カララン。
店の扉が開き、2階へと続く階段を上る音。
「あいつじゃないな」
その音のテンポから、待ち焦がれていた少女ではなさそうだ。
店主はカウンターに寄って来る人影に目を向けた。
「ヴェルナーさん、こんにちは」
「こんにちは〜」
音の持ち主はイングリドとヘルミーナだった。
「珍しいな、どうしたんだ? なぁ、リリーはどうした?」
いつものように頬杖をつきながら、二人に問う。
「先生は金の材料の賢者の石を作ってるんです」
「賢者の石?」
ヴェルナーの眉がピクリと動く。
「それで先生はずっと工房にいるから、栄養をつけてもらおうと思って」
「だから、オーレの卵を買いにきたんです」
リリーがここに来ない理由が明らかになり、少しほっとする。
「ほら、金はいらねぇから持ってけ」
カウンターの下から卵を取り出し、ヘルミーナに渡す。
「あ、お金はいいんですか?」
二人の少女は心配げに尋ねる。
「いらねぇから、リリーによろしく伝えてくれ」
イングリドの頭をくしゃくしゃと撫で、ニヤリと笑った。
「ありがとう。ほら、帰ろう、ヘルミーナ」
「ありがとうございます、ヴェルナーさん」
少女達は深々と頭を下げ、階段を下りていった。
店の扉が閉まる音が聞こえ、店主は再び頬杖をつきながら地球儀を回す。
「あいつ、金を作った後、どうするんだ?」
長年の夢が叶った後の少女の行き先について考えてもみなかった。
「なぁ、リリー…」
カラカラと地球儀が回る音だけが響いた。
それから一週間後、リリーが店にあらわれた。
「こんにちは、ヴェルナー、元気だった?」
ずっと寝る間も惜しんで研究に打ちこんでいたのだろう。
顔は青白く、少しやつれているのがわかる。
「元気も何も、大丈夫なのか?」
手を伸ばして彼女に触れたい欲求に駆られる。
「うん、おかげさまで。今日一日は休もうと思って」
リリーは大きな仕事をやり遂げた嬉しさと、久しぶりの休日に笑みをこぼす。
「そうか」
欲求を押さえるかのように短い返答をする。
「それで、明日から採取に行きたいんだけど、お願いできるかな?」
「あぁ、いいぜ。リリー」
また自分を必要としてくれることに安堵の表情を浮かべる。
「それじゃ、ヴェルナー。また明日来るわね」
秋も深まってきた湖畔の夜はいささか肌寒く感じられた。
使い古されたキャンプ用の敷毛布の上に二人は並んで座っている。
パチパチと焚火の音だくが響き、橙色の炎が顔を照らす。
「なぁ、リリー」
「どうしたの、ヴェルナー」
集めた小枝を炎の中に投入し、すぐ隣の彼の顔を凝視した。
「お前、金を作ったのか?」
「できたわよ」
短い返事ながらも、ヴェルナーには重く響く。
「なぁ、リリー。お前、この後どうするんだ?」
「この後って?」
思いがけない質問に戸惑うリリー。
「ずっと夢だった金を作ったんだろ?」
体が熱くなり、鼓動が早くなるのがヴェルナー自身ですらわかる。
「まだ、決めてないわ…」
リリーはフッと笑い、空を見上げた。
「まだ…ね」
そしてこの地にやって来た夜のことを思い出し、うっすらと目を閉じた。
「リリー、どこにも行くな」
「え?」
ヴェルナーは言葉を投げかけるや否や、
リリーを体ごと押し倒し、逃げられないように半分体重をかける。
「ちょっと、ヴェルナー、どうしたの?」
ほんの一瞬の出来事に何が起こったのかわからないリリー。
「ふざけてるの? ヴェルナー!」
渾身の力でなんとか起き上がろうとする。
「なぁ、リリー。ずっとそばにいてくれ、愛している」
暴れる彼女の手首を掴み、静かにそう言った。
その真剣なまなざしに冗談はないと悟る。
「ヴェルナー…」
どうしていいのかわからないまま、彼の名前を小さく呟いた。
「どうしたの、変よ、ヴェ…ん」
名前を呼ぶ前に、桜色の唇はふさがれてしまった。
「んん…」
眉間に皺を寄せ首を横に振り、嫌々の仕草をするリリー。
しかしその仕草がさらにヴェルナーに火をつけてしまう。
「リリー、リリー」
半ばうわ言のように名前を呟きながら、白い首筋にそっと舌をはわせる。
「やぁ、やめて、ヴェルナー」
そのような行為が全く初めての彼女は、
逃れようとするものの力で勝てるはずがなかった。
「なぁ、リリー。他の奴等もみんなお前が好きなんだ」
そう耳元で囁きながら、彼女の青い上着の紐をほどいていく。
「え?」
「にぶいお前は気付いてないだろうが、田舎の少年や武器屋の兄ちゃん、
そして騎士様もお前が好きなんだよ」
「え…」
「すまん。我慢できそうにない」
恋敵の顔を思い浮かべ、ふつふつと独占欲が沸き上がってくる。
プチプチと胸元のボタンが外され、白い双丘が姿を表わす。
着痩せするタイプなのか、服の上からよりも大きく感じられた。
「や、やだ…」
焚火の炎で白い肌がなまめかしく照らし出される。
ヴェルナーはゆっくりと円をえがくように乳房に触れ、
胸元に愛の証をつけていく。