アイネスト×ミズー  
 
 昼間のリハビリの疲労もある、今日は熟睡出来るんじゃないだろうか。  
見慣れた天井の染みを見つめてミズー・ビアンカはそう思った。  
この村に治療の為に拘束されてから一ヵ月近く。体調は随分回復したと…言ってもいいだろう。  
リハビリを始めた頃の、満足に立てもしない状況から考えれば何だってマシというだけだが。  
以前の状態に戻れるにはまだ時間がかかる。もう今更焦っても仕方ないわよ、と言ったのはジュディアだった。彼女は今、この村には居ない。  
最初は彼女は鬱陶しく思ったもののベッドから動けない日々では話し相手が居るのはありがたかった。なにより彼女は喧しくないのがいい…そう…誰かとは違って……  
 
思考は目的もなく移りかわり、ミズーは暗闇の中寝返りを打った。  
やはり節々の痛みは残っている。慎重に体勢を選んで寝入ることが必要だ。  
 
目を閉じる。眠りはそう遠くなかった。いつものように鐘の音が聞こえてくる。  
だが、その過去の映像はいつもとは違っていた。現実に近い意識で思い浮かんだある男の姿。  
見下すような笑い顔が不快だった。なぜ今、奴を思い出さなければならない?!  
眠りは一瞬で苦しいものに変わる。頭が締めつけられるように痛い。  
夢の中で男が手をこちらに伸ばす…  
 
「こういうのを」  
 
――殺さなければ!!  
夢の中ではない「現実」の間抜け声にミズーは瞬間、目を覚ました。  
 
「以心伝心て言うのかな」  
 
ミズーは飛び起きようとしたが、それは出来なかった。  
暗闇の中、目を凝らすまでもなく目の前に男の顔がある。  
自分の予想より遥かに接近した男の姿に心臓が跳ねる。  
男は完全にベッドに乗り上げ、膝はミズーの腹の上に押し付けていた。  
 
「アイネスト!」  
 
ミズーは鋭く叫ぶ。そして一瞬でも油断した自分を恨んだ。無意識に武器が何か無いか求めるが、  
それが無駄であることは十分に分っていた。武器の類は全部医者に取り上げられているのだ。  
武器が手元にありさえすれば、自分はとっくにこの村から逃げ出している。  
 
「今、ぼくのことを夢に見ていてくれたね」  
 
アイネストは自分のしていることが分っていないのか、屈託なく笑っていた。  
その姿にいつも以上に警戒が働く。  
 
「心をまた読んだわね・・?」  
 
ミズーはうめく。関係ない。彼がいつ何をしようと殺してしまえばいい。  
殺すのに武器は必要ではない!咄嗟に念糸を放とうと意識するが、鋭い痛みが頭を支配して  
集中できない。アイネストは少しもこちらを恐れていないようだった。  
(暗示で封じられた…)そう気付いて、今度は無造作に腕を突き出す。  
単純な腕力でも自分の方が上だ。その筈だった。  
 
首を突き出した腕をあっさりと避けると、アイネストは逆にミズーの腕を掴み返した。  
そして再びベッドに力任せに押し返してくる。  
「訓練の最中に転んだんだろう?無茶はしない方がいいよ」  
ベッドに沈んだままの逆の腕も纏めて頭の上に押さえつけられる。  
「…ッ!」ミズーは声にならない叫びを上げた。  
それは捻挫して使い物にならなくなっていた腕だった。  
大したことはされていないというのに、刺すような痛みが全身を支配する。  
「ようやく機会を得た。我慢する時間は長かったよ…暗示で全部の動きを封じられるわけではないからね。」  
「お笑いだわ。こうまでしないと女一人抑えられないのね。」  
ミズーは痛みを我慢すると、なんとか平静を装って殺気だけでも浴びせる。  
もっともそれくらいでひるむような相手ではないが。言葉でアイネストを負かせられた試しはない。  
アイネストはミズーの冷たい言葉に即座に切り返してきた。  
「君が普通の女だったらここまで手間はかけてない。やっぱり君は恐るべき存在だ。  
こうしていてもすぐにでも押し返されそうだね…そんなにぼくが憎い?」  
「ええ。」  
「でも、今の君じゃ何も出来ないよ。それくらい弱っている」  
ミズーは今の体勢よりもアイネストの言うことの正しさに何よりも屈辱を感じた。  
今の自分は恐ろしく弱い。助けとなる武器は何もない。頼りない自分の身体に一瞬震えが走った。  
いつも主導権は自分にあったのだ。言うことを聞かない相手は力任せに従わせれば良い。  
しかし、この状況では…  
(なんでわたしがこの男に従わなきゃならないの?!)  
あまりの理不尽に眩暈を感じた。弱肉強食とはこういう事なのか…?ミズーは唇を噛んだ。  
 
