一万と二千年の昔、堕天翅族のアポロニアスは一人の翅無しの女と恋に落ち堕天翅達を裏切った。
それは堕天翅達にとって信じられない事であり許されない事だった。
当時その事を知るのは限られた者達だけだったがそれでも様々な事が話し合われ噂されていた。
トーマは一人、人目を避ける様にして殆ど自室から出ないで過ごしていた。
用事も出来るだけ断った。
部屋から出る事があってもなるべく他の天翅を避けていた。
周囲からの同情の視線。
哀みの視線。
軽蔑の視線。
そして疑惑の視線。
裏切り者アポロニアス―その許婚若き聖天翅トーマ。
彼も又アポロニアスと同じく我等天翅を裏切るのではないか。
二人して我等を騙しているのではないか、と。
そんな人々の思念がトーマは疎ましかった。
言葉にする者こそいなかったが殆どの者がトーマも何らかの形で良くない事を考えていると本気では無いが思っていた。
ただ一人、美しい音楽翅を除いて。
『トーマ様・・・』
『音翅か』
前からやって来た天翅はただ唄を歌い音を奏でるための天翅だった。
『お久し振りです、トーマ様』
彼女はただ癒しを与えるだけの存在。
戦う力など無きも同然の。
そんな彼女だからかトーマは珍しく答えた。
『久し振りだね、音翅。
又君の唄が聞きたいな。
歌ってくれるかい?』『私で宜しければ・・・』
意外なセリフに驚きつつも彼女はいつもしているように腕の翅をかき鳴らすとその神聖な口から音を紡ぎ出した。
その声はまるで心の中にまで入って来るような気がした。
その夜。
トーマは眠れずにベッドの上に仰向けになって宙を仰いでいた。
音翅の唄で中途半端に癒されたためさほど疲れてもいないトーマは眠る事が出来ずに色々な事に考えを巡らせてしまっていたのだ。
どうして。
どうしてアポロニアスは私を裏切って翅無しの女なんかに味方するのか。
淋しくて辛くて慰められたかったがいつもトーマが辛い時に慰めてくれた相手は今はここに居らず、トーマ達を裏切ってアトランディアから去ってしまっていた。
『アポロニアス・・・』
アポロニアスは私が嫌いになってしまったの?
今まであんなにも愛し合っていたのに。
あれは嘘だったの?
不意にトーマは下腹部が疼いている事に気付いた。
今まで毎日のようにアポロニアスに触れられていたため身体が癖になっていたのだ。
トーマとアポロニアスは毎日のように肌を重ねていたが天翅はそんな事をしても何の意味も無いのだがそれでもアポロニアスは毎晩トーマの身体を求めていた。
まだ無垢で汚れを知らない身体を欲望の赴くままに犯し野蛮な快楽を教え込んで。
無意識にトーマの手が柔らかな乳房にのびる。
『・・・んっ』
アポロニアスがいつもしていたように弾力のある肉を揉みしだくように触れて行く。
服の上からでも分かる程立ち上がった突起を布の上から引っ掻くと痺れるような感覚がトーマを襲う。
『くっ』
そのまま胸を愛撫する手が身体の上を滑るようにすらりとした足の間にのびる。
そこは既に期待し透明な蜜に溢れていた。
回りの柔らかい肉に触れただけでトーマは敏感にも反応していた。
ほっそりとした白い指が体内から溢れる蜜に濡れた花びらの中に沈んだ。
『あ・・・あぁっ!』
肉の襞の中からつんと主張するような塊を見つけるとそれを執拗に転がし、体内へと指を埋めた。
敏感な突起を弄りながら熱く蠢く己の中を掻き回すとそこから粘液が溢れ出す。
『あ・・・あぁ・・・』
先程音翅の唄によって感覚が研ぎ澄まされたトーマは襲いかかる快楽に何度も翅を震わせていた。
