古書店リオ、二階
「んぅ......」
ベッドの中にいる女性は寝返りを打ったその拍子に小さく声を上げた。
今の彼女は寝る前に感じていた心地よい窮屈さとは逆に近くに居たはずの暖かい温もりを失っていた。
冴えきらない頭の中、ゆっくりと彼女は目を開ける。
見慣れた部屋、広いはずの部屋を狭く装う数々の本棚。
本棚の前に男性が静かに身支度を整えており、その動きに合わせ長い髪が音も無く揺れていた。
「帰るの?」
まどろみに身を投じつつも普段と変わらないぶっきらぼうな物言いで男に尋ねる。
「本当なら一緒にいたいところなんですが、ボクも多忙でしてね。どうしても今日中に片付けないといけない仕事があるんですよ」
そういって男は羽のついた緑の帽子を頭に乗せ、肩にかかるブロンドの髪を払った。
そして女性が寝るベッドへと一歩近づき、シーツに包まる彼女の頬をそっと撫でる。
二人の間ではそれは口付けの合図......女性はそっと目を閉じ、顎を心持ち男のほうへと向けた。
男は顔を近づけ、紅の惹かれていないふっくらとした唇に自分のものを重ねた。
お互いの唇をついばむような口付けを交わし、男のコロンの香りが女性の鼻腔を擽った。
違和感......異臭......
明らかに普段とは違う匂いがしていることに彼女は気づいてしまった。
いつもより濃いコロンの匂いの中に微かに、火薬のような、普段ではめったに嗅ぐことの無い匂いが混ざっていたのだ。
最近では間近にすることの無くなった懐かしい香り。
先ほどの情事の間には気がつかなかった服についたその匂い。
約束の時間からの遅刻、いつにないよそよそしさ、消極的だった先ほどのまぐわい...
数年前では毎日のように身近に感じていたその匂いに不可解だった謎が頭の中で解けたのが分かった。
「では、また三日後にお邪魔しますね」
優しい物腰で別れの挨拶をする男に、ベッドの中の女性はそれに応じた。
背を向けた彼の緑色の上着に細くて黒い糸が付着しているのを女性は見逃さなかった。
自分のパープルの髪でもなければ、彼のブロンドの髪でもない。
明らかに別の人物である炭のような黒い髪の毛。
今までの要因が一つに纏まり、彼女は自分の中で燃え盛る何かを感じていた。
翌日...
「イリス、無理をせず今日は休んでおけよ」
エッジは椅子に腰掛け、紅茶を嗜んでいる彼女に言った。
その言葉にイリスはにこりと微笑み小さくうなずいた。
「エッジこそ、一人で行くなんて変な考えはしないでね」
優しい気遣いにエッジは口の端を歪めてに綻びそうになる顔を制した。
(お見通しか...)
昨晩の出来事は詫びて済むものではないと心に決めた彼は、せめてもの罪滅ぼしとしてクエストを一人でこなしてこようと考えていたのだ。
しかし、今のように言われてしまってはそうするわけもいかず、今日の予定を変更せざるを得なかった。
「エッジ...」
イリスは椅子から立ち上がると外に出ようとするエッジにしがみついた。
上目遣いにキスをせがむイリス。
目を閉じている彼女の前髪を掻き分け、あらわになったおでこに僅かに触れる程度の口付けをするとエッジは彼女の束縛からするりと逃げ出してしまった。
「また帰ってからな」
こういったことに慣れないエッジにとっては精一杯の思いやりだということをイリスは悟った。
同時にこれ以上を望むことは負担をかけることになるということも分かっていた。
「いってらっしゃい。気をつけてね」
「あぁ...」
つないだ手が別れを惜しむように離れ、エッジは身を翻した。
開かれた扉から新鮮な空気が部屋に流れ込み、出て行く彼を手を振りながら見送っていた。
やがて扉が閉まり、部屋が無音の静けさを取り戻し始めた。
イリスはテーブルに戻り席に着くと、ティーカップを手に取りまだ暖かさを保っている紅茶を口に注いだ。
コンコン...
