かつては「理想郷」と呼ばれたアルカディア。  
誰もが待ち望み、長い年月を経てようやくその地に舞い降りた「女王の卵」は  
4人の仲間とともに使命を果たすと、さっさと彼女の愛する陽だまり邸に帰ってきてしまった。  
彼女の大切な仲間たち、そして最愛の男性との日々を守るさせるために。  
これは、あの壮絶な戦いからしばらく経った日のこと――。  
 
「ふぅ。これで家中綺麗になったわね」  
パンパンと両手を払いながら、すっかり陽だまり邸の主婦の1人としての  
貫禄もついたアンジェリークが頭から三角巾をはずした。  
あれから彼女は女学校に復学し、医師になるための勉強を続けながら  
ここ、陽だまり邸で生活を送っている。  
が、変に律儀な彼女は  
「もうここに置いていただく理由が無いのに、ただ居候させていただくのは申し訳ない」  
と言い張り、忙しい勉学の合間を縫って、暇さえあれば  
こうして掃除洗濯といった家事に励んでいるのだ。  
「ああ、すっかりピカピカになったね」  
この邸のもうひとりの主婦(主夫?)、ジェイドが嬉しそうに相槌を打つ。  
実はこのジェイドこそが、アンジェリークを天上の聖地から連れ戻し、  
地上の陽だまり邸に留めることになった最大の要因であった。  
アンジェリークは他の何よりも、ジェイドと共に過ごす日々を望んだのだ。  
紆余曲折を経て想いを交し合ったふたりは、今ではすっかり陽だまり邸の  
公認カップルなのであった。  
こんなふたりだから、掃除をしていようが、キッチンに立っていようが  
とにかく一緒にいられれば幸せ、という泣く子も黙るラブラブっぷりなのである。  
 
「アンジェ、たくさん働いたから汗を書いたんじゃないかい?  
 お風呂を沸かしておいたから、好きなときに入るといいよ」  
「ありがとうございます。ジェイドさんはいつも優しいんですね」  
「そんなことないよ。俺はただ、アンジェの笑顔をたくさん見たいだけさ」  
「私もジェイドさんの笑顔が見たいです。だから…」  
 
…彼らがふたりきりでいる部屋に、陽だまり邸住人が  
極力近づかないようになっても致し方あるまい。  
この邸の主であるあのニクスでさえ、3m先のラブラブな気配を感じ取ると、  
くるりと踵を返す始末である。  
 
「だから、よかったらジェイドさんから先にお風呂、使ってください」  
ヨルゴでさえも鼻の下を伸ばしそうな花の微笑を向けたアンジェリークに、  
しかしながら、ジェイドは首を振ってみせた。  
「今は、俺はいいんだ、アンジェ。俺は汗なんてかかないからね」  
「えっ…?」  
「ごめん、言ってなかったかな。俺の身体は運動しても温度が上昇したりは  
 しないんだ。だから、汗をかく必要もないのさ。もちろん埃は落とさないと  
 いけないから、俺もお風呂は使わせてもらっているけどね」  
「そうだったんですか…。ごめんなさい、私、知らなくて…」  
なんだかいけないことを聞いてしまった気がして、しゅんとアンジェリークは俯いてしまう。  
「そんな顔しないでアンジェ。こんな俺でも人間と同じように  
 体液が流れることだってあるんだから。ほら、君が教えてくれただろう?」  
「涙…ですよね?」  
「ああ。不思議だね。あの涙は、心なんて持たなかったはずの俺に、君が心をくれた証だ。  
 本当に君には感謝してるよ」  
「ジェイドさん…」  
「それに涙だけじゃないだろう? もうひとつあるじゃないか、俺に備わっている体液が」  
「えっ?」  
「わからないのかい? もう何度も君には見せているのに」  
心底不思議そうに、ジェイドが問いかける。  
「何かしら? ハナミズ…なんてジェイドさんは出しませんよね?」  
アンジェリークは真剣に悩んでいるのだが、うーんうーんと考え込んでいる様子でさえも  
食べてしまいたいくらいにかわいいなあ…などと、ジェイドは暢気に考えている。  
「わからないわ、降参です。答えを教えてください」  
「いいよ。教えてあげる。それはね、精液だよ」  
「……はい?」  
「精液だよ」  
「………」  
「スウィーツだよ」と言っていてもおかしくないような甘い声で  
「精液だよ」と言われて、一瞬アンジェリークの思考回路が完全にストップする。  
が、彼は間違いなく「セイエキ」と発音していて。  
数瞬の沈黙の後、  
「いやあーーーーーっ」という甲高い叫び声が、バチーンという打撃音と共に、邸に響き渡った。  
 
