[里奈、恋の敗者となる]
ユズヒコのクラスで一番人気のある女子、里奈。
しかし、里奈はこれまでまだ誰とも付き合ったことがなかった。
言い寄ってくる男子は多くいるのだが、いずれも自分の好みじゃない。
「ごめんなさい。私、他に付き合っている人がいるの。」
「付き合っている人がいる」を口実に交際を断り続けてきた里奈。
もちろん、里奈だって男子に興味がないわけではない。
友達として話す分にはいい男子などいくらでもいる。しかし、決め手にならない。
「はあ〜っ。どこかにいい男子いないかなあ〜。」
里奈はいつも心の中で思っていた。
「里奈っちいいよな!」
「オレ里奈ちゃんと付き合ってみて〜!」
「里奈ちゃんとデート出来たら死んでもいいよオレは。」
学年の男子中で、こんな会話が出るのもいつものことだった。
「なあ、ユズピ。お前も里奈ちゃん好きだろ?」
藤野が何気なくユズヒコに話しかけてきた。
「ん?」
ユズヒコは、石田ゆり自作の『ダジャレ集』に読み耽っているところだった。
「里奈…ちゃん?…ん〜別に…」
「別にってことはないだろ?な、本当は里奈ちゃんが好きなんだろ?」
「いや…別に……」
「もう〜〜。ユズピって本当そういうの疎いよな〜…あ、里奈ちゃんだ!」
里奈が教室に入ってくると、クラス中の男子の視線は里奈ちゃんの方に釘付けとなる。
(うふふ、男子達がみんなあたしを見てる。でも、いい人がいないのよね〜)
里奈は、少しナルシスト気味になって教室を歩いた。
(藤野君も、新井君も、ナスオ君も、み〜んなあたしの方ばっかり見て…あら?)
教室にいた男子全員が里奈を見ていたと思っていたら、違った。
ユズヒコだけは里奈の方には目もくれず、石田ゆりの『ダジャレ集』を読んで笑っていたのだった。
(タチバナ君だけは、あたしのこと見向きもしてないわ!どおしてぇ〜?)
チヤホヤされている中、自分には見向きもしない人がいると、どうしてもその人が気になってしまう。人間の心理だった。
(あら?そう言えば、タチバナ君て、よく見るといい顔してるわね〜。)
里奈は、初めて自分から「付き合ってみたい」と感じたのだった。
一方、ユズヒコは、里奈が自分に気があるなんぞ知る由もなく、ただ『ダジャレ集』を読んでは笑っているのだった。
放課後。里奈は、ユズヒコを尾行した。まず、ユズヒコの家がどこにあるのかを調べることにした。
いつもは、ユズヒコは途中まで藤野と一緒に帰る。
しかし、今日は藤野が母ちゃんからの買物を頼まれているとのことで藤野は一足先に帰ったのだ。
ユズヒコも、一人では別に何もすることはないのでまっすぐ家まで帰ることにした。
(タチバナ君の家って、あたしの家と結構近いのね。)
里奈は、さながらストーカーの如くユズヒコの後をつけた。
ユズヒコが、自宅の築15年の5階建てマンションへ入っていく。
(やったあ〜!ついにタチバナ君の家を見つけちゃった〜!)
里奈は、第一関門を突破した喜びに感じ入った。
翌日、里奈は少し早めに家を出て、ユズヒコがマンションから出てくるのを待った。
30分くらいして、ユズヒコが出てきた。里奈は偶然を装って、ユズヒコに近づいた。
「お…おはよう、タチバナ君…」
「あ…おはよう里奈ちゃん。あれ、里奈ちゃんてこっちの方だったんだ。」
普通の男子ならば、このくらいの挨拶ですら交わすのにステータスシンボルを感じるであろう。
しかし、ユズヒコはそのような感じは微塵もなく普通に挨拶を交わしたのだった。
「あ…あのぉ…タチバナ君て…藤野君とかと仲がいいんでしょ…?」
「ん?まあね…。あとは、新井とかナスオとかともよく遊ぶかな。」
里奈の方から一方的にユズヒコに色々と質問をするという図式が出来上がっていた。
と、そのとき、妙に明るい歌声が聞こえてきた。
「ポーポー、ポーポー、ポッポロ〜ポーポー♪」
それまで里奈の方すらあまり向かずにいたユズヒコが、この歌声の聞こえる方をキョロキョロ見回した。
案の定石田だった。
(やっぱりケンだったのね〜。折角タチバナ君と一緒なのにィ〜〜。)
里奈は心の中で歯軋りをキリキリとしていたが、ユズヒコの方はかえってうれしそうだった。
「ユズピ、おはよう。」
「おう、石田じゃねえか。おはよう。」
「どう?あたしの『オリジナルダジャレ集』は?」
「あれは傑作だぜ。よくあんなの思いつくよな。昨日夜遅くまで読んだから今日は寝不足だよ。ハッハッハ」
「あれ、返してもらっていいかな?また新しいネタが思い浮かんだから、あれに書き足す。」
「そうか。じゃあ今返すから。ハイ。ありがとな。溜まったらまた貸してくれな。」
「うん、いいよ。全3巻くらいを予定してるところだから。」
「そんなにあるのか。オイすげーなあ。アッハッハッハ〜」
それまでユズヒコと一緒に歩いていたはずの里奈は、ユズヒコの一歩後ろを歩く形となっていた。
そして、ユズヒコと並んで歩いているのはもちろん石田である。
里奈の目には石田に対するジェラシーの炎が渦巻いていた。
(おにょれ石田ぁ〜!ケンの分際でタチバナ君と一緒に歩きおってぇ〜。あたしが先にタチバナ君と歩いてたのよ〜!)
里奈が、初めて味わう敗北感だった…。
(終わりor続編あるかも)