――彼の家の裏庭には、大きな楡の木がある。  
 
その日、クラヴィスには外出の予定があった。正門から出るよりも、  
裏口から出た方が近い。だから彼は、裏庭を通った。  
その中央にそびえ立つ、大木。  
穏やかな風を受けて、葉を揺らす――いつもどおりの風景。  
 
否。  
 
「……。」  
切れ長の瞳が見慣れぬものをとらえ、クラヴィスは足を止めた。  
 
楡の木の下に、何かがいる。  
ゆっくりと近付いていくが、それはぴくりとも動かなかった。  
 
庭に現れた珍客。それは、一人の少女だった。  
 
細い足を投げ出し、幹に寄りかかり座って、いや、眠っている少女は、  
名をアンジェリーク・リモージュという。無邪気な寝顔を晒す彼女は、  
こう見えても、この宇宙の運命を変えるやもしれない存在だったりする。  
なにしろ、次期女王候補として、聖地に導かれた女性なのだから。  
 
――しかし今の彼女は、ヨダレも垂らさん勢いで惰眠を貪る、  
ただの子供であった。  
 
アンジェリークまであと一歩ほどの距離まで近付くと、クラヴィスは  
ひょいとしゃがみこんだ。そして、屈めた膝に肘を付き、少女の寝顔を観察する。  
 
わずかに開いた唇からは、規則的な寝息が聞こえてくる。  
木漏れ日を受けた彼女の髪は柔らかく輝き、そよ風にゆったりと揺れた。  
 
心配事なんて何もないような、安らかな表情。  
だけど――。  
 
クラヴィスは知っている。  
夢の世界では安穏と過ごしているであろうこの少女が、  
現実では真逆の状態であることを。  
 
知らない土地へ呼びつけられ、突然の試験を強いられる。  
明るく振舞う彼女の身の内は、極度のストレスと疲労でボロボロに  
傷付いているはずだ  
 
だが、その苦労は着実に身を結んでいる。  
恐らく、近日中には、新しい女王の名が発表されるだろう。  
――アンジェリーク・リモージュ、と。  
 
「このような子供が、な…。」  
柔らかな頬をつんつんと突付いてみたが、少女が目を覚ます気配はない。  
 
「しかし、面白い顔だ…。」  
彼女と自分が同じ生き物だとは、時々思えなくなる、クラヴィスであった。  
 
「……。」  
 
――どれだけ伸びるだろうか。  
少女のほっぺたをびろーんと引っ張っていると、その上に付いていた睫が震え、  
やがて瞼が開いた。  
 
「…?なんか…痛い?」  
もやのかかった瞳を何度か瞬かせながら、アンジェリークは頬を押さえた。  
腑に落ちない顔だ。  
彼女が目を覚ます瞬間に、素早く手を離したクラヴィスは、  
何事もなかったかのように声をかけた。  
 
「起きたか」  
「うあ!」  
 
クラヴィスが目の前にいたのに気付かなかったらしい。  
少女は仰け反り、同時に、正気を取り戻した。  
 
「な、なんで!?クラヴィス様がここに…!!」  
「ここは私の家だ。この不法侵入者め」  
「うっ…。そうでした…。ごめんなさい」  
 
アンジェリークはそう詫びると、しおしおと俯いてしまった。  
 
「なぜ、こんなところで寝ている?」  
「ご、ごめんなさい…。つい…。」  
 
確かに眠くもなるだろう。目の下にはクマができているし、  
 
顔色も冴えない。  
 
「なぜ私の家なのだ。帰って寝ればいいだろう」  
「えっと…。」  
 
アンジェリークはもじもじと指を組んだ。  
 
「…クラヴィス様のおうち、マイナスイオンが出てるって噂、  
聞いたことがあって…。目覚めがいいかなって…。」  
「――信じるな」  
 
まぁ、彼女のそれは、本当の理由ではないだろう。  
クラヴィスだって、それなりの年齢を生きている。  
少女から寄せられる淡い想いに気付かないほど、朴念仁でもない。  
 
