遙「うん?」  
背後から近づく気配に『弓削遙』は振り向いた。  
隆士「遙さん、また1人で飲んでいたんですか?」  
予想通りの人物。『白鳥隆士』。遙も含めて、自分達のチームの中心となっている  
【マインドブレイカー】だ。  
20前後といった感じの細身の青年。一応男なのだが、何度見ても女に見える顔  
立ちだ。それに加え、穏やかな性格、丁寧な口調とあっては初対面で男と見抜けと  
いう方が無理だろう。・・・まぁ、そんな男だ。  
遙「よもや最年長者がちびっこ(二十歳未満)に酒を勧めるわけにもいくまい。  
ところで他の連中は?」  
遙が居間を出て、この離れの軒先に出た時は小雪と壱与が隆士にじゃれついていた。  
あのオコサマーズがそうそうこの遊び甲斐のある玩具を手放すとは考え難い。  
隆士「静流さんが寝かせつけました。・・・やはり昼間の戦闘がまだひびいていたんでしょう。  
最近は手強いのと連戦でしたから。」  
 
遙「・・・そうか。」  
アクエリアンエイジ開始以来世界中で激しい戦いが繰り広げられてきた。今では能力者の数も  
以前の3分の1にまで落ちている。それにより偶発的な戦闘の確率は大きく下がったものの、  
逆に一旦遭遇してしまえば、そのほとんどが生き残るに値する強大な力を持った  
つわものであるということも意味する。常に移動しているタイプはまだしも、隆士たちのような  
ひとつの神社に暮らしているものは場所を把握されやすく、厳しい連戦を強いられることもあった。  
隆士「遙さんももう休んでください。それに疲弊した体に酒は毒ですよ。」  
遙「馬鹿を言うな。昼間一仕事したからこその酒ではないか。硬いことを言っていると  
つまらんまま人生を終えることになるぞ?ほら、貴様も飲め。」  
隆士「・・・・・・」  
やれやれと言う面持ちで隆士も遙のとなりに腰をおろす。  
いつもの事だった。仲間の中で二十歳を過ぎているのは彼ら2人だけのため、  
必然的に飲む時は2人のことが多い。  
しばらくは虫の声も無いまま時間だけが過ぎる。2人ともわいわい騒いで飲むタイプでは  
ない。言葉無しでしか語れないものもある。2人にとってこの無言の酒宴はそういう時間なのだ。  
先に沈黙を破ったのは隆士だった。空になった大杯を遙に注ぎ足されない場所に置くと、  
月しか無い夜空を見上げながら問う。  
隆士「さっきまで何を考えていたんですか?」  
遙「以前、言葉にしなくても傍にいるだけで私が何を言いたいのかなんとなく解る、  
等と言ってなかったか?」  
隆士「僕に向けて言いたいことであれば、です。それに、流石に僕が来る前のことなんて  
わかりませんよ。」  
遙「・・・・・・」  
無言で身を乗り出し、隆士の大杯にぎりぎりまで酒を注ぐ。  
隆士「仕方ないですね・・・。」  
飲めば答える。これもいつもの事だ。  
なみなみと注がれた酒を一息で飲み干す。酒好きというわけではないが弱いわけでもない。  
 
遙「・・・くだらない、と思ってな。」  
隆士「何がです?」  
なおも空になった大杯に酒を注ごうとする遙の体を押しのけながら聞き返す。  
遙「何もかもが、さ。」  
隆士「そいつはまた、夢も希望も無いですね。」  
遙「ふふ、確かにな。しかし、どうもそう考えずにはおれんのだ。」  
一旦体を引いたかと思うと、自分の大杯の酒を飲み干すし、それに限界まで注いで隆士に差し出す。  
遙「大昔から争い続けてきた3勢力。アクエリアンエイジから参戦してきたE.G.O.・  
マインドブレイカー・イレイザー。やっとイレイザーを追っ払ったと思ったら次は極星帝国の侵略  
と来たもんだ。・・・冷静になって考えてもみろ。新人類に宇宙人、果ては異世界だと?  
馬鹿馬鹿しい。今日日(きょうび)三流物書きでもここまでちゃちな筋書きは思いつくまい。  
しかもその全てが「自分こそが世界を統べるに相応しい!」などと盲信して飽きもせずに  
戦争してると言うのだから笑うしかあるまい。貴様もそう思うだろう?」  
隆士「・・・・・・」  
問う言葉であっても返事を期待してのものではないと解っていた。隆士とて独白に  
口を挟むほど野暮ではない。代りに差し出された大杯を受け取り、一口だけ喉に流し込む。  
遙「不作で食い物が無い、日照りで水が無い、人口過多で土地が無い、等と言うなら・・・、  
許容はできんが解らんでもない。しかし、ただの示威欲やくだらん妄想で他を侵略するなど、  
まさに愚の骨頂。そもそも世界を統一してどうすると言うのだ?世界にはいくつもの種族がいて、  
それと同数の言語や文化、風習や伝統がある。それをひとつにするなど不可能だし、  
できたとしても非効率的で改悪としか言いようが無い。・・・奴ら『選ばれた者』とやらは  
そんなことも解らん愚か者揃いなのか?」  
そこまで言うと、まだ半分以上残っている隆士の大杯を奪い取り一気に煽る。すでに足元には  
3本ほど一升瓶が転がっているがその言動に酩酊の色は無い。  
 
