「あ〜〜〜もうっ!」  
部屋に戻るなり、シルヴィアは叫ぶとベッドへ飛び込んだ。  
今日不動の命によって行われた特訓は『一日パートナーと二人三脚で過ごせ』という  
相変わらず不可解なものだったのだが、自分のパートナーがクルトとなったことで  
「アポロじゃなくて残念♪」などとつぐみやジュン達にからかわれたのだ。  
その上……。  
「アポロったら、麗花に鼻の下伸ばしちゃって、みっともない!  
しかも肩どころか腰に腕を回すなんて!! いくら特訓だからってフケツよ!!」  
実際は、アポロは麗花から漂う匂い――麗花の前日の夕食は小龍包だった――を嗅いでいただけで、  
腰に腕を回したのも階段でつまづきかけた麗花を救うため……というより、  
自分も巻き込まれないようにしただけなのだが。  
「そもそも、なんで私がアイツを見てイライラしなきゃならないの…よっ!」  
周りに置いてあるぬいぐるみを壁に向けて投げつけ、枕に顔を埋める。  
無意識に念力を込めていたのか、壁に備え付けられている棚が揺れ、小物がいくつも降ってきた。  
一つも頭の上に落ちてこないところが麗花との運の差だろうか。  
バサバサという物音の中にあったドサッという音に顔を上げると、ある物が目に入った。  
「これ……」  
翼を抱く銀の女神像をそっと手に取る。  
『羽があろうとなかろうと、お前はお前だ』  
「アポロ……」  
アンティークショップでこの女神像を見つけた時、一目で気に入っていた。  
お兄様に窘められ、その直後にアポロがシリウスに斬りかかってきたためにうやむやになってしまったが、  
後でこっそり買いに来ようと思っていた程だ。  
(その女神像を、あの野生児のアポロがプレゼントしてくれるなんて夢にも思ってなかっ……)  
「……ちょっと待って。アポロって、どうやってお金を手に入れたのかしら?」  
氷の街で初めて出会った時、アポロはバロン達と共にストリートチルドレンとして暮らしていた。  
必要な物は拾ったり盗んだりして当たり前だろうし、そもそも「金を払う」という行為を知っているかどうか……!!  
「ぁア〜〜ポ〜〜ロ〜〜〜〜〜ッッ!!!」  
ベッドに飛び込んだ時以上の大声を上げ、シルヴィアは部屋を飛び出していった。  
 
「痛でででで!! おい! いいかげん手ぇ放せよ、この怪力女!」  
「いいから黙ってついてきなさい!」  
「分かったから放せってば! 腕の骨が折れるっつーの!」  
特訓ののち、夕食後のデザートを探しにディーバの森を走り回っていたアポロを見つけたシルヴィアは、  
腕を引っつかむと競歩さながらのスピードで商業区域へと歩き出した。  
木のうろからアポロの魔の手を逃れた鼠が顔を覗かせたが、シルヴィアの鬼気迫るオーラを感じたかすぐに引っ込める。  
「不覚だったわ……。盗んだ物をプレゼントされて喜ぶだなんて、お兄様に怒られちゃう!」  
「あぁ? 誰が何をどっから盗んだんだよ」  
「あんたが、これを、アンティークショップから盗んだんでしょ!」  
アポロの鼻先1cmに女神像を突き出す。しばらく訝しげな表情をしていたアポロだが  
「何言ってんだよ、この馬鹿女!!」  
と、シルヴィアの手を勢いよく振り払った。  
「何……って、この女神像、盗んだんでしょ!? 開き直るの!?」  
「開き直るもクソもねー! ちゃんと金出して買ったんだよ!」  
「嘘おっしゃい!」  
「嘘じゃねー!」  
「じゃぁ、そのお金はどこから手に入れたのよ!?」  
「そっ、それは……」  
気色ばんでいたアポロの表情が急に曇り出す。  
「女神像にしてもお金にしても、盗むなんてサイテー!」  
「だから違うっての! その……リーナから借りたんだよ」  
「リーナに?」  
シルヴィアもリーナの名を聞き、アポロとは違った意味で表情を曇らせた。  
「まぁ、最初はマジでどうやって盗もうかって思ってたけどよ、  
 バロンに『誰かに物を贈りたいなら、盗んだ物をあげちゃだめだ』って言われたのを思い出したんだ。  
 で、どうやって金を手に入れるか考えてたら、いきなり後ろにリーナがいてよぉ」  
「そっ、それで?」  
「『これだけあれば足りるでしょ』とか言って、財布ごと貸してくれたんだ。  
 中身は値段ぴったりしか入ってなかったけどさ。で、『この貸しは体で返してもらう』とか何とか……。  
 年下の女から金借りるなんて恥ずかしかったから言いたくなかったけど、ドロボー扱いされるよりゃマシだっ」  
「かかか体ぁっ!!?」  
シルヴィアの顔が一気に赤くなる。  
「なっ、何考えてるのよリーナったら!! 女の子がはしたないっ!」  
 
