あの日から尋がおかしい。  
尋に勉強を教えてもらったあの日から。  
うちは何か嫌われるような事をしただろうか。  
手を頬に当てて考えてみた。  
……思い当たることが多すぎる。  
いや、あんなことやこんなことやそんなことじゃ尋はうちを嫌いになんかならない。  
まさか!!楠木の奴と秘密の東屋でしっぽり…………(////  
いや、尋に限ってそんなことは…………。  
ヤダヤダヤダ!!そんなのやだ!!尋の初めてはうちのなの!!  
頭を掻きむしって机に突っ伏す。  
頭から湯気が昇る。顔が紅潮しているのが分かった。  
柚子のまだ純潔な乙女の部分がジュンとなる。自慰の経験すらない柚子に、実はそれが興奮から来るものだとは思いもよらなかった。  
 
『柚子姉、ごはんだよ〜』  
「はいはい、今いく〜」  
 
 
今日、ご飯を食べおわったら尋の部屋へ行こう。そして聞くのだ。今まで避けていた理由を。『命短し恋せよ乙女』だ!!悩んでたって仕方ない。  
堅い決意を胸に、部屋を後にした。  
 
 
柚子は部屋の前に立ち、大きく深呼吸をした。  
そして勢いよく襖を開く。  
「お腹空いた〜。今日の夜ご飯なに〜?」  
「今日の献立はすき焼きとなってます」  
姉の倉子が答える。  
「やった!!」  
小さくガッツポーズをして、尋に目をやる。  
一瞬………、目があった。  
すぐに目をそらされる。  
まただ………。  
また。  
この前からずっと………。  
涙目になったのを誰にも悟られないように、うつ向きながら明るく振る舞う。  
 
 
「柚子……」  
急に、こまさんから話しかけられた。  
「ん?な〜に」  
明るく、明るく………  
「どこか、具合でも悪いのか?」  
こまさんは、鋭い。  
「そんなことない!!うちは元気だよ!?」  
無理して笑顔を作る。無理してるのがばれなきゃいいんだけど………。  
「そうか、ならいいんだ」  
少し怪訝な顔をしながらも、それ以上追求してはこなかった。少しありがたい。  
 
 
「じゃあ、うち風呂入ってくる」  
そういって、柚子が部屋を出ていった。  
何も言わずに、ただ黙ってテレビを見る。  
意図的に柚子を意識しない。自分を抑えるために。  
疲れる…………。  
こんな生活。  
「忠尋、ちょっといいか?」  
「こまさん?何ですか?」  
「後で部屋にきてくれ」  
「あぁ………、はい」  
なんだろう………。  
倉子さんが少しにやけた顔で俺を見ている。珠ちゃんも………。  
なんなんだ一体……。  
こまさんが部屋から出ていく。  
でがけに、「忠尋、忘れるなよ」と言ってウィンクをした。  
 
 
ザァァァァ………  
シャワーが雨のように降り注ぎ私の心を清めていく。  
何度目だろう。  
彼の前で泣きそうになったのは。  
なんだか馬鹿らしくなってくる。  
彼は本当は私の事なんか好きじゃなくて、ウザイ女だと思われているのではないだろうか。  
清めた心がまた黒く汚れていく。  
 
嫉妬、恋慕、憶測、焦燥。  
 
黒い、黒い私の感情達。  
嗚呼、こんな私嫌われて当然か。  
唹咽が漏れる。  
シャワーに混じって、涙が頬を伝っていた。  
「もうっ………いやだ……。悩んだッ…………り……、無理に明るく……ヒック………したり、もうやだぁぁ」  
 
 
「こまさん、きました」  
「忠尋か。入ってきてくれ」  
襖を開けてこまさんの部屋に入る。煙草の香りが仄かに漂っている。なぜか安心できる匂い。  
「まぁ、座れ。立ち話もなんだろ?」  
こまさんにしたがって机の前に座る。  
「最近お前柚子ちゃんに冷たくないかい?」  
「そんな事………」  
図星だ。  
「そんな事、あるだろ?」  
「………」  
こまさんから突然浴びせられた的を射た言葉に口をつぐむ。  
「何があったかは知らんが、話す気はないかい?私はおまえたちよりもよっぽど長く生きている。相談してくれればアドバイスくらいはするよ」  
「…っ」  
言葉につまる。話していいのか、駄目なのか分からない。  
でも話してしまえば、楽になるかもしれない。そうすればまた、笑って柚子と話せるかもしれない。  
もうこんなのは嫌だった。  
「こまさん………。俺、柚子の事変に意識しちゃって。ほら、あいつ無防備だから。もし理性が利かなくなったら、俺はあいつを傷つけてしまうかもしれない、そう思うと恐くて。柚子の顔を見ると可愛いなって思うんだけど、それよりも、汚したいって気持ちの方が強いんです」  
一度話しだすと、それは関をきったように溢れだした。  
止まらない――。醜い心の内が。  
「できることなら、あいつが泣きそうな顔をしたら頬を撫でてやりたい。口付けて、優しい言葉をかけてやりたい。今日だって、どれだけ抑えが利かなくなるのを我慢したか」  
こまさんは何もいわず、ただ『うん、うん』と頷いて俺の話を聞いてくれた。  
 
 
心の内を全て話し終えた頃には時計が十一時をさしていた。  
「忠尋。ながながとノロケをありがとう」  
「!?」  
ノロケ?  
 
そんなつもりないのに。  
羞恥で顔が赤くなる。耳たぶもさぞや赤くなっていることだろう。  
「忠尋、やりたいならやってしまえばいい。柚子もきっと待ってるぞ」  
「そんな………(///」  
「いや、柚子のことだ。考え過ぎてお前に嫌われたかもしれないと思ってるぞ。うん、間違いない」  
「そんな!!嫌ってなんか!!」  
「じゃぁ誤解をとかなきゃな」  
誤解をとく…………。  
今更なんて言えばいいのか。  
表情で何を考えているのか察したのだろう。こまさんが話しかけてきた。  
「大丈夫だ忠尋。難しく考えることはない。やってしまえばそれで仲直りだ。柚子だってお前となら嫌じゃないだろう」  
言って、ニヤリと含み笑いを浮かべる。  
一瞬、何を言っているのか分からなかった。  
その言葉の意味を理解したとき、なぜか怒りが沸いてきた。  
「………!!おやすみなさい!!」  
そう言って、部屋をでようとする。  
こまさんは別に止める風もない。  
部屋を出て、廊下にでた時にこまさんから呼び止められた。  
「忠尋!!」  
俺の方へ銀色の何かを投げてよこした。  
見ると、四角い形で四方にギザギザがついている。銀色のうすっぺらい袋。  
「避妊はちゃんとしとけよ」  
こまさんが悪戯っぽく笑う。  
その言葉でこれが何なのかやっと理解した。  
「ちょ………、こまさん!?」  
「とっておけ。いつか使うだろ?今日かもしれないがなwww」  
ケラケラと笑うこまさん。  
他人事だと思って楽しみやがって。  
そう思いつつも銀色の包みをそっとポケットの中にしまいこんだ。  
 
 

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