その日は、飛空都市にはめずらしい、雨だった。
リュミエールは、客間の窓際に腰掛けてハープを弾いていた。いつもであ
れば庭に出て、夜風に音色を乗せたりもするのだが、雨が降っていてはそう
もいかない。さすがにこの時間になると、使用人たちの大半は休息を取り、
館の主人の手すさびに付きあう者は居なかったので、独り思いのまま、故郷
に伝わる歌などをかき鳴らしていた。
すると窓の外側、噴水の向こうでゆれるピンク色の傘が目に入る。それは
あっという間に近付いてきて、傘の中の人影を明らかにする。
「アンジェリーク」
立ち上がって、テラスに面したはき出し窓を開ける。
「雨の中どうなさったのですか。なにか困ったことでも起こりましたか?」
アンジェリークは悄然として立ち尽くしている。
「…とりあえず中へお入りなさい」
リュミエールはアンジェリークを部屋に通し、布張りの椅子に座らせた。少
し待つように言い残し、自らお茶の用意をしに行った。
「もう遅いですから、カフェインの入った飲み物は止めておきましょう」
ティーポットからカモミール茶を注ぐ。薄い黄金色の液体がコポコポと音を
立ててカップを満たし、甘酸っぱい香りが周囲に立ちこめる。
「お約束はしていませんでしたね」
「ごめんなさい。わたしどうしても、リュミエール様にお会いしたくて」
ずっと黙っていたアンジェリークが、やっと口を開く。うつむき加減で声は
硬く、目は思いつめたように暗い。
「いったいなにがあったのですか?今日のあなたは、なんだかとても沈んで
見えます。あんなことがあっても、やはりわたくしは、あなたの沈んだ顔を
見るのは辛いのですよ」
リュミエールが『恋人達の湖』でアンジェリークに想いを告げ、拒まれてし
まったのは、つい先日のことだった。
カップのお茶をひと口飲み込み、アンジェリークは顔を上げた。
「リュミエール様。わたしは、とても我が侭で欲張りです。わたしは、女王
という独りぼっちで、誰とも違う特殊な存在になることに、耐えきれそうに
なくなってしまいました」絞り出すように言う。
「もちろん、守護聖様方や聖地の人々が居て下さって、女王は宇宙の全ての
ものに、責任があって、独りぼっちだと思うなんて、とんでもない間違いな
んですけれど…でもとても怖くって」
途切れ途切れのアンジェリークの話を、リュミエールはじっと黙って聴いて
いる。
「我が侭なのはわかっています。いまさらこんなこと、本当は言えない事も。
でもわたし、あれからずっと苦しかった。女王にはならないで、リュミエー
ル様と一緒に生きて行きますって言えば良かったのかも知れないって、そう
思い続けて」
雨脚が強くなり、ザアッという音がする。
「それでもやっぱり女王になるって決めたから、あきらめて、リュミエール
様より女王を選んだことを、黙って心におさめて居なくちゃいけないのに、
自分の気持ちをリュミエール様に伝えずには居られなくて、こんな事しても
自己満足で、リュミエール様を困らせるだけなのに、リュミエール様がお優
しいのを知っていて、許してくださると思って、こうやって甘えに来ている
んです」
アンジェリークはスウ、と大きく息を吸う。
「わたしはリュミエール様が好きです。できることならリュミエール様の恋
人になりたかった。――でも、女王になると決めたから、この気持ちは、あ
きらめます。リュミエール様も、どうか今日のことはなかったことにしてく
ださい。…最後まで聞いてくださって、ありがとうございました」
「アンジェリーク」
リュミエールは、席を立とうとしたアンジェリークを呼び止める。
「ひとつお伺いします。あなたはほんとうに、あきらめられるのですか」
「それは」
「あきらめられると言うのなら、どうして今夜、ここにいらしたのですか」
「でも、わたし」
「わたくしにはいまのお話を、なかったことにはできません」
有無を言わせぬ口調だった。
「あなたがこんなに苦しんでいたのも知らずに、申し訳ありませんでした。
守護聖としてあなたを助ける、などと言いながら、あなたの不安に気付くこ
とさえ出来ませんでしたね。わたくしは、あなたが迷わず女王になろうと決
めたのだと、あなたの心にわたくしは無いのだと、思っていました…」
