ゼー・メルーズ西住宅街。ここに一軒の家がある。周囲の住人のいくらかからも、
その大きさや外観にちょっとした羨望を向けられる家。
時折、煙突や窓から料理とは思えない煙や匂いが立ち上るこの家だが、
今現在、その家に向けてじっと羨ましげな視線を送る少女も、
錬金術という一般にはほとんど知られることのない技術を用いた釜からの煙も、
家のすぐ隣で妖タクがせわしなく小銭を稼ぐ動きも、全く無い。
ただあるのは静かに流れる川の音と、さやかに降り注ぐ月の光だけだった。
その錬金術師、イリスの家の二階に微かに動く影がある。
薄い掛け布団をもぞもぞと身体に引っ張り寄せながら、淡く寝息を立てるその姿は、
つい最近になって新たにこの家の住人となった、ネル・エルエスだ。
壁際に置かれたベッドの、その壁に向かう端に寄っていくように、ころりと寝返りを打つと、
小柄な身長とは不釣合いともいえる豊かな胸がうつ伏せになった拍子に柔らかく形を変えた。
しばらくはその体勢のまま、微かに眉をしかめながらもじっとしていたのだが、
「んむぅ〜……」
ベッドからの反発と自らの身体に押さえつけられる感覚に苦しくなったようで、
小さく声を洩らしながら無意識の内にさらにころりと身体を回す。
途端、先ほどから壁に向かって転がり続けていたせいで、
ネルの身体は、さして広くも無いベッドの終点にあっさりと到着してしまった。
軽く丸めた身体の後ろ側、壁にちょうどお尻からぶつかるように、とす、と。
「ふあ?」
思わぬ衝撃に、小さく声を上げながら反射的に目を開ける。
何度かまばたきを繰り返すうちに、自分の体勢と壁の感触に気付いて納得がいく。
けれども、だんだんと暗さに慣れてきた目と、突然のことにはっきりと覚めた意識は、
もう一つ、ネル自身のこと以外への疑問を呼び覚ました。
――イリスがいない。
あれ? あれ? と頭に疑問符を浮かべながら、ネルは床に就くまでのことを思い出す。
今日達成したクエストはとんでもないもので、合戦場のあちこちを文字通り飛び回ることになった。大砲で。
(イリスだけはおおはしゃぎだったけど、エッジはもう何も言う気力も無くて。
あたしだってすっかり疲れきってたから、ちょこっと早めに寝たんだよね)
と、自問する。上下に分かれた寝巻きに着替えて、家にたった一つのベッドの端に潜り込んだことも覚えている。
そう、この家には一つしかベッドが無い。ネルがここに住むことになった日にはそれはそれは驚いた。
ゼー・メルーズに来るまでのユラとの二人旅では、涙を飲んでの節約のために、
一つのベッドを二人で分け合ったこともある。
けれども、この家にもともと住んでいた二人はエッジとイリスなのだ。
一体これまでどうしてたんだろう、とか、本当にお邪魔しちゃっていいのかな、とか、
まさか、ミストルースランクを競っていたときに聞いた二人の評判とはうって変わって、
夜はとんでもなかったり、もしかしたら、二人目として連れ込まれたんじゃあ……とか、
慌てて手が分身するほどにぶんぶかと想像をかき消していたものだけれど、
その疑念はあっという間に立ち消えになった。
「それじゃエッジ、お休みなさい」
「ああ。お休み。……ネルも、な」
どうなることかと思っていたネルを、イリスは、
「じゃあ、ネルちゃんはこっちだよ」
と手を引いてはしごに向かわせたからだ。ぶっきらぼうに挨拶をよこしたエッジに、
「お、お休みなさい」
と返すと、まるで、かしこまらなくてもいいと言うように軽く肩をすくめながら頷いてくれた。
そのまま一階に置いてあるソファに横になるエッジを見て、二人で二階に上がったのだ。
その様子はごく自然で、普段から眠る時はきちんと分かれていることがすぐに分かったし、
一つのベッドをイリスと分け合うことはユラとの生活を思い返して、
悲しいのか嬉しいのか複雑ではあったが、最終的には暖かさの方が勝っていた。
けれども、今は目の前にいるはずのイリスの姿が無い。
考えられることはそれほど多くなく、水でも飲みに行ったか、それとも、
(ん〜? お手洗いかなぁ?)