控えめな音が扉から響く。
「イリス...」
続くようにどこか懐かしい女性の声が扉の向こうから聞こえた。
「は〜い、誰?」
イリスはカップをテーブルに置き、扉のほうへと近寄った。
エッジと同居するようになってからお客が来るというのは珍しかった。
それはミストルースとして出歩くことが多いためイリスが家に居ることが無かったのが理由の一つとも言えた。
扉の開け、そこに立っていたのはかつての親友エア。エア・フルクハーフェンだった。
「お邪魔?」
彼女は手短に問いかける。
「ううん。どうしたの?エア」
無愛想な表情のままエアは言葉を続けた。
「新しいお菓子作ったから、試食に来てもらえる?」
イリスはその申し出に素直に喜んでいた。
数年前までは毎日のようにお互いの家を行き来し、エアが趣味で作るお菓子をたくさん頂いたものだった。
彼女のお菓子はほとんど外れが無く、本職になれるほどの腕を持ち合わせていた。
彼女が食べる側から作る側へ変わったのも近くに住むマーナの影響を少なからず受けたと思える。
エアの家が古書店ということもありお菓子をついばみながら読書に耽る日も二人の懐かしい思い出だった。
イリスがエッジと暮らすようになり、思春期に入った二人はどちらからともなく疎遠になりはじめ、
二人で楽しんだ最後のお茶会は今から1年以上も前のことだった。
「喜んで♪...あっ!ちょっと待ってね!エッジに置手紙しておくから」
そういってイリスは部屋に戻るとテーブルの上にあったメモに筆を走らせる。
ギリリ......
扉の前で待っているエアの奥歯をかみ締める音がイリスに聞こえるはずも無かった。
質素といえば質素な本棚に囲まれたエアの部屋。
ちょうどイリスの膝位の高さになる木製の小さな丸テーブルに手作りのマーブルクッキーが運ばれてきた。
「座ってて。お茶、淹れるから」そう言って階下に下りたエア。
イリスは素直にその言葉に従いテーブルの前にちょこんと正座をして待っていた。
丸いクッキーにココア生地と白生地が独特な模様を描き、香ばしい香りがイリスの食欲を燻る。
御預け状態のイリスはエアが淹れている紅茶の到来を今や遅しと待っていた。
(一つぐらい...良いよね?)
いつも以上に時間がかかっているエアの戻りを他所にイリスはお皿の上に盛られたクッキーを一つ口へと運んでいた。
ココアとバニラの甘さが程よくミックスされたとても甘く、連日疲れきったイリスの体を十分すぎるほど癒してくれていた。
(美味しい!)
さすがにお菓子作りの天才マーナから手ほどきを受けているだけのことはある。
イリスは親友の料理の腕をうらやみながら口の中に広がる後味に酔いしれていた。
一寸たって階下からティーポット、カップを丸いトレイに乗せ、エアが姿を現した。
「待った?」
エアはカップに並々と注がれた紅茶をこぼさないように慎重に歩きイリスに問いかける。
イリスが問いかけるも、エアの視線はカップに向けられていた。
「大丈夫?」
心配で迎えにいこうとするイリスを彼女は言葉で制する。
クッキーも然る事ながら、それに負けじと褐色の紅茶も極上の香りを運んでいた。
テーブルの中央にあるクッキーを乗せたお皿をはさみ、純白のカップが各々の前に置かれる。
すでにイリスのカップには紅茶が満たされていたが、エアはポットを取るとまだ空っぽの自分のカップへと紅色の液体を注ぎいれた。
「さあ、召し上がれ」
感情の篭らない言葉でエアはイリスに紅茶とクッキーを薦めた。
「いっただきま〜す」
イリスは大げさにわざと唇を舌なめずりした後、クッキーを一つ口の中に頬張った。
自分で作るのとはあからさまに違う味に舌鼓を打ち、口の中に広がる甘ったるさを紅茶で濯いだ。
「今日、お店はどうしたの?」
イリスは疑問を投げかける。
普通なら休みではないはずのエアのお店が休業の看板をぶら下げていたことにいささか驚いていたのだった。
「ん?ちょっとね...」
どこと無く他人行儀のエアに不信を抱きつつも、
はぐらかされた問いかけに、イリスはそれ以上触れない様クッキーを手に取り再び口に含んだ。
「エア、このクッキーすっごく美味しいよ!」
お世辞ではない。本当に美味しいと心から思ったイリスは彼女に賛美の言葉を送った。
しかしエアからの返事は無い。
彼女はただ食い入るようにイリスの一挙一動を眺めているのだった。
