「大好きだったのよ、バカ。」  
シルヴィアは一人ベッドの中で、ぽつりとそうつぶやいて体を小さく丸めた。  
 
あいつの声、あいつの笑顔、あいつの温もり。  
1年経った今でも、鮮明に思い出してしまう。  
 
「1万2千年後なんて…待てないよ。」  
チビコ達の前では、『いつかアポロは帰ってくる』、そう気丈にふるまってはいたけれど。  
「私もっと、あんたとしたいこと、沢山あったんだからね。」  
もう会えないと分かっているのに、どこかで期待してしまうのだ。  
もっと、憎まれ口をたたきあっていたかった。  
もっと、色んな話をしたかった。  
もっと、触れ合っていたかった。  
もっと、もっと…  
 
…考えるだけで、気持ちがぐるぐると波立つのが分かる。  
「アポロ………アポロ、アポロ、アポロ…!!!」  
今にもちぎれてしまいそうなか細い声。  
目をつむると、自然と涙がこぼれた。  
来世で幸せになんてなれなくてもいい。  
今、会いたい。  
1分でも、1秒でもいいから。  
会いたい、会いたい。会いたいよ。  
 
 
夜が来るたびに、何度その言葉を繰り返してきたことだろう。  
もう、いないと、心では分かっているはずなのに。  
 
 
 
…その時。  
 
 
 
「シルヴィア。」  
そっとささやくような声がした。  
「!!!!!」  
聞き間違いかと思えども、思わずがばっと起き上がるシルヴィア。  
 
この、聞き覚えのある声色は。がさつで、低くて、でも温かみのあるこの声は…  
 
「…アポロ!!!!!!!!」  
 
鳶色の髪。太陽のようなオレンジの瞳。  
シルヴィアが望んで望んで、恋焦がれていた想い人が、そこにいた。  
「うそ…うそ、うそ!!アポロなの!?」  
突然の出来事に、頭が真っ白になったシルヴィアは動くことができず、へたりとベッドに座り込んだまま目の前の恋人を見つめる。  
「ああ、オレだよ。」  
シルヴィアの視線を優しく包み込むように、柔らかく笑うと、アポロは答えた。  
「だって、あなた…」  
「あぁ、もうオレの体は、こっちの世界には存在しない。」  
「じゃぁなんで」  
 
一瞬の沈黙の後。  
「オレにもよく分かんねぇんだけどよ…あの時、最後の瞬間、お前への気持ちが強く残っちまっててさ…多分、気持ちがでかすぎて、オレの魂の一部だけ、消滅しなかったんだと思う。」  
 
「えっ、それって…それって…アポロ、あなた、生き返ったってことなの!?」  
 
声高まるシルヴィアの問いに、アポロは悲しげに首を横に振った。  
「いや…どっちにしろ、俺の本当の体はもうとっくに消滅してしまってる。ここに今いるのが不思議でしょうがないくらいだ。多分、ここに具現化されているのはオレの魂の残りカスみたいなもんだからな。明日の朝までには消えちまうだろ…。」  
自分の手のひらを見つめ、切なげな表情でシルヴィアに視線を移すアポロ。  
 
「だから。」  
 
ギシリ、と、音を立ててベッドに乗り出したアポロは、その瞬間、ネグリジェ姿のシルヴィアをぎゅっと抱き寄せた。  
「!!!!!!!!!」  
 
「…お前と、最後の思い出を作りに来たよ。シルヴィア。」  
突然の衝撃に、声にならない悲鳴で息が止まりそうになっているシルヴィアの耳元で、優しくアポロは囁いた。  
 
 
突然の出来事に頭が真っ白になり硬直していたシルヴィアだったが、次第に自体を理解してきた。  
「…ァ…ポロ…」  
涙があふれてくる。  
アポロがいる。アポロの温もりを感じている。アポロが私の名前を呼んでいる!!!  
この瞬間を、どんなに待ち望んだことか。  
「っく…ひぇっく……ひっく…」  
涙が止まらない。息もうまくできない。  
 
そんな状態のシルヴィアを肩越しに感じ、アポロは抱きしめるのを止めると、体を少し離してシルヴィアを向かい合わせに肩を抱いた。  
「泣くなよ…お前を泣かせたくて会いに来たわけじゃない…  
「だって…ひぇっく、…っく…」  
ぽろぽろと大粒の涙を瞳からこぼして泣く目の前の姫気味を、少困惑気味で見つめるアポロだったが、  
 
「らしくねぇなぁ………分かった!!!」  
がばっ  
両腕をもう一度シルヴィアの体に回してきつく抱きしめると、アポロはいつものぶっきらぼうな調子で言った。  
「お前が泣き止むまで、こうしといてやる!!!」  
「…っく…ひっく……ポロ?」  
「なんだ?」  
「私も、あなたと最後の思い出…作りたい…」  
肩を震わせて、消えそうな声で話しかけるシルヴィアを愛しそうに抱き続けるアポロ。  
「あぁ。一緒に作ろう。」  
「あのね…アポロ…っく…ひっく…」  
「なんだ?」  
待ち焦がれた想い人の温もりを一身に感じながら、決心した様子でシルヴィアは言った。  
 
 
「私、あなたと、一つになりたい。」  
 
 
「ひとつ?」  
一瞬意味が飲み込めずにたじろいだアポロだったが、  
「バカ。…女の子に恥かかせないでよ…」  
切ない声でぎゅっと首を抱き返すシルヴィアの言葉に、  
「あ…」  
ようやく理解したようだった。  
 
大きく一呼吸置いて。  
シルヴィアの頬を手でそっと包み込み、顔を近づけて、額をこつんとあてる。  
「オレさ、何も知らねぇから…めちゃくちゃにしちまうかもしれないけどよ。」  
柔らかい鳶色の髪が、ふわりとシルヴィアの額にかかる  
至近距離で見つめあっている、愛しい人に頬を桃色に染めながら。ふるふると小さく首を横にふると、シルヴィアは自分から、その唇をアポロの唇にぎゅっと押し付けた。  
「…っ!!  
 