唐突なジェイドのデリカシーのない言葉に、アンジェリークはどうしたらいいのかわからない。  
一方ぶたれたジェイドのほうは、なぜ自分がぶたれたのかわからない。  
もちろん「俺は丈夫だからね」が口癖の彼にとって、アンジェリークのビンタなど  
蚊が止まったようなものであり、痛くも痒くもない。  
が、痛かろうが痛くなかろうがぶたれた事実は事実であり。  
自分が何か、愛しいアンジェの機嫌を損ねてしまったらしいと焦ったジェイドは  
珍しく口早に言い訳をまくしたてた。  
「ア、アンジェ。なぜそんなに怒ってるんだい? 俺が嘘をついてると思ってるの?  
 でも君も何度も見ているだろう? 俺の精液…」  
「な、な、な…」  
「君だって、俺が精液を出すといつも喜んでくれるじゃないか。  
 奥に当たって気持ちいい、って」  
「…! …! …qあwせdrftgyふじこlp!」  
次から次へと赤裸々に話すジェイドに  
真っ赤になったアンジェリークはもはや、口も利けない。  
 
――そう、彼らは既に身体を重ねる関係になっていた。  
それ自体は、愛し合う者同士、ごく自然な成り行きだ。  
だが少なくともそれは、夜の寝室での秘め事であり、  
こんないつ誰が来てもおかしくない真っ昼間のサルーンで  
話題に登るようなことではなかった筈なのだ。  
 
案の定、邸のマドンナであるアンジェリークの悲鳴を聞きつけた  
住人たちがバタバタと駆けつけてきた。  
「アンジェリーク! いったいどうしたんだっ!!」  
駆けつけた彼等が見たものは、真っ赤な顔をして涙目でうつむくアンジェリークと  
ただオロオロするばかりのジェイドの姿だった。  
「ジェイド! お前、アンジェに何をしたんだ!!」  
常から顔に「アンジェ親衛隊々長」と書いてあるレインを始め、  
いつもは優しい仲間たちにも怖い顔で詰め寄られ、ジェイドはますます  
どうしていいのかわからない。  
「聞いてくれ、みんな。俺は何もしていない。俺はただ、せーえ…」  
「いやーっいやーっいやーっ」  
日ごろは慎み深いアンジェリークの滅多に聞けない大声に、  
陽だまり邸の面々は目を丸くする。  
が、乙女の慎みどころか乙女の面子がかかっているアンジェリークは、  
とにかくこれ以上ジェイドに喋らせないことしか考えられない。  
「馬鹿馬鹿馬鹿、ジェイドさんの馬鹿っ! それ以上みんなに言ったら、  
 もう一生大っ嫌いなんですからねっ!!」  
言って、バタバタと部屋を飛び出していくアンジェリーク。  
後に残されたのは、馬鹿と4回も言われた挙句、一生「大」嫌いと  
宣言されてショート寸前のジェイドと、キツネに摘ままれたような  
面持ちの住人たちなのであった…。  
 
