「も〜おなかいっぱい、あたしこ〜れ以上はたべれないよぉ」  
大きなテーブルにこれでもかと並べられた料理にあたしは悪態をつき、だらしなく椅子に体を投げ出していた。  
肉、野菜、魚、いったいどれぐらいの数があるのか分からないほどの量に膨れ上がったおなかをさすりつつ大きな口をしてあくびをする。  
「ほら、ネル。お行儀の悪い…」  
お姉ちゃんが見るに耐えかねあたしを叱る。でもその顔は穏やかな笑顔を浮かべていて怒ってる様子は微塵も感じられなかった。  
「だってぇ」  
駄々をこねる私を見て、ころころと笑うお姉ちゃん。  
そんなやり取りをしているところへ、駄目押しのデザートがメイドの手であたしの前に並べられていく。  
パフェに、アイスに、フルーツ、クッキーにプリン。どれもこれもあたしの大好物。  
「ぷへ〜もう食べれないって」  
そういいながらもあたしはフォークを手に取り大好きなメロンに突き刺した。  
 
ガチン!  
 
フォークは空を切りお皿と激突して鈍い金属音を奏でる。  
「あれ?」  
今までお皿の上にあったメロンがなくなり、勢い良く突きつけられたフォークは薄いお皿を割りテーブルに突き刺さった。  
それを皮切りにテーブルに並べられていたフルーツが、パフェが、デザートのどんどん消え、  
片付けられていなかった料理も後を追う様に次々と姿を消していった。  
「あれれれ?」  
瞬く間に食べ物が無くなっていく様を呆然と眺めて居たものの、咄嗟にあたしは身を挺して大きなお肉を護ろうとテーブルの上に飛び掛った。  
 
「だめぇー!!」  
 
 
 
次の瞬間、あたしはベッドの上で上半身を起こしていた。  
胸のドキドキが治まらない…  
「どうしたの?ネル」  
隣で寝ていたお姉ちゃんが心配そうにあたしに声をかけた。  
「怖い夢でもみたの?」  
寝ぼけ眼を擦りながら体を起こすお姉ちゃん。  
そっか、あたし夢を見てたんだ…  
あれから何年たったのかな?鮮明に記憶に残る食卓の様子が今はとても懐かしく思う。  
そことは雲泥の差がある質素な今の部屋。粗末な宿屋の二階。  
お姉ちゃんがあたしの頭を胸に抱え込み、優しく背中を擦ってくれた。  
「大丈夫、ネルはお姉ちゃんが護ってあげるから」  
柔らかい胸の感触の中あたしはこくこくと首を縦に振った。  
 
 
 
 
「ねえ、お姉ちゃん。今日はどうするの?」  
ほとんど味の無いパンを口に頬張りながらあたしは尋ねた。  
お姉ちゃんは二つ並ぶパンのうち一つをあたしのお皿に移し眉間に指を当て、考え込んでしまう。  
小食でもないけどお姉ちゃんはダイエットと言ってあたしに自分の分のパンをくれるのは今では日課になっていた。  
味がなくても捨てるぐらいならあたしが食べなきゃもったいないしね。  
成長期の女の子には食事がたくさん必要なのです!ハイ!  
 
これこそ一石二鳥だよね?  
考え込むお姉ちゃんを横に遠慮なくあたしは三個めのパンを口の中に頬張った。  
口の中の水分を奪う独特の小麦粉の塊をスープで流し込み、あたしは手を合わせてご馳走様と小さく唱える。  
「そうね、今日は調べ物があるからネルは夕方まで出かけててもらえる?」  
「は〜い!わかった♪」  
お姉ちゃんの博学ぶりはお屋敷で暮らしていたときから有名でよく褒められたのを覚えてる。  
あたしは全然勉強は駄目だけど、その分お姉ちゃんが凄いから今まで心配なんてしたことないもんね。  
「じゃあいってきま〜す!」  
元気一杯部屋を飛び出し、扉を力いっぱい後ろでに締めた。  
ミシミシ…とどこかで木の軋む音がするけど、勢い良く階段を駆け下り、  
宿屋のおぢさんの小言を他所にあたしはそのまま外へと飛び出した。  
 
といってもこの街では中々あたしが行くあてなんてない。  
友達も居ないし、お気に入りのお店があるわけでもないし、あるとしたら仕事をもらえるギルドぐらいなもの。  
「!?」  
そういえば、この前やったクエストの終了報告をしてなかったことを思い出した。  
確か5000コールの報酬をもらえるクエストだったのであたしは弾むような軽い足取りでギルドへと向かった。  
 
 
 