「はぁ? 荷物運びをやれーとか、血を吸わせろーとかって意味だろ?」  
「……そっ、そうよね! 変な意味じゃないわよねっ! あは、あははは……」  
シルヴィアは愛想笑いをして妄想をかき消した。が……  
「『変な意味』……って、何がだよ?」  
「こっ、子供には関係ないわよっ!」  
「あんだとぉ!? 俺はもう大人だぞ!」  
再び訪れた不穏な気配に、眠っていた鳥たちも飛び去っていく。  
「あんたなんてお兄様と比べたら体も心も子供じゃないの!」  
「なにぃっ!? こないだ大人の毛ぇ見せてやっただろ! 俺は大人だっ!」  
「わきの下の毛が大人の毛なわけないでしょ……ッ!」  
思わず口走ってしまい、慌てて口を両手で塞ぐがもう遅い。  
アポロはじりじりとシルヴィアににじり寄っていく。  
「じゃぁ、どんな毛が大人の毛なんだよ」  
「そ、それは……」  
迫力に圧されて一歩、また一歩と後ずさる。  
背中が木の幹にぶつかり、シルヴィアはごくりと息を飲んだ。  
「ほ〜れみろ。お前、ホントは大人の毛がどんなのか知らねーんだろ」  
「知ってるわよっ! 私にだって生えてるんだからっ!」  
「……え?」  
「……あっ」  
互いの顔を見合わせ、同時に目をパチクリさせる。  
アポロは自分の知識――さすがのバロンも性教育には疎かったのか、はたまた自分に生えていなかったのが  
恥ずかしかったのか、「腋毛が大人の毛である」とアポロに教えていたらしい――が何かおかしいものだと漠然とながら気づき、  
シルヴィアは愛するお兄様にすら言ったことのないことを、追い詰められていたとはいえアポロに告白してしまったことで  
頭が真っ白になってしまっていた。  
「……えっと、大人の毛って男にしかないんだろ? 運動場でも大人の毛が生えてるヤツ、全然見たことないし」  
アポロは滅多なことでは風呂に入らず、入っても“カラスの行水”で済ませているので  
他の仲間達の身体について全く気づいていないようだ。  
「それは腋のお手入れをしてるからよ。今時、男も腋を剃ったりするじゃない」  
「ああ、そういやピエールもモテる男は毛の処理がどーこー言ってた気がするな」  
「そそそそうそう! 大人の毛のことは大人なピエールに聞きなさいっ!  
 じゃ、私はこれでっ!」  
慌てて逃げ出そうとするシルヴィアの左手を、アポロはしっかりと握り締める。  
「待てよ」  
そのまま腕を引き、シルヴィアの目をじっと覗き込んだ。  
「あのさ、俺、ドロボー呼ばわりされて結構ムカついてんの思い出したんだけど」  
「えっと、それは……ごめんなさいっ! 早とちりしちゃって……」  
「詫びはいらねーからさ、お前の大人の毛、見せろよ。生えてんだろ?」  
「…………ぇええええええええっっっ!!!??」  
シルヴィアの顔から勢いよく火が出る。  
 
「あああああんた何言ってるか自分でわかってんの!? 嫌よ! ぜ〜ったい嫌っ!!」  
「あっそ。じゃ、他のヤツに頼もっかな」  
(他の?)  
シルヴィアの脳裏にアポロの血を吸うリーナの姿や、アポロに腰を抱かれていた麗花の姿がよぎる。  
つぐみやクロエ、ソフィアに他の女性エレメント達の姿もぐるぐると回り出し……。  
「………………………………ゎょ」  
「ん? 何か言ったか?」  
「見せてあげるわよって言ったのよっ!」  
言うが早いか、下着ごと一気にホットパンツをずりさげる。  
「こっ、これが大人の毛っていうの! 分かった!?」  
シルヴィアはさらに顔を赤くし、両目を固く閉じて出来る限りアポロから顔を逸らした。  
恥ずかしさからか怒りからか体を細かく震わせていたが、股間の茂みにささやかな風を感じて目を開くと――  
「あ……あ、あんた……何してんのよっ!!」  
「(クンクンクン)……ふーん、なんか変な臭いがすんだな」  
「何ですってぇっ! 私はあんたと違って毎日お風呂に入ってるのよっ!!」  
「んー……汗とはちょっと違うぞ」  
「え、ちょっと待……」  
シルヴィアの動揺を無視してアポロはさらに顔をシルヴィアの股間に近づけた。  
アポロの鼻息をさらに強く感じ、身をよじらせる。  
(『汗とは違う』……って、まさか、私……!?)  
 
「おい、あんま動くなよ。よく見えねーだろ」  
「も、もうじっくり見たでしょ!? あとは図書館で本を探……ぁッ!!」  
指先で茂みの奥にある肉芽をつつかれ、思わず上ずった声をあげてしまう。  
「……なんだこれ? ションベンとも違うよな?」  
己の指に絡みつくとろみのある液体をしばらく眺め、そのまま口の中に入れる――寸前で、  
今度はシルヴィアがアポロの手首を握り締めた。  
「そそそそれだけはダメッッ!! ねっ! お願いだからっ!! もう満足したでしょっ!?」  
「ん〜〜〜……」  
自分の行動を邪魔されるのは気に入らないものの、涙を浮かべるシルヴィアの姿を見ているうちに  
アポロの中で今までシルヴィアに抱いていたものとは違う感情が湧いてくる。が――  
「……わーったよ。これで終わりにしてやる」  
「ほ、本当!?」  
その言葉を聞き、シルヴィアは表情を一変させてホットパンツをはき直した。  
――“それ”を解放すると、シルヴィアと自分の関係が良くも悪くも全く違うものに変化してしまうだろう。  
今はまだ、ケンカしたりじゃれあったりするままでいたい。……今は、まだ。  
「そんかわり、今度昼飯に鳥のから揚げが出たらお前のぶんも俺によこせよっ!  
 あ、あの栗の乗ってる黄色っぽいケーキでもいいぞ?」  
「モンブランは私の好物よ! だ〜れがあんたにやるもんですかっ!」  
「食いすぎはデブのもと〜。あ、これ俺の独り言だから気にすんなよ?」  
「私は食べても太らない体質なの! あんたこそ食べすぎで太って、  
 そのうちシューターに詰まってベクターに乗れなくなるんだから!」  
ようやくいつもどおりの雰囲気を取り戻した二人を、夜空に浮かぶ星と森の小動物たち、そして不動GENが見ていた。  
 
「フッ……青いな」  
 
 

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