と、ネルが普段夜中に起きる原因をあげるくらいだ。それなら別にたいしたことではない。
寝相で引っ張り込んだ掛け布団をもう一度整えて、
イリスにぶつかるような転がり方をしなかったことに安心しながらもう一度静かに目を閉じようとした。
が。
「ぅ、くっ」
階下から、男性のくぐもった声が微かに届く。
それもそのはず、一階と二階に分かれているとは言え、
はしごの通る穴は常に開かれっぱなしで、街の喧騒も無いこの時間では防音効果などほとんど無い。
一体なんだろうと耳を澄ましていると、再び男の声が聞こえてくる。
「い、イリス……っ! もう少し、優しくできないか……?」
それはもう聞きなれたエッジのもので、さらには、当のいなくなったイリスの声までが続いてきた。
「じゅうぶん優しくしてるよ。ちゃんと我慢してちょうだい」
その上、何やらぴちゃぺちゃと肌を打つような水音がネルの耳にまで響いてくる。
(ええぇっ!?)
突然聞こえてきた声と音に、ネルはびくんっと身体を震わせてパッチリと目を見開いた。
真夜中に響く男女の潜めた声と、漏れ出る水音。
何をしているのか確かめたい気持ちが、急激に高まった拍動と共に湧きあがるようにも感じるが、
もしも二人に見つかってしまったときの気まずさや、
その後、明日からどう接すればいいのかといった考えが、ネルの身体をベッドに留め置く。
しかし、顔や頬に血が上っていく感覚を得ながらも、
ネルには下から洩れる微かな明かりや音を無視することはできなかった。
声の聞こえ方からして、イリスがエッジに対して何事かをしているのは明らかで、
その中身を想像するしかないネルの頭の中では、
この街に来る前に、ユラに連れられて行った安酒場などで聞きかじった――そういうことを
吹き込んできたガラの悪い男どもは特大ハンマーの餌食になったが――秘め事の光景が展開していた。
ズボンも下着も取り去ったエッジの股にそっと愛しげに顔を寄せ、
ふっくらとしたつぼみのような唇と舌を使って、包み込むように愛撫を重ねるイリス。
そのイリスの上気した顔がエッジを見上げながら優しく動くたびに、
相手から聞こえてくる声に目元を緩め、少しだけ意地悪に強さを変える。
途端に、強すぎる刺激に負けたように懇願を洩らすエッジを抑えるように、
笑みを浮かべて、ぴちゃり、ぷちゅり、と別のところをまた柔らかな動きで撫で上げる。
「もう、こんなにしちゃってどうするの? このままじゃ、明日も大変だよ?」
「……から自分で……。……見つかるとは……なかった」
想像に、より現実感が湧くような声が、エッジの洩らす途切れ途切れの声と一緒にネルの耳を打つ。
かあっと、目元が痛くなるほど頭に上ってきた血と、息苦しくなるほどに高まった心臓の鼓動が、
どくどくとネルの身体と視界を揺さぶった。
(やっぱり、普段見せたりしないだけで、やっぱり、エッジと、エッジとイリス、って……)
自分でも気付かない混乱具合を示すように、何度か同じ単語を繰り返しながら、
階下の二人に想像をめぐらせる。頭の中でのイリスは、エッジのものに静かに手を添えて緩く擦りあげていた。
息苦しい。でも、あまり大きな音で息をするわけにもいかない。
けれど、ものすごく胸が苦しい。何だか喉も渇いてくる。
ネルは大きくなりがちな息を、顔を枕に埋めることで抑えようとする。
すると、ネルの顔から枕へと、静かに吸い込まれるものがあった。
(あ、あれ? あたし……)
ゆらりと枕から顔を離すと、揺れていた視界が僅かな時間だけ元に戻り、
すぐに再びじんわりと滲み出した。
(……泣いて、る?)
