――兄の様子がおかしいと気付いたのは、いつの頃からだったろうか。  
 兄は須玉明といって、今は県立の高校に通っている。その兄が交通事故に遭ったと連絡  
を受けたのは、初夏の頃だった。  
 意識がなかなか戻らなくて、このままずっと眠り続けたら、と思ってゾッとした。  
 それどころか、もしもこのまま死んでしまったら?  
 白い病室の白いベッドに横たわったままの兄を、毎日見つめながら、私はそんな想像を  
繰り返しては、青褪めていた。眠り続ける兄の身体に触れて、その体温を確かめる。  
 ――まだ、暖かい。まだ、生きている。  
 それを確かめながら、私はただ兄が目覚めるのを待ち続けることしか、できなかった。  
 兄が目を覚ました日。泣き崩れた私を兄は戸惑った顔のまま、それでも優しく頭を撫で  
てくれたのを覚えている。  
「――お兄ちゃん?」  
 隣を歩いていた兄が不意に立ち止まり、誰もいない角の電柱を見つめていた。私はそん  
な兄の不思議な行動に、ただ呼びかけることしかできない。  
「ん。……なんでもない」  
 兄は何か口に含んだままのような声で、それだけを言うと急に私の肩に手を回した。  
「え? お、お兄ちゃん?」  
「行くぞ、柚。早く行かないと、映画が始まっちまう」  
「あ、う、うん」  
 急かすように兄の手が私の肩を抱き、そのまま歩き出す。時計を見ても、まだまだ時間  
には余裕があったけれど、兄の腕が触れることが嬉しくて、歩き出していた。  
 
 ――そう。私は、兄が好きだ。実の兄じゃない、義理の兄である須玉明が。  
 
 映画を見て、その帰り道。兄は出かける時に足を止めた角で、また足を止めた。  
 なにやら難しい顔をする兄の横顔は、普段のどこか投げやりな印象を持たせる顔と違っ  
て精悍で格好いいと思う。  
 でも兄は、また私の肩を抱くと、急かせるように歩き出す。  
「お、お兄ちゃん?」  
「さ、帰ろう。俺、腹が減ったよ」  
 にこりと笑いながら、兄は私の体を引っ張るように歩いていく。そのいつもとは違う強  
引さに戸惑いながら、でもこういうのも良いかも、などと考えてしまう私だった。  
 
「……柚。俺、ちょっと出かけてくるから」  
「あ、うん」  
 部屋のドアがノックされて、顔を出した私にお兄ちゃんはそう言った。格好をチェック  
すると、ちょっとコンビニまで行く、みたいな格好じゃなくて本格的に出歩くための格好  
をしていた。  
「どこ……行くの?」  
 だから尋ねた。けれど兄は気まずそうな顔をして、視線が宙を彷徨う。  
「あー……。ちょっと、な。少し遅くなるかも知れないけど、心配はいらないから」  
 結局、答えてはくれなかった。兄はそれだけ言って、踵を返す。  
「……行ってらっしゃい」  
 私は、どうにかそれだけを言う事ができた。  
 兄の背が階段の下へと消えていく。しばらくしてバタンというドアの閉まる音と、ガチ  
ャリという鍵のかかる音がした。  
 しばらくそのまま廊下にいた私は、ふと思って兄の部屋へと歩いていった。  
「……お兄ちゃん。ごめんね」  
 今はいない兄に謝って、ドアを開けた。  
 自分の部屋とは違う香り。男の人の部屋の匂いだ、と思う。私はこの部屋とおじさんの  
部屋しか知らないけれど。  
 
