「う、ん……」
(これはシーツ、これは枕、ここはベッド……ここは、私の部屋?)
暖かな闇の中から、暖かな光の中へと覚醒していく。
(あれ、私……)
ゆっくり目を開くと、部屋の中は明るく、窓の外には青い空が広がっている。
「おはよう、つぐみさん」
「あ、おはようジュン君」
「ミネラルウォーターとお茶があるけど、どっち飲む?」
「じゃぁ、お茶にしよっかな……って何でジュン君が私の部屋にいるの!?
麗花先輩は!? アクエリオンは!? みんなはどうなったのっ!?」
「うわっ! こぼれるっ!」
寝ぼけ眼をこすっていたかと思ったら、勢いこんでジュンにくってかかる。
ジュンはサイドテーブルにポットとティーカップを置くと、ずり下がった眼鏡を直して椅子に座った。
視線はつぐみにではなく、何故か枕に向けられているが、つぐみの眼鏡のレンズは割れてしまったため彼女にはジュンの視線がよく見えていなかった。
「麗花先輩とピエール先輩、それに単独テレポートしたリーナさんは強攻型アクエリオンに乗って勝ったよ。シルヴィアさんも無事だって。
神話獣にプラント化されたクロエ先輩やジェローム副司令からはえてた植物は消えたし、アトランディアにさらわれていた人達も、弱ってる人もいるけどほとんどは大丈夫みたい。
ただ、アポロとシリウス先輩が……」
「どうなったの!?」
ジュンの視線が枕から床に向けられる。
「……ベクタールナを乗っ取った堕天翅を追って生命の樹の地下に行ってから、どうなったかが分からないんだ。
映像も音声もこっちに届かなくって……」
「そんな、まさか……っ」
つぐみは大きく目を見開いて口を覆った。ジュンは慌てて顔を上げる。
「でっ、でもっ、地球の大規模な地殻変動や異常気象は止んだし、きっと二人がなんとかしてくれたんだよっ!
まだ詳しい報告が来てないだけだし、すぐに『腹減った!』とか『薔薇の手入れをしないと……』なんて言いながら帰ってくるよ! もちろん、麗花先輩達も一緒でね」
「……そう、よね。アポロ君ってすぐお腹がすくみたいだし、シリウス先輩の薔薇園もだいぶ弱っちゃってるし……。シリウス先輩、怒るだろうなぁ……」
うっすらと滲む涙をぬぐって微笑む。
「……ありがとう、ジュン君」
「えっ、なっ、何が?」
「わたしが起きるまで、ずっと傍にいてくれたんでしょ?」
つぐみは眼鏡をしていないため、ジュンがどんな表情をしているかはよく見えない。
だが、頬が赤くなったことはぼやけた視界の中でも分かった。
「いやっ、その、お、女の子の部屋に無断で入っちゃってゴメン!
あ、でも、この部屋に運んだ時はソフィアさんも一緒だったし、クルト先輩と担架で運んだし、ソフィアさんがパジャマを着せてる間は部屋から出てたからっ!
じゃ、僕はこれでっ!」
「待ってジュン君!」
慌てて立ち上がるジュンの腕を掴む。
「えっと、もうそろそろ報告が来るかもしれないし、麗花先輩達だって戻ってくる頃」
「どうしてジュン君、わたしの目を見てくれないの?」
つぐみはジュンの目がはっきりと見える程に顔を近づけさせる。
「そ、それは……その、つぐみさんのパジャマ姿が目の毒で……」
「誤魔化さないでっ! ジュン君、何かわたしに言いたいこととか、隠してることとかない?
