「あんたにしかできないから言ってるんでしょ!」
何度目かのどなり声に、アクセスは耳をふさぎたくなった。
しかし、ふさいだらこの子が一層怒るのはわかっている。
怒るのはまだしも、プラズマ球をぶつけられるのはまっぴらだ。
どなっているのはジュビリーこと、ジュビレーション=リー。
アクセスのマーヴル世界の住処に押し掛けてきたのだ。
「ロビンに会いたいの!だから通してって言ってるだけじゃない!」
「駄目だって言ってるじゃないか…」
確かに、DCとマーヴルの二つの世界を行き来するには、アクセスが管理する次元の門を通る以外にない(はずだ)。
しかし、愛のランデヴーのために門を開けるわけにはいかない。
彼女一人が移動しただけでも、世界のつじつまをあわせるのは一仕事になり得るのだ。
それは彼女もわかっていると思ったのだが。
「一度無理に通って大変だっただろ?」
「あんなの全然大変じゃないわ。だから通して!」
確かに、大変なのはアクセスだけかもしれない。
他のスーパーヒーロー達は、この仕事の大変さを理解してくれているのだろうか、と考える。
理解していないに決まっている。
「とにかく駄目と言ったら駄目。」
何十回目かの言葉をアクセスは口にした。
「通してったら通して!」
これも何十回目だ。
ジュビリーはプラズマ球を両手の間で往復させている。今にも投げつけそうだ。
次元の門がプラズマ球で壊れるものなら、彼女は容赦なく壊しているに違いない。
「駄目。帰りなさい。」
かき集められるだけの威厳をかき集めてアクセスは通告した。
こういう時、キャプテン=アメリカやプロフェッサーXの人心把握力がとてもうらやましくなる。
かき集めた威厳が効いたのか、ジュビリーが不意にしゅん、とした。
ぱちぱちしていたプラズマ球も消えた。
やっとわかったか、とアクセスは満足に思った。思っていいはずなのに。
彼女の立ちつくす姿が、とても小さくみえる。
うつむいているので表情はわからない。しかし、肩が小さく震えているのがわかった。
なんと言っても、ティーンの女の子なのだ。
しかも、アクセスが門を開けない限り、愛するロビンには会えないと知っている。
かわいそうと言えば、とてもかわいそうだ。
…と考えて、アクセスは頭をぶんぶんと振った。後始末をするのは自分だ。
しかし、すすり泣きを耳にしてはうろたえずにいられなかった。
「あの…君、泣いてるの?」
思わず間抜けな問いを発してしまった途端、ジュビリーの手の中でプラズマ球が光った。
「ごめん!あやまるからそれ投げるのはやめ!」
「…泣いてなんかいないわよ…」
その言葉とは裏腹に、アクセスをにらみつけた目は真っ赤になっている。声も震えている。
「どうしていけないの…ロビンに会いたいだけなのに…」
「…だからねえ…」
「わかってるわよ、何回も説明しないで。」
わかってるならあきらめろ、と言いたいが言ったら彼女は確実に大泣きする。
プラズマ球をぶつけられたり泣かれたりする前に、自分がこの場から立ち去ればいいのはわかっている。
門を開けてあちらへ移動してしまえば済むことだ。
しかし、泣いている女の子を残していく気にはなれなかった。
それに、ジュビリーの目の前で門を開ければ、彼女はアクセスを突き飛ばして飛び込んでいくに違いない。
「あー…その…君の気持ちはわかるけど…」
アクセスはもごもごと言った。
「わかってないじゃない。わかってたら通してくれるはずよ。」
「わかってるけど通してあげられないんだ。どうしようもない。」
「ああ…もういいわよっ!ばかっ!」
ジュビリーが叫んでしゃがみこんだ。両手で顔をおおって、本気で泣き出す。
説得は失敗らしい。アクセスは頭を掻きむしった。
自分のせいじゃない、世界はこうなっているんだ、と弁解したくなる。
「頼むよ…泣かれても困るんだ…」
ジュビリーの前にしゃがみこみ、肩に手をかけて彼女をなだめようとする。
気持ちがくじけたのか、ジュビリーは完全に腰を落として座り込んでしまった。
小さなこぶしで、アクセスの膝を叩いて泣き続ける。
「落ちついてくれよ…」
つぶやいて、アクセスはジュビリーの両手首をつかんだ。舌打ちしたいのをこらえて、ぐいと抱き寄せる。
泣くだけ泣けば落ちつくのかもしれない。
驚いたのか、一瞬泣き声が止まった。しかし、すぐに前にも増した勢いで泣き始めた。
彼女の頭が押しつけられた服の胸元がびしょびしょになりそうだ。
アクセスも脚を投げ出して座り込み、片手でジュビリーの背中を抱え込んだ。
もう片手でハンカチを探す。見つからない。本当に舌打ちしたくなった。
しばらくそのままでいると、次第に泣き声がおさまってきた。
ひくっ、ひくっと時々しゃくり上げる程度になるのを待って、声をかける。
「落ちついた?」
「…ごめんなさい…」
顔をアクセスの胸元に埋めたまま、ジュビリーが小さな声で答えた。
さて、落ちついたら彼女は帰ってくれるのか。
