「レイン、入るわよ?」  
 
あの一件が終わっても、アンジェ、そして共に戦った仲間も変わらず皆で陽だまり亭で暮らしている。  
レインも相変わらずで、研究に没頭すると最後、食事すら摂ることを忘れてしまう。  
今回も部屋に籠りっきりで外出した様子もないし、なによりもう2日顔を見ていない。  
空腹でフラフラになって倒れ込んでいるのが容易に想像がついた。  
出来る限り彼の邪魔をせず、尊重してあげたいのは山々だが、  
せめて食事くらいは摂らないと困るし、なによりアンジェも構ってもらえない寂しさが募っていた。  
 
昼に置いていった時に声をかけても生返事で、結局手つかずの冷えた軽食を脇目にアンジェがため息をつく。  
流石に意地でも食事くらいは一緒に摂ろうとノックしても返事のない部屋の扉を開けた。  
「あのね、ごはん持ってきたの。一緒に食べない?デザートもあるわよ」  
案の定、レインは付箋が大量に貼られたファイルを枕にベッドに突っ伏して寝ていた。  
ここで暮らし始めた頃から変わった事と言えば、アンジェとレインの関係が『仲間』から『大切なひと』に変わった事。  
あと、レインはこのところ本来の研究に加えて、最近は財団関連に始まり、  
仕事が増えてひどく忙しい。ここ暫くろくに休んでいない様子だった。  
「…ほんと困った人ね」  
漂う料理のいい匂いに気付いたのか、レインが薄らと意識を戻す。  
「ん…あぁ…アンジェか?」  
顔にファイル形に痕を付けたレインがぐうと腹の音を大きく鳴らすのが聞こえると、アンジェはくすりと笑う。  
「もう。お仕事も大事だけど、ちゃんと食べてっていつも私もみんなもいってるでしょ?」  
「…悪い」  
「さ、ご飯食べましょう?おなか空いたでしょ?」  
 
しかし、食べ始めたは良いが、起き抜けでどうにもペースが上がらない。  
スプーンを持つ手もどこかおぼつかないし、話をしていてもどこか上の空。  
「…レイン」  
流石のアンジェも堪忍袋の緒が切れた様子だった。  
「そんなに食べられないなら、食べさせてあげましょうか?」  
そう言うとつった笑顔でアンジェはあーん、とスプーンを差し出す。  
呆としたレインは言われるがままスプーンに口に付けるとおいしいな、と返すが  
まだ寝ぼけているのか、いつものように小恥ずかしさを見せる様子はない。  
 
「レイン、アンジェ。もう食前酒にはならないかもしれ…」  
半分開いたままの扉を見て、親切心で差し入れをしてくれたヒュウガに罪はない。  
しかしタイミングが悪い所に来てしまったのは明白で、ヒュウガも一瞬凍り付く。  
「…ない、が」  
「…あ、ありがとう…」  
「…悪いな、ヒュウガ」  
バカップル丸出しの所を見られ、アンジェが青ざめる。  
気まずい視線と空気にやっと事態を把握したレインはそのまままたベッドに倒れ込みそうになりつつも、  
やっとヒュウガからグラスとボトルを受け取る。  
「…ニクスが地下のワイナリーで見つけた秘蔵品だそうだ」  
「そうか」  
罰が悪い事この上なく、ヒュウガは極力何も見なかった様子を装い言う事を言い、置くものだけ置くと踵を返した。  
ヒュウガの視線がどこか遠く、フラフラと部屋を出、扉を閉じた後に溜息が聞こえたのは気のせいではないだろう。  
一瞬沈黙が流れるが、足音が遠のくのを確認するとせっかくだから、と栓をあけグラスに注ぎ乾杯する。  
「…すごい。綺麗な深い色」  
「エクセレント!…これは本物だな」  
どうしても悪酔いするのが目に見えているので少しずつ飲み進めるアンジェに  
悪戯心が湧いたレインは不意に口移しで飲み下させる。  
突然触れた唇から伝う液体にアンジェはむせずに飲み下すのが精一杯だ。  
「…〜っ!?れっ、レイン!」  
「嫌か?」  
かっと顔を赤くしたアンジェは小声で「…嫌、じゃない…けど」と呟いた。  
顔が赤いのはワインの所為だから!と最後に強がってみせる。  
未だキスひとつで真っ赤になる初々しいアンジェが愛らしく、愛おしい。  
 
