四方はコンクリートの壁で固められ、這い上がることもできず、身動きさえもままならない。  
 周囲は闇。夜が更けていくに従って、心なしか気温も下がってきたような気がする。建物の中は完全に無人で、助けを呼んでも誰にも聞こえないだろう。  
 そんな暗い闇の其処に、僕たちは二人きりで閉じこめられていた。  
 
「ね、ねえ……ちょっと目、つぶっててくれない?」  
「は?」  
 唐突な佐伯妹の言葉に、僕は戸惑う。何やら顔を赤らめてもじもじとしているが、どうしたというのだろう。  
「佐伯? えーと、やっぱり寒いとか――」  
「違うわよっ。いいから私が良いって言うまで目をつぶりなさいってば!」  
 気を遣ったつもりだったのだが、怒鳴られてしまった。いささか理不尽だとは思うが、これ以上怒られるのも嫌なのでおとなしくしておく。まあ、考えてみれば寒いから目をつぶってくれというのはおかしな話だ。  
「ほら、つぶったぞ。これでいいんだろ?」  
「ま、まあね……。言っとくけど、開けたら厳罰よ」  
「わかったよ……」  
 なんだかわからないが、佐伯妹の妙な迫力に押されて僕は押し黙る。  
 当然、視界は真っ暗闇なのだが、佐伯妹がなにかをしている気配は伝わってくる。なにをしているのかと訝った瞬間、  
 柔らかいものが僕の唇に触れる感覚がした。  
 驚いて思わず目を開くと、焦点が合わなくなるほどの近くに、目をつぶった佐伯妹の姿があった。  
「――、――むっ……!?」  
 反射的に思い切り後退してしまい、背後の壁にこれでもかというほど頭を強打してしまった。鈍い音が辺りに響き渡り、僕はうめき声をあげてうずくまり、悶絶する。  
「な、夏目――、ちょっとアンタなにしてんのよ、大丈夫!?」  
「……なにしてんのは、こっちのセリフだろ――」  
 涙目になりながら唇を奪った張本人を見上げる。と、服の裾から伸びる白い太ももが目に入り、慌てて視線を外した。  
 このままだとマズイ。洛高に入ってから無駄に鍛えられてきた危機感が警鐘を鳴らす。なし崩し的におかしな方向に話が進んでいきそうな気がする。  
「と、とにかく。別に今のは僕としては嬉しかったというか――いや違うそういう話じゃなくて。ええと、だから――」  
 自分でも混乱しているのを自覚しているが、だからといってどうしようもない。改めてさっきの出来事を認識すると、頭の痛みもどこかへ消え去ってしまった。  
 とりあえず立ち上がり、なにを言うべきなのか急ぎ考える。  
 僕には嵩月がいるから――違うだろう、なんだそれは。  
 操緒が戻ってくるかも――もっと違う気がする。操緒がいなければいいのか。  
 言うべきことを考えれば考えるほど言葉に詰まってしまう。混濁する頭の中に見知った顔が浮かんでは消え、消えては浮かんでを繰り返している。  
 そして、一人の女生徒の顔がふと浮かび、そういえば二年前にも似たようなことがあったと思い出した所で、  
「――夏目」  
「はひっ!」  
 普段からは想像もつかないようなドスの効いた佐伯妹の声に現実に返ると同時、裏返った情けない声をあげてしまった。今までそこにあった、甘くどこかむずがゆいような空間は、佐伯妹の発する殺気に一瞬にして塗り替えられた。  
「今、誰のこと考えてたの」  
「え、や、その……」  
 恐ろしさからしどろもどろになってしまうが、別にやましいことではない――はずだ。  
 微妙にうつむいて表情が窺えない佐伯妹が尋常じゃなく怖かった。  
「なによ……」  
 