彼女の頭を撫でながら、アクセスは考え込んでしまった。
しかし、ジュビリーの腕はしっかりとアクセスの背中にまわってしがみついている。
ふと気がつけば、これは立派な抱擁ポーズではないか。
腹にジュビリーの胸が押しつけられて、小さなふくらみがつぶれているのが感じられる。
脚の間に彼女の体が無防備に投げ出されている。
しまった、と思った時には体が反応しはじめていた。
さて、どうしよう。…ここまで悩まされたのだから、少々の役得はいいのだろうか。
頭を撫でていた手を、うなじから背中へそっとおろして撫でてみる。
ジュビリーは気づかないのか、まだしゃくりあげながらなすがままにされている。
ふと、よからぬ考えが浮かんだ。
やらせたら門を通してやる、と言ったらこの子はどうするだろうか。
いや、もう少しレートを下げてもいいかもしれない。
ヌードくらいは見せてもらえそうな気もする。
しかし、この子とロビンという子ども二人で、一体どこまでススんでいるのか。
考えたら、ますます興奮してきた。…まずい。本気でまずい。
仕方なく、ジュビリーの両肩をつかんで引きはがそうとする。
なのに。しっかり抱きついて離れない。
どうしろと言うんだっ、と叫びたい気持ちをこらえてとにかく必死で腰を引く。
引くといっても、しがみつかれている上に完全に腰を落としているから、たかが知れている。
「離れてくれ頼むからっ!」
ついに叫びながらジュビリーの頭をぺしぺしと叩いた。
首だけあげて、ジュビリーがこちらを見た。はっきり言ってべしょべしょの顔になっている。
「ぶつことないでしょ…なんにもしてくれないんだから、泣かせてくれたっていいじゃない…」
鼻をすすりながら抗議する。幸い、離れて欲しい理由には気づいていないようだ。
「泣いてもいいけどさあ…」
ぼそっとアクセスはつぶやいた。
「じゃあいいじゃない。」
そう言い捨てて、ジュビリーはまたアクセスの胸に顔を埋めてしまった。
「あーもう、わかったよ。」
ぐすぐすと泣き続けるジュビリーの背中に手をまわし抱きしめる。
そのまま体を後ろに倒して寝転がる。
さすがに驚いたのか、ジュビリーが起きあがろうとするのをしっかりつかまえる。
「しばらくここで泣いてなさい。」
『優しいお兄さん』の演技で言う。
ちょっとの間、アクセスをみつめていたジュビリーの顔がくしゃくしゃにゆがみ、わっと泣き出した。
胸をぬらす涙の冷たさを感じながら、アクセスは黙って天井を見ていた。
手が勝手に動きたがってむずむずする。
ジュビリーの腰を抱いて、両手をしっかりと組み合わせる。
動かさないようにしたつもりが、腰の細さを一層感じることになってしまった…
子どもの領域をやっと脱したばかりの、稚いくびれがちゃんとある。
ちょっと手を下げれば、ひきしまったヒップに手が届いてしまう。
『優しいお兄さん』を悪魔が押しのけようとする。
やっちゃえ、ちょっとくらい触ってもばちは当たらないぞ。
…ばちは当たらないかもしれないが、ジュビリーの保護者はこわい。
拳から生えた爪で串刺しになるのはごめんだ。
全く、ミュータントとかスーパーヒーローとかを相手に仕事をするのは楽じゃない。
手を離し、大の字に寝転がってアクセスは目を閉じた。
気がつくと、ジュビリーは泣きやんで、静かにアクセスの上に横になっていた。
泣き疲れて、眠ってしまったようだ。
…無防備すぎないかこの子…
起こさないように、そっと抜け出す。なかなか難しい。
テーブルにおいてあった携帯電話をつかみ、バスルームへこもる。
ぴっぴっぴ…
「あ、もしもしアクセスです…ええ、そうです。
実はおたくのジュビリーさんがうち来てて…ええ、あちらへいかせろって…
だめですよ…で、泣き疲れて寝ちゃったんで引き取りに…してません!
誰か頼みます…ええ、そうですお願いします。じゃ」
電話を切り、アクセスは深いため息をついた。
10分後、タクシーから降りてきたのはローガンだった。
いつも通りの無愛想な顔で、アクセスにちょっとうなずいてみせて、ジュビリーを床から抱き上げる。
何かぶつぶつとつぶやきながら、ジュビリーがローガンの胸に顔をこすりつけた。
起きるかと思ったが、そのまま寝入ってしまったようだ。
ローガンがふと気づいたようにたずねた。
「なんで床に転がしておくんだ。」
「いや…運んだら起きそうな気がして。」
ベッドに運んだら自制心がなくなる、とは言えない。
ふん、と鼻を鳴らして、ローガンは言い捨てた。
「しばらくこっちに来ないほうがいいぞ。」
「そうするよ。」
DC世界にいれば、ジュビリーの来襲を受けることはない。
ただし、別の来襲がありえないとは言えない。
出ていくローガンの背中を見送りながら、アクセスはまた深いため息をついた。
さて、ゴッサムシティでどうやってロビンから身をかくそうか。
悩みながら、アクセスは濡れたシャツを脱ぎ始めた。