最後の書類にサインを入れれば今日の業務は終了。  
フェリチータは手慣れた様子でサインを入れペンを置く。  
幽霊船の騒動のおかげでスケジュールが滞り、今日は溜まっていた書類を確認  
するために費やした。長いこと机に向かったのは久しぶりだ。  
サインを入れた書類を待っていたスートへ渡す。彼は一礼し退出した。  
 
アルカナデュエロが終わり、ファミリーにも日常が戻った。変わったこととい  
えば、フェリチータと従者ルカの関係。ただの主従関係から恋人へと変わった  
のだ。しかし、普段の二人はこれまで同様の立ち位置で過ごしている。  
窓の外はすこし傾いてきた日差し。風があるのか木の枝が揺れている。フェリ  
チータはふと、今朝の巡回で見かけたカップルを思い出した。風を避けるよう  
に二人で寄り添い、ほほえみを交わしながら何かを話していた。ファミリーに  
属している自分には恋人と外で奔放にふるまうことはできない。仕方がないこ  
と…と分かってはいるものの、羨ましいような気持ちになることだってある。  
 
ふと物思いにふける彼女の耳に扉をノックする音が聞こえた。声をかけるとほ  
どなく、盆を手にした男性…ルカが室内へ滑り込む。  
「お嬢様。お疲れ様でした。…休憩になさいますか?」  
フェリチータは頷くと応接用のソファに腰掛けた。ルカは慣れた手つきでポッ  
トのお茶をカップへと注ぐ。テーブルに茶器とドルチェののったプレートを置  
き向かい側へと座った。  
「ルカ、今朝の巡回のときのこと覚えてる?」  
「今朝…ですか。ああ、女性の帽子が風で飛ばされていて、一緒に探しました  
よね。それが何か?」  
 小さく切ったパイにクリームを乗せて口に運ぶ。おいしいと伝える代わりに  
ルカへ満面の笑みを向ける。ルカの頬が少し染まったように見えた。  
「あの二人、『恋人同士』って感じだった」  
「そうでしょうね……あの後二人で港へ向かったようですから、どこかへ出か  
けたのかもしれませんね。―――羨ましいですか?」  
持っていたカップを置き、真剣な表情でルカが聞く。  
「…羨ましいんでしょう?お嬢様」  
「え…」  
 今度はフェリチータが頬を染めた。  
「そう、見えたものですから……」  
 
思わずうつむく。とっさに答えが言えなかった。普通のカップルが羨ましいだ  
なんてとても言えない…。ドンナとしてしっかりしないといけない時期なのに。  
沈黙が場を支配した。――ルカは返事がないのをどうとらえたのだろう。  
足音が近づく。気付くとルカのきれいな顔が目の前に合った。そのまま顔が近  
づくと、口元に温かいものが触れた。  
「―――!」  
驚いてルカを見つめる。少し開いた口から赤い舌が見えた。どきりとする。  
「…ん。確かに良いクリームです……。」  
「いきなり……。」  
何をするのと続けるつもりが、  
「口元に…付いていましたよ。まだまだ子どもですよね。フェリチータ。」  
と返されてしまった。ますます顔が熱くなる。  
「ほら…ここにも……」  
こんなことをするときのルカは…綺麗だと思った。見つめるのが恥ずかしくな  
り目をつむる。反対側の口元にルカの唇が触れ、ほどなく舌がフェリチータの  
唇をなぞる。  
「ん……」  
ゆるんだ唇の隙間からルカの舌が入ってくる。ほんのり甘く感じるのはクリー  
ムのせいなのか。  
「はぁ……んっ…」  
いつまで続くのか…と思った時、ふとルカが離れた。目に入ったルカの濡れた  
舌と唇にどきりとした。  
「――何を思っていたのです?フェリチータ」  
刺激にぼんやりした頭に、さっきと同じ質問が入ってきた。  
「……うらやましかったの。」  
ぽつりと返した。本音を。  
「恋人が私では不満ですか?お嬢様」  
「――!そんなっ」  
いつになく真剣なまなざしをフェリチータに向け、ルカは続ける。  
「私は、いつだってお嬢様のそばにいます。愛しています。本当は片時も離し  
たくない……。どこかに閉じ込めておきたい、などと思うこともあるんです。  
……もちろんそのようなことはしませんが」  
至近距離からの告白。フェリチータは瞬きも忘れ、ルカを見つめる。  
「私たちは幸せだと思います…。同じ館の中で、一番近い位置でいられる…。  
でも…フェリチータのすべてを……私のものにしたい。」  
そっと耳元でささやかれ、体の熱が上がる。ルカの腕はそんなフェリチータを  
やさしく抱きしめそっとソファへ倒した。  
 
