞑っているニケの顔があった。
丁寧に舌を動かされ、僕の頭が霞んでいく。
それでも僅かに残った理性で僕もニケの動きに合わせ、初めてのキスを存分に味わった。
長いキスが終わると、今度はニケは僕の服のボタンを外し始めた。一つ外すごとにその舌が首筋、鎖骨、そして胸へと下がっていく。
完全に上半身が裸になると、ニケは僕の胸を手と口で愛撫し始めた。
さっきのキスでも思ったけれど、彼女は舌の使い方がものすごく上手い。
獣人族の特有のざらざらした感触なんだけど、それでゆっくりと舐められると、背中を何かが伝っているようなぞわぞわした感覚に襲われる。
その上、舌を出してぺろりと舐める仕草はとても色っぽくて、僕はいつの間にか声を上げていた。
「あ……はぁ……うぅん……」
「ん……ヴェイン、気持ちいい?」
聞き慣れたはずのニケの声がどこか全く知らない女性のものみたいで、僕は思わずこう聞いていた。
「ニケ……。もしかして、こういうこと、慣れてる?」
「やっだー。もう、ヴェインが初めてに決まってるでしょ!」
そう言って二ケが僕のことをバシバシとはたく。
照れ隠しなんだろうが、なにしろいつもトールハンマーを振り回している腕力だ。かなり痛い。
「痛いよ、ニケ」
「ごめんごめん。えへへっ」
よかった。やっぱりいつも通りのニケだ。
ほっと息を吐いたのをニケは別の意味に捉えたようで、にかっと笑うと僕のベルトを外し、下着ごとズボンを引きずり下ろす。
「んじゃ続けるね。ばあちゃん直伝の方法なんだけど、これでヴェインに気持ち良くなってほしいなーって」
あっけらかんとしているといえば聞こえがいいけれど、少しはためらいや恥じらいがないのかな。
こんなところはいつも通りでなくてもいいのに、と思っていると、股の間にひやりとした感触があった。
ニケが小さな手で僕のものをしごき、同時に舌で袋の間の谷間をなぞる。
「うっ……。ああっ……だめだよ、ニケ」
それだけでもどうにかなってしまいそうなのに、くるんと巻き返った尻尾が僕のお尻のあたりをやわやわと刺激する。
「そのしっぽ、やめて」
「えー、なんで?気持ち悪い?」
「いや、その反対……。気持ち良すぎておかしくなる」
「じゃ、いいじゃん。うち、ヴェインが喜んでくれるの、嬉しいよ?それじゃだめなの?」
刺激を加えられ、かつてないほどに膨張したものが、まるで別の人格を持ったみたいにビクビクと震え、快感を主張する。
僕のほうでもニケを喜ばせてあげるべきだということは理解していたけれど……これじゃ、限界だ。
「ニケ、もう抑えられない……」
「ん。ヴェイン、いいよ……」
顔を上げたニケの瞳が闇の中で獣のように光る。
それだけでもう何も考えられなくなり、僕は無我夢中でニケの腰を掴み、先端でその場所を探し当てて突き入れた。
幸いにもニケも愛撫しながら十分に感じていたようで、潤んだそこはすんなりと僕のものを飲み込んでくれる。
「ヴェイン……。すごい熱いよ……。熱くて、気持ちいいの」
今までも信じられないくらい気持ちよかったのに、一度ニケの中に入ってしまうと先ほどまでの行為を全て忘れてしまうくらいの快感が襲ってきた。
見上げたニケの目の中にも僕と同じ色を見つけ、更に彼女を感じたくて狂ったように腰を打ちつける。
しっかりしているはずのベッドがガタガタと揺れ、それにパンパンという水音が加わる。
本当ならすぐ隣にいるはずのニケの家族が気になってもおかしくないはずなのに、
その時の僕たちはただお互いの体にしがみつき、快楽を訴えることだけで精一杯だった。
「ヴェイン!うち、うち、何か、変!う、わ……にゃあああああーっ」
ニケの声が一オクターブ高くなり、激しく身を震わせながら僕の上に倒れ込む。それと同時にニケは僕を食いちぎるように締め付けてきた。
頭が真っ白になり、体の一点に熱が集中するのだけがわかる。そして僕はニケの中に初めての快感を放った。
しばらくはお互い息も絶え絶えで、話をすることもかなわなかった。胸の動悸が治まり、僕はようやくニケに顔を向ける。
「ニケ、大丈夫?」
ごろりと僕の隣に転がり落ちたニケを気遣って声をかけると、繰り返される切なげな吐息に交じって、んにゃ、という小さな返事が聞こえた。
「凄いの。まだ心臓がばっくんばっくん言ってる」
そう言って熱っぽい目で僕を見上げ、まだ汗の残る胸に頬をすりよせる。
「ヴェインも……。ねぇ、ヴェイン。こんなにドキドキするのはなぜ……?」
目を上げたニケの瞳は今までに見たこともない色を浮かべていた。
いつもは元気いっぱいなのに、この時はすごく女らしくて、もう静まっていたはずの僕の心臓がどきんと音を立てて跳ねた。