どうして、だろう。と、途切れがちな思考の中で、ネルはまた枕に顔を埋めた。
ユラに別れを告げられ、どうすればいいか分からなくなったとき、ここに連れてきてくれた。
その日、二人が別々に眠ることにほっとしたのは何でだろう。
お休みなさい、と言ったとき、エッジが頷いてくれたのが嬉しかったのは何でだろう。
それからずっと、軽くお休みー、と二階に上がるとき、エッジが頷いてくれるのを見るのは何でだろう。
愛想もよくないのに、クエストを依頼した人のことを一番気にかけるほど優しい、と分かるのは何でだろう。
それに、今日だって。大砲に乗るときに、何も言わなかったけど支えていてくれたと思える。
――いつの間にか、ネルの思考の中でエッジと向かい合っている姿はネル自身のものになっていた。
(エッジ……)
そのことに気付いて、ネルは枕に吸わせるように細く、長く息をつく。
これだけの短い時間で、これだけ惹かれている自分がいるんだ。
これまで長く一緒にいたイリスが、エッジのいいところに気付かないはずもない。
そう思いながらも、イリスにだって同じくらい、いっぱいいいところがあるのも分かってる。
だからネルは、頭の中でイリスにごめんね、と思う。
けれどネルは、今の想像をかき消そうとはしなかった。
「んぅ……」
そっと枕から顔を離して、先ほどのように、ただネルとイリスを入れ替えた姿を夢想する。
さらに異なることは、姿を思い浮かべるだけではなくて。
ネルはゆっくりと自らのしなやかな人差し指を口元へと持っていき、ちぷ、と舐めながら含んだ。
大きくなってからは実物など見たことも無いけれど、エッジのはどんななのか。
そう意味もなく思いながら、さらに中指をも唇をわって侵入させる。
「ちゅ、む。ん、れろ、ふぅ、ぁ、ちゅる……ふぅ、ん」
(ぅ、えっと……おっぱいとか、触るんだよ、ねぇ……?)
どこぞで仕入れたつたない知識のままに、想像の中でネルはエッジに自身を貪らせていく。
右手の指に唾液をてらてらとまぶしながら、空いた左手を静かに寝巻きの胸元へと滑り込ませる。
階下からの声をさえぎるように、身体を横向きに丸めて、掛け布団の中に潜り込み、
たぷ、むに、と周りからほぐすようにネルは自らの乳房に触れていく。
目の前に思い浮かべたのは、年上のイリスよりも大きな胸に、
ちょっとした自信をこめて、恥じらいながら隠すようにしていた胸を
エッジに向けてさらけ出した光景だ。そのまま、エッジの手は胸元を撫でるように下がり、
手のひらで持ち上げるように軽く揉み始める。
「ふあぁっ、ぁ、あ、ん。ん〜〜〜っ」
知らず知らず口から洩れた喘ぎを、とっさに口を閉じて封じ込める。
それでも、鼻から抜ける音と吐息には甘いものが混じっていた。
普段、風呂などではただ柔らかい肉に触っているだけだという感覚なのに、
触れられている相手を頭に浮かべるだけで受けるものは全く違う。
きっとエッジの手はもっと硬いんだろうとか、指だってこんなに細くもないんだろうなぁとか、
そう考えるたびに、思考の中のエッジの動きがより近く感じられていく。
徐々に手の動きを大胆に変えて、片手で行っていた胸への刺激を、
両手によるものへとして、撫でるものから揉みしだくものへ。
柔らかな乳肉の形を思い通りに歪め、引っ張り、押し込み、揺らす。
その内に、今までは手のひらで時折掠めるようにしているだけだった桃色の先端を、
人差し指と中指の間に挟むようにあてがい、乳房ごと、ぎゅっと絞るように握った。
「ぅぁっ、〜〜っ」