「こんにちわ〜!」  
受付の大人しめの女性に元気一杯に挨拶をする。  
「あら、こんにちわ。ネルさんでしたね?今日はお一人?お姉さんは?」  
鋭い!さすがギルドの受付嬢をしているだけあってミストルースの顔と名前はばっちり覚えてるみたい。  
でも、あたし達みたいに有名なミストルースだったら殊更覚えていても不思議ではないかもね。  
 
「お姉ちゃんは今日は家で勉強中。だからあたしがクエスト終了報告にきましたー!」  
あたしは発育の良い胸を自慢するかのように胸を張り、受付の人にアピールしてみせる。  
受付嬢との胸の大きさを見比べながらあたしは一人悦に浸っていたところ  
「すごいですね!ネルさん!これでまたランクアップですよ!!」  
台帳にチェックを入れながら受付嬢が目をまん丸にして驚きあたしに告げる。  
両手で作った握りこぶしを上下に振りながら彼女は喜んでいた。  
「この昇格も稀にみる早さですよ!」  
興奮冷めやらぬまま彼女はまるで自分のことのように喜んでいるようだった。  
あたしもとても気持ち良いもので、歓喜の雄たけびをあげるのをぐっと我慢してニコニコと彼女から報酬を受け取っていた。  
顔がほころぶのは我慢しようが無く、急いで宿屋に戻ってお姉ちゃんに報告したいと心踊る気持ちで  
クエスト掲示板を見るのも忘れ、いの一番に宿屋への帰路についてた。  
 
 
 
(お姉ちゃんランクアップしたこと知ったら喜ぶかな?)  
(なんて声かけよう?)  
(奮発して買ったケーキを一緒に食べてくれるかな?今日ぐらいはダイエットとかしなくてもいいよね?)  
逸る気持ちを抑えながら、途中食料品店に寄って最近発売開始したというケーキ「クリスタルト」を二つ買い  
形が崩れないように慎重に、それでいて出来るだけ早足で通いなれた宿屋へと急いだ。  
部屋ではお姉ちゃんが勉強中だけど、きっと今日の昇格を喜んで一緒にケーキを食べてくれると思う。  
「ちょっと、お嬢ちゃん」  
あたしに声をかけたのは宿屋のおぢさん。  
「あ〜話なら後でして〜!」  
呼びかけもさらりとかわし、あたしは自分の部屋へ、お姉ちゃんの待つ部屋へと向かって階段を駆け上がっていった。  
普段なら「とててて」と駆け走る廊下を忍び足で進み、ゆっくりと部屋の扉を開けて隙間から部屋の中をのぞきみた。  
 
きっとお姉ちゃんが机で勉強してるはずだから。  
後ろから驚かそうかなと思っていたあたしの思惑もはずれお姉ちゃんの姿は机には無かった。  
「おね〜ちゃん!ただいま〜!!」  
扉を開けて中に入ると同時に部屋中に轟く大声であたしは自分の存在を大いにアピールする。  
「……あっ、んっ……」  
「ん?誰かきたか?」  
あたしはその言葉に耳を疑った。  
だってお姉ちゃんしか居ないはずの部屋になんで男の人の声がするの?  
気がつかなかった…もっと早く気がつくべきだった…  
そしてここから何事も無く立ち去っておけばよかった…  
床に散らばった衣服…昼間なのにカーテンを閉めて暗く静まった部屋…  
そしてベッドの上にいる服を着ていないお姉ちゃん…その上で体を重ねている見ず知らずの男……  
嘘?嘘だと言って…  
だって、お姉ちゃん?  
なんで?  
なんでなんで??  
なんでなんでなんでなんでなんで??  
悲鳴を上げそうになる口を両手で押さえぐっと堪えるのが今のあたしの精一杯の行動  
手に持っていたバスケットが床に落ち、中のクリスタルトが綺麗な音色を上げ砕け  
それと同時にあたしは部屋から逃げるように出て行く。  
とめどなく溢れる涙をそのままに階下に降り急ぎ、踏み外した段差にバランスを崩しながら床に転んでしまった。  
痛い…からだのどこをぶつけたのか分からないほどあちこちが痛み、目一杯溜めた涙で視界がぼやけて見えていた。  
「お嬢ちゃん、怪我はないかい?もっと静かにしなきゃ他のお客さんに迷惑がかかる」  
宿屋のおぢさんが突っ伏すあたしの体を起こしながら呟いた。  
そしてあたしの服についた埃を叩きながらおぢさんは言葉を続ける。  
 
「それと姉さんにもここは娼館じゃないと言ってくれないか?」  
その言葉にあたしはおぢさんの顔を睨み、唇を噛みながら必死の思いでその場を後にしました。  
 
 
 
