『アポロ……!』  
 
 
「シルヴィア――――――!!」  
 
アポロはそう叫びながら、今や地球の礎となった機械天使アクエリオンの内部(なか)で目覚めた。  
 
『どうした?』  
「何があった、アポロ」  
その悲痛な叫びを聞いたトーマとシリウスが声をかける。  
二人ともアポロと供に、アクエリオンの合体を支える仲間である。  
 
「シルヴィアが、シルヴィアが夢の中で……」  
「夢にシルヴィアが出てきたのか?」  
「夢の中で………シルヴィアが俺の名前を喚びながら……オナニーしてた」  
 
各コクピット内に沈黙が走る。  
 
『……は?』  
「き、貴様何という破廉恥な夢を! シルヴィアはそんなはしたない真似はせん!」  
『いや、愛しい者に触れてもらえず自らを慰めるのは生者の理……天翅も人も変わらん。  
 かくいう私もアポロニアスに捨てられた時には、それはもう毎日のように………』  
愛しいアポロニアス振られた後のことを思い出し、妄想モードに入ったトーマを尻目に、  
アポロとシリウスはアポロの見た夢のヴィジョンについて、激しい口論を始めていた。  
 
「貴様訂正しろ、訂正ッ! いや記憶を消せ! シルヴィアの痴態を見たという記憶を消去しろッ!」  
「知らねーよ! あくまでも夢だろうがッ! ていうか記憶を消せって、ムチャ言うなっつーの!」  
「貴様といいトーマといい、そんな淫らな妄想に耽るからイイ齢こいて夢精なんぞするのだ!  
 おかげでアクエリオンの中がイカ臭くてかなわん! まったく、少しは自制せんか馬鹿者!」  
 
「イイ齢こいてって言うけどよ! 俺、13歳だぞ! お前等が間近にいるからチンコいじり出来ねーんだよ!  
 それにな! 前スレの>>934であんだけ言っておいて、お前も麗花の名前言いながら夢精してんの知ってんだぞ!」  
「な、何を言う! 私がそんなことをするわけ………」  
「こんな狭い中でバレないわけねーだろ!」  
『アポロニアスは私を抱き締め首筋に接吻しながらこう囁いたのだ「トーマ、お前は可愛い声で鳴くな」  
 その詞に私の頬は薔薇のように染まり、肉体はますます熱くたぎって彼の愛撫を求めて疼き………』  
「さっきからゴチャゴチャうるせーぞトーマ! お前と俺の過去生の乳繰り合いなんざどーでもイイっつーの!」  
『ち、乳繰り合い!? 私とアポロニアスの聖なる睦み合いを、乳繰り合いなどと下品な言葉で表すな!』  
「あーもー、やかましい!!」  
 
 
 
――――――小一時間後。  
 
「はぁはぁ」  
『まったく大人気ない……』  
「そりゃ、こっちの台詞だ!」  
「いい加減に止めよう、キリがなくなってしまう」  
 
「しかし太陽の翼のおかげか、飯を食いたいとも糞をしたいとも思わねえけど、いい加減飽きたな」  
「飽きたなって……お前、これがどんなに重要な使命か解っているのか」  
「いや、解ってはいるけどよ、このまま永遠に地面の下で腐っていくのも何だかなーって」  
「うーむ、確かにな。毎日プラーナを摂取して、大地のオーラの流れを読んでは詩を編むのも  
優雅といえば優雅な生活かもしれんが、単調な生活からは凡庸な詩しか生まれんからな……」  
「お前の人生は詩を中心に回ってんのかよ」  
『………ひょっとしたら』  
「あ? 何だよトーマ」  
『ひょっとしたら、アクエリオンに無理をしてもらえば此処から出られるかもしれん』  
「無理って……そんなアバウトな方法で良いのか」  
「いや、やってみる価値はあるぜ。このままじゃ埒があかねえよ。  
 皆、“やり方”は大体解るだろう?」  
「仕方がない、やるしかないか」  
『では………いくぞ!』  
 
三人は再びその「言葉」を、聖なる言葉を口にする。  
 
 
「『「創聖合体! アクエリオン!!」』」  
 
 
 
 
「………何かあっさり出れたな、おい」  
「何だ貴様、不満でも有るのか」  
「うーん、不満というか……」  
『星の位置から考えて、我らが地の底に眠った時より……二年といった所か』  
トーマがアトランディアの夜空を見上げて言った。  
 
「2年んッ!? そんだけしか経ってないのかよ」  
『何か不都合でも有るのか?』  
「いや、一万二千年後に逢おうとか言った俺の立場が……」  
『知るかそんなもの』  
「まっ、いっか。出れたんだし……俺達はこれからDEVAに帰るつもりだけど、お前はどうするんだ」  
『私は此処に残り、今一度天翅の世界を再生したいと思っている。今度はヒトと寄り添えるような天翅の世界を。  
 どれだけ時間が掛かるか、その前に可能かどうかも解らんがな』  
「そっか………」  
 
アポロは拳を握り、トーマの胸を軽く叩くと言った。  
「いいか、必ずまたお前に逢いに来るからな。そん時ゃ歓迎しろよ!」  
その言葉に微笑んだトーマは、唐突にアポロの身体を抱き抱えた。  
 
『さらばだ。愛しき翼の生まれ変わり、アポロよ。また何時の日かこの地で逢おう』  
そう言って、トーマは唇を近付ける。  
 
「わっ! 馬鹿、止めろって。数字板じゃねえんだぞ!」  
『別れの口付けくらいさせろ………それと、あまり楽屋ネタまがいの言動は慎んだ方がいいぞ』  
トーマはアポロの頬に軽く接吻すると、アポロの身体を放した。  
 
「ッたくもー、会いにくんの止めようかな………おいシリウス、行こうぜ」  
「………いや、私は行かない」  
「え? 何言ってんだよ。皆が待ってるぜ」  
「ああ……だが私はDEVAに戻れん」  
「まさかトーマと薔薇色の生活を………」  
「違うわアホ! 私は………裏切り者だ」  
「! ………んなこと気にしねえよ。アイツ等は、麗花はお前のこと……」  
「解っている! 解ってはいるが……私自身がな、私自身の心に決着がついていないのだ。  
 私がこの自分の心との決着がついた時……その時こそ私は皆の下に帰りたいと思う。  
 それまでは此処に残り、トーマと共に天翅の再生を手伝いたい。良いか? トーマ」  
『私はかまわんぞ』  
「それでいいのか。それは決着っていうより、逃げてるだけじゃないのか」  
「確かに逃避かもしれん。しかし、やはりまだ……な」  
「……解ったよ、無理には連れていかねえ。だけど、必ず帰って来いよ! 約束だぜ」  
「ああ、約束だ」  
二人は手を握り締め合い、互いに誓った。  
それは以前の彼等からは考えられない、心と心が固く結束した誓いだった。  
 
 
「それじゃあシリウス、トーマ、またな」  
『ああ、またな』  
「またな、アポロ」  
 
二人は地平線の彼方にアポロが消えるまで、ずっと見送っていった。  
 
 
 
 
 
今、逢いにいくからな! シルヴィア!!  
 
 
 
 
 
 
 
『そういえば……』  
数時間後、ふと思い出したようにトーマが言った。  
 
「何だトーマ」  
『あいつは……どうやって此処から出るつもりなのだ?』  
「あっ」  
 
 
「どこに行きゃいいんだあ――――――――ッ!!!」  
 
アポロの悲痛な叫びが、広大なアトランディアの夜空に響いた。  
 

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