 ベッドと本棚。CDラックと、机。  
 あまり物のない部屋だった。  
「……お兄ちゃん」  
 ベッドの上に腰かけて、部屋の中を見回す。  
 最近の兄の様子は、変だった。突然、霊について、なんてことを口にしたりするし。そ  
れに突然、何も無いところを見つめることが増えた。  
 ごろり、とベッドの上に横になる。  
 これだけは変わらない、兄の匂い。抱きしめられているような錯覚。  
 ――小さな頃から、兄のいない部屋で、こうしている事が私の秘密だった。  
 幼い頃は、ただ純粋に兄が恋しくて。  
 今は――少しばかりよこしまな気持ちを持って。  
「……ん……ふ」  
 そっと指をスカートの上から股間へと沈める。片手を胸に当てて、撫でるように触れる。  
「お兄ちゃん……」  
 この手は、私の手じゃない。お兄ちゃんの手だ。私は今、お兄ちゃんの匂いに包まれて、  
お兄ちゃんの手で愛撫されている。  
 そう考えながら、目を閉じた。指は、下着の中へと潜り込んでいた。  
「あ……」  
 お兄ちゃんの指は私の敏感な場所を熟知していた。まだ薄い毛をかき分けて、ぴっちり  
と閉じた割れ目の周囲を撫でる。中に入れるよりも、外を刺激するほうが私が感じること  
を知っているお兄ちゃんの手は、優しく私を追い詰めていく。  
 まだ小さな胸を慈しむように、やわやわと揉みながら、先端を不意に摘む。その刺激を  
感じて、お兄ちゃんの指がつぷ、と中へと潜り込んだ。  
「すご……い。お兄ちゃん……柚のなか……ぬるぬる」  
 お兄ちゃんの指は、こぼれる雫を掻きだすように、出し入れを繰り返す。そうしながら、  
親指がクリトリスの先端に触れて、びりっと電流が体中に流れた。  
「きゃうっ」  
 甲高い声が上がる。  
「あ、お兄ちゃん……ん……はぁっ」  
 
 スカートをたくしあげて、下着を片足の足首にひっかけたままで、私はお兄ちゃんのベ  
ッドの上で足を開く。  
「見ないで……ぇ、お兄ちゃん……!」  
 でも、見て欲しい。  
 私のぐっしょりと濡れたアソコも、まだ小さい胸も、何もかも。お兄ちゃんに見て欲し  
い。そして、お兄ちゃんの手とそしてアレで、私を貫いて欲しい。  
「……欲しいの……欲しいのぉ……」  
 朦朧とした意識の中で、閉じていた目を開く。  
 真っ白な電灯の明かりが目に飛び込んできた。そして、大きな姿見に映った私の姿。お  
兄ちゃんのベッドの上で、恥ずかしい格好をして真っ赤な顔をした私。  
 痩せぎすな、細い棒みたいな足が太ももまで露になっていた。  
「……やぁ……っ」  
 思わず、そう叫ぶ。  
 でも指は私の声と反して、さらに勢いが増した。水音が耳に届く。それがさらに、私の  
羞恥を高めていく。  
「あ、あ、あ……!」  
 体がピンと張り詰める。  
 足の指まで力がこもり、私はお兄ちゃんのベッドの上で、仰向けになって体を反り返ら  
せた。  
「んむっ……!」  
 お兄ちゃんの枕に巻いたタオルを噛み締めて、声を押し殺す。ビクビクと震える体が、  
少し時間を置いて弛緩する。  
「……っはぁっはぁっ」  
 荒い息がお兄ちゃんの部屋に響く。  
 もそもそと下着をはきなおして、ぐしゃぐしゃになったシーツを直す。  
 ふと、部屋中に私のえっちな匂いが充満しているような気がして、窓を開けた。  
 
「……ただいまー。あれ? 柚?」  
 廊下の向こうで、お兄ちゃんの声がした。  
「あ、は、はいっ!」  
 慌てたままで、部屋の外へ。  
「あれ。柚。どうしたんだ。俺の部屋で」  
 お兄ちゃんが不思議そうな顔をする。  
「あ、う、ううん。そ、その、和英辞書を借りたくて」  
「自分のはどうしたんだ?」  
「あ、そ、その……そう! 学校に忘れてきちゃって!」  
「珍しいな。柚が忘れ物なんて」  
「う、うん。それで、部屋の空気が悪くなってたから、空気の入れ替えをしてたの。つい  
でに」  
 お兄ちゃんは私の言葉を疑う様子もなく、「そっか」と笑う。そして「ありがとな」と  
言って私の頭を撫でてくれた。  
「……う、ううん。別に、たいした事じゃないよ」  
「そっか。じゃあ、辞書は?」  
「あ、そ、それで、見つからなくて。お兄ちゃん、貸してくれる……?」  
 兄が部屋の向こうに消えていくのを見ながら、どうか空気が入れ替わっていてくれます  
ように、と祈るしかなかった。  
 
 

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