「で?あなたは何をしに来たの?言っておくけど少しでも隙を見せたら殺すわよ。」  
何をしに来たのかなど聞かずとも分る。ただその行為の想像はまるでつかなかったが。  
それは遠い世界の出来事のように朧な印象で、自分には関係のない危険の筈だったのだ。  
その危険が、何よりも弱い男によって突き付けられている。  
…自分にアイネストの本心など分るわけがない。分りたくもない。  
「じゃあまず、ぼくらのルールを決めようか。」  
アイネストは少し考える風な素振りをするとミズーの脅しは無視し、  
余裕たっぷりに言ってきた。それも口調を真似て。  
また心を読まれた!とミズーは舌打ちしたくなったが、思いなおす。  
心を読まれるまでもなく、自分の考えてることなんてすぐに分ってしま  
うのだろう。そうやって昔から自分は観察され続けてきたのだ。数ヶ月前までは  
顔も知らなかったこの男に。それでも今は、アイネストの言う事を聞き入れなければならない。  
「ひとつ、ぼくが封じているのは君の念糸能力だけ。それ以外の抵抗はご自由に」  
嬲られている――そう思った。この男は自分の無力さを見せつけた上で陵辱したいのだ。  
「それからもうひとつ」  
それまでの口調とは違う静かな声。ミズーはふと相手の表情を正面から見てしまって  
猛烈に後悔した。アイネストはいつもの涼しい顔をしていない。  
それは欲望を持て余した、ただの男の顔。  
(嫌だ!)無様なのは承知で発作的に逃げ出そうとする。無防備に投げ出されたままの足を  
動かそうとするが、アイネストは冷静だった。ミズーの体に乗り上げていた膝に力を込める。  
「あ…くっ!!」  
腹部を圧迫されてミズーは声を上げた。傷が痛んで身動きが取れない。  
アイネストはそこに傷があることを承知した上で抑えているのだと、容易に想像がついた。  
「ぼくは君に殺されるまで止めないから、そのつもりでね。」  
 