すっかり冷めたお茶を一気に飲み干す。
「あなたがわたくしを好きだとおっしゃった。それでもわたくしへの気持ち
を封印して女王になられると。それならば、わたくしもまた、あなたと思い
を通じ合っていることを知りながら、それを封印して守護聖として仕えるこ
とにいたしましょう。あなたの苦悩や恐怖とは、比べるべくもありませんが、
それでもあなたが、独りぼっちだと感じたら、わたくしも同じような思いを
しているのだと思い出して、わずかばかりの慰めとしてほしいのです。です
からわたくしは、あなたの思いを知らなかったことにはしたくありません。
それでもあなたは、あきらめてしまうおつもりですか」
「リュミエール様」
「あなたはご自分を我が侭だ、とおっしゃいましたが、それを言えばわたく
しこそ我が侭です。『思いあっていても結ばれないことを諦められずにいる
こと』をあなたに強要して、せめてもの恋の成就にしようと考えているので
すから」
リュミエールは立ち上がり、アンジェリークの腕を引き寄せる。思いがけな
い言動と意外なまでに強い力に、アンジェリークは驚き戸惑う。
「愛しいアンジェ、あなたはわたくしを、思い続けてはくれないのですか?」
「でも、女王が誰か一人を特別に思っては」
「わたくしはあなたを思い続けます、たとえもう二度とこの手に触れること
ができなくても。ですからどうかあなたも、女王として宇宙に愛を注ぐこと
と、わたくしという男を愛することとを両立させて欲しいのです。あなたな
らばきっとできる。わたくしの愛した人ならば」
アンジェリークが涙を堪え、震えたまま何も言えずにいるのに気付き、リュ
ミエールははっとする。
「申し訳ありません、あなたを困らせてしまいましたね」
「…いいえ!」
「あなたの悲しみ苦しみはわたくしの悲しみ苦しみ。あなたが恐怖で打ちの
めされそうな時も、わたしはいつもあなたのそばに居ると、そう申し上げた
かっただけなのに」
アンジェリークが自分を思ってくれていた!その喜びと、かの女を思うにつ
れて膨らんだ、『女王と守護聖』に対するもやもやしたわだかまりが沸騰し、
一時の衝動で、かの女を追い込んでしまったことに激しく後悔する。
長い、ながい沈黙が流れた。
「リュミエール様、わたしを支えてくださいますか」アンジェリークのしっ
かりとした声が響いた。
「わたし、頑張ってみようと思います。だってやっぱり、どちらもあきらめ
られないもの」
俯いていたリュミエールがアンジェリークを見つめる。
「こうやって親しくお話するのは今日で最後かも知れません。でも、だから
って思い出にはしたくない。心密かに思いあうだけでも、忘れるよりはずっ
と幸せですもの」
「アンジェ」
リュミエールはこみ上げる法悦に耐えきれなくなって、アンジェリークを抱
き締めた。「わたくしの胸の鼓動が聞こえますか」そう言って、かの女の顔
を胸板にそっと押し付ける。服の上からでもはっきりとわかる、しっかりと
した骨格と逞しい筋肉。心臓の音が伝わってきて、アンジェリークの右耳は
ジンジン熱くなる。頬にかかるさらさらした髪の感触が冷たくて気持ちが良
かった。
「あなたがわたくしを好きだと言ってくださって、どんなに嬉しかったか。
どんなに心がときめいたか。少しでもあなたの思いに応えられるのなら、わ
たくしは何があっても、あなたを支えます。どんなに時が経っても、どんな
に距離が離れても、いつまでもあなたを支え続けます。愛しています、アン
ジェリーク」
優しい雨の音は、騒がしい毎日に静けさをもたらしてくれる。しかし時に
は激しく打ち付け、すべてを破壊し飲み込んでしまう。アンジェリークはい
まだけでも、この優しく激しい水の守護聖に溺れてしまいたい、と思った。
リュミエールとアンジェリークは、どちらともなく顔を近付け、くちづけ
を交わした。触れ合うだけのくちづけだったが、アンジェリークは初めての
経験に体が宙に浮くような気がした。もっと、この人に触れたい、もっとこ
の人を知りたい。
「リュミエール様、わたしを抱いてください」アンジェリークは無意識の内
に言葉に出していた。
リュミエールは目を見張り、アンジェリークをまじまじと見据える。声を
掛けることはできなかった。そうすればいまにも、消えて無くなってしまい
