煙草を1本吸う毎に寿命が100日縮まる、という話を聞いた事がある。
まぁ、煙草が人間に発ガン率を最低でも2倍以上にしているのは科学的に証明されているし、
何よりも未成年の喫煙は成長に悪影響を及ぼし、発ガン率が更に高まる事まで解ってる。
科学的には此処まで解っているので、頭の中でもそれを覚えている筈なのに。
どうしても癖になって止められない僕がいる。
【幽霊憑キノ嘆キ-寿命が100日減る話-】
アニアや樋口、嵩月がいないのはまだ解る。
だが、朱浬さんまでいないのは珍しい事だった。
「何だ、誰もいないんだ」
誰もいない化学準備室。
換気扇を回し、椅子を近くまで引き寄せる。
机に伏して眠ってしまうのもいいだろうが、腕が痺れる事が目に見えている。
だとすると、誰もいない今のうちにしか出来ない事でもやるか。
胸ポケットを探る。
『智春ッ』
操緒が不機嫌そうな声をあげるが、それは無視。いつもの事だ。
胸ポケットから出て来た煙草を1本、口に銜えて次はライターを探す。
あった。ライターで火を点けようとして、手が―――――止まる。
「……操緒、手を離してくれよ」
スタビライザを手に入れて以来、操緒は時々僕の行動に干渉してくる。
大抵は悪戯だったりするのだが、こういう時は困る。
『本当、智春って1人になったらすぐ煙草だよね。本当に美味しいの?』
「別に」
そう答えて、操緒にあっち行けと手で払う。
ようやく離してくれたので煙草に火を点け、少し吸い込む。
毎日吸っている訳ではない。だが、最近明らかに煙草の量が増えた。
その原因は無数に心当たりがあるのでいちいち数えていたらキリがないので数えない。
「……ふぅ……」
少しだけ、落ち着く。一服するとはよく言ったものだ。
本当は脳内の酸素が減るから落ち着いた気持ちになる、というのを中学の理科の教師が言っていた気がするけれど。
それでも、これは気持ちの問題じゃないか、と思う時がある。
この時に、化学準備室に近づいてきた足音に気付くまでは。
「失礼します……あの?」
ノック無しで、いきなり扉が開く。顔を出したのは、ひかり先輩だった。
「あれ、ひかり先輩? 何か、用ですか?」
「え、ええ……夏目くんにって、夏目くん何やってるんですかっ!!!!?」
「……叫ばないで下さいよ、それに見れば解るじゃないですか」
「見れば解るって………」
ひかり先輩は何故かわなわなと肩を揺らしながら僕の元へ近寄ると、僕の銜えていた煙草を口から引き抜いた。
「あの、まだ火をつけたばっかりなんですけど」
「そうじゃなくて! 何で、煙草なんて良くないものを吸ってるんですか!?」
いちいち叫ばなくてもいいと思いますけど。
僕が操緒を見上げた時、操緒は口だけで『ツケが回ったね』と言っていた。
そう言えば、僕に喫煙癖があると知ってるのは樋口と操緒だけだったと思い出した。そうか、だから怒ってるのか。
僕が勝手に納得している間にもひかり先輩はまだ怒っており、「ちょっと夏目くん聞いてるんですか!」と言ってきた。
「はい、聞いてます」
「確かに洛高は留年が多くて時に20歳越えてる生徒も稀にいますから喫煙するなって生徒手帳には書いてないですけど……だからと言って
夏目くん、堂々と喫煙しちゃダメです! 未成年なんですよ!」
「いや、僕は入る前から吸ってましたけど」
正確には中学2年の半ばだったか、そうだ、露崎が亡くなった辺りだっただろうか。
自分の記憶なのに結構曖昧だ……大丈夫なのか、僕は?