そんな中、イリスは不意にこみ上げるあくびをかみ殺し、それを誤魔化すようにオレンジの香りがする紅茶を啜った。
甘みをそいだ紅茶はマーブルクッキーと絶妙なバランスで調和されていた。
「クッキーの甘さに紅茶が苦味がとても合うね。これだけ美味しかったらお店開けるよ」
再度賛美の言葉とともにイリスはエアの顔を見つめた。
「ありがと。......それより...」
どうしたことかエアの顔に喜びの色は伺えなかった。
これがあいた二人の時間のひずみだと感じながらもイリスは彼女の次の言葉を待った。
しばしの沈黙
「それより?」
耐え切れずに口を開いたのはイリス。彼女はエアの発言を急き立てるのだった。
エアはイリスの言葉に思いため息を吐き突き刺さるような冷たい視線を彼女に投げかけた。
「昨日のことだけど...ユアンさんと会ったでしょう?」
イリスは彼女の問いかけに驚きのあまり目をまんまるに見開き言葉を失くした。
「彼と寝たのね?」
直線的な問いかけにイリスはたじろぎ、エアの責めから逃れるように視線を逸らした。
それを追うように詰め寄るエア。
その問いはユアンの性質を知っている故、エアが放った質問。
にじり寄るエアとは反対にイリスは立ち上がり、後ずさりしながら彼女との間を取った。
「違うの!あれは...その、あの......」
言葉が続かずうつむいてしまうイリス。
必死で紡ぎ出す彼女の言葉は否定ではなかった。
「私とユアンさんの仲を知らなかった?」
イリスは一時逃れといえども自分の取った行動に過怠感を感じずにはいられなかった。
「ごめん...あれは......」
イリスは言い終わると同時に足が折れたかのように体が崩れその場に跪く。
言い終わるというより言葉を続けることができなかったのだろう。
「イリス...眠いの?」
頭を振るイリス。エアの言葉は彼女の耳には届かなかった...彼女はすでに抗うことのできない睡魔に犯されていたのだ。
やがて彼女は堅い床の上に無様な姿で眠りに堕ちていた。
エアは静かに寝息を立てるイリスの傍に歩み寄り
「泥棒猫...」
皮肉めいた視線で見下ろしながら吐き捨てるように小さくつぶやいた。
黄昏の日差しがゼー・メルーズの街中を歩く二人に降り注ぐ。
「珍しいもん、ちゅうてもそれ相応のもんやなかったら承知せえへんで」
言葉に独特のなまりを含みながら先ほどから男は休むことなく不平不満を愚痴っていた。
日差しが目に入ったのか、男は細い目をさらに細めた。
「客商売やったらもっと愛想よぉせなあかんで」
男の名前はヨー・ヤッケ。その一歩先を歩いているのはエア・フルクハーフェン。
彼女はヤッケの言葉を意に介さず坦々と歩き続けていた。
やがて二人は通じる会話を行わず目的の場所へと辿り着いた。
エアが足を止めたのは彼女の店「古書店リオ」の前だった。
その扉には「本日休業」の札がかかっておりいつも以上に家の雰囲気は寡黙さを増していた。
「いつ来ても辛気臭いところやなぁ。まあ...古書店が飾ったところで客足は遠のくだけやわな」
「入って...」
開錠し、扉を開けたエアは振り返らずにヤッケを招いた。
「なんか、ここはわいの性に合わんな。こんなところが好きな物好きもおるんやろうけど」
店内を見渡しつつヤッケは思ったことを、つい口にしていた。
途端、彼に突き刺さる痛いほどの視線。
エアの瞳が冷酷なまでに鋭く、ヤッケを無言の迫力で睨みつけていた。
さすがのその態度にヤッケも過ぎた言葉と詫びを述べた。
「ほんますまんかった。言葉のあやや、悪気あって言ったんとちゃうんや」
ヤッケはエアに対してぺこりと頭をさげる。
その対応に彼女は短い溜息を吐き、彼への戒めを解いた。
「けど、どこにあるんや?もったいぶらずに稀に見る珍品とやらを見せてくれてもええんちゃう?」
細い目の間から彼の鋭い眼が光る。
彼がエアの店に足を運んだ理由はそこにあった。
珍品の品定めをして欲しいと言うエアの申し出に普段より早く自分の店を閉め、彼はここまでわざわざやってきたのだ。
「上がって」
エアは踵を返し、振り返ると奥にある階段をゆっくりと上がり始めた。それにならうヤッケ。
まだ日は沈んでいないものの雨戸を閉め切った二階の部屋は暗く、ベッドの近くに置かれたテーブルの上の燭台が心細く揺れた。
蝋燭の炎が周囲を照らす。
「...なっ、なんや!?」