そうだった。黙って頷き、アンジェリークを抱き上げた。
ほの暗い廊下を抜けて、寝室へ入っていった。柔らかいベッドの上に降ろ
してその縁に座らせ、いくつか置かれた燭台に火を灯す。後ろを向いて身に
着けたものを全て脱ぎ、ひと纏めにして、傍らの椅子の上に置く。
アンジェリークの衿の詰まった、落ち着いたデザインのワンピースに手を
伸ばす。ボタンをはずして胸元をくつろがせると、アンジェリークの身体か
らお菓子のような甘い匂いが立ちのぼる。袖を引き降ろすと薄い肩が現れ、
そのいきいきとした、しなやかなたたずまいに、リュミエールの手は動きを
速める。コットンのキャミソールとペチコート、レースのブラジャーとショ
ーツをはぎ取ると、ぷるんと乳房がまろび出て、蝋燭の火影が、ひどくあっ
さりした印象のウエストを照らし出す。足下にできあがった布の山を、一枚
ずつ軽く整えて、椅子の背に引っ掛ける。靴下を脱がせてその上に置き、ア
ンジェリークの方へ向き直る。
それまでアンジェリークは、リュミエールの彫刻のような肉体と、淀みな
い一連の動作に我を忘れて見とれていたが、自分のうえに注がれる熱い視線
に気が付いて、慌てて身体を隠そうとする。しかし嵐のような激しさをたた
えた青い瞳に見竦められて動くことができない。リュミエールは灯火に曝け
出されたアンジェリークの身体をその奥の奥までも見透かすようにじっと見
つめる。「いじわる」と目で訴えるアンジェリークに見て見ぬふりをして、
髪のリボンを紐解き、そうしてお互いすっかり裸になってしまった。
リュミエールはアンジェリークの前にひざまずき、うやうやしく、かの女
の手の甲にキスする。そして少し照れたような顔になり、
「なかなかオスカーのようにはいきませんね」と言って笑う。余裕綽々とい
う感じだった彼が、実は自分と同じくらい切羽詰まっていたことがわかって
アンジェリークの心がすこし和らぐ。そして一緒になって笑い、寝室の中は
なごんだ空気で満たされた。
リュミエールはアンジェリークの隣に座り、手を握り合い、啄むようなく
ちづけをする。腰を引き寄せあごに手を添えて、こんどは深くくちづける。
唇をこじ開け、歯列を辿り、上あごと下あごの間に入り込む。挑発するよう
に舌を捕えるとアンジェリークも、おずおずと舌を捕え返して絡ませる。生
温い粘膜をむさぼり、息もつけないほど激しい交歓をかわす。かと思えばゆ
ったりした安心感に包まれて、ゆるゆると唇を重ねる。そうして深く浅くく
ちづけをくり返したのち、アンジェリークは「少し、苦しい」と言って口を
離した。リュミエールは中指の先でかの女の唇に触れた。
思いがけぬ硬い感触にアンジェリークは驚き、リュミエールの手を握る。
間近で見ないと気付かなかった、いくつも出来た水ぶくれやマメの潰れた痕。
細長い白い指先には似つかわしくないものの筈なのに、不思議としっくり馴
染んで見える。アンジェリークは理屈ではなく、これこそがリュミエールの
指なのだと思った。慈しむようにキスして、握りしめた手をそっと離した。
自由になったリュミエールの手は、触り心地を確かめるように少しずつ、
アンジェリークの輪郭をなぞった。おとがいをたどり、鎖骨の間を抜け、ふ
たつのふくらみに到着する。包みこむように内に納め、自分にはない柔らか
な感触を楽しむ。アンジェリークは「ぁ」とちいさな声を立て、ビクリと肩
を震わせる。
リュミエールのたなごころが何か固いものを発見する。探るように指を滑
らせると、それは爆ぜてしまいそうにツンと尖って、その存在を主張した。
「ん、あん」
しかるべき場所に触れるたび、アンジェリークが敏感な反応を示すのが嬉
しくて、リュミエールは思わず口元を綻ばせる。
「とても可愛いですよ、アンジェ」
髪を撫でて、キスをする。
ところが、肝心のアンジェリークときたら、恥ずかしそうに俯いて、リュミ
エールを見ようともしない。しばらくそうして黙っていたが、
「あの、リュミエール様はわたしを…」頭を上げて、意を決したように話し
出す。「淫乱、っていうか…いやらしい子だって、思われないんですか」
顔は真っ赤に上気しているが、まなざしは至極真剣だ。
「どういうことでしょうか?」
