「ねえ、私のこと、愛してる?」  
シーツの間から潤んだ瞳で自分を見上げる恋人に、ユアンはふっと表情を和ませると、何も纏わぬ彼女の背を撫で上げる。  
「ボクのことを、好きでもない相手とこんなことをするような男だと思っているんですか?」  
「じゃあ、私の目を見てちゃんと言って」  
「どうしたんですか?今日は。……愛してますよ、エア」  
その一言で女は安心する。どれだけ目を凝らしても男の瞳は誠実そのものだ。  
そのままキスをせがみ、愛撫に身を任せる。紫の髪が感に堪えぬように細かく震えた。  
「可愛いですね、エアは……」  
それを褒め言葉と受け取り、エアが嬉しそうに身を捩らせる。ユアンが全く正反対の意味を込めて言ったことにも気づかずに。  
嘘は言っていない。確かに今は目の前の女性のことを想っている。ただ、それが会っていないときにも同じ気持ちを保てるかというと話は別だ。  
皮肉なもので、彼が本当に愛している相手は抱いている最中ですらその言葉を彼に許さず、  
真剣ではない相手に限ってそれを彼にせがみ、乞われるままに口にすることになるのだ。  
だから彼にとっては「愛している」という言葉は「抱かせてくれ」以上の意味を持たない。  
そしてこの日もその言葉がもたらす結果は同じであった。  
 
 
情事のあと、ユアンは身支度を整えながら何気ない調子で口を開いた。  
「今日はこの後イリスさんの工房に行こうと思ってまして」  
先ほどとは違い、これはエアにかまをかけるための嘘である。  
あの件の後、てっきり自分に心を開いてくれるものだとばかり思っていたイリスが、逆に接触を露骨に避けるようになっていた。  
しかし、詫びの言葉を口にしたときの反応は「ユアンさんは悪くない」というもの。嫌われたというわけではないらしい。  
ならば、誰かに何かを吹き込まれたか。  
そこで浮かび上がってきたのが他ならぬエアだった。元からのイリスと仲が良いことあるし、何よりもあの直後に訪れたのは彼女の家なのだ。  
平常であれば他の女性を抱いたことなどおくびにも出さずに体を重ねることができる彼ではあるが、  
あの日はずっと狙っていたものが手に入るという興奮で気もそぞろだったのは否めない。  
起こってしまったことは仕方がないが、計画を修正する前に、どうしてそうなったのか状況を把握しておきたい、そんな気持ちから出た行動であった。  
「実は最近、イリスさんがボクを避けるんですよ。嫌われるようなことをした覚えはないんですけどね」  
「……本当?」  
微妙な間と僅かに低くなった声に疑念を確信に変えたユアンは更に踏み込んだ質問をする。  
「本当ですよ。……それとも、エアは何か知っていることでもあるんですか?」  
エアは俯き、唇を噛んだ。……私は悪くないわ。あなたがあの娘にちょっかい出したのがいけないんだから。  
口には出されずに示された抗議。それをユアンは正確に理解した。  
多少のやきもちは可愛く思えることもある。本当に愛し合い互いを信頼する男女の間なら。  
しかし、それはこのケースには到底当てはまらない。  
……余計なことをしてくれたものだ。やっとエルスクーラリオを奪う目処が立ったというのに。  
形だけの恋人を睨み付けたい衝動を抑え、ユアンはわざとらしくため息をついてみせた。  
「あなたも知らないんじゃしょうがありませんね。ま、行くだけ行ってみるとしますか」  
 
「……次はいつ来るの?」  
エアがどれだけ滲ませまいと努力しても、微かに震えるその声音には独占欲と嫉妬の色がはっきりと表れている。  
恋人を一人に絞るつもりなどさらさらない彼にとっては、それは彼女に対する気持ちを一層離れさせる効果しか持たなかった。  
(この人とはこの辺が潮時でしょうかね……)  
そう思いながら熱っぽい瞳でエアを捉え、平然と歯の浮くような台詞を口にする。  
「あなたに会えなくなるのはボクにとっては身を切られるように辛い。  
でも、今ボクが手がけている研究はとても大切なもので、それにはイリスさんの協力が欠かせません。  
そんな顔はしないでください。ねえ……、エア?  
この研究が認められれば、一人前の男としてあなたを迎えに来れる。そんな気がするんです。  
だから……ボクのことを本当に思ってくれるなら、しばらくは大人しくボクのことを待っていてくれますか」  
微かに匂わされた未来に、抵抗できる女性は少ない。  
「愛してます……エア」  
エアの瞳に浮かんだ夢見るような光を間近で捉えつつ、すっとその頬を撫でる。  
「ユアンさん……」  
二人の唇が重なり、もどかしく舌を絡めあう。  
親友を毒牙にかけた女性は、恋人の甘い罠に見事に嵌っていた。  
 
