胡蝶の夢  
 
「トモハル、逃げて!奏っちゃんと、ニアちゃんを連れて―――」  
私の身体は、さっきから・・・・・・白銀が冬琉会長の冬櫻に貫かれて、朱浬姉さんの魂が非在化した時から・・・・・・もう生体部分は動いていない。  
魂の部分で機巧化部分だけを使って、何とかまだ動いているようには見せてるけど。  
それも、あとどれくらい動いてくれるかわからない。トモハルと奏っちゃんとニアだけでも逃がさなければ。  
だから、時間を稼ぐ為に、弾幕を張ろうとした。  
「発射(テ)・・・・・・」  
その瞬間、鳳島氷羽子の薙刀が私の身体を貫いた。  
決定的にミスった・・・・・・周囲への警戒が疎かになった。トモハルの唖然とした顔が視界に入っていた。  
「ごめんね・・・・・・」  
その声は、トモハルに届いてくれただろうか。冷気が襲い掛かってくる気配が感じられる。氷羽子が、トドメを刺しにきたのだろう。  
 
絶望の淵から奈落の底へ落ちる瞬間、悪魔の囁き・・・・・・文字通りそのものだと、後になって気がついた・・・・・・が聞こえた。  
「ふぁーすたーざんすぴーどおぶらいと」  
私の視界が暗転した。  
 
次に気が付いた時、私はどこか見覚えのある路地に寝かされていた。私の顔を覗き込んでいる顔は、沙原さんだった。  
「返事をしてください、黒崎さんっ」  
泣きそうな・・・・・・いえ、泣き顔でくしゃくしゃにした沙原さんが、必死に声を掛けてくれている。  
「沙原さん・・・・・・ありがとう」  
かろうじてそれだけの声が出た。でも、もう意識が持ちそうにない。だから、この身体を沙原さんに託した。  
「烈明館医大付属病院に、私を運んでください。お願い、、、します、ね」  
その言葉と共に、私の意識は二度目の奈落の底へと落ちていった。  
 
「ごめんね、紫浬ちゃん」  
夢、なんだろうか。私は、私と向き合っていた。  
いえ、違うわ。話し掛けてきているのは、朱浬姉さん。私は、メガネも掛けていないし、髪も伸ばして肩の下で纏めている。  
「ここは無意識領域よ」  
姉さんが説明してくれた。私は、姉さんに話し掛けようとしたのだけれど、巧く声にできないでいた。  
「私の方からしか話し掛けられないみたい。だから、私から判っている限りの事を伝えるわ」  
その時私は、漠然とこれが朱浬姉さんと話をする最期の機会なのだと感じた。たぶん、時間もあまり無いのだろう。だから、姉さんの話を遮らない事にした。  
 
「私の身体が世界に残ってしまったのに、魂だけ機巧魔神の副葬処女になってしまったから、機巧化人間としての身体が魂を求めてしまったの。  
だから、機巧化人間の副葬処女として紫浬ちゃんの魂が必要になってしまった。  
だから、紫浬ちゃんの身体が健常体として治療されたのに、紫浬ちゃんの魂はそこに入れなくなってしまった。  
ごめんなさいね、紫浬ちゃん。  
 
でも、私はもう非在化してしまった。だから、魂は本来の紫浬ちゃんの身体に戻る事になるわ。  
今まで3年間、ありがとう。私として生きてくれて。私がやらなきゃいけなかった事をやってくれて。  
そして、私を生き返らせようと頑張ってくれて。  
 
でも、それも今日で最後。これからは・・・・・・難しいと思うけど、ちゃんと紫浬ちゃんとして生きて。お願いね。  
 
今までありがとう・・・・・・」  
 
姉さんっ!朱浬姉さんっ!  
玄い闇に融けるように、朱浬姉さんの姿が消えていった。これでもう、朱浬姉さんに逢う事はもう無いんだ。そう確信できた。  
 
 
三度目に意識を取り戻した時、そこは病院のベッドの上だった。3年前、戻ろうと思って戻れなかった本来の私の身体で意識を目覚めさせたのだと自覚できた。  
時を同じくして、沙原さんにお願いした、破損した朱浬姉さんの身体が私の病室に運ばれてきた。  
 
まだ終わってない。いえ、終わらせない。トモハル達は必ず戻ってくる。  
だから。  
だから、トモハル達が戻ってきた時に、少しでも戦力を整えていよう。朱浬姉さんが残してくれたこの世界の未来の為に。  
 
そう。R部長の野望を打ち砕く為に。。。  
 
-完-  
 

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