「ピエール、こ、これ……」  
視線をピエールから逸らしつつ、クロエはフルーツケーキをピエールに差し出した。  
そんなクロエの様子に、ピエールは人の悪い笑みを浮かべ、かすかに震える細い手首を優しくつつむと  
「いっただきまーす」の声と共に指先ごとケーキを口に運ぶ。  
「きゃっ!ピエールッ!?」  
「……んまいっ!クロエ、もう一つくれよ」  
すぐ手の届く位置にケーキの入った籠があるにも関わらず、ピエールはニコニコと催促する。  
クロエはさらに顔を赤らめながらも、素直にケーキを差し出した。  
今度は指先だけでなく、手のひらまで軽く舐めてから一口で胃に収める。  
「フフッ。ピエールったら、まるでアポロみたい……」  
「俺が?へっ、アポロのヤツだったら籠だけ持ってトンズラするだろうな」  
そう言い切る瞳に僅かな陰りを見たクロエは、黙ってピエールに身を寄せた。  
「……ごめんなさい。寂しく思ってるのは貴方だけじゃないのに、気が利かなくて…」  
「いや、そんなことない……って!」  
「って!」の声と同時に、ピエールはクロエを横抱きに抱き上げる。  
「ピッ、ピエールッ!?」  
「こんなにうまいケーキを作れる子って、きっと”ゴイアバーダ”みたいに美味しいんだろうな。  
俺っていうチーズをつけて、”ロメオ・イ・ジュリエータ”にしてもいいかい?」  
『ロミオとジュリエット』……確か、中世の劇作家が書いた悲恋の物語だ。  
「チーズを加えるのは構わないけど……」  
「けど?」  
「すれ違ったまま、永遠に別れるのは嫌よ?」  
潤んだ瞳で、じっとピエールの顔を見上げる。  
白い歯を見せて笑っていたピエールも、表情を改め優しい笑顔を浮かべた。  
「……ああ、約束するよ」  
「ピエール……」  
クロエが自分の逞しい胸に顔を埋めたのを確認してから、  
ピエールは背後にいた出歯亀に向けてニヤリと笑ってみせた。  
――そういう訳だ。ここから先は目の毒だぜ?  
   それとも大事な姉さんのあられもない姿を見たいのか?  
そんな思いも視線に込めてみる。  
「……ピエール?」  
「なんでもないよ。ちょっと迷子の子犬がいたから追い払っただけさ」  
 
 
その日から毎日、深夜にディーバの森のどこかから釘を打つ音が聞こえるという。  
 
 
※ゴイアバーダ:ブラジルのお菓子  
 チーズをつけると名前が変わるのは本当  
 

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