 ぽつりと呟かれた言葉に、僕はどうすればいいのかわからない。わからないまま、それでも僕はなにかを言おうとして、  
 胸に飛び込んできた佐伯妹に、言葉を奪われた。壁に押し付けられ一瞬息が詰まるが、それ以上に佐伯妹の体が冷たいことに驚いていた。やはり寒かったのだと、せめて上着でも貸しておけばよかったと歯噛みする。  
「……二人でいる時くらい……私のことだけ見てくれたって……」  
 いや、今そんな状況じゃないからと一瞬でも言おうとした自分を殴りたくなった。  
 というか、これはいくらなんでも勘違いのしようもなく、いわゆる愛の告白とかそういう類のものではないのか、と思う――って。  
「お、お前佐伯、なにしてんだっ」  
 端的に表現して、佐伯妹が僕のズボンを脱がそうとしていた。  
 慌てて抵抗するものの、気づくのが遅かったせいかパンツの方を死守するので精一杯だ。  
「目を開けるなって言ったでしょっ。厳罰執行よ文句ある!?」  
「文句しか出ないだろ! ちょっ、離せって!」  
 なんというか、意味がわからなかった。なんだこの状況は。  
 ネコを捜して穴に落ち、佐伯妹にキスされズボンが危険。はっきり言って意味不明である。  
 というか、佐伯妹はなにがしたいのか――ナニがしたいのか。  
「待てって、佐伯! 少し落ち着け!」  
「落ち着いてたらこんなことできる訳ないでしょ!」  
「だ、だからこそ落ち着けって言ってる――」  
「――夏目」  
 僕の絶叫を遮ったのは、さっきと同じ言葉で、さっきのような影は微塵も感じられない色っぽい声だった。  
 上目遣いの潤んだ目と、上気した肌に、僕の心臓が不覚にも高鳴った。  
 再確認させられた。その性格のせいで忘れがちだが、佐伯妹は間違いなく美少女なのだ。  
「ちょっとその口塞ぐこと」  
「な――む……!」  
 今度は口を塞がれると同時に、佐伯の舌とおぼしきものが口内に入ってきた。  
 暖かく、艶かしく動くそれに、僕の頭の中が真っ白になった。  
「――は……む……ぁ」  
 息継ぎのたびに漏れる佐伯の声に、興奮が抑えられない。  
 気づけば僕自身も佐伯にキスを返していた。いや、それだけでなく佐伯を力一杯抱きしめていた。  
 控えめに自己主張する佐伯の胸が体に当たり、頭をより白熱させた。  
「ん……む。……ね、夏目……触って……」  
 耳元で囁かれた言葉にゾクッとした。――限界だ。僕は欲望のままに佐伯を地面に押し倒す。  
 乱暴に彼女の服を剥ぎ取ると、純白の下着姿となった佐伯が顔を真っ赤にしながら、  
「な、夏目……もうちょっと優しく……やっ」  
 佐伯の言動一つ一つが愛しく、僕を興奮させた。  
 ブラをずらして、軽く胸に触れただけで佐伯は可愛い喘ぎ声をあげた。それがどこか楽しくて、僕は佐伯の乳房を弄り続ける。  
 乳首を舐めてみたり、つまんだり――さすがに挟めそうにもないのは少し残念だったが。  
「夏目っ。今、失礼なこと考えたわね!?」  
「い、いや……!」  
 どうやらお怒りを買ってしまったらしい。胸については彼女の鬼門なのだ。――別にいいのに、小さくても可愛いから。  
「く……確かに小さいかもしれないけど……っ」  
 
「わっ」  
 普段なら怒鳴り散らされた所だが、コトの最中にそんなことは野暮というものだ。佐伯もそう思ったのだろう、彼女は実力行使に出ることにしたらしい。  
 僕が反応できないうちに、僕の下着を引き摺り下ろされた。限界まで張り詰めた怒張が顔を出した。  
「ひゃ……」  
 初めは驚いた顔をしていた佐伯だが、僕の視線に気がつくと、急に真剣な顔つきになり、それを擦り始めた。  
 ぎこちない手つきだったが、欲を発散する機会を今か今かと待ち焦がれていた息子は敏感に反応してしまう。  
 ひんやりとした佐伯の手により上下に擦られ、僕はそれだけで絶頂まで上り詰めそうになってしまった。  
 このままではいけないと、佐伯の腰を持ち上げ、彼女の下着を膝のあたりまで一気に下ろした。  
 あらわになった佐伯の陰部に、僕はごくりと生唾を飲み込む。  
 初めて見るそれにまじまじと見入っていると、  
「あ、あんまりじろじろ見ないでよ……恥ずかしいから……」  
 これでもかというほど赤くなった顔を両手で隠しながら、佐伯が告げる。  
 ――正直、たまらない。  
 彼女の秘所にゆっくりと指を這わせる。それだけで、佐伯の腰がビクンと跳ねた。  
「あ、あっ……や、ぁ……ん」  
 全身を痙攣させるように震わせ、快楽を受けている佐伯が、とてもいとおしい。  
 もっと彼女の声が聞きたい――そんな重いで、僕は彼女を攻め続ける。  
 片手で下を弄りながら、もう片方の手と舌で胸を絶え間なく攻撃する。  
 切なげな佐伯の声に、僕自身がますます硬さを増していくのがわかる。  
「佐伯……もう……」  
 短いセリフだったが、それでも意図は伝わったようだった。  
 彼女は全身を固くしたが、それでも嬉しそうにしながらコクリと頷いた。  
 僕は彼女の入り口に先っぽを押し合て、  
「行くよ……」  
 そう佐伯に告げると、ゆっくりと彼女の中へ進み始めた。  
 両手で、無意識に逃げようとする佐伯の腰を固定し、きつい膣内を押し進んでいく。  
 まだ途中にもかかわらず、絡み付いてくるようななんともいえない快感がたまらなく心地よかった。  
 もっとこの快楽を味わいたい――そう思って先へ先へと進んでいくと、やがてなにかに引っかかるような感覚がし、唐突にそれが失せた。  
「――――っ!!」  
 二人同時に押し殺した声をあげるが、その意味合いは正反対だ。  
 いきなり最奥まで到達してしまった僕は、あまりの締め付けにイきそうになるのを堪えていた。まだこの時間を終わりにしたくない。  
 佐伯は、処女膜を貫かれた痛みに耐えている。相当痛いはずだが、それでも彼女は懸命に微笑みを浮かべていた。  
「夏目……動いて……いいよ……。私だけを見て、私のことだけ考えて……夏目…………大好き……」  
 はっきりと口にされた言葉に、僕は思わず言葉を失った。  
 そして一瞬のち、彼女の唇を奪い、舌を絡ませる。それが、照れて言葉を返すこともできない、ヘタレなりな僕の返答のつもりだった。  
 佐伯には上手く伝わってくれたらしい。僕の背中に手を回し、嬉し涙を流しながらキスを返してきた。  
 僕も彼女と口付けを交わしながら、腰を振り始めた。初めはゆっくり、徐々に快楽を貪るために激しく。  
「あ、あっ……あぁ……んっ」  
「はっ、はあっ……佐伯……!」  
 
