放課後、僕は一人アトリエに残って今日の課題の復習を行っていた。  
グンナル先輩は今日もアトリエに顔を出したものの数分でその姿を消してしまった。  
この二週間、グンナル先輩がアトリエに一時間も居た記録は残っていない。  
ニケが帰ってからどれぐらいの時間がたったのだろう?  
僕もいつまでも此処に残っているわけにはいかない。  
キリがいい所で寮に戻って休まなければ...  
そう思って手に持っている参考書をパタンと閉じた。  
『そろそろ帰るのか?』  
足元で退屈していたサルファが問いかける。  
「うん」  
僕は彼の問いに答えて、窓の外に視線を飛ばす。  
初夏だというのにすでに日は沈み、物悲しく梟の声が窓越しに響いていた。  
「お疲れさま、ヴェインくん」  
突然の声に誰も居ないと思っていた僕は椅子から転げ落ちそうなってしまう。  
「あ、フィロ...居たんだ」  
高鳴る心臓を押さえ、僕は平然を装った。  
上手く演じ切れてなかったのだろうか、フィロはクスクスと笑いながら手に持っていたマグカップをテーブルに置いた。  
「疲れたときには甘いものがお勧めよ」  
少し前からフィロが見せる特別な笑顔の存在に僕は気がついていた。  
彼女は今もその笑顔を浮かべ僕の前に立っている。  
僕は此処に入学してまだ三ヶ月しか経っていないが彼女の特別な笑顔を何度か目にしたことがある。  
決まって僕と二人きりの時にだけ見せる笑顔...  
フィロは僕とテーブル越しに向かい合うように椅子に腰掛けた。  
「ありがとう、......甘くて良い香りがする飲み物だね」  
「えへへっ♪」  
液体から発せられる芳しい香りが鼻腔をかすめる。  
その香りはコーヒーと言うより甘い果物のフレーバーだ。  
マグカップの中はココアに似た茶褐色の液体に満たされていた。  
彼女の瞳がじっと僕を見つめる。  
今まで人里離れて一人で過ごしていた僕には心地よい感覚。  
その視線に照れながらも少し暖かい茶褐色の液体を口に含む。  
「ん、美味しい...」  
香りもよければ味もよし。  
思わず僕は舌鼓を打っていた。  
返事をするかのように彼女は鈴のように笑い照れながら自分のカップに視線を落とした。  
彼女のカップには同じように茶褐色の液体が揺れている。  
「これ...フィロが作ったの?」  
彼女はようやく自分のカップに口をつけ、吟味するよう口の中で転がしコクリと喉を鳴らした。  
「うん♪」  
ココアと類似した色合いのその飲み物は苺の味とチェリーが混ざり合った甘い、それでいてやや酸味の利いたジュースだった。  
 
「最初はココアと思ったけど...これはなんのジュース?」  
「ひ・み・つ」  
予想通りの答えに僕は苦笑いを浮かべカップの残りを全て飲み干していた。  
彼女も僕に続いてカップを空にしている。  
「どう?」  
「...どうって?」  
不意に問いかけるフィロの質問の意図が分からずそのままの言葉を返す。  
『点数を聞いてるんじゃないのか』  
不機嫌な声色で足元でサルファが口を尖らせていた。  
自分に分けてもらえなかったのが腹立たしいのだろう。  
「わたしを見てなんにも感じない?」  
フィロはテーブルに身を乗り出して僕に問いかける。  
「ん?...フィロがどうかしっ!」  
 
ドクン!  
 
それは突如として僕を襲った。  
胸の奥が焼けるような焦燥感。  
潤ったはずの喉が渇き、胸が苦しくなる。  
「この前作った惚れない薬の正規品で惚れる薬をわたしなりにアレンジして作ってみたんだけど」  
彼女の言葉が脳に反響する。  
まるで洞窟の中の山彦のようだった。  
自制心を失くすというのはこういうことなのだと思う。  
次の瞬間僕はフィロに抱きついていた、いや飛び掛かったと言った方が適切かもしれない。  
僕達は縺れたまま床の上に倒れ込んでしまう。  
咄嗟に彼女の頭を庇うように抱き抱えるのが精一杯だった。  
なんとか彼女の頭を守ったもののフィロは僕の下敷きになってしまう。  
背中を床にたたきつけられた彼女は小さく「ウッ」と呻き声を漏した。  
「いたたた...ちょっとヴェインく...」  
不満を零そうとした彼女の唇を有無を言わさず僕の唇が塞ぐ。  
それはマシュマロのような柔らかい感触だった。  
普段からぷくっと潤いを帯びている彼女の桜色の唇。  
 
カチン...  
 