――つらいとき、苦しいとき、愛しい者に寄りかかりたくなる  
気持ちは分かる。  
 
「しかし、いくら昼間とはいえ、若い娘が無防備に寝姿を晒すのは、  
どうかと思うが」  
「え?」  
「お前にイタズラをする輩が、いないとも限らないだろう」  
 
アンジェリークはきょろきょろと周りを見渡し、不安そうな顔をして言った。  
 
「ここ、タヌキとかキツネとか、出るんですか?」  
「――どこの田舎だ。  
そうじゃなくて、人だ。痴漢とか、変質者とか、そういう類の」  
 
すると彼女はけらけらと笑った。  
 
「はは。皆さん、立派な方々ですよ。大丈夫です」  
 
それを聞いた途端、クラヴィスの目がすっと細くなる。  
 
「それはどうかな」  
「え?」  
 
思ってもみない返答を喰らい、アンジェリークはきょとんと目を丸くした。  
 
「お前が迷い込んだ、ここは、闇の守護聖の庭。――獣は闇に姿を隠すものだ」  
「…は、はは……!クラヴィス様ったら…!  
も、もしかしたら、クマが出るとかですか…?」  
 
「……。」  
動物シリーズのボケに、クラヴィスは反応すらしなかった。  
ただ微笑むだけだ。  
 
「…クラヴィス…様?」  
黙っているだけでも迫力たっぷりの表情に、アンジェリークの笑いも引きつった。  
 
「――ほら」  
クラヴィスはいくらか芝居がかった仕草で、彼女の頬に手を伸ばした。  
 
長い指が伸びてくる。  
アンジェリークはそれを不思議な気持ちで見詰めていた。  
 
やがて、彼の指が自分に触れる。  
――暖かい。  
 
クラヴィスはなでなでと、子猫や子犬を愛でるような仕草で、  
少女の頬を撫でた。  
 
――気持ちいい。  
アンジェリークは瞼を閉じ、その感覚に身を委ねた。  
 
そして再び目を開けたとき。  
 
――そこには、漆黒が。  
 
「!」  
クラヴィスがごく近い場所で自分を見ている。  
 
「あ……!」  
美しい彼の瞳から目を逸らすこともできず、アンジェリークは固まった。  
そんな彼女にできることと言ったら――。  
 
 
飲み込まれることだけ。  
 
 
「捕まった、な」  
 
何に?獣に?  
――クラヴィス様に?  
 
その問いを発することも叶わず、アンジェリークの唇は塞がれてしまった。  
 
「ん…っ!」  
キスなんて初めてするのに、彼のそれは濃厚で、遠慮がなかった。  
すぐに入り込んできた舌で、溺れそうになる。  
アンジェリークは首を振って逃れようとするが、顎を掴まれ、封じられてしまった。  
 
「んっ、ううう…!」  
苦しいような、切ないような。  
だが、不快ではない。――悔しいけれど。  
 
そう。  
密かに恋していた相手から、口付けをされたという事実に、胸が躍る。  
 
「…ふあ……。」  
改めて深く口付けられ、口内を蹂躙され尽した頃には、  
アンジェリークの体からは力が抜けていた。  
 
「よしよし…上手だ…。」  
クラヴィスは少女の柔らかい舌を自らのそれで誘い出し、  
お互いを絡め合いながら、満足そうに言った。  
 
そして、手を動かす。  
肩から胸。  
そして、スカートの中へ。  
 
「!」  
アンジェリークは咄嗟に足を閉じた。  
男の指は慌てず、閉じた足の境い目をなぞっている。  
ここを開けてくれとねだるように。  
 
「んっ、うう…ん…!」  
くすぐったさと、未知の感覚の間で、アンジェリークは震えた。  
 
クラヴィスの舌は、まだ自分の舌に絡んでいる。  
頭がぼーっとしてきたのは、酸欠のせいではあるまい。  
いつの間にか、彼女は、男の愛撫に応えながら、  
上手に呼吸できるようになっていたのだから。  
 
「闇の庭に来たのは、眠りたかっただけではあるまい…?」  
「え…?」  
「癒されたかったのだろう?…私に」  
「……。」  
 
――お見通しなんだ。  
そう知ったとき、アンジェリークの足は緩んだ。  
それを見計らったように、男の指が入り込む。  
 
「いいコだ」  
彼は、秘裂に沿うように、アンジェリークの敏感な場所を撫で上げた。  
 
「あ…!ああ…!」  
 
――濡れている。  
自分でも分かった。  
 
男の指が楽しげに動くたび、下着が汚れていく。  
――自分がいやらしいから、汚れてしまうのだ。  
 
「あっああっ…。ダメ、です…。」  
 
うそつき。  
もっとして欲しいって思っているくせに。  
 
だらしなく大きく開いた足が、その証拠。  
もっともっと触って欲しい――。  
 
 
 