しかし、慣れない動きに、まだどうすれば快感になるのかすら理解しきれないままの行いに、
しっぺ返しのようにやりすぎた痛みが襲い掛かる。
「はぁ、ぁぁ、もっと、優しく、して、ぇ……」
ネル自身への文句を、想像の向こう側へと押しやることに悪気を感じながら、
すまなそうな顔つきのエッジを頷かせて、乳首への愛撫を再開する。
指先で、触れるか触れないかの微妙な刺激を、突起の周囲に与えていくと、
くすぐったさと同時に、ぞくりとした感覚が背筋を通る。
何度かそれを感じ続けていると、ぴくり、ぴくりと先端周りの肌が粟立つように思えてきた。
つられるように、弾力はあっても柔らかなままだった乳首が、だんだんと充血し固さを増していく。
「ぅん、気持ち、いいよぅ……もっと、強くてもいい、からね……」
今度は親指と人差し指で挟み込んだ後、こり、こり、と緩く捻りこむ。
すると突然、はっきりとした気持ちよさが身体を駆け抜け、ネルは驚いたように全身を震わせた。
「くぅんっ。……お、おっぱい、ばっかりぃ〜」
(じゃあ、だめ、なんだっけ……?)
熱っぽくなった思いのままに、恐る恐るお腹からおへそのそばを滑らせ、寝巻きの下をずらして、
下着の上から軽く割れ目に沿って人差し指を這わせる。
(あ……これ、って……)
触れてみるまでは自覚も無かったというのに、幾度かゆっくりと指を往復させると、
僅かににじみ出ていたらしい秘所からの液が下着に吸われて、ネルの指に湿りを伝えた。
快感とは違った、恥ずかしさの火照りがネルの身体に灯る。
それでも、一度見出した気持ちよさから抜け出すことはまだできずに、
けれどさっきの痛くなってしまったことを思い出して、いきなり触れることはせず、
内腿から脚の付け根に向けてゆっくりと撫で回したり、
下着の上からむにむにと最も柔らかな唇を緩く揉みつづける。
「いぃ、よ。もうちょっと、だから……ぁ」
続けるうちに、じんわりと股間が熱を持ったようになるのが分かってくる。
もう一度、今度は少し強く、と割れ目を撫でるように指を滑らせたとき、
先ほどよりもほころんだその上端で膨らみかけていた肉芽を、
知らずのうちに僅かに引っ掛けるように擦ってしまった。
「ひぅっ!?」
痛みにも似た急な刺激でもあったが、
一度過ぎ去った後に残っていたのはびりびりと震える余韻の方が多い。
「あ、いま、の……きもち、ぃ……」
確かめるようにゆっくりと指を滑らせて、改めてつつくように、
くに、くに、と触れてみると、その度に丸めた背中がびくびくと震えてしまう。
それを繰り返しているうちに、だんだんとネルの息が上がる。
口の端からつぅっと一筋の唾液があふれ出て、あごから首元へと流れ込んでいく。
「んっ、ふぁっ、その、ままぁ……さわって、よぉ……」
既に無言となっている空想の指が、下着を押し分けて直に柔肉をほぐし始める。
布の上からでは湿り気くらいしか感じられなかった水気も、
いつの間にか指にまで絡むほどに滲み出ていた。
思わず、股間を這う手を太ももで挟み込んでしまうが、
それでも指先は快楽を求めて刺激を与え続けている。
脚に入った力を抜こうと、右手に集中しっぱなしだった意識を別のところ、
胸元に残る左手にも向け、さらに汗ばんで吸い付くような手触りになった胸も同時に弄っていく。
「あぁっ、そんなのぉ……だめ、だよぉ……つよすぎる、よぅ〜……」
決して相手を拒むわけではない声を上げながら、
布団の中でネルはゆるりと力の入っていた脚を開く。