その夜。  
陽だまり邸の住人たちがあらかた眠るか、自室に引っ込んだ頃。  
「アンジェ…俺だよ。…入ってもいいかい?」  
遠慮がちな声とともに、アンジェリークの部屋のドアがノックされた。  
返事は無い。  
返事は無いが、部屋の主がまだ眠ってはいないことが、  
人並みはずれた聴覚の持ち主であるジェイドにはわかっていた。  
「すまない、入るよ」  
一応宣言してから、ドアノブをまわす。  
すんなり開いたドアに、自分の来訪は彼女に心底拒絶されているわけでは  
ないと勇気づけられた気がして、ジェイドは部屋に入った。  
見ると、アンジェリークはベッドの中。  
しかし眠っているわけではなく、頭から毛布をかぶって  
フテ寝の真似事をしているだけなのだ。  
一瞬、彼女の怒りに怯むジェイドだったが、彼のメモリが記録している限り、  
アンジェリークがジェイド以外にこんな子供っぽい仕草を見せたことはない。  
…大丈夫。俺はまだ、アンジェの「特別」だ。  
そう自分に言い聞かせ、勇気を振り絞って声をかける。  
「今日、夕食にも来なかっただろう? だからサンドウィッチを作ってきたんだ」  
「………」  
「夕食抜きは、体に悪いよアンジェ」  
「………」  
「昼間のことは俺が悪かったよ。すまなかった。だから食事を取ってくれないか」  
「………」  
「頼むよ、アンジェ…」  
「………」  
大好きなアンジェリークに完無視を決め込まれ、次第に  
情けなくなっていくジェイドの声に、流石の彼女の怒りも揺らいだらしい。  
「………。本当に悪かったと思ってますか?」  
アンジェリークのくぐもった声が毛布の下から聞こえてきた。  
「心から思っている。ごめんよアンジェ…」  
「………。サンドウィッチが美味しかったら、許してあげます…」  
モソモソと毛布から出てきたアンジェリークは、目は泣き腫らし、  
髪はモサモサで日ごろの美少女ぶりもどこへやら、だ。  
だが、彼女がジェイドの手料理を「美味しい」と評さなかったことなど、  
今までに一度もなく。  
そんな彼女が「サンドウィッチが美味しかったら許す」と言うということは。  
それは、意外に頑固なところもあるアンジェリークなりの  
歩み寄りの言葉なのだと、優秀な頭脳を持つジェイドにはすぐに理解できた。  
「ありがとうアンジェ。きっと美味しいよ。  
 だって愛情をたっぷり込めて作ったんだ、このサンドウィッチ」  
そう言って破願したジェイドは、いつまでもベッドの上でぐずぐずしている  
アンジェリークをひょいと抱き上げると、ストンとティーテーブルの  
前に降ろした。  
椅子をひいてやり、ちょこんとアンジェリークが座ると紅茶を注いでやる。  
アンジェリークは進められるままに、ぱく、とサンドウィッチを頬張る。  
そして、お行儀よくきちんと口の中のものを飲み込んだ後。  
ポツリと「美味しい…」とつぶやいたのだった。  
 
結局アンジェリークは出されたサンドウィッチを綺麗に平らげ、  
今はジェイドが入れてくれた2杯目の紅茶をすすっている。  
そんな彼女をにこにこ見守るジェイドだったが、次第に  
彼女の眼が涙に濡れていくのを見て、またもやうろたえる。  
「ア、アンジェ? 今度はどうしたんだい?」  
「ジェイドさん…」  
「なんだい?」  
「馬鹿って言ってごめんなさい。4回も馬鹿なんて言って、ごめんなさい」  
「なんだ、そんなことを気にしてたのかい? 大丈夫、俺は気にしてないよ」  
「それに、大嫌いなんて言ってごめんなさい」  
「それはちょっと、心が痛かったけど…。でもいいんだ。  
 この心は君がくれたものだからね。君のおかげで痛くなるなら、  
 きっと俺の心は、その痛みを受け入れないといけないんだ」  
そう言って笑うジェイドが切なくて、アンジェリークは言い募る。  
「ごめんなさい。一生大嫌いなんて嘘なんです。本当は、一生好き。  
 どんなことがあっても、世界中で一番ジェイドさんのことが大好き」  
「…ありがとう、アンジェ…。俺も、その、好き…だよ」  
少し赤くなって視線を逸らすジェイド。  
女の子ひとりの「好き」という言葉で赤くなるくせに、次の瞬間には  
「俺も今日は、人間のことをまたひとつ学んだよ。  
 セックスに関する話は他の人がいる時にはしちゃいけない。そうだよね、アンジェ?」  
などとしれっと言うあたりが、どういうプログラムになっているのか、どうもよくわからない。  
わからないが、アンジェリークは黙ってコクンと頷いた。  
「さあ、アンジェ。もうこの話は終わりにしよう? 俺と仲直りしてくれるね?」  
「はい、ジェイドさん」  
にっこり笑えば元々愛し合うふたりのこと、あっという間にもとの恋人同士だ。  
「ああ、よかった」  
ジェイドも笑う。  
が、流石は数トンの石像をも一人で持ち上げる男。  
すんなりとこの場をめでたしめでたしで終わらせたりはしない。  
「ところでアンジェ。今日は大事な話があるんだ」  
「へえ。どんなお話ですか?」  
すっかり機嫌の直ったアンジェリークの頭上に、またも巨大な爆弾を落とすのだった。  
「俺たちの子供を作ってみないかい?」  
 
