−ルージュ−
「気付いてくれるかな・・・?」
コンパクトの鏡、そこに映る自分の唇を見ていた。
ほんの一時間ほど前、私は慣れない手付きで唇に薄桃色の線を引いた。
鏡の中の、普段のそれとは違う自分。
上手く塗れているか心配で、つい何度も確認してしまう。
もう27になったのに、まるで十代の少女のようにそわそわして落ち着かなくて。
早く時間にならないかと思いながらも、こうやって待つ時間も嫌いでは無い自分に気付いた。
「ぷっ」
こんなにドキドキしている自分がおかしくて、思わず苦笑した。
好きなのだと、異性をこんなにも意識したのはどれくらいぶりだろうか。
仕事ばっかりしていて、恋なんて考えても無かった。
25を越えて、もう誰かに夢中になることなんて無いんだろうとか殺伐と思ったこともあった。
なのに好きになってしまった。
それも、年下の相手を。
不安だけど幸せで、ずっと傍に居たいと思えて。
嬉しくて、恥ずかしくて、ちょっとだけ戸惑ってる。
似合わないかな?と思いながらも履いてきてしまったスカート。
早く起きて用意した、いつもより手の込んだお弁当
彼を知ってから気を使い出した髪の毛。
好き。
私の全部が、そう伝えたがってる。
そんな風に考えてると、携帯電話からCanonが流れ出して彼からの着信を私に伝えた。
「もしもし」
「あ、純?もう少しで着くから」
いつもよりも少しだけ高ぶった声で挨拶をするのと、彼の声がするのはほぼ同時だった。
「わかった、気を付けて来てね」
そう言うとすぐに「いや、というかもう着いたよ」と返事が返ってきた。
目線を前に移すと、人ごみの中に彼を見つけた。
見慣れた、だけど見るたびに胸が疼く大好きな人。
「お待たせ」
「そんなに待ってはないよ」
お決まりの挨拶をすませて、二人で歩き出した。
「さて、どこに行こうか」
貴方とならどこでも良いよ
という言葉を飲み込んで「ん〜、まずは公園にでも行こうか」と答えた。
お昼になったら、お弁当を食べよう。
それまでに、口紅には気付いてくれるだろうか?
そんなことを考えながらもこっそり手を繋いで、なんとなく彼の顔を見ていた。
「あ・・・純?」
「何?」
「えっと・・・・・・」
少し困った顔をして目線を泳がせて、彼は人差し指で少しだけ頬を掻いた。
「えっと・・・今日の純ってすごく・・・」
ここから先は、秘密
ただ一つだけ教えるならばそう
彼のその一言だけで私は幸せになれる、といったところだろうか。
〜fin〜