 
遙「・・・と、まぁ、そんな事をうだうだと考えていたわけだ。これで満足か、若造?」  
龍士「意外でした。普段の言動を見てると、遙さんってもっと好戦的な人だとばかり  
思ってましたから。実は穏健派なんですか?」  
遙「フン、随分はっきりとモノを言うようになったじゃないか。・・・別に「暴力反対。  
どんな事でも話し合いで解決できる。」なんて事は言わんさ。ただ、必要の無い殺し合いに  
命をかけるなど馬鹿らしい、というだけの事。人間などというものは本来割と手軽に満足できるものなのだ。  
何故奴らにはそれが解らんのだろうな。」  
自分で決めた大人が何百、何千と自分の理想に殉じようと知ったことではない。  
しかし、組織の一員として生まれながらにして戦う運命にある者や、マインドブレイカーに  
無理やり戦わされている者もいる。それがたまらなく口惜しく、また、それを止める手立てが同じように  
戦ってこの戦いを終わらせる事しかないのが悔しい。結局遙と隆士も小雪や壱与のような子供を  
戦わせている以上何ら加害者達と変わらない。  
隆士「遙さんの『割と手軽な満足』って何ですか?」  
遙「あ?」  
隆士「人間など、という事は遙さんもその中に含まれているんですよね?では  
その遙さんの手軽な満足ってなんですか?と聞いているんです。」  
遙「フム・・・、そうだな・・・。挙げればいくらでもあるが。」  
2人の大杯に酒を注ぎながらしばらく思案。  
遙「例えば、『美味い酒』と、『良い風の吹く軒先』と、『不快でない飲み仲間』がいれば  
それだけで十分満足できるのではないか?」  
言いつつ隆士に大杯を渡してニッと笑う。邪気の無い笑顔。20代半ばになるはずなのに、  
こういう顔をするとまるで悪戯好きな少女のように見える。  
 
隆士「なんですかそれ?3つも挙げてる時点で十分欲張りですよ。」  
苦笑いしながら大杯を受け取る。ただし口はつけない。  
だが、遙の言わんとする事は解る。・・・痛いほど、よく解る。  
ごく平凡でささやかな幸せ。望めば誰もが手にする事のできるはずだった平穏。  
彼も数年前まで持っていたもの。マインドブレイカーの素質があったというだけで  
奪われたもの。・・・今なお取り戻す事を願い続けるもの。  
きっと誰もがこの戦いの中で大切なものを失っているのだ。なのに誰も戦う事を止めようと  
はしない。むしろ、それ故にやめる事ができないのかもしれない。そう考えると確かに  
何もかもがくだらなく感じるだろう。  
隆士「せめてひとつに絞りませんか?」  
遙「ひとつか・・・。ならば3つ目にしておくか。」  
そう呟くと一口酒を口に含んで・・・。  
隆士「・・・え?」  
遙の顔がすっと近づいてくる。そう認識した次の瞬間には唇で唇をふさがれ組みふされていた。  
隆士「・・っ!?・・・・っっ!!・・・っ!?」  
予想外の事に錯乱している間もなく、口移しで酒を飲まされる。  
隆士「な、何するんですかっ!!」  
口の中の酒を無理やり飲み干して反論するも、どうしても声が裏返ってしまう。  
遙「これくらいでなんだ。よもや初めてというわけでもあるまい?」  
隆士「・・・・・・」  
遙「・・・なんだ、そうなのか?やれやれ、女々しい面をしているからもしやと思っていたが、  
情けない奴だな。」  
隆士「悪かったですね。別に関係ないでしょう、遙さんには。」  
遙「少しからかってやるだけのつもりだったが、気が変わった。ついでだから貴様の童貞、  
私が貰ってやろう。」  
隆士「っ!?」  
それまでふてくされたようにそっぽを向いていた隆士だが、最後の言葉に反応して  
急に遙を押しのけた。  
隆士「・・・これ以上はダメです、遙さん。」  
遙「どうした。他に意中の相手でもいるのか?」  
隆士「そうじゃなくて・・・。僕は、マインドブレイカーだから・・・。」  
 
マインドブレイカー。能力者を支配し、思いのままに操る能力者。その特殊な資質は  
無意識の内に他の能力者を魅了する。そして近寄ってきた能力者をその毒牙にかける。  
それが隆士にとってのマインドブレイカーのイメージだった。自分も知らずの内に仲間達を  
惑わしているのかもしれないと思うと、どうしても好意を素直に受ける気にはなれない。  
遙「なるほど、他の連中に言い寄られてもなにやらうまく受け流していると思ったら  
そういう訳か・・・。まぁ、その気持ち、解らんでもないが。」  
のそのそと起き上がろうとする隆士の襟を掴んで再び引き寄せる。  
遙「私を・・・、この弓削遙を舐めるなよ、若造。貴様のようなひよっこに私の心を好きなように  
できると思うてか。はっ、とんだ自惚れだな。むしろやれるものならやってみるがいい。  
・・・あとは貴様の心持次第。貴様は私をどう思っているのだ?」  
隆士「・・・答えの解っている質問は無粋ですよ。」  
隆士(どうもこの人にはかなわない。)  
いつだって遙は隆士が精一杯考えている事を理屈もへったくれもなくひどく簡単に切って捨てる。  
しかも性質の悪い事に、その乱暴なガキの屁理屈が結論としてまちがっていたためしがない。  
隆士「そういう遙さんこそ僕の事どう思ってるんです?」  
遙「うん?・・・そうだな、出来の悪い弟といったところか。」  
自分に好意を寄せている相手に対しても躊躇無く残酷な本音を吐く。そんな裏表の無い  
率直さも憧れた理由のひとつなのだからなんとも言えないが。  
隆士「いつかちゃんと振り向いてもらう予定なんで、弟ごときに体を許さないで下さい、ったく・・・。」  
遙「いつか振り向かせるなら早かれ遅かれ結果は同じだろう。それとも怖気づいたか、童貞野郎。」  
隆士「後悔しても・・・、知りませんからね?」  
遙「問題ない。さぁ、かかって来い、若造。」  
 
 
続く  
 

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