日が沈み町に生活感溢れる光が灯り始めた頃。  
知らないうちにあたしは自分の部屋に戻っていた。  
先ほどからずっと黙ったままの二人に時間だけがただ流れていく。  
床に散らばっていたはずのクリスタルトは欠片も残さず片付けられており、  
あたしが帰ってきたときには昼間の出来事を思い出させるものはなにも残っていませんでした。  
「あのね…」「ネル…」  
お姉ちゃんが口を開いたのはあたしと同時。  
タイミングの悪さに眉をしかめながらあたしの顔をみつめるお姉ちゃん。  
「なにお姉ちゃん?」  
「ううん、ネルは?」  
うん、今日ね、あたし達ランクアップしたんだよ。  
ギルドの受付の人がすっごく喜んでて褒めてくれたんだよ!  
……って今、この雰囲気で言う言葉じゃない…  
けど伝えたい、伝えたいのに。上手く言えない、言葉に出来ない…  
「うん…あの…あのね……。今日居た、昼間の人…だれ?」  
違うそんなこと知りたいんじゃない  
…分かってる、聞いちゃいけないって分かってる  
ほら、困った顔してる。聞かないでって顔してるもん。  
「お姉ちゃん勉強するって。あたしに嘘ついてまで…あの男、だれ?」  
なんであたし泣いてる?  
 
お姉ちゃん苦しめてどうするの?  
お姉ちゃんがあたしの顔見てくれない、唇噛み締めて、とってもつらそうな顔してるよ?お姉ちゃん。  
「お姉ちゃんあたし達二人で御家の復興するって。ねえ?お姉ちゃん何とか言ってよ!」  
「うるさい!!」  
渇いた音と共にお姉ちゃんの手があたしの頬を叩いてた。  
「はっきり言ってネルは足手纏いなのよ。気がつかなかった?今まであの男とは何度もここでエッチしてたのに」  
え、お姉ちゃん今なんて?  
それを言葉にしたいのにあたしの口から出るのは涙交じりの嗚咽だけだった。  
「えっく…ん…くっ…おね…ちゃ…えっく」  
「もう一度言うわ、ネル。あなたと一緒にいるよりあいつといるほうが私にとって有益なの」  
お姉ちゃんはあたしと顔を合わせずに言葉を吐く。  
今まで見たことの無いようなつらそうな表情。  
……でも  
一度だけ、一度だけ記憶にあるその悔しそうな、つらそうな顔。  
あたし達が家を失い、追い出され、たった二人で路頭に迷ったあの日。そんな顔見たくない…  
「今日から私達は別行動をとりましょ。ネルと一緒にいたんじゃいつまでたっても御家再興なんてできないもの!ほら、出て行って!」  
「いや、いやいやいやいやいやー!」  
半狂乱で叫ぶあたしの頬を再びお姉ちゃんの手が叩いた。  
それでもすがりつきながらもこの部屋に居ることを望むあたしを引きずり、部屋の外へと放り出すお姉ちゃん。  
冷たい通路に放り出され、あたしは必死に部屋に戻ろうとしたけど無情にも扉は閉められてしまう。  
 
ガチャ…  
 
中から鍵の掛かる音。  
「お姉ちゃん!お姉ちゃん!」  
 
「うるさいわね。早くどこでもいいから好きなところ行きなさい!」  
扉を叩いても、名前を呼んでも、叫んでも、泣いても、その扉は堅く閉ざされたまま開くことはなかった。  
泣き疲れたあたしはそれでも部屋の前から離れず、じっと扉が開くのを待ち続けて座り込んでいた。  
鼻をすする音が静かな廊下に響いていた。同じように、部屋の中でも…  
 
 
 
それからしばらく時間がたって脱力していたあたしは扉を背もたれに休んでいた。  
体を預けていたから扉が開くと同時に後ろに何の抵抗も無くあたしの体はごろんと部屋の中へと転がってしまった。  
「おねぇちゃん?」  
転んだあたしを立ったままのお姉ちゃんが見下ろしてる。  
手には大きなバッグ。そう、あたしのバッグを持って。  
「これ、あんたの荷物。そうやって私に迷惑かけ続けるなら姉妹の関係を絶縁するわよ」  
真っ赤に腫らした目でお姉ちゃんはあたしに告げる。  
ダメなんだ  
もうダメなんだ  
割れたお皿は元に戻らないんだね、お姉ちゃん。  
ずっとずっと一緒に居たかった…  
あたしもうお姉ちゃんのそのつらそうな顔見たくない…  
いつもの笑顔が見たい、とっても幸せそうな笑顔が…  
あたしここに居ちゃダメなんだね?お姉ちゃん?  
泣き出しそうになるのをぐっと堪え、あたしはお姉ちゃんの手からバッグを受け取り無言でそこを去っていった。  
普段持ち歩かない大きいバッグ、それが行く当てもない道を歩くあたしの足取りを重くしていた。  
 