古書店リオを後にしたユアンは、頭の中でイリスを陥れる算段を立てながら急ぎ足でいつもの場所へ向かう。  
この次の相手は約束にルーズなことをものすごく嫌うのだ。果たして少し遅れて到着しただけで、その女性はユアンのことを鋭く睨みつけてきた。  
「遅いわよ、ユアンくん」  
「いきなり呼びつけておいてそれはないでしょう。ボクだって予定がないわけじゃないんですよ」  
「どんな予定なんだか……。今日のお相手は誰だったの?」  
「妬いてくださるならお教えしますよ」  
「調子に乗らないで。あなたは言われたことだけやっていればいいのよ」  
「やれやれ、ご機嫌斜めですね。また仕事で嫌なことがあったんですか?」  
「いいから、早く来て抱いてちょうだい」  
「仰せのままに。……ノエイラ女王様」  
 
 
「新作のケーキがあるんです。よかったら食べていきませんか?」  
食料品店エブリでの買い物が終わった後、エッジたち三人はマーナにそう声をかけられた。  
その反応は三者三様。目を輝かせるネルにやれやれ、といった表情のエッジ、  
そして普段ならネルほどではないにしろ明るい顔を見せるイリスは何故かその表情を曇らせた。  
「大丈夫ですか?イリスさん。具合悪そうですよ」  
自分を覗きこむマーナに、イリスはちらりと蘇ったおぞましい記憶を慌てて消した。  
こんなことを考えてはせっかく誘ってくれたマーナに申し訳なさすぎる。  
「だ、大丈夫だよ。うん。マーナちゃんのケーキ美味しいもんね。ぜひいただきたいな」  
「ありがとうございます。でもちょっと今日のは甘いかもしれないんですけど……」  
そう言ってマーナは今度はエッジの方をちらりと見た。エッジがあまり甘いものが得意でないことは今までの付き合いでわかっている。  
「なら、俺は先に戻る。イリス、ネル、好きなだけゆっくりしていけ」  
エッジとて、最近のイリスの様子がおかしいことには気づいている。自分には話せないことでも女同士なら話せるかもしれない。  
そんな彼の気遣いがこの後の事態を生みだしたということは何とも皮肉なことだった。  
 
エッジが家に帰ってしばらくした後、普段はめったに来客のない工房の扉がノックされた。  
イリスやネルなら鍵を持っているし、忘れたとしても帰ってくる時間が早すぎる。  
怪訝に思いながらも玄関へと向かったエッジを待っていたのは意外な人物であった。  
「こんにちは。エッジくん。ちょっとお邪魔するわね」  
「今イリスもネルもいないんだが……」  
「そうなの?でも、用事があるのはあなただから」  
「それじゃ、入ってくれ」  
エッジの言葉にもその相手はぴくりとも動こうとしない。視線だけで問いかけると彼女はちょっと困ったように微笑んだ。  
その意味に合点がいき、エッジが扉を大きく開ける。そうして初めてノエイラは悠然と工房内へ足を踏み入れた。  
ノエイラが彼の隣を通り抜けたとき、微かに鈴の音のような金属音が耳に届き、エッジはわけもなく心がざわつく自分を感じていた。   
 
「今日は暑いわね。ローブを置かせてもらってもいいかしら」  
「ああ」  
適当に答えて振り返ったエッジはその言葉を激しく後悔する。  
ぴったりと体の線に沿ったミニのワンピース。ブーツとの間に見える白い肌に嫌でも目が吸い寄せられる。  
普段は厳格なローブを着こんだ姿が、一枚剥いだだけでこれほど扇情的に変貌するとは知らなかった。  
ならば、更にその下にはどんな官能的な体が隠されているのか。  
その想像は今までエッジがしたどんな想像よりも甘美だった。  
 