年代物のワインをあおり、やっと落ち着きを取り戻したレインも二日の空腹を満たすため  
アンジェお手製のリゾットをかき込んだ。  
しかし、アンジェの運んできたトレイを見ると、アンジェお手製であろう一番の楽しみの「あれ」がない。  
「そういえば…デザート」  
「!…やだ。私、忘れてきちゃった…せっかく作ったのに。取りにいってく…」  
立とうとしたアンジェの腕を掴んで引き止め、レインは口付けた。  
「いや、いいさ。お前をもらうから」  
「…レインっ!」  
そのままベッドに沈め、口付ける。  
アンジェの甘い匂いに惹かれるかのようにレインはアンジェを求めた。  
唇から耳元、喉元へと舌と唇が伝う。舌と、かかる吐息にアンジェはピクンと震えた。  
「んっ…レイ…ンっ…!やぁんっ…」  
タイトなワンピースの背中を緩め、ボリュームのあるスカートに手をかけ脱がせようとした瞬間だった。  
 
「アンジェー?キッチンにデザート忘れていったよね?せっかく作…」  
ノックから間髪入れずにドアを開く。何故待ってくれないのかとレインは再び凍り付いた。  
満面の笑みで「きっと美味しいよー」と入ってきたジェイドと、ベッドでまさかのお取り込み中のレインの目が合う。  
…いくら何でも気まずすぎる。  
ジェイドは「…置いとくね?」と一言告げると入り口のチェストの上に置き、そそくさと退散する。  
しばらくして、ジェイドの部屋の方から扉がバタンと閉まる音がした。  
またもや沈黙が流れる。今度こそ顔を真っ赤にして意識が遠のきそうなアンジェにレインはぼそっと一言呟いた。  
「…まぁ、今更気にする事もないさ。ところでデザートはなんだ?」  
「えぇっ!?」  
気にしないの!?気にしましょうよ!とアンジェは口をぱくぱくさせつつ、さっき忘れてきたデザートを手元まで運ぶ。  
「アップルパイじゃなくてごめんね。えっと、ここに木いちごのソースをかけてもおいし…」  
「そうか」  
再びアンジェをベッドに沈める。  
「…ちょっと、レインっ!」  
「言ったろ?デザートはお前だって」  
勿論こっちも美味しそうだけどな、と言うと今度こそワンピースを解き、抵抗する間もなく  
あれよあれよと下着も外され、小振りながら形のいい胸が姿を現した。  
「…あぁ、でも折角だから頂こうか」  
「なにをすっ…やぁん!」  
アンジェの胸の尖りを赤いソースが覆う。ひんやりしたソースに一瞬ビクンと体が反る。  
その胸の尖りを丹念に吸い、舐め上げるとアンジェは甘い声を上げる。  
「…やっ、んっ!あぁんっ、レインっ!」  
「美味いよ、アンジェ」  
「そんな事じゃなくてっ…んんっ!」  
間が悪くまたコンコンと戸を叩く音がした。  
 
「アンジェ、レイン。食後のお茶はいかがですか。胸焼けするでしょう」  
「っ!?」  
「ニクス…悪い。手が離せないんだ」  
「おや?」  
何の謀略か、日頃の行いか。ここまで横やりが入ると流石に頭が痛い。  
思わずアンジェはシーツに包まる。入り口までトレーを受け取りに行ったレインは  
少々苛立ちながらもニクスから受け取ったティーセットを室内に運び入れた。  
薄暗い灯りと、上はタンクトップ一枚で最低限しか扉を開けないレインに、  
流石に状況を察したニクスは意地の悪い声といつもの不敵な笑みでレインをからかう。  
「夜も遅いですし、程々でお願いしますよ?何事も…ね。この館、決して新しくないから音も響きますし」  
「なっ…」  
ニクスはいけしゃあしゃあと涼しい顔で言ってのけると最後に一言付け加えた。  
「冷える前に飲んで下さいね。せっかく用意した特別な茶葉でいれましたから」  
「…分かった、悪いな」  
確かにさっきからハラハラする事の連続で喉が乾いてないと言ったら嘘になる。  
温かいティーポットから漂う香り高い紅茶はちょうど良かったのかもしれない。  
 
シーツからアンジェが這い出て、肩からブランケットをかけると、  
仕切り直すのに一息つこうと、レインは綺麗な紅い色のお茶を注いだ。  
いつも館で飲んでいる味ではないからなるほど「特別な」お茶なのだろう。  
「あったかい…」  
アンジェの顔も自然と綻ぶ。「うまくいかないわね」と苦笑いをするとおかわり、ともう一杯カップに注ぐ。  
 