繰り返し与えられる快感に下腹部の疼きはより強くなる。
中に欲しい。
こんなのじゃなくって、もっと。
『あぁ・・・っは・・・アポロニアスっ!』
今までアポロニアスに抱かれていた身体はただ触れただけでは物足りなくてトーマは幼い頃頭に挿してもらったアポロニアスの翅を自分の翅と擦り合わせた。
「ひっ!」
すると今までに無い程の快楽に思わず口から声を出してしまった。
「あ、あ、や・・・はっ・・・あああ!」
快楽に溢れ出す蜜はシーツの上に水溜まりを作っていた。
『っ・・・ふぅ』
トーマの部屋はむせ返りそうな程淫らな香りに満ちている。
『あぁ・・・アポロ・・ニアスっ!』
愛する男の名を奏でながらトーマは熱を持って疼く果肉の中を激しく擦った。
ぴちゃぴちゃと濡れた音と翅が振え擦れぶつかりあう響きと悲鳴のような喘ぎ声とが閉ざされた空間に響きあっている中でトーマはより快感を求めて身体を捩る。
『やっ、もっとぉ・・・』
潤んだ眼は宙を仰ぎアポロニアスを思い出す。
たくましい腕に抱かれて壊れ物のように大切に大きい翼に包まれながら感じていたその時よりも、
しっかり掴まれてベッドに押し付けるようにされながら乱暴に揺さぶられていた時よりもトーマは激しく求めていた。
身体はただ本能のままに雄を求めているだけだが心はもっと違う物を求めていた。
どうして私より翅無しの女なんかを・・・?
『あぁ!あ、ああ、や、っはぁ・・・』
小刻みに軽い絶頂感を感じていたがそれでもトーマは指の動きを止めないでいる。
アポロニアスに、触れられたい。
今までのように求められたい。
本当なら私がアポロニアスに抱かれている筈だったのに。
『ひっ・・・もっと・・・アポロニアスっ!』トーマは自分の顔に掛かる翅を一房口に含むと不意にそれを舐めだした。
天翅にとってそれは耐えがたい感覚を引き起こす行為だった。
トーマの花弁は貪欲に求めるかのごとく蜜を零しながら痙攣するように蠢いている。
『ふっ・・ぅん、はぁ・・・く、うぅっ!』
白い翅が唾液に塗れぬらぬらと光を返している。
「ひゃあうっ!も・だめ・・・む、り・・・」
余りの快楽に天翅のトーマでも、否、天翅であるが故に耐えられずに口から声が出るのを堪えられない。
「あ・・アポロニアス・・・アポロニアスっ!」
手の動きに合わせるかのように声が大きくなって行く。
うわ言のように何度も繰り返す。
「う・・・うぅっ・・・アポロニアス・・・」
答える相手はいないにもかかわらず何度も何度も。
まるで壊れ掛けの玩具のように。
「っ・・うぅ・・・くっ・・・ひっ、う」
その声は喘ぎ声だけではなくなっていた。 生理的な物なのか違うのかは分からないが明らかに泣いている。
「は、ぁんっ!ひっ・・・くっ、ん、うっ」
トーマの白い指が太腿に食い込む。
そろそろ限界なのだろう。
「あ、あ、あっ・・・ひっ!アポロニアスっ!アポロニアスぅっ!」
身を捩って逃れようとしつつも指を止められない。
「あ・・やだ・・・アポロニアス・・・行っちゃやだ、アポロニアスっ!一緒に、い、てっアポロニアスっ!」
「うっ、あ、ああっ!は、あぁっ!」
一際高い声を上げるとトーマはそのまま意識を手放した。
深い意識の闇の中でトーマはアポロニアスが二度と自分に触れることは無いのだと感じた。
きっと、次に会う時は恋人同士としてでは無く・・・。
それはずっと思っていながら認められないでいた、裏切りの予感だった。
『その時は、きっと・・・』
終