漆黒という言葉がこれほど合う場所はなかっただろう。  
女はうたかたの眠りから目を覚ました。  
瞼を開ける...開けたはずが変わらない暗闇。  
「なっなに?」  
その声が反響する。狭い部屋。  
しかし闇に閉ざされたこの世界ではどこに壁があるのか想像することはできなかった。  
「おや、おめざめですか」  
淡々と紡ぎ出されたのは男の声。深淵の中にぽぅっと微かな明かりが燈った。  
映し出したのはその男の指先。白い手袋が目に痛かった。  
「お前だれ?」  
女は吐き出すように男に問いかける。  
彼女は未だに焦点が定まらない頭を振って現状を理解しようとしていた。  
しかし鼻をくすぐる甘い匂いがそれを邪魔しているようだった。  
「お前...とは、失礼な言葉ですね。ネル=エルエス嬢」  
男はクククと小さく喉を鳴らす。  
バサッと払うマントの風がネルの髪を撫ぜる。  
ネルはその男に見覚えがあった。不気味なミストルース「クロウリー」  
彼女はもう一度自分の頭の中で現状を理解しようと必死に模索する。  
 
なぜか彼女は石畳の上で後ろ手に拘束されていた。  
ひんやりとしたその床は服を着ていない彼女には冷たさに加え恐怖を与えていた。  
「なぜここにいるのか?どうして裸なのか?これからどうなるのか?知りたいですか?」  
クロウリーは彼女に詰め寄りながら語りかけるように言葉を繋いだ。  
ネルは立ち上がろうとするもののバランスを取れずに芋虫のように石畳に転がっていた。  
拘束されていたのは両手だけではなく足首も手と同じく枷によって動きを封じられていたのだった。  
「こっちこないでっ!」  
這いつくばった姿勢でクロウリーを睨み付けながら彼女は言った。  
男の歩みは止まらない...  
「心外ですねぇ、これから貴女を大人にして差し上げようというのに」  
ネルの背筋に一陣の寒いものが駆け抜ける。  
そのネルの心を読んだかのようにクロウリーは喉を鳴らしていた。  
「いくつか質問に答えてあげましょう、おとなしくしていればの話ですが...」  
間近に寄ってきた男は彼女の横に跪き、その白く柔らかなネルの頬を撫ぜる。  
『ぞくり』とネルの体に鳥肌がたち、彼女はとっさに拒絶の反応を見せていた。  
クロウリーは一瞬顔を歪ませ、彼女の元から一歩飛びずさった。  
男は先程、撫ぜた手を反対の手でさすった。  
「へへーんだ」  
噛み付いた歯を輝かせ、ネルはしてやったりと自慢の笑みを浮かべていた。  
「姉ほど利口ではないと見える...」  
クロウリーは痛みの走る手をさすりながら再びネルに歩み寄った。  
「お前なんかにかんた...っ!」  
ネルの言葉が途切れる。  
しゃべっていた彼女のわき腹にクロウリーの靴が深々と刺さっていた。  
それは一度だけで終わらず三度、四度と力をこめた蹴りが無防備なネルのわき腹に食い込んでいく。  
 
「げほっ、げほっ......や、やめっぐはぁ......」  
咽び泣くネルの言葉は男に聞き入れることはなかった。  
枷によって両手両足を拘束された彼女はただ体を折る以外の抵抗はできずに嬲られるままになっていた。  
男の無慈悲な制裁は幼い彼女の体に痛みと恐怖を刻んでいった。  
「分かりましたか?今の自分の立場が」  
荒い息を整えながらクロウリーはつばを吐く。  
 
べちゃり  
 
彼が吐いたものがネルの整ったブロンドの髪を穢していた。  
「もう一つ教えてあげましょうか、なぜ貴女がここにいるかを」  
苦痛にうめくネルに言葉を投げつける。  
クロウリーは再度彼女の横で跪くと、まるで人形のように彼女の髪をつかみ自分のほうへと向かせた。  
未だに彼女の瞳からは反抗的な刃が向けられている。  
「良い目ですね...その精神がいつまで続くかが見ものですよ」  
男は腫れ物を触るように優しく指で彼女の頬をなぞった。  
その指を再びネルの反抗の歯が襲った。今度はそれにつかまる前にクロウリーの指は彼女から離れる。  
続いてネルの頬を男のこぶしが食い込んでいた。  
 
バキッィ  
 
鈍い音が部屋に響く。髪をつかまれ逃げ場のない彼女は強烈な一撃を受け、小さく呻いた。  
「貴女は仲間に売られたんですよ。イリスとエッジの二人に...ククク......ハーハッハ」  
クロウリーはあざけるように高笑いをあげる。  
その声は部屋いっぱいに響いていた。  
「...ない......そんなこと......ぜったい、ないもん......」  
ネルのそのつぶやきは彼の笑い声にかき消されていた。  
 

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