「だって、すごく、はしたないんですもの…男の人と、初めてなのに、こん
な…」
ためらいがちに紡ぎ出された言葉に、リュミエールは手を止めて、声を立
てて笑ってしまった。
「どうして笑うんですか?わたし、何かヘンなこと言っていますか!?」
赤い顔をますます赤くして言いつのるので、リュミエールの心に、いつにな
く、彼らしからぬイタズラ心が芽生える。
「これは失礼しました。笑うことではありませんね」
アンジェリークをまっすぐ見つめて言う。
「おっしゃる通りあなたは『いやらしい』のかもしれません」
「やっぱり…」
「でも、どうしてそれを恥ずかしがるのでしょう?それともいま、わたくし
達がこうしていることを恥ずかしいことだと思っておられるのですか」
「いいえ、そんなことありません!」
予想通りに返ってきたアンジェリークの否定の言葉を聞くと、リュミエール
は悲し気に伏せていたまつげをおおげさに上げて、この上なく優美な笑顔を
つくる。
「それならば良いのです。あなたに恥ずかしい存在だと思われてしまったの
かと心配しました」
「ごめんなさい…そんなつもりじゃなかったんです。ただ」
「ふふ、聞いてくださいアンジェ、感受性豊かなことを『いやらしい』と言
うのならば、『いやらしい子』であるあなたはとても魅力的ですよ。それに
いまわたくしたちは素晴らしいことを分かち合っていて、心に恥じる所など
何一つ無い。ですから気に病むことなど何もありません。…ね、機嫌を直し
て」
リュミエールはそこまで言って、アンジェリークが安らいだ表情になったの
を確かめる。
「それに、わたくしはできることなら」ひときわ声を抑えてささやく。「あ
なたをもっと、乱れさせたいのです…」
それ以上の反論は、くちづけで塞がれた。リュミエールは立ち上がり、ア
ンジェリークの肩をつかんで、一気にベッドに押し倒す。さくら色に染まっ
た肌の上を銀青の川が流れ、熟れる前のこけもものような、さんご色の実が
ふたつ、浮き上がった。流れる髪を払いのけ、その実をつまんで拾い上げる。
アンジェリークの身体が大きくしなり、唇からは湿った吐息が漏れる。
耳たぶを甘噛みし、首筋を吸い、鎖骨に舌を這わせる。平べったい腹を撫
で、かたちの良い縦長のへそを小指で引っ掻く。張り詰めた乳房を掴み、む
にむにと指を食い込ませ、滅茶苦茶に揉みしだく。ふたつのふくらみの、な
だらかな稜線を舐め、弾力を確かめるようにきつく吸い上げる。尖った先端
を口に含む。唾液で濡らして唇ではさみ、舌先で押し込み、舌先で転がす。
「ひゃん、あ、あん!」
次々と与えられる刺激は神経をめぐって快感となり、アンジェリークの身
体を走り抜けた。胸を大きく上下させ、もどかしそうに身をよじり、蕩けた
ように瞳を潤ませる。いくつも可愛らしい声を立てて、リュミエールの髪を
ひたすらかき上げる。
リュミエールは好きなようにアンジェリークの左右のふくらみをもてあそ
び、温かく柔らかな感触と、きめ細かくしっとりした肌触り、感じやすい先
端を愉しんでいたが、ふと上体を起こすと前ぶれもなく、かの女の脚の付け
根に顔を埋めた。
「いや、だめ、見ないで!」
はっきりした拒絶の言葉に、リュミエールは驚いて顔をあげる。
「申し訳ありません、調子に乗りすぎましたね」そう言って、アンジェリー
クを抱き寄せる。
「あなたがあまりに…愛らしいので、冷静さを、欠いてしまったようです。
安心してください…あなたの嫌がることは、したくありません」
少しずつ言葉を選びながら話すのは、自分に言い聞かせるためだろうか。
「あの、リュミエール様。わたし、嫌じゃありません。ただちょっと、びっ
くりしちゃって、リュミエール様に見られてるって思ったら、すごく恥ずか
しくて…」
「本当ですか」
「はい。『いや』と言ってしまったのは、だから照れ隠しみたいなものです。
口が勝手に動いちゃったんです。ホントに本当なんです」
リュミエールの難しい顔がなかなか元に戻らないので、アンジェリークは取
ってつけたような説明をする。「だからやめるなんておっしゃらないでくだ
さい。すごく恥ずかしいけれど、リュミエール様がそうなさりたいのなら、
わたし…」
「わたくしに異存はありませんが…無理をしているのではありませんか」