「俺たちの子供を作ってみないかい?」  
本日最大級の爆撃をくらい、アンジェリークがまたもやフリーズする。  
彼女が手に持っていたティーカップは宙に浮き、一瞬の後、当然地面に激突した。  
ガツン、と鈍い音を立ててカップは砕け、中に入っていた熱いお茶が膝にぶちまけられる。  
「きゃっ!」  
「アンジェ!」  
ガタン、とジェイドが勢いよく立ち上がり、まず  
有無を言わせぬ速さでアンジェリークの濡れた服を脱がせる。  
「大丈夫? ああ、火傷はしていないみたいだね」  
「はい、そんなに熱くありませんでしたから…」  
「でも念のため冷やしておいたほうがいい。  
 人間の皮膚は…特に君のは、とても繊細だから。  
 せっかく真っ白で綺麗な君の肌が赤くなってしまったら、大変だろう?」  
言いながら、お茶のかかった彼女の太腿に冷たい濡れタオルを乗せる。  
それから手早く割れたカップを片付け始めた。  
アンジェリークは下着に毛布一枚の姿で、片付けるジェイドの切なげな横顔を見つめる。  
自らも「作り物」であるジェイドは、何かが壊れる時、  
それが陶器であろうと機械であろうと、とても悲しい顔をする。  
自分が「死ぬ時」イコール、自分が「壊れる時」だと知っているジェイドは、  
たとえカップひとつ割れただけだとしても、そこに死を感じずにはいられないのだろう。  
「カップ、割れちゃいましたね…ごめんなさい、ジェイドさん」  
「俺こそ、すまない。きっとまた俺がおかしなことを言って、君を驚かせてしまったんだね」  
無理に笑うジェイドの目は、やはり少し切なげだ。  
「これは俺が片付けるよ。怪我をすると危ないから、君はそのまま座っていて」  
「はい、あの…。ありがとうございます」  
「俺は丈夫だから。こんな破片くらいで怪我をしたりはしないからね」  
ジェイドの口癖「俺は丈夫だから」を聞くたびに、最近のアンジェリークは少し悲しくなる。  
自分と彼とは所詮、違う種族なのだと言われているような気がするのだ。  
だがもし、ジェイドとの間に子供が生まれれば、  
その子が二人の違いから来る、どうにもならない距離を埋めてくれそうな気がする。  
しかし彼はあくまでも人間ではなく、この世に一体しか存在しない「ジャスパー・ドール」なわけで。  
「ジェイドさん、あの、さっきのお話なんですけど…」  
「ああ、俺と君との子供の話かい?」  
「はい…」  
カップを片付け終わったジェイドは、ティーテーブルを挟んで  
アンジェリークの向かいの椅子に腰を下ろした。  
 