今まで、どんな拷問をされようとも声を上げる事だけはしまいと誓ってきた。  
ついでに言えばそんな状況に陥った事も無かった。だが、今の自分はどうだ?  
ズキズキと響く痛みに汗が滲み、呼吸も荒くなる。  
ミズーの力が抜けた一瞬の隙を見計らって、アイネストは二人の間にあった  
シーツを引き剥がす。ミズーはまだ動けない。  
アイネストはその下のミズーを見つめて、静かに息を吐いた。  
「これはまた、随分と色気のない格好だね」  
(うるさい)  
心の中だけで反論をする。痛みと羞恥とに身を捩って枕に顔を押し付けた。  
ミズーの赤い髪が表情を隠すように広がり、アイネストの視線を締め出した。今更ながらに  
自分の無防備さを恥じる。身に纏っているのは下着のみ、上半身に至ってはシャツ一枚だけだ。  
おまけに身体中傷だらけ。自分がみっともない格好をしているのは十分承知している。  
普段なら裸を見られたくらいではどうも思いはしないが。殺し屋としてでなく、女として扱われる  
など初めてだったし、それはミス―には我慢ならないことだった。  
(嫌…)ミズーは酷く気弱になっている自身を意識した。アイネストが胸に触れてきても  
身体が強張るばかりで振り解けない。アイネストの手はシャツの上をさ迷うように動く。  
「…ッ」  
胸を揉みしだかれる行為にミズーは身震いした。嫌悪感とそうではない何かの感覚を危険に思う。  
本当に自分が自分ではないかのようだ。アイネストの視線から逃げるように、ミズーは  
枕に顔を必死で押し付ける。  
「抵抗しないんだ。・・調子に乗るよ?」  
低い声が耳元で囁かれる。肉感的な胸の頂きを摘まれて、無意識に情けない声が上がる。  
「…ぁ…」  
その小さな声に気を良くしたアイネストは更にそこを攻めたてた。  
「はぁっ…ぁ、ぁ…」  
シャツの上から口に含まれて、舌先で、そして時折歯を立てるように愛撫する。尖った先が布ごしに  
透けていやらしい。最初の印象よりもミズーの身体はずっと成熟してるように思えた。  
アイネストは豊かな胸に顔を埋めて貪る。つい夢中になってミズーの反応をそっちのけに。  
ふと気付けば、アイネストの首にミズーの腕が絡まっている。  
「――!」  
恨めしそうな表情を浮かべたミズーの顔が一瞬笑みに歪んだ。  
 
ミズーはアイネストの喉元を締め上げる。握力は普段の半分以下の力も  
ない。それでもアイネストの動きは止まる。ミズーは突き放すことはしなかった。  
逆に首に手をかけたままのアイネストを身体の上に引き摺り倒す。  
先程と同じような体勢で、今度はミズーが引き寄せたアイネストの耳元で囁く。  
「身の程を知りなさい」  
低く、うめくような声。力を精一杯込めているつもりだが、ミズーの意志に反して  
最後の力は徐々に抜けていった。アイネストはなすがままに、そんなミズーを穏かに  
見つめている。(駄目だ…もう殺せない)腕に力が入らないのだ。  
いつのまにかミズーの腕はアイネストの髪に絡むばかり。  
傍目には愛し合う恋人同士に見えたかもしれない。部屋に充満した殺気を無視すればの話だが。  
「いいご身分だね。君も感じていたくせに」  
アイネストはそっけなく言うだけだ。  
「無理矢理犯されても文句は言えないよ?」  
それは脅しだったのか。アイネストが太股に触れる。ミズーはその恐怖に一瞬身体を強張らせた。  
(でもそれは無いわね)  
不愉快極まりないが、この男は人がじりじりと追い詰められる様を愉しんでいる。  
「なら食い千切ってやるわ」  
せめての抵抗をミズーは続ける。実際チャンスさえあれば相手の舌でも噛み切ってやるつもり  
だったのだ。もっともこの男も馬鹿ではないので無策で口付けをするような愚は侵さない。  
そのかわりとばかりに耳を甘噛みする合間にアイネストが囁く。  
「期待してるよ」  
アイネストが耳、鎖骨…と順に口と手を這わせていく。  
こんな男に抱かれてはいけないと自らを戒める程、その倒錯が誘惑する。  
「んっ…ぁ…はぁ・・ん」  
いいように弄くられて、今の自分は慰みモノ以外の何者でもない。  
そんな状況を素直に受け入れるわけにもいかず、過ぎた快楽を押し殺し、ミズーは控えめに喘いだ。  
 
ふと、それまで黙っていたアイネストが口を開いた。  
「……ねぇミズー。君は処女なの?」  
その質問の裏――彼が言いたい事に思い当たってミズーは羞恥に頬を染めた。  
「違うわ。」  
逃げるように顔を背けて、早口で否定する。アイネストはミズーの脚を開かせに  
かかっている所だった。自らの身体を挟ませようとするが、ミズーの身体が不自然に震えている。  
「え、本当に?だったらそこまで怖がらなくても…」  
観察者としてではない、いつもの軽薄な調子でアイネストは言ってきた。ミズーには相当に嫌わ  
れているので、ある程度の予測はついている。それでもアイネストはミズーの反応が腑に落ちない。  
最初は…まぁ強引だったものの、優しくした方だろう。なのに、これでは行為そのものに恐怖があるとしか思えない。悪意もなく純粋に聞いてきたアイネストに対して、ミズーはぽつりと答えた。  
 