「わたしはリュミエール様のこと、信じています」
了解。これ以上迷っていても、却ってアンジェリークを傷つけるだけだと、
リュミエールは思った。
「…アンジェ。辛くなったり、嫌になったりしたらすぐにおっしゃって下さ
いね」
こんどはゆっくりと、秘所に顔を近付けていく。眼前に広がる世にも美し
い景色に、リュミエールのなかの<男>の部分だけではなく、芸術者として
の<絵心>までもがどうしようもなくかき立てられる。金色の草で彩られた
なだらかな丘。その奥、閉ざされた扉の向こうで、ひっそり息づく秘密の花
園。すべてが夢見るようにうっすらと露に濡れ、誰かの訪れを待っている。
立ちのぼる甘い匂いは招待状がわりなのだろうか。雨上がりの庭にも似た
どこか野性的な趣を持ち、むせてしまいそうなほどに鼻腔を刺激する。
頭の芯がクラクラしていた。自分でも抑えが効かなくなっていくのがわか
っていたが、いまのリュミエールに理性は必要無かった。ただ、アンジェリ
ークを愛したかった。
「もっと良く見せてください」
すぐに閉じそうになる膝を両手で押さえながら、唇で扉の隙間を軽くなぞ
ると、それだけでトロトロと蜜が溢れ出す。誘われるまま、濡れそぼった草
をかきわけ、舌を沈めてゆけば、重なりあった花びらが小刻みに震え絡み付
く。
ジュプ、ジュプ、ジュプ。
わざと大きな音を立てて花びらを解きほぐし、唾液と愛液の混ざりあった
液体を塗り込めていく。
「あ、リュミ…ル、さ、ま」
荒い息の下で、アンジェリークは自分を組み敷く男の名を呼ぶ。かの女の下
半身は、絶え間なく這い回る熱い舌に翻弄され、止め処無く蜜を滴らせてい
る。リュミエールの頭が動くたび、零れ落ちた髪の束がアンジェリークの腹
を撫で太ももをくすぐり、汗を含んでしっとりと重くなる。湿り気を帯びた
滝つ瀬は火照った肌に張り付いて、二人分の熱を放射する。
重なりあった花びらを広げようと差し込まれた、温かくぬめった舌。ざら
ざらしたその先端が花芯の入り口をかすめると、アンジェリークの身体の奥
底から、痺れるような疼きが沸き上がる。粘り気のある水音がこだまして、
鼓膜を震わせる。目のふちに溜った涙が、視界をグニャリとねじ曲げる。
漂わせた視線の端にリュミエールの姿を認めると、涙は大粒の玉となって
頬を伝う。無意識に放り出された小さな右手が、細長い指を持った大きな左
手に、ぎゅっと握り返される。
つと見開かれたアンジェリークの瞳に映ったのは、少し狼狽しているリュ
ミエールのバストアップ。上気した顔色とは不釣り合いに、心配そうに眉根
を寄せている。
「痛いのですか?」
あの凹凸のある硬い指先が、静かに、撫でるように、涙を拭ってゆく。
「大丈夫です。…なんだか、ヘンな感じがして、それだけです」アンジェリ
ークは答える。
その声の素直な響きに、今度はリュミエールが目を見開き、すぐに細めて
これは、という表情をする。
「気持ち、良かった?」耳もとに口を寄せ、問いかけを続ける。
「そんなの…知らない…」
あからさまな物言いに、アンジェリークははにかむ。
「ではもっとわかり易く、気持ち良くして差し上げましょうか」
「…はい…」
かぼそい返事に重なるよう、ひとつ瞼にくちづけて、三たび、しとど濡れた
花園に忍んでいく。いまではすっかりむき出しになったぷっくり膨らんだ花
芽をかるく吸い上げる。
花芯の入り口がうごめいて、ひくついて、アンジェリークはあっけなく、
達してしまった。
全身の血が一点に集まったように腹の奥がドクドク脈打つ音を、アンジェ
リークはぼんやりした意識の中で聞いていた。体じゅうが灼け付くように熱
かった。リュミエールの指が肌を軽く撫でていくだけで、そこからポロポロ
崩れ落ちてしまいそうになる。
アンジェリークが落ち着くのを待ちながら、リュミエールはかの女の髪を
撫で付け、淡い吐息を聴いていた。そうしているうちにアンジェリークから
クスクスと笑い声が上がるのを聞いた。
何が起こったのかと顔を覗き込むと、アンジェリークはうっとりしたよう
な面持ちで言う。
「リュミエール様の、すごいカタイんですね」
「え…まあ、…ふふ、わたくしも男ですから」
「本当ですね」アンジェリークは脇腹の辺りをつつきながら「ほら、このへ