十分に愛液をからめた人差し指をさらに奥へと潜り込ませようとじわりと進め、
その指先がとうとう自身の中への入り口にたどり着く。
「ぅうっ、い、いいよっ。い、いれ、てぇ……」
蜜の滲む入り口をくちくちと広げるように弄ってそんな言葉を洩らしながらも、
全く慣れてもいないそこは、ネル自身の細い指さえもまだ受け入れることはできない。
微かに潜り込もうとする感触を得ながら、痛みを避ける本能から、
今の状態でも気持ちよさを感じられる方へと自然に指が動いていく。
「うんっ……や、やっぱりそこがぁ、いい……っ」
指を上側へ滑らせていき、こちらもまだ未成熟に包皮の中で膨らもうとしている肉芽を摘むようにして、
きゅぅっと、ぎりぎりの加減を図りながら幾度となく弄りまわす。
同時に、胸だけを触っていたときよりも張り、乳首の硬さも増したような双乳をも、
残った左腕全体で、身体を駆ける快感に合わせるように揉みしだいていく。
「ううぅっ、あ、ああぁぁんっ……ふぅあぁっ、ひあっ……っ!」
きっと抑え切れてはいないだろう喘ぎ声を、布団の中に引っ張り込んだ枕に顔を埋めて閉じ込める。
身体の上下でもたらされる快感に、ネルは徐々に白くなる意識の中、
これまでは頭の中だけで留めていた言葉が、もう耐え切れずに洩れ出るのを自らの耳で聞いた。
「えっ、じ……きもち、いいの……っ。いぃんだよぅ……えっじぃ……っ!」
ぽろぽろと零れ落ちる涙と、熱い吐息とが枕に吸われて、その水気と熱をネルの頬へと返す。
どうか、枕に吸われて二人には届きませんようにと願いながら、
名を呼ぶことで一際強く上ってきた快感に、ネルは一番大きく身体を震わせた後、くたりと身体を弛緩させた。
はぁ〜っ、と大きく息をついた後に湧き上がってくるのは、なんともいえない脱力感と、
やはりじわじわと溢れてくる涙の粒と、こんな事をしてしまったという自己嫌悪だ。
上手く力の入らない身体を徐々に動かし、ベッドの中に潜り込んでいた頭を外に出す。
階下では、二人はどうなっているんだろうと、取りとめもなく考えてみる。
二人でするのはもう少し時間がかかるのか、それとも、ソファで仲良く眠っているのか。
……途中で止めて、こちらの様子を窺っていたのか。
その三つ目の考えに、びくっと身体を硬直させたネルは慌てて階下に耳を澄ます。
すると、はしごの穴から聞こえてきたのは。
「はい、おしまい。ホントににどうして黙ってるのかなぁ。身体中打ち身にあざだらけだなんて。
クエストから帰ってからも元気が無かったのもそのせいなんでしょう?」
「モンスターにやられたわけじゃないんだ。心配することも無いだろう」
「もう。大砲の一番奥に詰まってた人がそんなになるなんて知らないで、
楽しんでたわたしが悪いんだから、手当てくらいしてもいいじゃない」
「リフュールポットをぺちゃぺちゃ塗りたくるのが手当てなら、な」
がばっ。という擬音がぴったりのように、ネルの身体が跳ね起きた。
そうして、前に聞こえてきた言葉の端々を改めて捉えなおしてみる。
とんだ早とちりと勘違いの積み重ねで、自分は何てことをしてしまったのか。
ぽかぽかと自分の頭を自己嫌悪のままに叩いているうちに、
かっと全身が熱くなった上に、今までとは違う意味で汗が吹き出る心地がする。
エッジ、イリスそれぞれに思いっきり頭を下げ続けた上に、
うゎ、うわぁ、と頬を押さえたり頭を抱えたりと身悶えを繰り返しながら、
やがて、今なお、ややねとつく右手の指を左手で押さえつけた。
そんな階上の様子も露知らず、更にイリスとエッジが言葉を交していく。