「昔…あそこ…で…塔に居たころに…」  
「へぇ?」  
それは予想していた答えでもあった。  
ミズーはその記憶を思い出したのか、眉間に皺を寄せてうめくように言う。  
聞きながら、アイネストの興味はとうに失せてしまっていた。  
抵抗する気力も失せたのか、脱力した彼女の身体を見つめる。  
邪魔な下着を脱がせようと手をかければ、やはりきつく睨まれた。  
一応手は止めてやった。  
「他の訓練と変わらなかったわ、何ひとつ」  
ミズーは吐き捨てる。苦痛でしかなかった。塔に居た頃の記憶はあやふやな  
ままだったが、また一つ思い出した。  
「そう。…でも今までは忘れていたんだ?」  
アイネストはいちいち癇に障る言い方をしてくる。反論しようにも言葉が出てこなくて、  
唇を噛んだ。そもそもあの狂った場所に自分を落したのはこの男なのではなかったか。  
「そうよ!あなたの所為で思い出した…わたしは…」  
怒りよりも別の感情が押し寄せて、ミズーは不意に泣きそうになる。  
身体の自由が利かなくて、今、犯されようとしている自分は何なのか?  
「泣きそうだね」  
そんなミズーをアイネストは冷静に見下ろしている。全く変わらない調子で淡々と。  
アイネストが優しく頬に触れてくる。それが怖かったのかもしれない。身体がまた震えた。  
「泣いてもいいよ。ぼくはそんな君を見たくもないけどね」  
突き放す言葉。(泣くもんか)ミズーは恨み言と感情とを飲み込んだ。  
「ひっ…!!」  
次の衝撃はすぐ訪れた。身体が跳ねる。アイネストは下着の上から、舌を押し付けてくる。  
自分の目で確認するまでもなくそこは悲惨な状況だろう。ミズーはきつく目を閉じた。  
「こんなに濡らして。少しは割り切ったらどう?」  
アイネストの表情が酷薄に歪んだ。弱りきった彼女の姿見る事はアイネスト  
の嗜虐心を大いに煽った。もっと意地悪く―――追い詰めたい。  
ミズーは花芯への刺激に身悶える。状況を忘れれば、それは確かに悦楽だった。  
今まで体験のない状況に、急に思考力が失われてゆく。身体だけは素直に  
より多くの快感を求めて蜜を溢れさせた。  
「んぅっ…ぁ、は…ふぁ」  
自分でも信じられない程の切ない声を上げて、ミズーはなすがままになっていた。  
アイネストが役割を果さなくなった下着を脱がせても、目で追うことも出来ない。  
「もぅ・・だ、め…」  
ミズーは一糸も纏わない肢体を晒して呼吸を荒くする。汗ばんだ肌に赤い髪だけがまとわりついた。  
「―――ッ!!」  
溢れたものを吸うかのように蜜口に舌が侵入した瞬間。  
ミズーは声もなく、意識を飛ばしていた。  
 