んとか」屈託なく笑う。
「筋肉の…話ですか?」
飛び出した声はずいぶんとまぬけだった。
「わたしとはぜんぜん違ってらして、リュミエール様もやっぱり男の人なん
だなって、そう思ったら可笑しくって」
「おかしい?」
「だってリュミエール様ってお綺麗で、女のかたみたいで、あっこれ誉めて
るんですよ、筋肉なんて付いてなさそうなのに実際は逞しくて、なんだかド
キドキしちゃう」
「筋肉でしたら、ほら」そう言って、アンジェリークの手に自分の手を重ね、
肩に触れさせる。上腕、肘の内側、前腕と、少しずつ位置をずらしていく。
てのひらまでたどり着くと、アンジェリークの指には確かに硬い、しかしあ
きらかに骨とは違う感触がある。
「ね、ここが一番でしょう」
「こんなこところまで?」
「ええ、毎日使っているので鍛えられたようです」
楽器の演奏は体を使うものだが、とくに腕や手の筋力を要求される。てのひ
らにだって、筋肉は付くものなのだ。
「指先が、すごく硬いなって思ったんです」
「わたくしの指先が?」
「初めはちょっと意外でした。でもすぐに、とってもリュミエール様らしい
と思いました。リュミエール様のハープの音色が美しいのは、この指がある
からなんだわ、この指が、音色を支えているんだわって…。ううん、指だけ
じゃない、全身が支えていらっしゃるんだわ。聴いていると、包み込まれる
ような…まるで、リュミエール様みたいな優しい音色を」
「なるほど、そういうことですか。ですが、わたくしの指や体が支えるのは
ハープだけではありません、もっとたくさんのものを支えています。…そし
て、何よりも支えたいのは―わかりますね、アンジェリーク。わたくしはあ
なたを支えたいのです」
「リュミエール様…わたしも、リュミエール様を支えたいです」
そう言って二人は、血豆のできた中指越しにくちづけた。
「ところで、他にも硬くなっている所があるのですが…」
リュミエールは重ねたままの手を自らの下半身に導いた。「きゃ」とちい
さく叫んだだけで、アンジェリークはすぐにその正体を理解した。
「痛い思いをさせたくはないのですが…それ以上に、わたくしはあなたが欲
しい」
「…優しくしてくださいね、リュミエール様」
微笑んだアンジェリークをリュミエールは抱き締め、前髪の生え際から順番
にキスの雨を降らせる。おでこに、ほっぺに、鼻のてっぺんに。あごの先に、
耳のうら側に、頸動脈のうえに。肩に、二の腕に、手首に。脇腹に、太もも
に、むこうずねに。くるぶしに、小指の爪に、ふくらはぎに。尻たぶに、肩
甲骨に、ぼんのくぼに。すこしずつ、息を吹きかけてキスしながら、うぶ毛
の先をかすめるように手を滑らせる。
決して激しいとは言えないリュミエールの愛撫に、アンジェリークはじり
じりと追い詰められていた。自分の身体の中心から、汗とは違う液体がつぎ
つぎに溢れてくるのがわかる。
リュミエールはアンジェリークの脚を抱え込み、濡れて光る秘所に、自ら
の先端でタッチした。裂け目をなぞるように動かし、花芯の入り口を探し出
す。すこしずつ、体重を掛けていく。
ところが。
そこは固く閉じてリュミエールを弾き返し、脚はガチガチにこわばって、
頑に彼の接近を拒む。小奇麗な膝頭は、どんなに押してもびくともしない。
「そんなにかたくならないで、力を抜いてください」
「抜いています、抜いていますけれど」自分でもどうにも出来ない。気持ち
は早く来て欲しいのに体が言うことをきかないのだ。
「あせらないでください。大丈夫、怖くありませんからね」
「はい」
アンジェリークは必死で脚を曲げようとするが、なかなか思う通りにならな
い。
もう少し頭をひねり時間をかける必要がある、とリュミエールは思った。
それにこれ以上、苦しそうな顔を見るのは耐えられそうになかった。持ち上
げた太ももを降ろすと、寄り添うように横になり、アンジェリークを抱き締
める。
「ごめんなさい、ごめんなさい」
「謝ることなどありません。あなたにはどこにも落ち度などないのですよ」
「でも、でも…」
「アンジェ、どうか自分を責めないでください」
頭をそっと撫でながら、ときおり顔を上向かせ、涙を嘗め取る。背中をポン
ポンとあやすように軽くたたき、こわばったままの太ももを揉みほぐす。