「やっぱり、嫌…かな? 機械の体を持つ俺との子供なんて…」  
アンジェリークの神妙な表情をどう受け取ったのか、ジェイドはおずおずと問う。  
「嫌だなんて、そんなことないです! 私も、ジェイドさんの子供、ほしい…でも…」  
「でも、なんだい?」  
先を促されたが、聞きにくい。猛烈に聞きにくい。  
男性にこんなことを尋ねるなんて、普通なら乙女…いや、人間失格だ。  
だが世の中には、それでも聞かなければならないこともあるわけで。  
「可能…なんですか?」  
意を決して尋ねたアンジェリークに、ジェイドはにっこり笑うと、  
「ああ、可能だよ」  
あっさり答えた。  
「でも、いつもはっ…!」  
そう、いつもジェイドはアンジェリークとの情事の最後に、彼女の中に欲望を注ぎ込む。  
それは、ジェイドの精液は彼の機械の体によって精製された擬似精液であり、  
それによってアンジェリークが妊娠する可能性はゼロだという話だったからで…。  
「ああ、いつも君を抱く時には、セクサロイドモードに移行していたからね」  
「はい? セク…サロイド?」  
「セクサロイドって分かるかい、アンジェ?」  
聞き慣れない言葉に、アンジェリークは素直に首を横に振る。  
「セクサロイドっていうのはね、人間のセックスの相手をするロボットのことだよ」  
「そうなんですか。セックスの相手を…。…。って、えええっ!?」  
「俺は人間に作られたものだからね。人間のそういう要望にも答えなければならない。  
 だけど、そのたびに相手の女の人が妊娠してしまったら大変だろう?  
 だから俺には人間を妊娠させることなく満足させられるよう  
 セクサロイドとしての機能が搭載されているし、  
 これまで君を抱くときにも、君の身体を傷つけないよう、そっちのモードで抱くようにしてたんだ」  
アンジェリークとて、医師を志す医学生である。  
生殖行為についての知識は人並み以上にあるし、避妊の重要性も理解している。  
「そ、そうだったんですか…。ということは、普通の男性と同じような、  
 その…生殖機能もあるんですね?」  
「いや、つくりものである俺の精子は、やっぱりつくりものさ」  
「???」  
理解できないという風情のアンジェリークに、ジェイドは丁寧に噛み砕いて説明してやる。  
「俺の精子が持っている遺伝子情報は、人間の遺伝子情報を解析して  
 同じように作られたものなんだ。自然にできたものじゃないから、偽物だよね」  
「偽物だなんて…」  
アンジェリークは俯く。  
「ああ、そんなに悲しそうな顔をしないで、アンジェ」  
そんなアンジェリークをジェイドが慰める、これもいつもの風景だ。  
「そんな俺の精子でもね、君の卵子と結びつくことで新しい生命を  
 誕生させることができるんだ」  
「ジェイドさん…」  
「すごいと思わないかい? 偽物の俺が、本物の生命を作り出すんだ。  
 俺が憧れてやまない、本物の命を…。  
 ああ、なんて素敵なんだろう」  
そう言って、ジェイドは心底幸せそうに微笑む。  
「それにね、俺には夢があるんだ」  
「夢…ですか?」  
「ああ。聞いてくれるかい?」  
「聞かせてください、ジェイドさんの夢…」  
 
「俺の夢はね、君がいなくなった後、俺たちの子供がどんなふうに過ごすのか  
 ずっと見守っていくことだよ」  
「………!!」  
そう、宇宙を統べる女王ではなく一人の人間として生きることを  
選んだアンジェリークは、やがて老いてゆき、死ぬ。  
だがJ.D.(ジャスパー・ドール)であるジェイドはこの先いつまでも、  
その機能が停止するまで現在の姿で生き続ける。  
普段は敢えて目を逸らしてきたその現実を、突然突きつけられた  
アンジェリークは、なんと答えてよいのかわからなかった。  
ジェイドは屈託なく話を続ける。  
「本当は君がいなくなったら、また君が俺を起こしてくれる時まで活動を停止して、  
 何百年でも何千年でもずっと君を待っているつもりだったんだ。  
 でも、俺たちに子供がいれば、話は別さ。  
 その子にまた子供ができて、そのまた子供ができて…  
 偽物の俺から生まれた小さな命がこのアルカディア全土に広がる日も、  
 きっとやってくる。  
 この大陸だけじゃなくて、そのうちキリエやもっと遠くにも  
 広がっていくかもしれないね。  
 そうしたら俺は旅をしながら、君と俺の子供たちがどんなふうに  
 生きているのか、確かめてまわるんだ。  
 君と俺の子供たちなら、きっとジンクスとも仲良くしてくれると思うし、  
 美味しいケーキの元になる綺麗な小麦畑を耕していたりするのかな?  
 そうして旅をしているうちに、俺はまた生まれ変わった君と出会って、恋をして…。  
 ね、素敵だろう? 君と俺との恋は、こうやってずっと続いていくんだ」  
「ジェイドさん…」  
聞いているアンジェリークは涙がとまらない。  
自分がこの世を去った後、残されたジェイドが永遠にも近い時を  
どうやって生きていくのか。  
それだけがジェイドとの恋の中で唯一の不安だったのだ。  
下手したら、自分で自分を壊してしまうのではないか。  
そうなってもおかしくないほど自分が彼に愛されていることを、  
アンジェリークは知っていた。  
だが、もし今ジェイドが言った通りになるなら。  
そんなことが本当に可能なら。  
 
「…アンジェ?」  
黙って立ち上がったアンジェリークに、ジェイドは  
また自分は彼女の機嫌を損ねてしまったのかと不安になる。  
が、彼女は構わず部屋の隅まで歩いていくと、  
ランプの灯りだけを残し、照明をすべて消した。  
そして肩から羽織っていた毛布を滑り落とすと、泣き笑いの顔で振り返り、  
「ジェイドさん、子供…作りましょう?」と言ったのだった。  
 