ヤッケの目が見開かれる。彼が驚くのも無理がなかった。
ベッドの上には彼が想像していなかったもの、裸体の女性が居たのだ。
暗い部屋に蝋燭の赤い炎に照らされた白い肌が映える。
ベッドの上に女性は犬のような四つんばいの姿勢で彼らの来訪を待っていたのだ。
「彼女を一晩買わないかしら?貴方の言い値で...いいわよ」
「んんっ!」
その言葉に女性の呻き声が部屋に響く。
「いや、無茶あるやろ?状況がわからんて。どういうこっちゃ?」
エアは質問に答えず、ベッドのほうへと歩み寄った。
テーブルの上の燭台を手に取ると、それを女性の背中の上で水平に傾ける。
ヤッケの目にはまるでスローモーションのように溜まった蝋がゆっくりと裸体の女性の背中に零れ落ちていく。
「んんんー!!」
蝋で背中についたと同時に女性は身もだえし、一際高い呻き声を上げた。
「彼女は特別な性癖があるの。マゾヒストなのよね」
説明する間にも女性の背中に新たな蝋が垂れ落ち、その度に長い髪を揺らして身を捩り、高い唸り声のようなものが女の口から漏れる。
「喜んでるのよ...もっと苛めて欲しいって...」
ベッドの上の女性からは荒い息遣いが聞こえていた。この女性は紛れもなくイリスだった。
しかしヤッケはまだ彼女がイリスだと言うことに気づいていなかった。
それもそのはずイリスは目隠しをされ、口にも白い布で猿轡をされていたため一目で誰だと分かるような状態ではなかった。
肘の部分と膝の部分に棒の先端に包帯で固定されており、両手両脚は各々ベッドの柱にロープで束縛されているため体の自由はすべて奪われていたのだ。
「どう?貴方は欲望を発散するために...もちろん彼女も自分の欲求を満たす。ということで利害一致じゃない?」
燭台をテーブルに戻すとエアは放心していたヤッケににじり寄り彼の下腹部を撫ぜた。
「ただ、お互いの素性は詮索しないと約束してくれれば貴方の好きなようにしてもらって...いいけど?」
尋常ならざる目の前の光景にヤッケの男性自身は熱く滾り、佇立し、自分の欲望を誇示していた。
ヤッケがベッドの傍に行くとイリスの背中に着目していた。
無数にある、赤い筋。
(彼女は特別な性癖があるの。マゾヒストなのよね)
エアの言葉が頭の中で反芻する。背中の傷は見た感じで鞭によるものだと悟った。
「んー!んん、んんぅ!」
イリスが猿轡の中から必死に抵抗の意思を示していた。
言葉を発することができないため今の彼女には呻き声で訴えるしか手段が無かったのだ。
それに反応してヤッケの服を脱ぎかけていた手が止まる。
首を振って呻く様は明らかにこの状況を拒絶しているように思えたからだ。
「おい、ほんまに。...これ、ええんか?」
ヤッケはイリスに指指し、エアのほうを振り返った。
エアは部屋の端で本棚にもたれながら事の成り行きを見守っていた。
「なにが?」
「なにが?って。なんか嫌がってるように見えてしゃあないんやが」
フン、と鼻を鳴らすエア。
「私には貴方が遅いから催促してるようにしか見えないわ」
不思議なことに目隠しをされているイリスの顔では、その表情をまったく窺い取ることができなかった。
一見拒絶の姿勢とも感じれるもののエアの言うとおり見方によっては催促してるようにもヤッケの目に映る。
ヤッケの止まった時間が流れ、動きを再開した。手早く脱ぎ捨てた服が床に落ちる。
「乗りかかった船やしな。据え膳食わぬは商人の恥やわ」
自ら全裸になったヤッケは四つんばいになるイリスのお尻のほうにまわった。
それでもイリスは些細な抵抗と知りながらもお尻を振って彼を拒絶し続けた。
「なんや?我慢できずに催促かいな。いやらしい雌犬やで、ほんま」
左右に動く白い臀部をヤッケは両手で掴むとその動きを止めさせた。
「ふふ、彼女打たれると喜ぶわよ」
ヤッケの耳にエアの助言が飛ぶ。
パシィン
渇いた音が静かな部屋に轟く。白い肌にヤッケの大きな手形がくっきりと痕を付け、真っ赤に色づく。
一度だけではない、二度、三度、永遠と繰り返される行為。その度にイリスは言葉に出来ない痛みを口から漏らしていた。
「これが気持ち良いんか?けったいなやつやで、ほんまに...もっと躾をしっかりせなあかんようやな」
彼は片目を開き力を込めながら大きく振りかぶった平手をイリスのお尻に打ち付けた。
パシィーン!パシィーン!