一年を通して温暖なゼー・メルーズでは、女性の服装も大胆なものが多い。  
殆ど下着同然の姿で働く酒場マスター。見せ付けるかように大きく胸の開いた服を身に纏うミストルース姉妹。清純なイリスですらも肌の露出は多い。  
しかし、本当に男心をそそらせるものは見えないもの、そしてその合間から覗く僅かな誘いである。  
丁度エッジの目の前にいる女性のように。  
しかも、先ほどからノエイラが手を動かすたび、あの鈴のような音がエッジの頭の中にこだまするのだ。  
落ち着かない気分で視線を彷徨わせるエッジにノエイラが首を傾げて声をかける。  
「どうしたの?エッジくん」  
劣情を刺激されてぼやける視界の向こうで、同性さえも素直に認める美人が優雅な笑みを見せた。  
普段より心持ち濃い目の化粧。  
上品に香るパルフュームの妖艶な余韻。  
整った顔立ちだとは思っていたが、ギルド長に女を感じることなどないと思っていた。  
それが今、ゆっくりと手袋を外すノエイラから視線を外せない。  
「あなたには、私の片腕になってほしいの。そのためにはお互いのことをよく知らないとね……」  
目の前の男が自分に魅了されているのを知り、ノエイラはその瞳の中にある種の光を浮かべた。  
この街でその視線を知るものは数少ないが、その効果は抜群で、一人残らず遅くとも数分後には彼女の虜になっていた。それは、誘惑の雌の光。  
 
ノエイラが左の手袋を外したとき、音の正体が明らかになった。金色の細いブレスレットが三連、彼女の手首を彩っていたのだ。  
エッジの目がそれを捉えた後も、ノエイラは上品に一つずつ身につけたものを取り去っていく。  
下着とブレスレットだけを残した姿になると、ノエイラは纏めていた長い髪を解き、頭を振った。  
その場に風が巻き起こる。まるで孔雀が羽を広げたかのように金糸が弧を描き、そして曲線をなぞるかのように柔らかくまとわりつく。  
シャランという金属音が一際大きく響く。  
時間にしたらほんの数秒のはずなのに、それはエッジの目にまるでスローモーションのように映った。  
そして静寂の中に残された、完璧なプロポーションを持つ肉体―  
レースに縁取られた黒い下着からこぼれんがばかりに双丘が盛り上がり、くっきりと谷間を形作っている。  
その下に続く肌は陶磁器のように滑らかで、きゅっと締まったウエストが触れられるのを待っていた。  
そしてその更に下に控えめに佇む布。奥に何が潜んでいるか、既にエッジは知っている。  
 
目の前に晒された成熟した女性の体に、若いエッジの目が釘付けになるのは無理もなかった。  
それでも、手をぐっと握り締めて誘惑に耐える。イリスの姿を脳裏に思い浮かべ、彼女を裏切ることはしないと誓う。  
必死に葛藤と戦うエッジに、ノエイラはくすりと笑い、そのまま僅かに目を伏せる。  
誘っても容易になびかぬ相手にも余裕の態度は崩さない。  
300人ものミストルースを纏める有能な美女は、恥をかかせるな、などという安っぽい台詞を口にするような人物ではなかった。  
「……話はユアンくんから聞いたわ」  
忘れたくても忘れられないその名にエッジの眼光が鋭くなる。  
「困ったものね。彼の女癖の悪さも。……私というものがありながら」  
何気ない調子で付け加えられた一言にさすがの冷静な彼もはっと息を飲んだ。あいつが、ギルド長の恋人?  
実際には二人の関係はエッジが考えたものとは異なっている。  
体の関係はあるものの、両者が対等だったことはない。  
いつでも主導権を握るのはノエイラであり、ユアンは彼女の欲望を満たすためだけに存在しているのであった。  
ノエイラにとっては自分と会わないときにユアンが誰を抱いていようとそんなことは全く気にはならない。  
だが、それを告げる必要はない。嫉妬は狂乱を、狂乱はより深い快楽を呼ぶ。  
思い描いたシナリオどおりに衝撃と誤解に巻き込まれる獲物をノエイラは満足そうに見やった。  
そうして、僅かに残った理性で真偽を問いかけるエッジに曖昧に頷く。  
「ええ。昔からの仲なの」  
ごくりと唾を飲んだ男に一歩近づき、耳元で甘く囁きかける。  
「どうかしら。二人で復讐しない?」  
欲望に大義名分が与えられる。そして男としての闘争心も。  
(あいつの女、か……)  
エッジの瞳の奥に宿った危険な光を認め、ノエイラの中の光も強くなる。  
そのまま手を背中にやり、ゆっくりと留め金を外す。豊かな胸がだんだんと露わになる。  
脱ぎ捨てられた下着が床に落ちたのと、二人がソファに倒れこんだのは同時のことだった。  
 
初めて触れる大人の女性の体はどこもかしこも甘い香りがした。  
敏感な体質なのか、エッジが少し触れただけでノエイラは妖しく震え、悩ましい吐息をあげた。  
衣ずれの音に交じってあえかな金属音が彩りを添える。  
その度にエッジは自分の中で鎖が一つずつちぎれていくような感覚を味わっていた。  
そして、そんな彼をノエイラは更に導いていくのだった。まるで、こんなものは快感の序の口に過ぎないとでも言いたげに。  
「んっ……くふっ……」  
舌を絡め合う間にも、豊かな胸がエッジの手の中で形を変えていく。掌に固い感触を認め、エッジはそこを指でぐりぐりと押した。  
 