「―――ルカ……恥ずかしい…」  
「それは、この状況?―――恥ずかしいのは私も同じです………でも今日は止  
めません」  
唇をふさがれた。先ほどよりも熱く、狂おしく舌が口の中を探る。舌を探し当  
てるとそうっとからませる。手袋をしたままの指先は腰から下へと。ニーハイ  
と太ももの境目をつぅっとなぞられ、思わず体をよじらせた。長い髪が床へと  
散る。  
「もっと…いろいろな表情を見せてください……フェリチータ…」  
唇が首筋をたどる。舌の感触とかかる吐息がくすぐるように体を刺激する。ル  
カの手が触れたところが熱い。心臓の音が近くに聞こえる。  
ルカは体を起こし、フェリチータの両足の間に体を入れた。強制的に足を開か  
され恥ずかしさに顔を手で覆う。  
「お嬢様……」  
しゃがみこんだルカは、あらわになったフェリチータの太ももに口づけを落と  
す。何度も何度も。時折舌でなめ上げられる。  
「はぁ……お、嬢様ぁ……っ」  
ルカは執拗にフェリチータの足を攻め立てる。恥ずかしさが薄れ、だんだんと  
嫌でなくなっている自分にフェリチータは気付く。ルカの片方の腕は胸元に伸  
びていた。上着の隙間から滑り込んだ指先がさわさわと胸の稜線をたどる。頂  
に指が触れたとき思わず声が漏れた。  
「んっ……ルカぁ……」  
目があった。ルカはフェリチータの表情を確かめると綺麗にほほ笑み、次の瞬  
間太ももの付け根に強く口づけた。  
「ん……っ!」  
「きれい…ですよ……お嬢様……ここも、ね…」  
「………!」  
下着で隠された部分にルカの唇が触れ、温かい舌が触れる。じわりと何かがし  
み出た。足を執拗に触れられていたときも恥ずかしかったのに、足を閉じるこ  
ともできずにそこを見られているかと思うともっと恥ずかしい。ルカの息遣い  
と舌の音が恥ずかしさを一層強くさせた。  
「あ……っ……はぁぁ…」  
「お嬢様……」  
ルカは手袋を外すと、口で触れていた部分を指でなぞった。電流が走ったかの  
ようにフェリチータの体が動く。指は下着の隙間から内側へと滑り込んでいた。  
 
そんな時。  
「お嬢!いるっ?」  
けたたましいドアのノックの音と同時にリベルタの声が聞こえてきた。  
「ち、ちょっと待って……!」  
あわてて二人は体を離す。ルカが落ちた帽子を拾い頭に乗せ、フェリチータが  
ソファから体を起こしたところでドアが開いた。  
「マンマがさぁ、お嬢に見せたいものがあるから連れて来いって言うんだよ…  
まったく困るよなぁ…って、二人ともどうかしたのか??」  
微妙な空気が流れた室内に明るい声が響く。  
「き、休憩中だったんですよね…お嬢様…」  
「そ、そうよ…」  
「ふぅん。一緒に行けるか?」  
ルカとフェリチータは顔を見合わせた。  
「書類の整理が終わったら…行けると思う」  
「そっか。んじゃ、ちょっと訓練場で時間潰して戻ってくるから。そしたらマ  
ンマのところへ行こうぜ。」  
「うん」  
リベルタはあっさりと部屋から出て行った。  
 
「…良いところだったのに……お嬢様……大丈夫ですか?」  
最初の一言に心なしか、声に怒りのトーンが入っているような。リベルタへ向  
けたものだろう。  
「立てますか?」  
ルカの手が差し出された。フェリチータはその手を取り立ち上がる。乱れた衣  
服を直し髪を整えた。ルカは手際よくテーブルとソファを片づける。  
「続きは、……今夜でいいですか?」  
「―――!」  
耳元で囁かれ一気に顔が熱くなった。反射的にルカの足を軽く蹴る。  
「ぐぅっっ!?何も蹴らなくてもいいじゃないですかー」  
騒ぐルカの唇をフェリチータは自分の唇でふさいだ。しばしの沈黙の後離した  
唇をルカの耳元へ寄せて囁いた。  
「……やさしく、してくれるなら……」  
少しの驚きの後、綺麗な頬笑みを浮かべルカは答えた。  
「わかりました……」  
ルカがドアを開けると廊下の奥からリベルタが手を振って近づいてきた。フェ  
リチータはそちらへ歩いていく。ルカはドアを閉め、そのあとを追った。  
 
 

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