イリスの臀部は手形のような痕ではなくすでにそこ全体が真っ赤になっていた。
ユラによって痛みによる制裁を加えられたこともあるものの、今回のそれは以前のものとは違っていた。
視界を奪われ、言葉を奪われ、自由を奪われ、今の彼女にはなに一つ逃れる術はなかった。
今まで無い恐怖が彼女の胸を締め付ける。
次の瞬間、またしても背中の上に火傷を負うような熱い迸りが降り注がれた。
「どや?こっちのほうがええんか?」
ヤッケがベッドの近くにあった燭台片手に問いかける。
溜まったばかりの蝋は無慈悲にイリスの背中に付着し、瞬く間に硬化していった。
「んんっー!!ん、んんぅ!!!うーっ!」
頭をシーツにつけ、イリスは必死に呻いた。
そうすることによって状況が改善されるわけでもない。
ただ拘束された姿勢ではそれが精一杯の『逃げ』だったのだ。
「彼女、すごく喜んでるわ...」
普段感情を込めないエアが嬉々として言い放った。
「せやろ、せやろ。わいもそろそろ気持ち良くさせてもらうで」
ヤッケは燭台をテーブルに戻すとイリスの細い肩を片手で掴んだ。
もう片方の手で自分のモノを掴み、彼女の秘裂にあてがう。
そこはヤッケの予想に反して潤いを帯びておらず、挿入を躊躇っていた。
「彼女、濡れにくいの...」
先ほどまで部屋の隅にいたはずのエアがいつの間にか自分の背後に近づいてきていたことにヤッケは一瞬驚いた。
「ねぇ、気持ち良いのよね?」
エアはヤッケをよそにイリスに耳打ちをする。
「んんん!」
言葉を返せないイリスは首を振って精一杯の否定をしていた。
残念ながらその対応はこの部屋ではすでに拒絶と認知されるものではなかった。
イリスの重力に従うわずかな胸の膨らみ。その先端をエアは伸ばした爪ではさみながら上目遣いでヤッケを見つめた。
ごくり...
大きく喉を上下に動かし、唾を飲み込む男。
そしてヤッケは決心しの一気に己の腰を進ませ、怒張がイリスの秘裂に挿し入った。
ぶちゅ...
途端に水音と共にイリスの中から愛液が溢れでていた。
「んんっ!!」
四つんばいになりながらも背中を弓なりに反らせ、指でシーツを掴んだ。
「ご、ごっつええで。...むちゃ絞まりよる」
ヤッケはイリスの両肩を掴み、力任せに腰を打ち付けていた。
パン、パンと肌があたるたびに活気の良い音が鳴っていた。
彼女の体は男を知り、それを快感と感じ始め貪欲にそれを求め、溺れていた。
バージゼルクローネもこの男ヨー・ヤッケ、そしてエッジも然り、彼女の体は男にとって快楽を求める道具に過ぎないと認めざる得なかった。
唯一ユアンを除いては......