彼の動きにノエイラがキスを止め、身を仰け反らせる。  
それを次のステップに進んでもよいという合図だと捉えたエッジはすぐにその胸にむしゃぶりついた。  
しかし、予想に反してすぐに頭にノエイラの手が置かれる。顔を上げると、その相手は窘めるような笑みを浮かべてエッジのことを見つめていた。  
「せっかちなのね。エッジくんは」  
馬鹿にされたような気がして身を固くしたのも束の間、ノエイラはすっと身を起こすと、エッジを仰向けに寝かせ足の間にうずくまった。  
「いいわ。私がするから」  
固くいきり立ったものを口に含み、焦らすようにゆっくりと舐め上げる。  
たっぷりと唾液を塗りつけ、十分に濡れたことを確認すると、ノエイラはやおら起き上がり両胸でそれを包み込んだ。  
すぐに動かす代わりにちょっと首を傾げて、どうかしら、と問うように視線を投げかける。  
それは、男が視覚で性欲を刺激されることを十分に心得ている行動だった。  
柔らかい感触にエッジは自身が膨張するのを感じていたが、先ほどのノエイラの言葉もあり、それをすぐに認めるのはプライドが許さない。  
「随分慣れているんだな」  
さりとてその快感は抗いがたく、皮肉な口調でそう返すのが精一杯だった。  
 
ノエイラはその返答に微笑みを返し、媚びた眼差しはそのままでゆっくりと上下に動き始めた。  
「ええ。男の人ってこうされるのが好きなものでしょう?」  
もちろんエッジに否応はない。美人が挑発的な視線を投げかけ、自分を大きな胸で包み込んでいる。これを刺激的と言わずに何と言おう。  
しかし、彼の頭をよぎったのは別の考えだった。  
この光景をあいつはいつも見ているのか。そんな眼差しでいつもあいつのことを見つめているのか。  
かっと頭に血が上り、思わずエッジはノエイラを手で払おうとしていた。  
シャラン  
突如金属が触れ合う音がし、エッジの手が留められる。  
「駄目よ。エッジくんはじっとしてて」  
掴まれた手の動きはたおやかだったが、その声は有無を言わさぬ響きを持っていた。  
あくまでも彼女の方が上だと言い張りたいらしい。そっちがそのつもりなら……。  
シタガワセテヤル  
心の奥で囁きかける声。それに応ずるようにエッジは体を起こすと、ノエイラを下に組み敷き、乱暴に秘所に指を差し込んだ。  
 
「ああっ……だめ。だめよ、エッジくん……」  
先ほどと同じ言葉。しかしその声音は全く正反対のメッセージを伝えていた。  
抵抗の意思が感じられたのはほんの一瞬で、すぐに無数の襞がエッジを締め付け、絡み付く。  
「凄いな。一本じゃとても足りないって感じだ」  
そう言って指を増やすと中からは一層蜜が溢れ、エッジの手を濡らしていった。  
 
それぞれの指の独立した動きに、ノエイラが頤を上げて喘ぐ。  
足を心持ち開き腰を浮かせる様に、エッジは興奮させられるとともに、どこか冷めたものを感じていた。  
(清純そうな顔をしていてもこんなもんか。女って奴は……)  
エッジの脳裏にイリスの顔が浮かぶ。  
まっすぐな瞳を持っていたと信じていたのに、あっさりと他の男と関係を結んだ彼女。  
所詮女など目の前の快楽には抗えない生き物だ。ならば、イリスにもノエイラにも遠慮をすることなどない。  
エッジは一つ鼻で笑うとノエイラに冷たく言い放った。  
「入れるぞ」  
その言葉にノエイラが目だけで合図をする。  
それは哀願というよりは許可に近かったが、その眼差しは紛れもなく彼女も情欲に溺れていることを示していた。  
 
最初からエッジは激しく腰を打ちつけた。  
それは彼自身の冷たさというよりは、先ほど女性という性に対する彼の諦めによるものだったのかもしれない。  
慣れていない女性なら、その動きに苦痛を感じたことだろう。  
しかし、ノエイラは巧みに腰を使い、エッジの動きに合わせていった。  
きゅっきゅっと締め付ける動きにエッジの方が耐えきれなくなり、それを堪えるために更に強く抜き差しを繰り返す。  
そうして二人は共に高みへと昇り詰めていった。  
 