試験なんて、どうでも良かった。  
ただ、あなたの側にいたいだけ。  
 
でもそれを言う勇気がなくて、「女王になりたい」なんて。  
 
 
――私は嘘つきだ。  
 
 
 
「ん…ああ…!!クラ、ヴィス様…!」  
「ふふ…。触って欲しいのか」  
 
下着の上からでも分かるほど大きくなった淫核を擦ってやると、  
触れている布地の湿り気が増した。  
 
「いやらしい娘だ。一体どんな淫夢を見ていたのやら」  
「ち、違い…ます…!これは…!クラヴィス様のせい…!」  
「人のせいにするな。お前が感じやすいからいけないんだろう?」  
 
そう言うと、まるでおしおきのように、クラヴィスは彼女の乳首を服の上から摘んだ。  
 
「や…!」  
 
彼はくすりと笑うと、少女に軽く口付け――解放した。  
 
「…え?」  
 
体中を戒めていた快楽が、霧散する。  
 
――なぜ?  
アンジェリークはクラヴィスの顔を見詰めたが、彼は無言で立ち上がった。  
その背にしょった陽が――アンジェリークには、自分を嘲笑っているかのように見えた。  
 
「と、このように、私の家の庭は、危険がいっぱい…というわけだ」  
 
けだるい声はいつもどおり。  
アンジェリークは戸惑った。  
 
「は、はあ…。」  
「これに懲りたら、二度とここで寝ないように」  
 
そう言うと、クラヴィスは無情にも背を向けて歩き出した。  
 
何とか言ってやりたいが――何を?  
もっと、とか、続きを、とか?  
 
そんなこと、言うわけにいかないだろう。  
アンジェリークはきゅっと唇を噛んだ。  
 
仕方なく、彼の足元を見守る。  
ゆるゆると動く長いローブが、ふわりとわずかに巻き上がった。  
視線を上に動かすと、クラヴィスは振り返り、こちらを見ていた。  
 
「!」  
「――次はどうなるか、分からないぞ?」  
 
彼は最後にもう一度微笑むと、裏門から出て行ってしまった。  
 
「……。」  
庭に吹き渡る風は、すっかり冷たくなっている。  
アンジェリークは、しばらく体を動かすことができなかった。  
 
 
 
――お前が望むなら、私は安らぎを与えよう。  
 
 
 
彼の言うとおり、翌日も快晴だった。  
 
クラヴィスの足は、再び裏庭に向いた。外出の予定はない。  
 
――ただ。  
 
楡の木の下に目的の影を見付け、彼はふっと微笑んだ。  
 
「懲りない奴だ」  
 
少女の前に立ち、言い放つ。  
楡の木の下に腰を着けたアンジェリークは――今日は眠っていないようだ。  
両の眼に強い意志を載せて、クラヴィスを見上げている。  
なんだか少し怒っているようだ。  
 
「寝ていないのか」  
「…寝れるわけ、ないでしょう」  
「そうだな。屋外で寝るには、今日は少し涼しいか」  
「……。」  
 
分かっているくせに、とぼけたことを言う男に、少し腹が立つ。  
自分はもう――彼が現れただけで、昨日のことを思い出し、  
熱くなり始めているというのに。  
 
不意に彼が手を伸ばす。  
 
「え?」  
首を傾げながらも、アンジェリークはそれを取った。  
 
「仕方がないから、もっといい寝所を提供してやろう」  
「どこですか…?」  
「私の寝室だ」  
「…!」  
 
クラヴィスが歩き出し、アンジェリークもその後を歩く。  
 
 
望む者に、闇の安らぎを与えるのが自分の仕事。  
――例えその先が、堕ちるだけでも。  
 
 
そうしなければ、手に入らないものもある。  
従順についてくる足音を聞きながら、彼は静かに笑った。  
 
【終】  
 
 

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