勢いをつけすぎて僕達の前歯同士がぶつかってしまった。  
僕にとっては初めての口付け...  
一旦口を離しもう一度今度は慎重に唇を重ねる。  
二度目は長く、長く、ずっと、ずっと、僕たちは唇を合わせていた。  
心臓が早鐘を打ち口から飛び出てしまいそうだった。  
 
「ぶはっ!」  
息苦しさを感じ僕は再度彼女から口を離す。  
慌てて僕は肺に空気を吸い込んでいた。  
「ヴェインくん」  
フィロがうわごとのように下から僕の名を呼ぶ。  
「いいよ、わたし覚悟できてるから」  
なにが良いのか...なんの覚悟なのか...僕にはさっぱり分からなかった。  
でも、フィロが愛しくて、欲しくて、離したくなかった。  
これはおそらく欲望という概念。  
欲する僕の前にフィロは無抵抗で従順だった。  
彼女を知りたい、全てを見たい、全てを手に入れたい。  
僕は湧き立つ欲望に身を流されていた。  
続いて組み敷く彼女の服を脱がそうと手を掛ける。  
それは容易ではなかった。  
焦れば焦るほど上手く脱衣できずに気ばかりが急いてしまう。  
「ふふふ...」  
男物とは違う構造の制服にてこずる僕に彼女は優しく笑いかけてくる。  
「まってヴェインくん」  
力任せでがむしゃらに意気込む僕の手に彼女の手が触れる。  
その手を放すと彼女は自分の背中に手を回し、ポツっと何かが外れる音が聞こえる。  
そしてはらりとスカーフがはずれ複雑な構造をした服が彼女の手によって解かれていった。  
制服が舞い落ち、下着姿のフィロが僕の目に晒される。  
初めてみる彼女の素肌は白く澄み、そして体のラインはとても細かった。病的な程に......  
「ヴェインくんも...ね?」  
言葉を濁したものの彼女の意図を読み取った僕は制服を脱ぎ、シャツを脱ぎ捨てた。  
じかに触れる肌と肌の感触は制服越しに触れたとき以上に僕の胸を高鳴らせた。  
再び彼女を抱きしめ、抱き合ったままで床に押し倒す。  
彼女の胸は可愛らしいと形容できるものだった。  
ブラをずらし現れた胸に僕の手が触れる。  
発育途中の胸、お世辞にもフィロのそれを褒めることはできない程のものだった。  
それでも平坦な丘の頂には女性らしい乳頭が情欲に煽られ固く己を誇示している。  
彼女の右胸のわずかな起伏に口を付け、僕は先端に吸い付く。  
同様の左胸のぽっちりを右手でこねるように刺激した。  
「あっ!」  
控えめの彼女の呟き。  
指でこねるたび、口で吸い付くたびに呼応して彼女は短い喘ぎを漏らしていた。  
「ヴェ、ヴェインくん!」  
彼女が僕の名を呼ぶ。その呼びかけはどことなく切羽詰った感じとも思える。  
「痛い...から、もっと......優しく」  
呟くフィロの顔は朱に染まっていた。  
 