今、わたしは…  
意識を失ったのは一瞬だったようだ。  
荒い呼吸と痙攣をおこしたかのように震える体。内が燃えるように熱い。  
薄目で見やった自分の身体はもう別の生き物のようになってしまっている。  
未練がましくシーツに染み込んでいく蜜液。ミズーは必死で目を瞑った。  
(なんなの!)情けなくなるくらい単純な快楽に溺れて。  
しかもこの悪夢はまだ終らないのだ。この先に行われるであろう行為を夢想し、  
身震いする。塔の狂人共と、この男と。きっとどちらも変わらない。  
「それは違うな」  
唐突に心の中の叫びに答えられ、思わず男を睨みつけるが。  
それでもミズーでさえ根負けしてしまう程に、アイネストの瞳には危険なものがあった。  
心なしか、呼吸も上擦ったものになっている。  
「だってぼくが興味を持つのは君だけだし」  
アイネストの指が秘所に伸びて、さっき執拗に攻めたてた場所に触れた。  
そしてそのままゆっくりと侵入させてくる。  
「いや…っ」  
身体は言うことをきかなくても、男を憎む気持ちだけは残っている。  
ミズーは必死で身を捩って枕に顔を埋めた。完全に背中を向け、  
犯す指の動きに耐えようとする。覚悟していた程の痛みは無かったが、自分でも  
知り得ない部分まで犯され、悦楽を見出され――頭がおかしくなりそうだ。  
固くなった乳首がシーツに擦れることさえ、堪らない刺激となってミズーを襲う。  
「ぅ…ううっ…ぅ」  
獣のようなうなり声を洩らすミズーを組み敷いて、アイネストは満足げに呟く。  
「こんなの久々だよ。俗っぽい欲求はとうに無くなったと思ってたのに」  
ミズーの何もかもを知り尽くして――そして触れたい。  
それは観察者として、いき過ぎた感情だと知りつつも止められそうにない。  
「はぁっん!」  
指を二本に増やす。不意に高い悲鳴を上げたミズーを容赦なく嬲る。  
彼女をより乱れさせることが、彼女にとってのなによりの屈辱なのだろうから…  
「ここがいいの?」  
「やぁっ・・違ッ」  
「――君も。存外、普通の女と変わらないよね」  
「ちがッ・・う・・わたし・・は!」  
もう殆ど無意識なのか、泣き言のようにミズーが叫ぶ。プライドが高い彼女の神経を  
こんな手段でズタズタに出来るとは。文句なしの結果だが、その代償にアイネスト  
自身の理性も飛びそうになっている。もう一言も喋らずに没頭してしまいたい。  
すでに濡れて淫猥な音を響かせている箇所。そこを侵略する指は、快楽を引出そうとする  
のではなく、もはや己を受け入れさせる為に事務的に掻き回すだけになっている。  
(必死になりすぎたな)  
遠い意識でアイネストは苦笑する。もう後戻り出来る段階ではない。  
もし、それが出来たのなら。自分はとうに完璧な観察者なはずではないか。  
そもそも彼女を抱きたいだなんて思わなかったはずではないか…?  
「ミズー。」  
名を呼ばれてミズーの目が見開く。指がずるりと引出される感覚に戦慄いた。  
少し冷静になればミズー自身だけでなく、アイネストも熱にうなされているかの  
ような表情を見せている。それは欲望を無理矢理抑え込もうとしてのものか。  
或いは、泣きそうな顔にも見えた。  
「ぼくもただの男だよ」  
 