「ありがとう、アンジェ…。おいで」  
ジェイドに呼ばれるままに、アンジェリークはしっかりとした足取りで  
彼に近づくと、椅子に腰掛けているジェイドに向かい合って、その膝の上に跨った。  
夜更けに下着姿なのは、少し寒い。  
人工の皮膚を持つジェイドに触れても、その皮膚はひんやりと冷たく、  
少しも彼女を暖めてはくれない。  
だからアンジェリークは温もりを求めて、彼の首に両手を回すと  
自分から彼の唇に口付けた。  
「ん…ジェイドさん…大好き…」  
すぐに彼の舌が彼女の口腔に忍び込んでくる。  
同時にジェイドの長い指が、ブラジャーを押し上げ、彼女の胸を弄ぶ。  
「あっ…ん…」  
ジェイドに身体のあちこちを優しく撫でられて、アンジェリークの身体に小さな灯火が灯る。  
舌で彼女の唇をなぞりながら、器用にアンジェリークの背に手を回し、  
ブラジャーのホックをはずすと、パチンという小さな音と共に、  
胸の締め付け感が消える。  
「この格好の君も素敵だけど、これじゃ君を愛しづらいな…」  
ジェイドはポツリと一人ごちると、ひょいとアンジェリークを持ち上げ、  
自分が彼女の背中を見る体勢で、膝の上に座り直させた。  
そして彼女の両脚から最後に残された一枚も抜き取ると、膝で彼女の脚を割り、開かせる。  
両脚の間に息づく可憐な芽を、指でつまむ。  
「ああっ…」  
最も敏感な部分を刺激されてのけぞるアンジェリークの背筋に舌を這わせながら、  
片手で彼女を支え、片手では彼女の花芽を優しく指の腹で擦ってやると、  
彼女の花弁はしっとりと蜜を零し始める。  
もともとセクサロイドとしても優秀なジェイドだったが、  
ここ数日、アンジェリークと身体を重ねるごとに彼のメモリに蓄積された  
「彼女が感じてくれる行為」についての情報に基づいた彼の愛撫は、  
容易に彼女の身体に火をつける。  
どこをどうすれば、彼女の心拍数が増え、皮膚の表面温度が上昇し、体液を分泌するのか。  
ジェイドは彼女をもっと感じさせたくて、その情報の通り、指を彼女に埋め込む。  
そして、親指では花芽への愛撫を続行しながら、内壁の彼女の好きなところを擦ってやると。  
「あっ、ああっ、ああーっ!」  
アンジェリークは他愛も無く、最初の絶頂を迎えた。  
 