しかし、飲んでしばらくすると横に座るアンジェの様子が変わった。  
「ねぇ…レイン。まさかと思いたいけど…」  
…2人とも、ニクスがそんな一筋縄でいく相手ではない事は失念していたようだった。  
アンジェの目が潤み、とろんとした表情で頬が上気する。  
「…まさか」  
ニクスが『特別な』と、わざわざ前振りをしていくのだから何かがあるとは思っていたが、  
せいぜい遠方から取り寄せた希少な茶葉だろう…というレインの予想は大きく外れた。  
(やられた…何使ったんだ、ニクス…!)  
恐らく催淫作用がある茶葉でも使ったか、ポットに薬でも溶かしたのだろう。  
ここまで何度となく妨害され、焦らされた2人には少々度が過ぎた代物だった。  
ニクスの茶目っ気なのか―もしくはヤケなのかもしれないが―  
そもそも何故ニクスがそんなものを持っていたのかまでは知る由もないし、  
なにより今はそんな所まで神経が回らない。  
 
「レイン、どうしよう…体、変なの」  
腕にもたれ掛かってきたアンジェの頬ののぼせるような熱と吐息にレインも体と、ボトムの下の己自身が熱を持つのを感じる。  
(…まずいな。俺も回ってきたか)  
三たびベッドに沈め、ツンと立つ胸の尖りを指で弾くとアンジェの体に快感が走る。  
肌を這う指先の動きひとつひとつに息を乱し、甘い声を上げた。  
容赦なく唇と指を伝わせ、舌を這わせると秘部からは止めどなく熱い密が溢れ、太腿を伝う。  
「んっ…んんっ、やん…レイっ…!」  
「凄い濡れてるな…気にせず声出せよ、アンジェ」  
「やだっ、恥ずかしっ…ひあぁあああっ」  
太腿を伝う舌先が肉芽に辿り着くと一層大きく体がしなる。  
ここぞとばかりにわざと音を立てて吸い上げ、不意に歯を立てるとアンジェの意識を溶かす。  
止めどなく押し寄せる快感にハアハアと大きく肩で息をしながら懇願する。  
「レイン…もうダメ、我慢出来ない…欲しいの…溢れちゃう…」  
「オーケー」  
アンジェの甘い声にはレイン自身もそろそろ我慢の限界だった。  
アンジェの膝を割り、まだきつい秘部に己を押し当て埋め込んでいくと、  
まとわりつくぬめりと締め付けの快感に思わず息を漏らす。  
「んっ…!あっ、いやぁあああっ、やぁんっ…んんっ」  
「…っ」  
レインがアンジェのなかで押して引くと、室内にクチュリという音が響く。  
2人の繋がった所からの卑猥な水音が、アンジェの羞恥心を煽り、ますます蜜を溢れさせた。  
「レイン…レインっ、好き…大好きっ…」  
中を突く速度を上げるとアンジェは息も絶え絶えでレインの首に腕を回し、ぎゅっと抱きしめる。  
「アンジェ…っ」  
花芯がレインのものをきつく締めつけると一層息を荒くし、2人は絶頂を迎えた。  
アンジェの中で熱を吐き出すと、アンジェの上に倒れ込む。  
ぐったりとそのままアンジェは意識を手放した。  
 
「…明日―ううん、今日かしら―からはちゃんと1日3食食べてね。…約束よ?」  
部屋に戻るために身なりを整えながらアンジェは最後の最後まで釘を刺す。  
「あぁ、約束するよ」  
「絶対よ?…じゃあ…おやすみなさい、レイン」  
アンジェは優しく微笑むと部屋を出て、空いた食器を持ち台所へ向かった。  
もう夜も遅いが、朝食の下ごしらえをしておこう。  
レインの好きそうなメニューを揃えて。  
 
 
そして翌朝、いくら公認の仲とはいえ、全員の顔を目の当たりにして、昨晩の事を思い出し真っ赤な顔で俯くアンジェを始めとして、  
陽だまり亭の面々が改めて気まずそうな面持ちで朝食を迎えたのは言うまでもない。  
ただ一人ニヤニヤと笑う館の主・ニクスを除いて。  
「…おや?皆さんどうしました?」  
レインが低く重い声でニクスに告げた。  
「…ニクス、昨日はありがとうな、茶…」  
「いえいえ、どういたしまして。お気に召しましたか?」  
「…あぁ、とてもな…」  
遠い目をしてレインは改めて思った。共同生活も楽ではない。  
部屋に指紋認証でも出来るアーティファクトでも作って付けられないかと悩むレインの受難はまだ暫く続きそうだ。  
 

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