だが、アイネストの表情を捉えられたのはそれまでだった。  
そのまま再び正面に向かい合う形で脚を開かされ、上から抑え込まれる。  
硬いものが自分のどろどろになっている箇所に押し当てられていると気付いて、  
ミズーはまた悲鳴を上げそうになる。  
(嫌!)  
でもそれは思い止まるしかなかった。それをしたら今度こそ泣いてしまうかもしれない。  
かわりに覚悟をした。痛みと羞恥とを耐える覚悟を。  
「うぅ…」  
呼吸が止まるほどの衝動。えげつなく、そして残酷に凶器がゆっくりと身体に押し込まれてゆく。  
歯を食い縛る。これまでに体験したどんな痛みとも異なる感触に汗が滲む。  
耐え難い刺激にミズーは焦れた。無意識にアイネストにしがみつく格好になってしまう。  
「ミズー?」  
自分から一気に最奥に押し込めてしまえば、痛みは鈍痛に化ける。  
単純な痛みになら慣れていた。塔の男たちに犯された時も、それで我慢できたような気がする。  
「あ…あっ・・あぁ…!」  
大きく広げた脚をアイネストに絡めて、離すまいと引き寄せる。出血こそ  
ないものの、切り裂くようなそれに、ミズーの意識はむしろ覚醒していった。  
快楽の入る余地もない痛み。あえぐ自分の声も気にならなくなる。  
「ッ・・入ったわよ、全部」  
何とか呼吸を整えて、ミズーはアイネストの耳元で囁いた。  
狭い中に強引に納めたのだ。実際、今のはアイネストの方が苦しかったのではないか。  
絡みついている男の呼吸が荒くなっているのが分る。笑みも維持できなくなったのか、  
アイネストは汗で髪を少し濡らし、途切れ途切れ苦しげに呟く。  
「全く君は…可愛げの…ない…」  
欲望を抑えようと必死になっているアイネストの姿を見て、報われた、と思った。  
ミズーは今夜初めて主導権を握れたような気がしていたのだ。  
「はやく終らせて」  
「――そんなに締めつけられたんじゃ動けないよ」  
なんとか持ちなおしたのか、アイネストは引つった顔のまま体勢を戻そうとしている。  
膝を上げ脚を胸につくようにすれば、嫌でも他者と繋がっていることを強調させてしまう。  
グロテスクなものを出来るだけ視界に入れたくはないが――自分のような女でも他人を侵入  
させる余地があるというのは不思議だった。  
「力抜いてくれる?」  
「無理よ」  
ミズーにとってこれが最後の抵抗だった。震える身体はやはり  
自分を裏切り、悦楽を求めようとうごめいていた。  
 
「ぼくだけの獣にはなってくれないのかな」  
(何を…?)  
何を言っているのか。低い声でそれは突然呟かれた。  
それは男の独り言なのか。それとも告白か――。ミズーは目を見開いて、アイネストを見た。  
やはり彼の本心は読めない。僅かに突き上げる動きに、正常な判断は失われていく。  
「はぁんっ…」  
上下に決まった動きで揺さぶられ、その振幅は次第に大きくなる。  
いつの間にか秘所は全て受け入れるかのように緩みきっている。  
「ぁっ―――ダ、メ…そんなに…」  
「…っ…」  
角度を変えながら突かれる。アイネストはもう何も言ってこなかった。  
あちこち敏感なところに触れ、ミズーの意識は何度も途切れかける。  
ぱちん、と小気味よい音が響く。アイネストがミズーの臀部を叩いたのだ。  
その屈辱にミズーは現実に返る。  
「あんっ…なに…よ…」  
「出すよ」  
そっけない一言だった。一旦、アイネストの身体が退いていく。  
覚悟する間もなく、再び一気に貫かれ―――最奥が濡れる感触。  
今度こそミズーは完全に意識を飛ばしていた。  
 
「ミズー」  
ゆっくりとモノを抜いて、アイネストは呼びかけた。返事はない。  
彼女が目を覚ますのはもう少し後なのだろう。自分自身も疲れきっていた。  
こんな時に眠れないというのは不便意外の何者でもなかった。いつまでもだらだらと  
情事の雰囲気に浸ったままになってしまうかもしれない。アイネストは気を紛らわそうと  
仕方なく口を開いた。誰も聞いていないという時に語るのは、聞き手がいる時よりも楽だ。  
「君は本当に、ぼくを殺せるつもりでいるのか?」  
自ら仕組んだ事とはいえ不安になってくる。  
(ぼくがこんな事しても、君は塵ほども気にしないのかもしれない。でも)  
暫く考え込んから―――アイネストはミズーにそっと口付けた。  
 
***  
少しの寒さを感じてミズーは目を醒ます。夢は見なかった。  
寝ている間だけは何もかも忘れていた気がする…が。あちこちが軋むように痛い。  
泥のように疲労した身体はすぐさまミズーの神経を現実に引き戻した。  
ベッドが整えられているわけでもなく、ただ乱れたシーツの上に四肢を投げ出している。  
汗はとうに引いて乾いているが、下半身の濡れた不快感は残っていた。  
(つまりは…そのまま放っておかれた?)  
陵辱目的で侵入してきた男が、何事もなかったかのように後始末をしてくれるとは  
思っていなかったが。だいたいあれだけの事をされたら取り繕うにも痕跡を消すのは無理だろう。  
 