「もっとよくありません! 何で操緒さんも注意しないの!」
『智春はね、注意しても聞かないの、これだけは』
操緒、そんな事をベラベラ喋るんじゃないの。主に僕が苦労するんだぞ。
僕はため息をつくと、2本目の煙草に火をつけた。
「ああ、もう! だから何でまた吸ってるんですか夏目くんは!」
ひかり先輩は2本目の煙草も引っこ抜き、市原の机にあった灰皿で火を消した。
消した所で、市原と僕は吸っている煙草の銘柄が違うので煙草を吸っていたとバレてしまうのだけれど。
「……………」
一応、最近あまりお金がないのでこれ以上煙草を取られるのは危険だと判断し、僕は少しだけひかり先輩をジト眼で見てみる。
「あ、あの……夏目くん?」
僕のジト眼に気付いたのか、ひかり先輩が少しだけ驚いた顔を見せた。
面白いのでもうちょっと見ていよう。あ、眼に涙が浮かんできた。流石にそろそろ止めるか。
「いえ、別に」
そう言って視線を明後日の方向に向けると、ひかり先輩は「そうですか」と答えてまた僕を見上げた。
「いいですか、夏目くん。すこに座って下さい」
「……は、はぁ」
ひかり先輩は僕の前に座ると、「いいですか、夏目くん。そもそも未成年の喫煙が与える影響というのは……」と、まぁどっかの生徒
指導の教師みたいな事を言い始めたのだがする事が無いので大人しく適当に聞き流す事にした。
ちなみに操緒は『ちゃんと聞かないとね』と僕をじっと睨んでいた。視線が痛い。
「………そもそも、何で煙草なんて良くないものを始めたんですか?」
「……何時からだったかな……あんま覚えてないんですけど」
僕がそう答えると、ひかり先輩は「私は真面目に聞いてるんですよ!」と言い放った。
普段怒っている時のひかり先輩と大して変わらないので怖いとは思わなかったが、六夏先輩に伝わったらエラい事になりそうなので
真面目に答えるしかないだろう。
「……何でだろう……始めた頃も色々あったけど、今でも色々あるし……」
無意識に手がポケットに伸びていたので慌てて止める。1日3本は流石にヤバい。1月2箱までと決めているんだし。
「…………何となく、吸ってみたくて吸ってみたら抜け出せなくなったっていうか……そんな感じだと思いますけど」
僕の発言に、ひかり先輩どころか操緒まで固まっていた。あれ、僕は地雷でも踏んだか?
「吸ってると気も落ち着くし……少なくとも、気付けぐらいにはなってるかなと」
「普通、そんな事は考えませんよ」
ひかり先輩は呆れたようにため息をついた。
「………ところで、ひかり先輩は何の用で来たんですか?」
「あの……夏目くん……日曜日、空いてますか?」
ひかり先輩が口を開く。
幸いにしてその日はバイトも何も無い。
「ええ、空いてますけど」
「じゃあ決まりです。薬局に禁煙グッズを買いに行きませんか?」
僕に禁煙しろというのですか。
樋口が一時期同じような事をしていた気がしますが。
「その時に止めなかったんですか?」
「そりゃ、もう習慣でしたから」
僕がそう答えると、ひかり先輩は急に身を乗りだした。
僕の目と鼻の先。息が届く位の距離。
「……だったら、尚更です。夏目くんが煙草をやめれるように、頑張りましょう。ね?」
しばらく、無言だった。
「…………どうして、そこまで?」
僕がようやく口を開いた時、ひかり先輩は僕の鼻先を少しだけ撫でた。
「それだけ、夏目くんが心配だからですよ」
そう言って、僕の頬に。少しだけ、唇が触れた。
放課後の、僕達以外誰もいない化学準備室での話。
4時限目の終了と共に、智春は凄い勢いで教室を飛びだしていく。
それから遅れる事数秒、その人は顔を出した。
「樋口くん、夏目くんは何処に?」
「智春なら、3秒位前に外に行きましたよ。えーと、沙原先輩でしたっけ? いったい、何で昼休みや放課後の度に追いかけっこしてるん
ですか、智春なんかと」
俺がそう尋ねると、2年の沙原先輩は少しだけ微笑んで口を開いた。
「智春くんの健康の為です」
その言葉に、嵩月と何故か佐伯が反応したがそれは無視。
「……健康って……ん?」
俺には思い当たる節がある。まさか、沙原先輩。
「あいつを禁煙させるには相当な努力が必要ですよ……大丈夫ですか?」
「大丈夫ですよ、夏目くんなら出来ます」
沙原先輩は笑顔で頷くと、智春が逃げていった方向へと走り去っていった。
やれやれ、ご苦労な事だ。
俺がクラスメイトを振り返った時、そこには3人の鬼が立っていた。
「……樋口くん?」「ねぇ、樋口」「樋口、アンタちょっとこっち」
嵩月、何か周りに炎が立ってないか?
杏、お前が手にしているのは何だ? ハンマー投げ用のハンマーか?
そして佐伯。お前……その6連装ガトリングガンは何処の備品だ? 生徒会か?
「「「ちょっと話を聞かせて」」」
智春、お前……帰ってきたらマジで怨むぞ。