 ぎゅっと目をつぶり、僕に突かれ続ける佐伯。全身に浮いた汗や、地面に広がった髪までもが全て恋しく、腰を振るのを加速させた。  
 きつく締め付けてくる彼女に、早くも僕の限界が近づいていた。  
「……っ……佐伯……僕、もう……!」  
 呟いた声は、夢中になってキスを続ける佐伯に届かなかったらしい。  
 どころか、彼女は足を僕の背中に回し、膣から抜けないように固定してしまった。  
 そして一層佐伯の中が締まった瞬間、僕は絶頂を迎え、果ててしまった。  
「――あ、あぁっ……んぁぁっっ……!」  
 白濁液が佐伯の奥の奥まで射精される。二度、三度と大量の精液を吐き出す息子に、僕は全身の血の気が引いていく感覚を味わった。  
 当たり前だが、避妊などしていない。というか、できるはずもなかった。  
「はっ……はあっ……」  
 二人して荒い息を吐く。しばらくして、呼吸が落ち着いてきた頃になり、佐伯が僕に軽めのキスをして、言った。  
「――責任、取りなさいよね」  
 その顔には満面の笑顔が浮かんでおり、一つの確信を僕の心に呼び込んだ。わざと中に出させたな……。  
 僕は、苦笑いと諦めのため息を吐くと、彼女に頷きを返した。  
 責任を取るくらいはなんでもない。むしろ、ありがたいぐらいだった。  
 僕が好きになったのは、まぎれもなく、ここにいる佐伯玲子その人なのだから。彼女の笑顔に勝てるものなど、皆目見当もつかなかった。  
 
         ○  
 
「あ、マズイ……」  
 それは、事後処理を終えた後で佐伯が呟いた言葉だった。  
 操緒はまだ戻ってきておらず、この深い穴からどうやって出ればいいのかはさっぱり手段がないままだ。  
 僕と佐伯は、地面に座りお互いの手を握り合っていた。肩が触れ合うほどの近くで寄り添いあっている状態である。  
「佐伯? どうかした?」  
 切羽詰ったような表情に僕が問いかけると、  
「ほ、本来の……」  
 それ以降はごにょごにょと言葉を濁し、聞き取れない。一体なんだ?  
「だから、その……最初は目をつぶってもらった時は……キ、キキキスするつもりじゃなくて。魔が差したというか……」  
 おろおろとあちこちに視線を飛ばす佐伯が可愛らしかった。  
 なにやら焦っているようだが、見ているこっちとしてはもう少し見物していたい。こんな光景はめったに見られないのだから。  
「わ、笑うなっ。本当に大変な――」  
「……あのー?」  
 唐突に上から降ってきた声に、二人して身を竦ませた。  
 驚き見上げた先には、例の第一生徒会とやらのコートを着た男子生徒がこっちを覗き込んでいた。  
「えっと……邪魔だったかな。会長の妹さん。射影体に呼ばれてきたんだけど……」  
「は……い、いやちょっと待って待って! すぐにここから出して今すぐ!」  
「あ、ああはい……」  
 凄まじい佐伯の剣幕に押されながらも、彼はいったん顔を引っ込めた。ここから脱出するための道具を取ってくるのだろう。これでめでたく助かった訳だ。  
『智春……』  
「うわっ、操緒!」  
 いきなり壁をすり抜けてきたのは、やたら不機嫌そうな操緒だった。  
『なんで佐伯ちゃんと手、握り合ってるの?』  
「え……」  
 操緒のジト目の先には、いまだに固く繋がれた僕たちの手があった。  
 慌てて手を離しながら、  
「いやべつに……たいしたことじゃなくて……」  
 言い訳になってもいないセリフだが、再び上の方から神聖防衛隊員が呼びかけてきたので、窮地を脱することができた。  
 佐伯と顔を見合わせ、軽く微笑みあう。  
 安堵の息を吐いた佐伯が、ごめんねと小さく、もういない人に呟くのが聞こえたが、どういう意味かはよくわからなかった。  
 
         ○  
 
 その後、佐伯兄から含みのある笑みを向けられながら「妹を頼むよ」と言われ、さらに操緒を怪しませる結果となった。  
 意外な佐伯兄の態度に少し戸惑ったが、僕が魔神相克者になることはなくなったと思ったのかもしれない。  
 神聖防衛隊によって発見された『ナツメ』は、佐伯の腕の中ですやすやと気持ちよさそうな寝息を立てていた。  
 

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