雨の日にまっくら山に近づいちゃいけないよ、あそこはとっても危ないからね。  
 
いつだったか、ひとりで出かけようとした時にそんなことを言われたのを今更になって思い出す。  
優しくもしっかりと言い聞かせようとするその声が、山彦のように脳内に響いた。  
 
ぴたん、ぴたん――天井岩から突き出した鋭い円錐型を辿り、地下水が地面を少しずつ抉っていく。  
太陽の光すら入り込めないほどに奥まった洞窟には、雨宿りのために駆け込んだはずだった。  
ではなぜ、姉の胸の中で妹は濡れているのか。  
そう、妹は姉の腕の中で濡れていた。水にぬれて密に濡れて蜜に濡れて汗に濡れて熱に濡れて欲に濡れていた。  
ロールパンナの全身は、緑に一滴黒を落としたような色をした植物にぎちぎちと縛られ、呼吸すらもままならない状態だ。  
腕だけは胸の中のメロンパンナに回され、しかしその腕も妹の体ごと太い蔓にまとめられている。  
「おねえちゃん、おねえちゃん、おねえちゃん―――!!」  
そうやって姉を呼ぶためでないと息すら吐き出せないかのように、メロンパンナは荒い息の最中、何度も何度も叫んだ。  
 
気を失う一歩手前までぼろぼろにされたロールパンナの手から、黄色いリボンが滑り落ちる。  
からん。空っぽの空間に軽い音を奏でてそれは地に転がった。  
ばいきん草を心に携えながら、愛の花を持つ半端者のロールパンナを、この異形は気に入らなかった。  
その反対に、愛の花の蜜だけをたっぷり練られてつくられたメロンパンナをいたく気に入り、手に入れようとした。  
それを許すはずがなく、全力をもって攻撃してくるロールパンナの懐にやすやすと一撃を与え、  
まるで弱者で遊ぶかのように痛めつけ、宙に吊るし上げる。  
姉の名を叫びながらロールパンナに飛びついたメロンパンナの背後に、太い太い蔓が忍び寄る。  
 
「おね……ああぁ! いっ…か、は……」  
メロンパンナの小さな手が、ロールパンナの肩口にかかるマントにしわをつくる。  
姉の服は突出した岩にぶつけられ、地に叩きつけられ、ずたずたになっている。  
対する妹は、下半身を覆う部分だけを局地的に破られ、他は僅かに傷がついているだけだ。  
光の差し込み方を違えば見えないような、  
僅かに刻まれただけの彼女の切れ込みには不釣り合いなほどに肥えた植物が、  
その巨体をくねらせて何とか彼女の中に入り込もうとしていた。  
「いや、いや、いや」  
ぷちりぷちりと先端から雫をつくって溢れ出る蜜を擦りつけられ、  
メロンパンナはその愛らしい大きな瞳をぎゅうっと閉じる。  
その声には、今までずっと姉の名を呼んでいた時のような張りも、声量もなかった。  
叫ぶのも疲れたのか、それとも声が嗄れたのか。  
「はっ、うぅん、く、は………」  
否。その声は、実の姉を魅了し会う人全てに愛しさを抱かせてきたその姿は、  
庇護すべき彼女とは最も離れたところにあったはずの色にまみれていく。  
いつもの甘い声とは質が違う、醜態でありながらも甘美な姿。  
ぜえはあと、吐き出す一方でまともに吸っていないメロンパンナの息が、  
ロールパンナの胸に薄い布越しで熱を持たせる。  
 
いつもよりも甘ったるく感じるメロンの香りが、  
ロールパンナの鼻先で上下するメロンパンナのつむじから直に姉の鼻孔へと忍び込む。  
何やら恐ろしい薬品を嗅がされたかのように、その香りが口内に脳内に体内に広がるにつれて、  
ロールパンナの体はただでさえ痛めつけられすぎて麻痺していたのに、更に感覚を鈍らせていった。  
「ふぁあ!!」  
耐えきれず、メロンパンナはロールパンナにますます強くしがみ付く。  
隠すように、侵入を拒むようにぴったりと太ももを合わせたままで、  
力を入れられずにだらりと垂れたロールパンナの下腹に熱くなったそこを押し付けた。  
途端に頭のてっぺんからつま先まで駆け抜けた微弱な電気にロールパンナは、  
はっと、それまでよりも一層大きく目を見開く。  
妹を守る、今までまるでそれが使命であるかのように生き続けた彼女の全てが、  
眼球のすぐそばで、あられもない姿を晒している。  
それも、淫猥で、言葉すら通じない、下劣な、たかが葉緑体の塊に――!!  
「あっ、あ、あ、あ。あ」  
喘ぎながらあくあくと口を動かし、メロンパンナは足りない酸素を何とか取り入れようと必死になる。  
きつく閉じられた瞳からはぼたぼたと涙が溢れ、まあるい顔を伝ってふたりの服を濃く色づけた。  
いきなり、額に額がぶつかる。反射的に顔を上げると、唇に唇が、噛みつく勢いで合わさって来た。  
「っ……!?」  
邪魔な覆面をむしり取り、ロールパンナはメロンパンナに口づける。  
妹の体を取り囲むように縛られていた彼女の腕は、今この時だけ頑丈な触手をぶち千切ったのだ。  
濡れそぼった瞳に、伏せられた姉の瞳が大写しになる。  
「ん、んー! ンんんぅ、むあ、…ん……」  
最初に上がった声は、差し込まれる舌に驚いただけ。あとはもう碌な抵抗もなく、妹は姉にされるがままだった。  
母鳥がひな鳥にえさを与えるように、ロールパンナは熱心にメロンパンナに舌を絡ませる。  
じた…と一瞬だけ、メロンパンナの足は逃げるように宙をかいたが、直にくたりと垂れ下がった。  
ぐちゅ、ねたぁ…。  
「……ふあ、あ……ああ」  
じぷ、ぐぬっ…。  
「あ、はあ…」  
ぐなぐなと舌をうねらせ、いつも冷酷なロールパンナの、一番あっつい塊が意思を持ってメロンパンナを包み込む。  
下半身では未だ蔦がメロンパンナをねぶっていて、彼女は姉と口づけを交わしながら、  
その姉の口内だけに、外に漏れないように揺れる声を吐き出した。  
どんどん酸素を奪われていって、正体不明の怪物に弄ばれてもなんとか持ちこたえていた意識が、  
姉とのその行為によって遠のいて行く。  
「おねえちゃん……」  
意識に振り落とされる直前、メロンパンナはそう呟いた。  
かくんと倒れかかってきた体を、ロールパンナは抱きとめる。  
「私の、この子は、私のもの」  
焦がれていたものを千年越しにようやく手に入れたかのように、夢見るようにロールパンナは目を伏せた。  
 
 
 
おそまつ  
 

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