泣きじゃくっていたアンジェリークがすこしずつ落ち着きを取り戻し、リ
ュミエールの背にそっと腕を廻す。やがて、彼の胸に顔を寄せると猫のよう
に頬擦りしてみせた。
「もうすこし…頑張れそうでしょうか」
「はい」
「少し辛いかも知れません、我慢していただけますか」
「はい」
リュミエールは背中をさすっていた手を、下へと動かし、尻の終わり、脚
と脚の隙間からそろりと滑り込ませた。いまだぐっしょり濡れたままのそこ
は、軽く触れただけで新しい甘い蜜を滴らせる。アンジェリークの腕をほど
き腰を掴み、ぐるりと体を回転させる。背筋に唇を這わせ、首にかかる髪を
とかし付け、生え際の後れ毛にキスする。さわさわと太ももを撫で上げ、あ
らためて、秘密の場所に前から指を忍ばせる。
ぴちゃぴちゃと物欲しげな音が響き、アンジェリークはおもわず耳を塞ぐ。
花芯は汲めども尽きせぬ泉のように、こんこんと恵みの水を湧きだして、
リュミエールの手首までも濡らしていく。柔らかな肉襞の奥、花芯の入り口
がうねうねとうごめき、ようやくほんの僅かだけ口を開く。中指の先をめり
込ませると驚いたようにきつく締め付け、不埒な侵入者に戒めを与える。
「アンジェリーク、愛しています」
耳を覆っていたアンジェリークの手をどけて、熱い吐息を交えてささやく。
ほっそりしたうなじに何度もキスする。すこしだけ戒めが緩くなると、もう
一方の手でヒップラインをまさぐり、かと思うとやわやわと乳房を揉む。わ
ずかに柔らかくなった内壁が、ゆっくりと開いていくのに誘われ、すこしず
つすこしずつ、奥へと入ってゆく。
第二関節まで埋めたところで
「うぅ…」堪えきれなくなったアンジェリークが、苦し気なうめき声を漏ら
す。リュミエールは全身で、ひときわ強くかの女を抱きすくめる。
「アンジェ、どうか、我慢してください」
「大丈夫です、リュミエール様」返す声が震えている。
「落ち着いて。深呼吸して、ゆっくり息を吸って…吐いて」
二人して呼吸を合わせる。
しばらくそのまま動かずにいたが
「続きを」
アンジェリークの控えめな、しかしはっきりとした声にしじまは破られた。
指は探るようにゆっくりと中を進む。拡げるように前後させる。軽く曲げ
た指の腹で内壁を引っ掻く。リズムをつけてかき混ぜる。ぴったりと押し付
けて秘所全体を震わせる。
喉の奥から押し出すような、低い悲鳴ばかりだったアンジェリークの声に
嬌声が混じり始める。内壁が弾力を増し、指に、自由に動きまわる空間を与
える。リュミエールが指を引き抜くと、アンジェリークは「あ」とちいさく
叫び、全身を戦慄かせた。
リュミエールは体勢を変え、アンジェリークに向かい合う。アンジェリー
クの目の前で、いままでかの女の中に埋まっていた中指をくわえてペロリと
舐めてみせる。その動作が苦痛の裏側に隠れていた羞恥を引き出したのか、
耐えきれず、耳のふちまで真っ赤に染めて縋り付いてくるアンジェリークの、
蜜壺にもういちど指を入れる。もはや誰の耳にも明らかな、泉の水と指が戯
れる音。無秩序に動きまわる、リュミエールの硬い指先。ハープを爪弾くか
のように、時に優しく時に激しく、アンジェリークの中を行き来する。親指
の腹が、時折思い出したように充血しきった花芽をこねる。
アンジェリークは押し寄せる快感の波に溺れ、知らず腰をたゆたわせ、狂
ったようにしがみつき、何度も何度もくちづけをねだる。指をリュミエール
の髪に絡ませ、くしゃくしゃと頭をかき混ぜては、絶え間なく可愛い鳴き声
をあげる。
「あ…いや…いや…!!」
アンジェリークの内側が大きく弛緩と収縮をくり返す。リュミエールは体
をぴったりと密着させ、なだめるように髪を梳く。
「あ、あぁあああああ!!」
湖面に跳ねた魚が拡げる波紋のように、中心から爪先まで、戦慄きが伝わっ
て、かの女は二度目の絶頂を迎えた。
少しぐったりしたアンジェリークをリュミエールは抱え起こすと、ベッド
の上、半ば投げ出して置かれた自分の脚の上に座らせる。胸板で小づくりな
頭を受け止めると、もたれ掛かるかの女の重みを、やけに心地良く感じる。
体を近付け抱き締めると、アンジェリークも背中に手を回し、温もりを確