「はぁ、はぁ、はぁ…」  
アンジェリークは荒い息を整えながら、紅潮した頬をジェイドの胸に預けている。  
そんな彼女の白い首筋に唇を滑らせながら、ジェイドは彼女を気遣う。  
「アンジェ…大丈夫…?」  
頭上から優しく降ってきた声にアンジェは彼を仰ぎ見る、  
「ん…大丈夫ですから、早く、こども…、つくりましょ…?」  
快楽に潤んだ瞳で見上げられて、ジェイドは彼女を壊さない程度に、ぎゅっと抱き締める。  
が、アンジェリークはそんなジェイドの腕の中から抜け出すと、  
すでに服の下で大きくなっているジェイドのものを取り出した。  
「ア、アンジェ…?」  
これまでアンジェリークからそのような行為に及んだことはない。  
戸惑うジェイドには構わず、それに手を添えて彼と向かい合わせに再び跨った。  
そしてそのまま腰を落としていく。  
「ああっ…」  
ぬるりと熱い壁に自身を包まれて、ジェイドが吐息を漏らす。  
一際長身のジェイドのものは、その体格に相応しく、とても大きく逞しい。  
いつもアンジェリークは、それを飲み込むのに苦労する。  
が、先端の張り出した部分が入り口を通り過ぎてしまえば、  
あとはそのまま最奥に届くまで導いてやるだけで。  
「はあっ…」  
一番深くにある壁に、彼の先端が届くまで腰を下ろしたアンジェリークは、  
深くため息をついた。  
入れただけで、固い塊に最奥の柔らかい壁を刺激され、  
たまらなくなったアンジェリークは、ついはしたなくもねだってしまう。  
「ジェイドさん…早く、動いてください…」  
「ああ、わかったよアンジェ。しっかり俺につかまっておいで」  
言いながらアンジェリークの両手を自分の首にまわさせると、  
ジェイドは彼女の尻に手を回し、彼女を貫いたまま立ち上がった。  
「あああっ…!?」  
彼の肉棒のみに支えられる体制となり、アンジェリークは自重のせいで  
ますます深く彼を迎え入れてしまう。  
そのままジェイドはその腕力にものを言わせ、激しくアンジェリークを揺さぶる。  
「あっ、やあっ、はげし…」  
ろくにものも言えないアンジェリークの内壁を突き、掻き回し、責め立てる。  
きゅうきゅうと締め付けてくる彼女の限界を感じ、ジェイドは告げる。  
「アンジェ…出すよ…」  
さんざん揺さぶられて、それでもアンジェリークは快楽に霞む意識の下、答える。  
「出して…ジェイドさんの精液…ください…」  
「くっ…! ああっ…!」  
初めて聞くアンジェリークの淫らな言葉に、ジェイドは、  
息をつめ、強く腰を押し付け、大量の欲望を彼女の中に注ぎ込んだ。  
「……! ひあっ、あああんっ…!」  
勢いよく何度も流れ込むものに、アンジェリークも絶頂を迎える。  
そのままジェイドは何度も腰をしゃくりあげ、最後の一滴まで彼女の中に注ぎ込んだ。  
 
「はぁ、はぁ、はぁ…」  
ジェイドの首にすがりついたまま、アンジェリークは必死に酸素を補給する。  
じんわりと自分の中に広がるものの感触に、ぶるっと身震いする。  
大量の欲望を吐き出したというのに、彼女の中のものは一向に衰える気配はない。  
ジェイドはすぐさま彼女を貫いたまま、ベッドの方へと歩き出した。  
「あっ、やっ、まだ、だめぇっ!」  
ジェイドが一歩踏み出すたびに、ずん、ずん、と奥深くを刺激され、  
絶頂を迎えたばかりのアンジェリークが悲鳴を上げる。  
が、ジェイドはボスッと彼女をベッドの上に降ろすと四つんばいに這わせる。  
「ごめんよ、アンジェ。あんまり君がかわいいことを言うものだから、  
 俺の中枢回路が情報を処理しきれず、暴走してしまったみたいだ」  
言うなり服を脱ぎ捨て、今度は背後から貫いた。  
「やあぁん!」  
先ほどまでとは違う角度でずぶずぶと進入してくるものに、アンジェリークの背が綺麗に反る。  
太い腕でがっしりと腰をつかまれ、抜き差しが始まってしまうと、  
アンジェリークはかぶりを振って快楽に耐える。  
「あっ、ああっ、やあぁ…!」  
そのままジェイドが前から腕をまわし、花芽を摘まみつつ腰を突き上げてやると、  
アンジェリークは声も出ない。  
「ひっ…! ………! んぁぁっ…!」  
激しく突き上げられ、胸の頂も転がされ、  
アンジェリークはシーツに顔をうずめ、強すぎる快楽を逃すかのように  
ギュッとその布を掴むが、それも束の間。  
「あああぁぁぁ……!」  
あっというまに再度の絶頂を味わう。  
「はぁっ…!」  
きゅうっと締め付けられ、ジェイドも再度、眉間にしわを寄せ、  
腰を突き出し彼女の中に注ぎ込む。  
………が。  
「ごめん、アンジェ…。俺、まだまだ終われそうにないよ…」  
恐ろしいことをさらっとジェイドが告げる。  
アンジェリークは、どこまでも付き合うという答えの代わりなのか、  
そんな彼にぎゅっと抱きついた。  
 
 
その後、アンジェリークは「暴走」したジェイドに  
前から、横から、立ったまま、彼に抱えられてと、  
文字通り、散々振り回され続けたのだった。  
そして彼の体液を溢れるほどその身体で受け止めた後、ついに気を失う寸前、  
彼女は、いつの日か自分と彼の子供が耕すだろうという、  
どこまでも広がる黄金の小麦畑を、霞む意識の下で見たような気がした。  
 
 
終わり。  
 

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