正直、今の自分に彼の殺すだけの力が残っていると思えない。  
相変わらずの薄暗い室内でもある程度の視界は確保できている。  
頭を巡らせて、目に入った男の姿にミズーは困惑した。アイネストはこちらが目を  
覚ました事に気付かないまま、ベッドに腰掛け背を向けている。自分だけはかっちりと  
服を着込んでいたようだが。――そうだ、この男は決して眠らないのだった。  
(どうしろっていうのよ)  
こんな状態で、男に何を言うべきなのか。やはり殴りかかるべきなのか?このまま寝ている  
ふりをして彼が部屋から出るまで粘るか…。自分の思いつくままにすればいいはずなのだが  
それが出来ない。憎しみはそのままに、何かの行動を起こす気力だけが消え失せている。  
普通の女、と言われたことを思い出した。犯されたくらいで殺意さえ見失うようなら  
確かに自分は「普通」なんだろう。どうしようもない、無力な女。  
身動きがとれないでいるうちに、ミズーの気配を感じたのかアイネストがこちらを見やった。  
誤魔化せない程に目がばっちり合ってしまう。ミズーは観念して重い口を開いた。  
 
「――あなた、まだ居たの」  
そのまま裸体を晒し続けるのも癪だが…もっと奥深い処を散々弄られたのだから、今更な気もする。  
身体を隠す事はせずに、痛む身体を奮い立たせなんとか半身を起こした。  
「わたしが目を覚ましたらどうするのか想像つかなかったのかしら」  
ミズーは努めて淡々と告げた。それがこの場では一番利口な対応のように思えたからだ。  
「想像?ついてたさ」  
アイネストもまた普段と変わらぬ、ぬるい笑みを浮かべている。事の最中に余裕の無い  
彼の姿も見てしまったミズーには、彼の言動全部が演技なのだと分っていた。  
「君は僕に何も出来ないってことはね。」  
「…そうね。あなたの言う通りだわ。」  
もう一言でも喋るのは億劫だが、ミズーは最後の気力でもって告げた。  
「私の機嫌がこれ以上悪くなる前にさっさと消えて頂戴」  
アイネストは意外にもあっさりと警告を受け入れた。今まで部屋に留まっていたのも  
無力になったミズーを堪能するためだったのだろう。  
「そうだね。そうするよ」  
アイネストは戸口に向かって歩きかけ――そして、床に落ちていた下着を  
回収し、無言でそれを差し出してくる。ミズーはそれをひったくると改めて  
アイネストを睨みつけた。今の自分にはそれしか出来ない。ただ出来ることをするしかない。  
「油断してたわたしが悪かったのよ。もうこんな失態はみせない。」  
「君が素直に失敗を認めるようになれるとは、大きな進歩だと思うな」  
別にそれを学習させたかったわけではないけど、とアイネストは心の中で続けた。  
「次は殺す。ちゃんと」  
「どうかな、君は何度もぼくに対してそう宣言してるよ?」  
アイネストは楽しそうですらあった。もうこの男は自分の殺気さえ恐れないのか。  
暫く立ち直れない程徹底的に打ち負かされてしまい、ミズーはうなだれた。  
たとえどんなに困難でもやらなければならない。  
この男を殺さなければいつまでも赤い空の悪夢は終らない。  
「せいぜい頑張ってね…ミズー・ビアンカ」  
アイネストは酷薄な言葉を残し、部屋から姿を消した。  
 
今までも彼を殺す機会はいくらでもあった。でもそう出来なかったのは何故なのか…  
彼が抵抗したからじゃない。自分が何処かで思い留まっていたからだ。  
(大丈夫、わたしには出来る)  
自分は無敵の獣ではないのかもしれないが、相手だって怪物ではないのだ。  
ただの男に過ぎない。アイネスト・マッジオ。  
「殺せる…筈よ…」  
ミズーは力の入らない己の拳を見下ろして、必死にそう言い聞かせた。  
 
了  
 
 
 
 
 

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