やがて、微かな寝息をたてて眠りの中へと落ちたニケを腕の中に抱え、僕はまどろみの中ぼんやり考える。
これって、やっぱり責任を取らされるのかな。でも、これが毎晩続くんだったらそれでもいいかな……いやいや、いけない。
やっぱり、ここはきちんとニケにまだ誰とも結婚するつもりはないと明日はっきり伝えなきゃ。
あの家族に知られでもしたら、大変なことになるだろうし……。ふわぁ、もう僕も眠いや。おやすみ、ニケ……。
翌朝、僕は二ケが勢いよく開けたカーテンの向こうから差し込む朝の光で起こされた。
「うん……。ニケ、まだ眠いよ……」
「だめ!起きなさい!」
昨晩の甘いムードはどこへやら、ニケはいつもどおりの元気を取り戻していた。
そんな姿にほっとしたのも束の間、僕はニケに言わなきゃならないことを思い出す。
「ニケ、話があるんだ」
「ん?なになにー?あ、タオルはこれ使って。あとは……歯ブラシ下行って取ってくるね!にゃっふふ〜ん。にゃっふ〜ん」
くるくると軽快に動き回るさまは見ていて微笑ましいが、肝心の話には耳を貸す様子もない。
ご機嫌に鼻歌を歌いながら階段を駆け下りていくニケには、僕の呟きは届かなかったようだ。
「って、聞いてる?まぁ、いいか。後で言えば」
後から「あのとき無理やりにでもニケに話を聞かせていたら」と思ってももう遅い。
一向に戻ってこないニケにしびれを切らせて僕が階下へ降りていくと、二ケがお祖母さんとお母さんに爆弾発言をしているところだった。
「ほーい、種付け作業、完了ーっ」
た、種付けって、ニケ、いくらなんでもそんなあけっぴろげに……。
「おお、よくやったわ、ニケ。やっぱりあたしの教育がよかったのかねえ〜」
「母さんは育ててないでしょ!それにしても、ニケ、あんたもこれでやっと一人前ね」
「一人前なんて……。えへへ、それほどでも」
褒められるようなことではないと思うのだけど、それでもニケはお祖母さんとお母さんに囲まれて顔をくしゃくしゃにして喜んでいた。
そして、ひとしきりニケの相手をしたパワフル家族がターゲットを変えないはずはなく……。
「それで、婿殿はいつこっちに引っ越してくるつもり?こっちにも用意ってもんがあるからねえ」
「あ、いえ、だから、僕は……」
「いったいどこに住むんだい?うちにも部屋がいっぱい余ってるし、あんたたちのために新しいうちを建ててもいいんだよ!」
興味津々の二人に詰め寄られ、僕は完全に昨日の夜の決意を伝える機を逸してしまってしまった。
「そ、それは、できれば別がいいんですけど……」
「まあっ。昼も夜も二人っきりになりたいなんて、さすが若い人は違うわね〜」
「頼もしい婿殿だこと。ホント誰かさんの婿殿とは大違いだよ」
「母さんっ。余計なことを言わないでおくれったら!」
「やーめーてったらー!」
今にも掴みあいの喧嘩を始めそうな二人に二ケが割って入る。そうして満面の笑みで振り返ってあっさりと言い放った。
「あ、ヴェイン。気にしないで。うちっていつもこんなだから」
ニケのお父さんが家出を繰り返すって、理由がどうしてだかわかった気がするよ……。
というか、僕、このまま押し切られて結婚することになっちゃうんだろうか。
「にゃおん(あきらめろ、この村についてきた時点でお前の負けだ)」
「サルファ、そんな……」
サルファにまでそう言われてしまい、僕はため息をつくことしかできなかった。
そして、その三ヶ月後のことだった。
「あら〜。ヴェイン君って、意外と手が早かったのね〜」
「情けないぞ、ヴェインよ。獣人族のテクニックにやすやすと引っ掛かるとは」
「ヴェイン先輩とニケ先輩の子供って、どんな子供になるんでしょうか」
「避妊ハ男ノマナー。次カラハ気ヲツケロヨ」
「ニケちゃん、つわり大丈夫?元気になるお薬作ってあげよっか?」
「……正直、矛先が私でなくて助かったぞ」
次々とかけられる、アトリエメンバーからの祝福?の言葉を受けながら、僕は二ケとの結婚式の準備に奔走させられることになったのだった。
あの学園に入ったときは、こんな未来が待っているなんて思わなかったけれど、でも今はこんな人生もいいんじゃないかなって素直に思える。
ニケ、本当にありがとう。これからも二人で仲良くやっていこう。
その後僕たちは可愛い子供を4人も授かることになった。
時に賑やかすぎたとしても初めて知った我が家の温かさは何にも代えがたいものだけど、
当初掲げた「二人で仲良く」の目標達成は残念ながら困難なことになってしまった。
そして、今日も僕たちはその時間の確保のために奮闘する。
「そーっと、そーっと……」
「暗いから気をつけてね」
「わかってるよ。やっと静かになったんだし……あ゛」
Happy End