それがあるから一緒にいてくれたんでしょ?」
「……つぐみさん……」
ようやくつぐみの顔を見たジュンは、時間をかけて椅子に座りなおした。
座ってからもしばらく貧乏ゆすりをしたり、手をすり合わせたりと落ち着いた様子を見せない。
が、何度か深呼吸を繰り返し、今度はしっかりと視線を合わせる。
「……つぐみさん。つぐみさんがアトランディアへのゲートを開いた時に言ってたこと、覚えてますか?」
「えっと……『私は、人間が大好きだーっ』?」
「その前です」
「その前?」
『私、先輩のことが……どんなに辛いことがあっても負けない、真っ直ぐな先輩が、大好きです!』
「やだ、聞いてたの!? はっ、恥ずか……っ!」
つぐみの心音が激しくなる。
「つぐみさん待ってっ! まだ続きがあるんだっ!」
「つづき?」
どこかうっとりした顔でつぐみは問いかけた。ジュンはつぐみの鼓動が落ち着くのを待ってから言葉を続ける。
「……あれで分かったんです。つぐみさんの本当に好きな人が……」
「え?」
自嘲的な笑みを浮かべ、ジュンは再び床に視線を向けた。
「正直、ショックでしたけどね。でも、曖昧な言葉をかけられる前に、つぐみさんの中の順位がハッキリ判ってよかったです」
「……え、ちょっと待っ……」
「ネットで検索して、どんな言葉にしようか考えたりもしてたんですけど……」
「待ってよジュン君!」
「僕は未成年だからやけ酒は無理ですけど、やけチョコボンボンでもしようかな、って……」
「待ってってば!!」
つぐみはジュンの顔を両手で掴み、一気に引き寄せた。
「ジュン君のほうこそ、曖昧な言葉で誤魔化してる! ちゃんとハッキリ言ってよ!」
「だって、好きな子に振られたのにカッコ悪いじゃないか!!」
「わたし、まだ『好き』って言われてないっっ!!」
「言う前に振られたんだからしょうがないだろ!!」
「言われてないのにどうやって振るのよっ!!」
「言ってたじゃないか! 麗花先輩のことが好きだって!!」
「麗花先輩のことは大好きだけど、ジュン君のことだって大好きなんだから!!!」
「へ?」
間抜けな顔で固まったジュンに、つぐみはさらに怒鳴りつける。
「わたしが初めての合体をした時、ジュン君、わたしのことを怖がったりしなかった!
わたしの嫌な力のことを知っても、嫌がらずに合体してくれた! 支えてくれた!
麗花先輩のことは大好きよ。でも、ジュン君だって……ッッ!!!」
つぐみがようやく自分の発言内容に気づいた瞬間、室内に凄まじい爆音が響き渡った。
ジュンが意識を取り戻した頃には、既に夕陽が空を支配していた。
手探りで眼鏡を探したが、フレームは歪み、レンズも粉々になっている。
「新しいの買わなきゃな……」
「お揃いになっちゃったね、眼鏡。今度、一緒に買いに行こ?」
「分かりました、つぐみさ……ってうわぁぁぁっっ!!!」
つぐみに顔を覗かれ、ようやくジュンは膝枕されている自分に気がつき慌てて起き上がった。
二人とも何故か正座をして向き合う。
「……ごめんね、わたしのせいで……」
「つぐみさんのせいじゃないよ。僕が不用意なことを言ったから……」
「あのね、そのことなんだけど……」
つぐみはしばらく体をモジモジさせてから、揃えた指先を床につけ、
「さっきのわたしの言葉、無かったことにして! お願いっ!」
と言うと頭を下げた。
「……ぁぅ……」
へなへなと崩れ落ちるジュンに気づかず、つぐみは言葉を続ける。
「だって、麗花先輩にもジュン君にも、わたしが先に『好き』って言っちゃったんだもん!
わたしだって、一度ぐらい誰かに好きって言われたくって……ジュン君!? ジュン君!!」
涙を流すジュンを必死で揺さぶるものの、気力体力共に限界を超えたジュンにつぐみの言葉が届くことはなかった。
つぐみの本心が正しく伝わってからが本当の試練になることを、ジュンはまだ知らない。