自分の欲望を満たすために僕は性急過ぎたのかもしれない。  
刺激を与えることによって生じる彼女の反応に図に乗りすぎてしまっていた。  
それ以降僕は気をつけ、力を抜いて彼女を愛でていく。  
与える刺激は減ったものの彼女の反応は変わることは無かった。  
むしろその声は先ほどの吐息より甘く、僕の耳には切なげなものに聞こえた。  
「フィロ...」  
「ん......」  
僕が名を呼んだことに反応して彼女は目を閉じ顎を上げた。  
その仕草は口付けをせがんでいるようにさえ思える。  
僕は胸から離れ、彼女の唇に三度目の口付けをする。  
合わさった唇に何かが触れた。  
彼女はうっすらと開けた唇の間から舌先で僕の唇を舐めているのだった。  
僕も彼女を習い舌先で彼女の舌をつついた。  
互いの舌で舌を舐めあう変わった感触。  
どれもこれもが初めての僕には新鮮だった。  
彼女もそうなのだろうか?  
「ふぁ...あぁ......ん...」  
フィロは口付けに酔いしれ、うわごとのような喘ぎを漏らす。  
この時僕はまだ欲望が終わりでないことは悟った。  
下腹部でおきた異変。  
下着を、ズボンを押し上げるように僕のものが大きく、固く、自身を主張する。  
それをフィロに埋めたい、一つになりたい、重なり合いたい。  
熱っぽい吐息を漏らす彼女から唇を離すと僕は次の目的へと手を伸ばした。  
まだ見たことのない女性のモノ...  
彼女のスカートをたくし上げ、その下から水玉模様の下着が姿を現す。  
ショーツに手を掛け、それを一思いで膝のところまでずらしていく。  
 
ごくり...  
 
喉の渇きを唾液で潤す。  
その程度で渇きが収まるわけではなかったが息をするのも忘れ彼女の秘部に魅入ってしまった。  
スリットを隠すかの様に申し訳程度に生えたピンク色の恥毛...  
貝のように閉じたスリットは朝露を帯びた蕾のようにしっとりと潤いを帯びている。  
(いいよ、わたし覚悟できてるから)  
フィロの言葉が脳裏をよぎる。  
今になってその意味を理解し、彼女の覚悟に応えようと僕は手を伸ばしていた。  
僕の指先が花弁に触れた時、彼女は小さく喘ぎを漏らす。  
優しく何度も何度も指の腹で撫ぜ花びらを広げていく。  
それは様は蕾だった花が開くように思えた。  
「あぁ...あん......んん.....ぅん...」  
 
フィロは声を我慢するように自ら指を咥えていた。  
膝までずり下ろしたショーツを抜き取り、僕は彼女の腿の間に体を割って入った。  
緊張と興奮、焦りと戸惑い、様々な感情が僕の胸を締め付け苦しめる。  
固くなった自分のモノをフィロのスリットにあてがう。  
「いくよ......フィロ...」  
彼女の返事は聞こえない、けど微かに頭を縦に振ったのが分かった。  
性急さに任せ僕は彼女の中に挿し入るべく腰を進めていった。  
 
......  
 
スリットの上を僕のモノが滑る。二度、三度と...  
上手くいかない行為に気ばかりが急き、何度も同じ事を繰り返しては失敗に終わる。  
「ヴェインくん......」  
彼女の手が僕の手に重なった。  
「ご、ごめん。...そ、その......分からなくて...」  
フィロは首を左右に振って火照った顔に微笑みを浮かべた。  
「ここ......」  
彼女の手が僕の手を誘導し、秘部に導いていく。  
「ゆっくりと......」  
彼女の導きは迷う僕を助けてくれる。  
ゆっくり、ゆっくりと彼女の言うとおりに腰を動かし、未知の中へと進み歩く。  
彼女の中は温かく僕を向かい入れ包み込んでくれた。  
「いっ......んぅぅ......き、ぃぅ......」  
僕の感覚とは反対の表情を見せるフィロ。  
僕が腰を進めるたびに彼女の顔は苦痛に歪んでいた。  
歯を食いしばり、目の端には涙すら零れている。  
「...ごめん」  
咄嗟に出た謝罪の言葉。  
僕は自分の欲望を満たすために彼女を苦しめてしまっている。  
その事実に心が痛かった。  
「い、いの...ヴェインくんは。わたしが望んだこ、とだから...」  
無理に作る笑みがより一層僕の胸を掴み締め付ける。  
「フィロ!フィロ!...フィロメ───ル!」  
彼女の名を叫び、力強く腕の中に抱きしめる。  
フィロの体は小さく、か細く、そして温かかった。  
「ヴェインくん...わたし大丈夫だよ。それと......嬉しい」  
彼女は小さな声で耳打ちし、取って置きの笑顔を浮かべた。  
「僕も凄く嬉しい。フィロと一つになれたことがとっても...」  
顔は笑っていただろうか?僕の思いは彼女に届いただろうか?  
ただ一つ分かったのは自分の声が震えているということだった。  
 