ドサッ  
 
バランスを崩した2人は、そのままもつれるようにベッドの上に倒れる。  
その瞬間、まるで何かのスイッチが入ったかのように、アポロは強引にシルヴィアの首筋に顔を埋めた。  
「きゃっ!!」  
小さく悲鳴をあげるシルヴィア。  
「痛かったら、言えよ。」  
薄れ行く理性の狭間で、アポロはそれでもシルヴィアを気遣うように、覆いかぶさった自分の体が想い人を押しつぶしてしまわないよう、僅かに体を浮かせた。  
「痛いわけ、ないじゃない。」  
ちぎれそうに切ない声で、アポロの背中に両腕を回す。  
 
抱き合っているだけで、体がとろけそうだ。  
ずっと会いたくて会いたくて、会いたくてたまらなかった人がここにいる。  
嬉しくて切なくて、少し触れるだけでもシルヴィアの意識は飛んでしまいそうだった。  
 
すん、と鼻を鳴らしてシルヴィアの首筋の匂いを嗅いだアポロは、懐かしいその匂いを確認すると、ぺろりと白い肌を舐めた。  
「ひゃっ」  
ぞくっとした感覚が背中にまで一瞬で広がる。全身の感覚が、ゆっくり、甘く痺れていくのが分かる。  
アポロの舌はそのまま首筋を這い、耳元に上り、そっとシルヴィアの耳朶を感だ噛んだ。  
「んっ」  
びくんと体をのけぞらせるシルヴィア。  
「お前の味だ。」  
イタズラっぽく笑うアポロ。  
「や、ちょっと…んっ…」  
ぺろぺろと優しく舐め続けるアポロの背中で、シルヴィアはたまりかねて彼の服をぎゅっと握った。  
それに気づいたアポロは、そっと自分の服の胸のボタンを外す。握って引っ張られていた背中から、アポロの服がくしゃりとはだけた。  
「ぁっ」  
肩から胸にかけてあらわになったアポロの体は、窓の隙間から差し込んでくる月明かりに照らされて、ぼんやりと光っているように見る。  
細身だげれど、しっかりと筋肉のついた両腕。  
ところどころに傷跡が残る鎖骨、胸板。  
今まで散々傍にいて、彼を見てきたはずなのに。彼の新たな面を知ってしまったような気がして、シルヴィアは頬を染めた。  
「シルヴィア」  
今までに見たこともないような色気のあるシルヴィアの表情に、ついに理性の糸が切れたアポロは、そのままシルヴィアのネグリジェのボタンに手を掛ける。  
「シルヴィア…」  
そっと想い人に口付けながら、ボタンを外そうとするアポロ。  
ひらひらと不思議な構造をしている女物のネグリジェを、不器用そうに弄くっていたが、  
「取れねぇ…くそっ…」  
ボタンを外すことができず、骨ばった指をもたつかせる。  
そんなアポロを見てクスリと愛しそうに笑ったシルヴィアは、自らからだを捩じらせ、すっとネグリジェのボタンを外した。  
白い胸元が一気にはだける。  
決して大きくはないが、形の良い桃白色の双丘がふるりと小さく揺れた。  
「……!」  
今度はアポロは頬を染める番だった。  
 
ためらうように、そっとシルヴィアの胸元に片手を置くアポロ。  
今まで感じたことのないような、ふんわりとした感触に夢中になる。  
「ひゃっ…やっ…んーーー…」  
胸を弄くられ、くすぐったいような、気持ちいいような、こそばゆい感触に悲鳴をあげたシルヴィアだったが、その唇も、アポロによってすぐに塞がれてしまった。  
「んーーーーー…」  
唇を無理やり押し付けるような口付け。  
舌を入れるでもなく、軽くついばむでもなく。  
これまでそのような知識も経験も皆無であったアポロにとっては、これが精一杯だった。  
それでも、そんな不器用な口付けを一生懸命受け入れようとするシルヴィアは、首を僅かにひねって重心をずらすと、僅かに唇を開いてアポロの唇をはさむように重ねる。  
 
シルヴィアも、経験があるわけではないけれど。  
ロマンチストな姫君は、図書館に置いてあったラブストーリーをこっそり読みこんでは、いつか自分もと夢見ていたので、薄っぺらいにしてもアポロよりは知識はあったのだ。  
 
シルヴィアの動きに気づいたアポロは不器用そうに自分もわずかに唇を開くと、その隙間からそっと舌を入れ、ぺろりと姫君の唇を舐める。  
「んっ」  
それに応えるように、シルヴィアは侵入してきた彼の舌へ、そっと自分のものを絡めた。  
一瞬びくんと体を振るわせたアポロだったが、そっと目をつむり、シルヴィアの動きをリードするように、自分の舌を動かし始める  
 
ちゅっ…ちゅっ…くちゅっ…  
 
月明かりが反射し、しっとりと冷たい部屋の片隅で、2人の音が小さく響く。  
夢中で口付けを求め合いながら、シルヴィアはぎゅっと、両腕でアポロを抱きしめる。  
大好きなアポロ。  
ずっと一緒にいたのに、いじわるなことばっかりしか言えなくて、ごめんね。  
もっともっと、大好きって言えたらよかったのに。  
アポロを抱くのに、腕二つじゃ足りないよ!!!  
 

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