「それじゃあ、林子 明日も早いんだから、夜更かししないですぐ寝るのよ」
林子をマンションの入り口まで送り届けると、サングラスを掛けた彼女のマネージャーは別れ際に釘を刺した。
「あいあい、わかってるって! また明日♪」
仕事疲れをまったく見せず、笑顔で調子よく林子は答える。その手は“早く帰って”というように元気にヒラヒラッと振られていた。
「まったく、もう……」
自分の忠告などはどこ吹く風で、林子はどうせ又あの“エンジェリックレイアー”のビデオでも見るんだろう。
そうは思ったが、林子がそれで仕事に支障をきたした事はない。結局、マネージャーはため息一つ残して帰っていった。
車のテールランプが角を曲がるまで見送ると、林子は悪戯っ子のような顔になる。
「さてと、」
クルリッと振り返ると、
「どうしようか♪」
こちらも負けずに、悪戯っ子の顔で王二郎が立っていた。
「うわぁ!?」
予想外の人物の登場に、思わず林子は後ずさる。さすがにタレントで、こういうときでもリアクションは大きい。
それにアイドルなどをやっていれば、ストーカー紛いの変質的なファンも多くいるので、咄嗟に身体が距離を取った。
「驚かせちゃった」
「なんだぁ〜〜 もう、王二郎くんかぁ」
しかし、相手が王二郎だとわかると、林子は自分から近づいていく。
「こんな時間にどうしたの?」
時計はもう0時を回っている。まさか、いつ帰ってくるかわからない林子を待っていたわけでもないだろう。
「ん? なんとなく、林子さんどうしてるかなって」
「そ、そう」
理由がないのに来てくれたのが、なぜか林子には嬉しかった。そう思う一方で……
……でも王二郎くん……女たらしだから気をつけないとなぁ……
初めて身体を許したときの、あの手慣れた所為からしてああなるのは確信犯だったんだろう。
林子はまんまと毒牙に掛かったというやつだ。それでも、王二郎に好印象を持っている自分が林子は不思議だった。
「部屋、上がってもいい?」
「……うん」
扉を開けたときの事を想像するだけで、心臓のドキドキが止まらない。
……どうなるかわかってんのに……それとも……期待してるの…………わたし……
ボソリッと、王二郎にバレないように呟く。
「……林子のお勉強タ〜〜イム、スタート」
「なにか言った?」
「ん? べつになにも」
「へぇ〜〜 やっぱり女の子の部屋だね キレイに片付いてるなぁ ウチとは大違いだ」
「ふふふっ ま〜〜ね〜〜 ブイッ!!」
人は見かけによらずと言うが、これで以外に林子は綺麗好きだ。
さすがに、いまをときめくアイドルの部屋だけあって、一人暮らしにしてはずいぶんと広い。
「でも掃除とか大変でしょ?」
「うん、だから休みの日に掃除するときは徹底的にやるんだぁ あ、ちょっとこれでも見て待っててくれる ポチッとな」
リモコンを操作するとテレビの画面に映ったのは、当然エンジェリックレイアーである。ファイトしているのは二人の知り合いだ。
金色の巻き毛をふわりふわりと揺らし、純白のエンジェルがレイアーを舞っている。
相手はふれることさえ敵わない。
不用意に飛び込んできたところを軽やかなステップでかわすと、強烈なカウンターを叩き込んでいた。
「ランガのお手本としてチェックしてるの 死の踊りがネタバレしちゃったからさぁ ヒカルや鈴鹿も候補だったんだけど……」
「うん、いいと思うよ ブランシェで」
「お、レイアーの貴公子のお墨付きかぁ 林子ちゃんも見る目あるなぁ♪」
王二郎は足元にあるクッションを拾い上げると、腰を下ろして熱心にテレビを見る。
その目はレイアーでファイトしてるときのように真剣だ。エンジェリックレイアーに関することでは、王二郎に一切のウソはない。
林子はその様子を見てほっと胸を撫で下ろすと、こっそりと足音を立てないようにその場を離れる。
“カッ……チャ……”
目的の部屋に入ると、林子は急いで服を脱ぎ始めた。
一日中仕事をして汗をかいた人間、それも女の子が帰ってきて一番最初にすることは決まってる。お風呂だ。
王二郎が近くにいるのにバスタイムとは、『襲ってください』と言ってる様なものだが、汗臭いのには耐えられそうもない。
それに男の子が、気になる男の子が傍にいるのだ。女の子の身だしなみである。
“シャカッ……シャカッシャカッシャカッシャカッ……シャカッシャカッ……”
枝毛も気にせず、いつもの三倍速で林子はシャンプーする指を動かすが、どうやら向こうは五倍で動いていたようだ。
“にゅるん……”
腋の下から石鹸の泡に包まれた林子の胸に触れてくる。
「く、来るとは思ってたけど は、早いね王二郎くん」
「期待には応えなきゃね♪」