「それに。一人で治療しようとしてたのって、
心配かけたくなかったのがわたしだけじゃないからでしょう?」
「……別に」
「射ち出されるときだけじゃ、そんなにいっぱい怪我しないよ。
おっかなびっくり飛んでて、ちゃんと着地できなかったネルちゃんをかばったりもしてたものね」
「怪我人が二人になるより、一人のほうがましだろう。それだけだ」
それを聞いた途端に、居ても立ってもいられずにぴょこんとベッドから飛び降りて、
ネルははしごの穴から頭を出して、一階に顔を覗かせた。
「エッジ、何か怪我してるとか聞こえたけど、だいじょーぶ!?」
その目に映るのは、想像の中とは全く違い、しっかりと寝巻きを着込んだイリスと、
裸の上半身にくるくると包帯を巻かれたエッジの姿だ。
「あ、ネルちゃん。えーっと、起こしちゃったのかな」
エッジの方を見て、イリスは申し訳なそうに眉を寄せる。
対するエッジはやれやれとばかりに肩をすくめるだけだった。
頭を引っ込める代わりに、脚をはしごの中ほどにまで勢いよく落とし、一息に一階へと跳び下りる。
「ねーねーエッジ、あたしもお詫びにお薬、塗ったげよっか?」
「いや、いい。それよりいつから起きて聞いてたんだ。……ん?」
「あれ、ネルちゃん、何だか目が赤いけどどうしたの?」
「えぇ? えと、な、何でもないよ、何でもー」
答えながら、ネルは左手で目元を擦ってふるふると手を横に振った。
どうやら、本当に二人とも怪我の手当てで上の様子は知らないらしい。
なおも心配そうにネルに声をかけるイリスに向かって、エッジは、
「放っておけ。怖い夢でも見て寝られなくなってたからこっちの様子を聞いてたんだろう」
とだけいって腕を組む。
「ち、ちがうもん! えぇとでも、ちがうことも無いの、かな?」
悪い想像を夢にしてしまうのなら、と目を逸らしかけたところで、
ちょっとだけ元の調子の悪戯心が湧いてきた。
エッジに向かい、にやっと目元をゆがめながら言ってみる。
「そ、そう。だから、一人でトイレに行けなくって〜。誰かぁ、ついてきてく・れ・る〜?」
「知るか」
「ね、ネルちゃん、そういうのならわたしが居るから……」
呆れたようにそっぽを向きながらも、内心の動揺を隠し切れずに顔色を変えるエッジと、
ぽっと頬を赤らめながらごにょごにょと言葉を濁すイリス。
よくよく考えてみれば、こんな二人が二階に人が居る状況であんなことを始めるわけもないじゃないかと、
改めて自分の考えの暴走っぷりに情けなさがやってくる。
(そんなエッジを相手に、あたしってばいろいろ……っ)
さらに襲い掛かってくる羞恥を二人に悟らせないように、
「じゃ、ちょっと行ってくるねーっ」
ネルは身を翻すようにしてさっさと部屋を出る。
寝巻きのポケットには、降りてくるときに突っ込んだ新しい下着がある。
手を洗って、何事もなく穿き替えてしまえば多分大丈夫、だろう。
妙なフライングをしてしまったようだけれども、
エッジへの気持ちに気がついたというところまで歩みを戻せば、
イリスとも正々堂々と張り合えるだろうし、そうなれば負けてなるものかという気にもなる。
自然に力の入る身体と紅潮する頬を感じ、ネルは気合を入れるように握った拳を天に突き上げた。
さらにその後。同じベッドで。
「ねえ、ネルちゃん? 今日のベッドなんだか熱気がこもってたり、
湿っぽいんだけど……明日お布団干したほうがいいかなぁ?」
「う、うん、そうだねぇ。お天気なら、ぜっっっったいに、干そう、ね?」