「また、彼に近づいたらこの程度じゃすまないからね...」
エアの小さな耳打ちにぞくりと背筋が凍る。
イリスにとって優しく絆された一時の愛のある交わりであったユアンとの情事、しかしその代償が今払わされていたのだ。
「んんっ!ん、んくぅ......、んっ、んんん!」
艶かしい喘ぎは漏れることなく、唾液で濡れ、水分を含んだ猿轡の端から色気の無い呻き声が零れる。
悔しくも少なからずイリスの体はこの状況でも快感を感じずにはいなかった。
ヤッケの体重がイリスの背に乗る。
四肢を束縛された彼女は顔をシーツにつけながらも腰を下ろすことが出来ず、お尻を突き出した形で彼を向かえ入れていた。
「ええで...ほんま最高やで......わい、もうあかん!」
もたれかかりながらも腰を打ち付ける速度を増し、ヤッケは限界の兆しを感じていた。
「んっ!んんん!んー、んんぅ!!」
急速に責めるヤッケの腰使いにイリスも絶頂という階段を昇り始めていた。
白く広がる閃光が頭の中で何度もちらつき、今日初めて自分の意思で歓喜の喘ぎを漏らしていた。
「んはぁ、んんっ!んぁあぁああん!」
閉じることのできない口の端からはだらしなく唾液がたれ、顎を伝い皺を刻むシーツを濡らしていた。
ヤッケが腰を突き入れるたびにベッドに顔を押し付けられるイリス。
不意に、今までリズミカルに抽送していたヤッケの動きが止まった。
限界寸前で爆ぜる思いを必死に堪えるヤッケ。
その挙動を見たエアはほくそ笑み目を細めて彼に告げる。
「我慢しなくても一度限りじゃなくていいのに......貴方の気の済むまで」
静止するヤッケにもどかしさを感じ、イリスは快楽を求め自ら腰を動かし始めた。
イリスの理性はすでになく、欲望という泉に溺れた女がそこに居た。
「んっ、んん......んぁ...んっく......ん、んんん」
イリスの秘裂からヤッケのモノが見え隠れし、中から白濁したイリスのあわ立った愛液が太腿を伝い落ちていた。
なすがままに応じていたヤッケもついに動きを再開し始めた。
絶頂をコントロールするように緩急をつけ、時には浅く、時には深く己のモノを埋没させイリスのそして自分の欲求を満たす。
「おぅ、ええわ...んまにっ...こないに...ええ、わ」
ちゃぷちゃぷと二人の結合部から淫靡な音が漏れ、奥から溢れ出る蜜がシーツの上に沢山の染みを作っていた。
「ん、んんふぅ......んぁ、んんっ!」
甘い吐息こそ漏れないものの、イリスの口から出る声はあきらかに艶を帯び、頬がこれ以上ないほどに紅潮していた。
ヤッケは伏せていたイリスの髪を掴み、自分のほうへと引き寄せる。
「んんっ!!ん、んっ!んん...んんぁああ」
必然、彼女の体は弓なりに反りヤッケの怒張はイリスの最奥を突き上げるように深く腰を打ちつけた。
突き上げられるたびに肉壁がヤッケのものから精を絞り取るように締め上げ、包み込む。
「あ、あかん!イ、イク!んんっ!イクでぇ!!!」
語尾に力を込めながら目いっぱい腰を打ちつけ、イリスの子宮を突き上げた。
ドクドク...ドクッドク......
ほぼ同時に凝縮されたバネがその反動で伸びきるように彼女はかつて無い絶頂を味わっていた。
大量に放たれたヤッケの精液がイリスの中に注がれ、それでも収まりきらない分はだらしなく二人の結合部から垂れ流れていた。
イリスは背中に覆いかぶさるヤッケの体重を感じながらまどろみに飲まれようとしていた。
「ほな、次はもっと派手にやらせてもらうで」
額に浮かぶ珠のような汗を手の甲で拭い、ヤッケは彼女の胸を鷲掴みに揉みはじめた。
彼女に休息は与えられることなく、快感と苦痛が交わりながらも、とこしえとも思われる時が過ぎていった。
すでに日が沈み暗くなったゼー・メルーズの街。
この日の出来事を他言無用と念を押されたヤッケは帰路についていた。
ヤッケが部屋を去った後、イリスの戒めを解いたエア。
二人の間に会話はなく、イリスは身支度を整えると逃げるように彼女の元を去っていった。
二度と来ることのないだろうと心で誓う、かつて親友の家。
振り向くことなく走り去るイリスの後姿をエアは二階の窓辺から満足気に眺めていた。
□END□