かめるように抱き締め返す。深くくちづけ、腰を掴んですこし持ち上げ、泉
の入り口に昂った自身をあてがう。アンジェリークが唾を飲み込むごくん、
という音が「覚悟はできました」と告げていた。
「許して下さい。わたくしはもう、あなたの痛みを減らす術を持ち合せてい
ないのです」
ぐっと先端を押し込み、アンジェリークが深呼吸するのに合わせ、少しずつ
未到の奥地に踏み込んでいく。
アンジェリークは、中指とはあまりに違う大きさと重さを持つ熱の楔を打
ち込まれ、体を裂くような激痛に歯を食いしばって必死で耐えている。
「ここを噛んで構わないのですよ」リュミエールは言って、アンジェリーク
に自らの肩を提供する。
「愛していますアンジェ」
隙さえあればリュミエールを押し戻そうとする、内壁の締め付けに耐えな
がら、漸く半分ほど埋まったところで一気に下から突き上げる。
大きく弾むベッド。バラけるアンジェリークの両腕。耳を劈くような悲鳴。
バランスを崩し離れる二人のシルエット…全てが、スローモーションでも捉
えきれないくらいのスピードで、起こった。
塞いでいたものを無くした孔から鮮血が拡がり、シーツに染みを作ってゆ
く。
アンジェリークは目をぱちぱち、口をぱくぱくさせ、糸で引っ張られたよ
うにベッドに倒れこんだ。
「アンジェ!」
慌てて近寄り無事を確かめる。どうやら気を失っただけのようで、リュミエ
ールはふうっと安堵のため息をつく。
よほど緊張していたのだろう。それなのに、あんなに一生懸命、自分に応
えてくれた。それを思うとリュミエールの胸は締め付けられる。蕩けた瞳と
愛らしい声が脳裏によみがえる。
腕の中のアンジェリークは、これ以上強く抱き締めれば壊れてしまいそう
で、これからかの女の双肩にかかるものの重さを思うと、心臓が握りつぶさ
れたように痛む。自分の降した判断に、ふと疑問が生じる。
――いっそこの腕に抱いたまま、こっそり聖地の門を超えてしまおうか。
そんな事さえ考えながら、再びアンジェリークに視線を落とすと、蒼白だっ
た顔に少しずつ色が戻り、黄金色の、羽根のような、なにかに包まれてゆく。
――あなたがどんな状況に置かれようと、あなたを思い支え続けると決めた
筈だったのに。
欲望の淵から引き戻されたリュミエールに、自嘲の笑いが込み上げる。
アンジェリークの唇は元通りの薔薇色に染まり、静かな吐息を立てはじめ
ていた。「ありがとう」低く呟いて、リュミエールはそっとくちづけた。
明け方の気配に、アンジェリークは目を覚ました。広がる風景は見なれた
寮の自室のものではなかった。ゆったりした衣に身を包み、清潔なベッドの
なかに横たわる自分。きちんと整えられてハンガーに揺れるワンピース。差
し伸べられた腕枕。隣で眠っているリュミエール。胸に刻まれた赤い印のほ
かに、情事の残り香を纏うものはない。
置かれた状況を確かめ、途切れた記憶とつなぎ合わせる。出した結論は、
全ては彼が始末してくれた、ということだった。
起こして謝りお礼を言おうかそのまま眠りの邪魔をせずにおこうか、しば
し逡巡していたが、姿を見せ始めた太陽がアンジェリークの思考を遮る。
早く帰らなければ、誰かに見咎められる前に。この思いは始まったばかり
の、二人だけの秘密だから。
できるだけ音を立てないで急いで着替えると、テラスに面した窓を出る。
いつも髪に結わえていたリボンにひとこと、走り書きをのこし、リュミエー
ルの中指にこっそり巻き付けて。
「リュミエール様はわたしを、女王を支えたいとおっしゃって下さった。あ
のかたの期待に応えたい。わたしはあのかたのような深い優しさで、宇宙を
守り導いていこうっと。そうしよっと!」
決意を言葉にして確かめれば、いつもの楽天的なかの女に戻る。
遥か遠くに闇の残る夜明けの道を、アンジェリークは走り出す。身体のあ
ちこちが痛いが足どりは力強い。
鋼色だった空が太陽の炎に照らされ、夢を見ているような美しいグラデー
ションに彩られる。雨に洗われた緑の梢を二羽の小鳥が飛び回り、落ちた雫
が光に煌めく。朝の匂いが地に満ちて、風が金色の髪をくしけずる。
遠ざかるアンジェリークの後ろ姿に、彼女の未来に幸多かれとリュミエー
ルは願った。
「続きは、いつかかならず」リボンには、そう書かれていた。