「...大丈夫?」  
何度目だろう、僕はフィロにそう問いかけていた。  
「......うん、結構平気かも」  
幾度か彼女の中に埋まり、そして浅く腰を引く。  
その動作毎に僕の体は甘美な思いに浸っていたが、彼女はそうではなかった。  
それでも僕が奥にまで進んだときはフィロは切なくも甘い吐息を漏らす。  
「いくよ?」  
「うん...」  
僕達は互いに言葉を交わし行為を続けていた。  
 
ずぷぷぷぶぶ......  
 
「あぁん!」  
最奥を突いたところでフィロは小さく喘ぐ。  
そして腰を引き、続けざまに素早く再び腰を突き入れた。  
「はぁあん!」  
一度目より大きな喘ぎ。  
彼女の指が僕の髪を掻き毟り力が篭る。  
初夏といえども夜となれば肌寒さを感じずにはいられない。  
フィロも長い間こうしているうちにすっかりと体は冷え切ってしまっていた。  
冷たい床の上に寝ているのだから当然と言えば当然かもしれない。  
今まで断続的に動いていた僕だったが、彼女から痛みの訴えが無くなったところでその動きを早めていった。  
「あ、あぁ......あぅ......んはぁぁぅ......」  
「痛くない?大丈夫?」  
腰を動かしながらも僕はフィロに問いかけていた。  
彼女は喘ぎながらも首を左右に振って応えた。  
フィロの細い足が僕の足に強く絡まってくる。  
「ヴェインく...ぅん、...っと、あっ、あぁ...んぅ......」  
「フィロ、フィロォ!」  
僕が先ほど感じていた肌寒さはなくなり、火照った体を熱いとさえ錯覚してしまう。  
現に触れ合う肌には汗がうっすらと滲み始めてすらいた。  
「フィロッ!...フィロ」  
「ヴェインくん!ヴェインくぅん!」  
二人の結合部からは卑猥な音すら聞こえていたが、それらをかき消すように僕達は名前を呼び合った。  
僕達しか居ないアトリエで...僕達の声だけが木霊する......  
 
初めて人の温かみを知った気がした。  
初めて人を愛しいと思った。  
初めて人を...  
僕の気持ちは昂ぶり、より一層高みに向かって駆け上っていった。  
唐突に、それは急激に大きく広がって突然として終焉を告げた。  
「フィロ───!!」  
目一杯腰を突き入れたところでそれは弾け、一瞬にして意識が真っ白に染まった。  
初めての開放、欲望の射出。  
ドクドクと身を振るわせ僕はフィロの中で果ててしまっていた。  
「あ......」  
フィロが上げた感嘆の言葉。  
そして彼女は細い腕で優しく僕の体と心を包み込んでくれた。  
 
 
 
帰り道、僕とフィロは誰も居ないアトリエ廊下を手を繋いで歩いていた。  
彼女のぎこちない歩き方についつい視線が流れてしまう。  
普段内股で歩く彼女がカニのように股を開けて歩くのが滑稽でならなかった。  
「フィロ?...大丈夫?」  
「う、うん...」  
彼女本人が一番分かっているのだろう。  
指摘しないようにと思えば思うほどその歩き方が気になってしまう。  
「おんぶ...、しようか?」  
「ううん」  
それを頑なに拒否するフィロ。  
彼女曰く、ずっと股間にモノが挟まっている気がして脚を閉じられないそうだ...  
通いなれたアトリエ廊下がいつに無く長く感じてしまう。  
「あっ...」  
「ど、どうしたの!?」  
僕はフィロの言葉に動揺してしまう。  
彼女は下腹部を押さえ俯きながら言葉を続ける。  
「今ね、ヴェインくんのが...溢れてきたの」  
返す言葉が見つからない僕はばつが悪く頭をかいてしまう。  
『責任を取る覚悟をしておけよ』  
足元から存在感をなくし闇に隠れていたサルファがいつもより無愛想に僕に告げた。  
 
 
 
□第二話へつづく□  
 
 

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