「こう、インパクトの直前に手首を返して」  
 鞭を持つアンジェの手をとって、ニクスが数回動きを模範して見せた。  
「振り下ろす勢いではなく、鞭のしなりを利用するのがコツです」  
「はい」  
「では…」  
 アンジェに返事を聞いたニクスは、床に四つん這いになる。  
「えいっ!」  
パシッ  
 と、背中を打つ鞭が乾いた音を立てるが、ニクスは満足しなかった。  
「もう少し、手首を返すタイミングを早くしてみてください。マドモアゼル」  
「は、はい! ……えいっ!」  
ピュッ バシンッ!  
「ガァ… ア…」  
 空を切る音を前置きにして、今度は鞭が背中が弾ける。うめき声をもらしたニクスが、  
ビクリと崩れ落ちかけて、動かなくなる。  
「そ、そうです。今の調子を忘れないで」  
 真一文字のミミズ腫れを背中につけながら、ニクスは続行を要求する。  
「えいっ! えいっ!」  
「アァ… アアッ!」  
 要領を得たアンジェの鞭が、さらに鋭さを増してニクスの背中で弾ける。  
「ハァ… ハァ… その調子で、今度は踏みつけてください」  
「あ、ハイ!」  
 返事をする明るい声は、アンジェの心の素直さから生まれるものであろう。  
だが、それすら己の性欲の捌け口に利用せんとするのがニクスである。  
「お待ちなさい、靴は履いたままで」  
 ブーツの靴紐に手をかけたアンジェを、ニクスが制する。  
「え? いいんですか?」  
「ええ、ヒールの部分を使って、蹴飛ばすくらいの勢いで一思いにやってください」  
「わかりました… いきますよ?」  
ガッ!  
「アアアァァァァァッ♥!!」  
 相当に勢いがついていたのか、アンジェに足蹴にされた拍子に、  
床に顔を打ちつける格好になりながら、ニクスは一際大きな声をあげ、  
フルフルと腰を振るわせた。  
「えいっ! えいっ!」  
「アアッ♥! アアン♥!」  
 そこへさらにアンジェの鞭が振り下ろされ、ニクスの矯正が室内に響く。  
 
「おい… あれにどこが、“護身のための鞭の練習”なんだ?」  
「………」  
 レインの冷静なツッコミに一切耳を貸さず、ヒューガは、槍(肉槍ではない)を磨いていた。  
「シカトすんな。…オイ!」  
 ジェイドのほうへ、視線を向けるが、  
「Zzzzz…」  
 ジェイドは寝息を立てる。  
「寝たフリすんな」  
 
 ひだまり邸の和やかな午後である。  
 

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