「こんばんわヴェルナー。まだ営業してる?」
階段を上りながらリリーは言った。
「あ?もう夜か?」
ヴェルナーは顔を上げ、リリーの言葉に反応して返事を返す。嬉しそうな表情で階段を上がってくるリリーにつられて綻びそうになる顔をわざと押さえつけた。
先日告白のようなやりとりをして、どうも二人は恋人同士になったらしい。
しかしそのやりとりに「好きだ!」だとか「付き合ってくれ」だとか、そういう明確な言葉は無かった。
『大切な人に渡すペンダント』を貰ったには貰ったが、だからと言っていきなり彼氏面をするのも妙だ。
しかしそれでもやっぱりリリーが来れば心躍った。リリーは机に手をかけ、ヴェルナー顔を見て微笑みかける。
「ううん夕方。こんばんわには早いかも」
「なんだ紛らわしいな・・・・・・でも夕方か。店閉めるかな」
「え、閉めるの?」
「お前は居ていいよ。で、何の用事だ?」
「いや・・・・・・別に用事は無いの」
「あ?」
リリーは恥ずかしそうにうつむきながらぼそぼそと口を開く。
「その・・・・・・会いに来ただけ・・・・・・」
「ブッ」
リリーの言葉にヴェルナー思わずむせた。それ程リリーの言葉に驚いたのだ。
(なんだこの殺し文句・・・・・・)
もしやからかわれているのかと思い、リリーの方を向くと、リリーは顔を真っ赤にして、どうも怒っているようだった。
「何よ!笑わなくてもいいじゃない!!」
「笑ってねーよ!!」
「吹き出したじゃない!!」
「驚いたんだよ!!」
売り言葉買い言葉の会話をしながら、ヴェルナーはまさか自分がリリーにこんなに調子を崩される日が来るなんて・・・・・・等と考えていた。
結局しどろもどろながらも『来てくれて嬉しい』という言葉をリリーに言った。
リリーの機嫌はすぐに直り、寧ろ上機嫌になったと言ってもいいほどだったが、ガラにもない事を言ってしまったヴェルナーはなんとも尻のすわりが悪かった。
リリーは相変わらず嬉しそうな表情でぺちゃくちゃと何か喋っている。しかしヴェルナーはその話に集中することが出来ずに、右から左へ聞き流している。
かわいらしい唇。桜色の頬。艶やかな髪。ぱっちりとした瞳。そんなところばかり見ていた。
(触ってもいいのかな)
先日交わしたやりとりは、嘘じゃないのだろうか。
交際してる男女なら、手に触れたり抱き合ったりするのは自然な行為だ。
けれど本当にそんな行為をしていいのか、本当に自分たちは付き合っているのだろうか。そんなことばかりを考えていた。
「ねえ、どう思う?ヴェルナー」
「ん?」
「ん?聞いてなかったの?」
「すまん」
「もお〜・・・・・・」
リリーの頬がプウっと膨れる。なんて可愛らしいのだろう。
「リリー」
「え?」
「こっちこいよ」
ヴェルナーはそう言いながらカウンターの中を指差した。
「入っていいの?」
何か珍しいものでも見せてもらえるのだろうかと、そんな期待をしながらリリーはカウンターへと足を進めた。けれどヴェルナー前に立つと、ふいにヴェルナーの瞳が真剣なものに変わって、そして両腕が自分の方へと伸びてきた。
抱きしめられる瞬間は、時間をやたらゆっくりに感じた。けれど抱きしめられると分かっても体をうまく動かす事ができず、リリーはただ棒のように突っ立っているだけだった。
ヴェルナーの耳元に鼻が近づいて、そこからヴェルナーの匂いがした。しばらく二人は黙ったまま抱き合っていた。
しばらくそのままの体勢でいたが、やがてヴェルナーは腕の力を抜き、体を離した。ヴェルナーは黙っている。リリーも黙っている。
「・・・・・・嫌じゃ・・・・・・なかったか・・・・・・?」
沈黙を破ったのはヴェルナーだった。
「・・・・・・なんで?」
「だって・・・・・・そりゃ、お前・・・・・・」
日頃饒舌なヴェルナーのかつぜつが妙に悪い。けれどリリーには今ヴェルナーがどういう気持ちでいるのかが分かった。
リリーは体をヴェルナーに近づけ、そのまま体を寄せて肩に耳を置き、ヴェルナーの腰に手をまわした。ヴェルナーしばらく立ち尽くしていだが、やがてリリーの肩に手を置いた。それは『おそるおそる』といった様子だった。
「ヴェルナー。好きよ、大好き」
そう言うと方に置かれていた手がそのまま背中にまわされた。手には力が込められていてリリーは少し苦しかったが、けして嫌ではなかった。
「・・・・・・本当か?」
「本当よ」
リリーは顔を上げ、ヴェルナーの顔を見る。ヴェルナーが真剣な瞳で自分の顔を見つめているとわかると、リリーはなんだか照れくさいような気持ちになった。
「よし、じゃあ」
おもむろにヴェルナーがそんなことを口走ったので、リリーは不思議に思い、ヴェルナーの言葉を繰り返す。
「・・・・・・じゃあ?」
ヴェルナーの手が再度肩に置かれる。
「目を瞑れ」
「!!」
突然の発言にリリーは目を見開いた。それが何を意味するかくらい察しがついた。
「・・・・・・嫌か?」
「いや、嫌とかじゃなくて、その、急だし、あの・・・・・・」
リリーは誰もいない店内をきょろきょろと見回す。
「誰もいねえよ」
「でも、でも・・・・・・」
リリーは頬を真っ赤に染めながら、腰に回した手でヴェルナーの服をぎゅっと掴む。
「しゃ、しゃがんでなら・・・・・・」
カウンターの下は影になっていて薄暗かった。ヴェルナーは膝をつき、固く閉じられたリリーの瞼をじっと見つめながらゆっくり顔を近づけていった。