 
昼間は人通りの多いはずの噴水広場。  
この時間はそれもまばらで、あたしはベンチに腰掛けながらバッグの中身を点検していた。  
お姉ちゃんがずっと記帳していてくれたクエストノート。  
依頼を受けた日付、達成した日付や報酬。  
驚いたのはクエストごとに袋に分けてある報酬金額だった。  
丁度半分。一番最初のクエストからこの前終えたクエストまでの分がすべて半額だけど袋に入っていた。  
御家再興を願って貯めていたはずのお金。  
全部をチェックした後にふと疑問が頭をよぎる。なんであたしの報酬は半分あって、手付かずにいるのかな?  
生活費とか、宿代とか、決して安くないはずなのにそれらに使った形跡はなかった。  
もしかしてそれは全部お姉ちゃんが?  
そう思った途端に再び溢れてくる涙。感情を抑えきれずあたしは周囲を気にせずに大声で泣いていた。  
道行く人が小声何かを呟き通り過ぎる。でも、今だけはそんなことを気にせず声を上げて泣きたかった。  
一晩中でも涙が枯れるまで泣かせて欲しい。これが済んだらもう泣かないから…  
そう思って泣き続けるあたしの前に一組の男女がやってきていた。心配そうな顔で…  
「おい、どうした?」  
見たことのある二人の顔。男があたしに問いかける。  
「うわわわわーん!」  
この前お姉ちゃんと一緒に戦って倒したはずのエッジとかいう男、女は確かイリス。  
「泣いてちゃ分からないわよ?大丈夫?なにかあったの?」  
今度は女があたしを心配して詰め寄ってくる。  
あんなことをされたのにイリスという女性はあたしのことを恨んでいないの?  
「行こうぜイリス、厄介ごとはごめんだ。それにこいつ…」  
男にそう言われてもイリスはあたしの心配をしていた。  
とても優しそうな顔で…  
「お姉ちゃんに捨てられて…」  
つい、その顔に本当のことを滑らせてしまう。しまったと思っても後の祭り。  
 
「そうなんだ…エッジ、この子を工房に連れて帰っちゃだめかな?」  
「な!?」  
とんでもない提案にしばらく二人のやり取りが続いていた。  
あたしは泣き止んで事の成り行きを見守り、早くこの二人が立ち去ることを願っていた。  
そんなあたしの目に入り込んできたのはイリスが大事そうに抱えている古文書。  
(お姉ちゃんが、言ってたエクなんとかって本…)  
この本があれば願いが叶うってお姉ちゃんが言ってた言葉が鮮明に頭の中に蘇った。  
「どうかな?ネルちゃん?」  
「え?」  
物思いに耽っていたあたし問いかけてくるも、今までの話を聞いてなかったためちんぷんかんぷんで答えようがなかった  
「えっとね、ネルちゃんさえ良ければ私のところで面倒みてあげるけど?…どうかな?」  
イリスがにこりと笑顔であたしに再度問いかけてくる。  
そう、そういうことね。  
「えー!?いいの?いいの?あたしなんかがお邪魔してもいいの?」  
「ああ、ある程度の決まりを守るなら俺も構わない」  
無愛想なエッジが言う。  
「私は大歓迎よ♪ネルちゃんも行くところがないのならおいでよ」  
この人はどこまでお人よしなんだろう?  
「御願いします!もう行くところもなくて、あたし、あたしっ…」  
ぐすぐすと鼻をすすって涙を浮かべる。  
今日どれぐらい泣いたか分からないけど、これだけは言えるの。  
今は嘘泣きだって。  
あたし、お姉ちゃんの笑顔をもう一度見れるかもしれないよ?  
だってこの二人が持ってるエクなんとかって本があれば願いが何でも叶うんだよね?  
あたし頑張るよ!いつかきっとこの二人からその本を奪ってみせる。  
もう一度お姉ちゃんと一緒に暮らせるなら…  
奴隷にだって、  
天使にだって、  
悪魔にだってなってみせる。  
お姉ちゃんが望むなら…  
お姉ちゃんの夢を叶えることができるなら…  
だからそのときはもう一度、もう一度あたしを見て…  
アタシヲミテホホエンデ…………オネエチャン……  
 
□END□  
 
 

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