一度達した行為はその後も果てることなく続き、いつしか二人はソファから床に転がり落ち、時に上になり時に下になって相手の体を貪り続けていた。  
エッジが乱暴に扱えば扱うほど、ノエイラはそんな彼を翻弄するように卓越した性技を見せ、それに応じてエッジの行為がさらに激しくなっていくのだった。  
戦いにも似た時間の中で、だんだんと二人の意識は白濁していき、既に何回行為を重ねたのかもわからなくなっていた。  
 
何度目かの小さな死を迎えたノエイラを見下ろし、エッジは背中がぞくぞくするような快感を覚える。  
目の前で放心しているのは、ただの魅惑的なボディを持つ美女ではない。  
自身も含め多数のミストルースを束ねるギルド長であり、憎き男が愛する女性であり、今までの行為の間すらずっとエッジに対して優位性を示し続けてきた相手なのだ。  
「エッジくん……」  
細い腕がべとついた背に回され、うっとりとした目でキスをねだられる。言い知れない征服欲に満たされながら、エッジはノエイラに唇を寄せた。  
「あ……ふ……はぁん」  
濃厚なキスの合間に漏れる喘ぎ声がエッジを刺激し、背中に置いた手を下へと伸ばそうとしたときのことだった。  
 
「ただいま、エッジ。ネルちゃんはマーナちゃんのところで夕飯も食べていくって―」  
それきり言葉を続けられなくなった少女は、口を手で覆い、そのまま目を固く閉じた。そんな彼女にエッジとノエイラが同時に声を上げる。  
「イリス!」  
「イリスちゃん……」  
羞恥と後ろめたさに震えてみせながら、ノエイラは内心ほくそえんだ。  
(完璧に計画通りのタイミングね……。よくやってくれたわね、マーナ)  
 
いくら目を瞑っても、今見たばかりの映像はイリスの頭の中にくっきりと残っていた。  
脱ぎ散らかされた服。二人の体に光る汗。独特のこもった匂い―  
 
ナンデナンデナンデ  
ドウシテ、アナタガココニイルノ  
フタリデナニヲシテイタノ  
ウソダヨネ、エッジ  
ネエ、コタエテ、エッジ……  
 
最初口元に浮かんだ小さな震えがイリスの全身に広がっていき、ぎゅっと瞑った目に涙が溢れる。  
「いやあああっ!!!」  
「イリス!!!」  
叫んで追いかけようとしても、全裸の体では外に出るわけにはいかない。  
慌てて服を掴み、それを纏おうとするエッジには目もくれず、イリスは泣きながら工房を飛び出した。  
 
普段は静寂に包まれる書物保管庫に、一人の少女が駆け込む。奥の扉が大きな音を立てて開かれる。  
エアの警告など、この心の傷の前では何の意味も持たなかった。  
ドアに手をかけて、椅子から立ち上がって、一度止まった二人が互いへと駆け寄る。  
彼女をしっかりと抱きしめるユアンの顔に満足げな邪悪な笑みが浮かんだことを、泣きじゃくるイリスは知る由もなかった。  
 
その翌日、ギルド裏手の秘密の部屋に、絡まりあって相手を貪る一組の男女の姿があった。  
「どうでした?ボク以外の男の抱かれ心地は」  
「うぬぼれないことね。男は別にあなた一人だけじゃないわ」  
「ギルド長にスキャンダルはご法度でしょう?賢明なあなたが何人も男を作るとは思えませんがね。……それとも、ボク一人では我慢できないくらいの淫乱なんですか?あなたは」  
「どっちと取ってくれてもいいわ。……ねぇ、それより」  
一旦言葉を切って女は男を見上げ、挑戦的に微笑む。  
「彼、よかったわよ。やっぱり若いせいかしらね。あんなに激しいのは久しぶりだったわ」  
嫉妬に駆られて口中を蹂躙するユアンに応えながら、ノエイラは霞んでいく頭で考える。  
……馬鹿な男。イリスちゃんを取り戻すところまでは騙されてあげたけれど、もう一つの目論見のほうはそう簡単に思惑に乗ってたまるものですか。  
随分と自信があったようだけど、古いものより新しいものに目がいくこと、若い体を自分の好みに変えるのが好きなことは、何も男だけの特権じゃないのよ。  
あなたとの関係を続けるかどうかは、今、私をどれだけ満足させてくれるかにかかっているわね……。  
嬌声で男をさらに煽り、ノエイラは自らが仕掛けた罠に溺れていくのだった。  
 
 
〜 Who entraps whom? 終了  次作へ続く 〜  
 

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