「どうなの綾辻さん。なんとか言いなさいよ」  
ヤヨイの容赦ない口撃に、綾辻さんはうつむいてしまった。  
「やっば、もしかして泣かしちゃった?」  
みゆきが言う。綾辻さんはうつむいたまま小さく震えている。  
僕は綾辻さんが心配になった。もちろん、泣いていないかを心配したわけじゃない。  
彼女はそんなにやわじゃない。心配だったのは、我慢できるかどうか。優等生の仮面の下の本当の綾辻さんが顔を出してしまわないかどうか。  
「……フ」  
綾辻さんの声。  
「あ、綾辻さん?」  
彼女は笑っていた。いつものやさしい笑顔じゃなく、唇を左上りに歪ませて。  
僕の不安は的中してしまったようだ。本当の綾辻さんのお出ましだ。  
「ンフフフ……アハハハハ、アハハハハハハハハ」  
突然高笑いをしだした彼女に、綾辻さんを責めていたヤヨイ、みゆき、ゆーこの表情が曇る。  
クラスの皆も作業を止め、驚きや不審の表情で彼女の方を向いた。  
彼女はフンと鼻を鳴らすと、長い黒髪をかきあげ、嫌な笑顔でヤヨイを見据えた。  
完全に相手を見下しきった表情、目には攻撃の意志が感じられた。  
「あーあ、馬鹿馬鹿しい。あなたたちの言っていることは創設祭と関係の無いことばかりじゃない。なにそれ。もしかして嫉妬?」  
たじろぐヤヨイ。完全に形勢逆転だ。  
さらに綾辻さんの攻勢は続く。彼女はツカツカとヤヨイに歩み寄る。  
「いいこと教えてあげる。クリスマスツリーは中止にならないし、スケジュールだって去年に比べて十分間に合うペースなの。  
みんなに手伝ってもらうのはそれを確実にするため。信用できないならいくらでも資料を見せてあげるわよ」  
戸惑うヤヨイの胸元にひとさし指を突きつける。ヤヨイの取り巻き二人は硬直してしまった。  
クラスの面々はクラス委員のあまりの豹変ぶりに唖然としている。  
「なんにもできないくせに他人を見下して優越感に浸るなんて下らないわね。言い返したかったらどうぞ?  
でも、あなたたちに何ができるの?何をやってきたの?何か一つでも私に勝てるところがある?  
恥って言葉を知ってるなら自分の人生を振り返ってからにしてよね。さぁ、何か言いたいことがあったらどうぞ?」  
綾辻さんの強い口調、鋭い眼差しに、ヤヨイの目は泳ぎ、泣き出しそうな表情になっていた。どうみても反論なんか出来る状態ではなかった。  
「何もないの?だったら最初からつまらないこと言ってないで手だけ動かしてればいいのよ。どうせ貴方達にはそれしかできないんだから」  
綾辻さん……ついにクラスのみんなの前で、彼女の仮面が剥がれてしまった。静まり返る教室。  
今までの彼女のイメージとはあまりにもギャップがありすぎる言動に、クラスの皆は童謡を隠さない。こんな彼女を、クラスの皆は受け入れてくれるのだろうかと、不安になった。  
でも、僕は、これで良かったような気がした。これが本当の綾辻さんで、僕はこの綾辻さんを好きになったんだ。  
優等生の仮面を被って生きるのはきっと疲れるだろうし、人間関係も上辺だけになってしまうだろう。これを機会にクラスの皆にも本当の自分で接するようになればいい。  
時間はかかるかも知れないが、きっと皆も、プライドが高くて、意地っ張りで、自分に対して妥協しない、本当の綾辻さんを好きになってくれるはずだ。そう思った。  
ヤヨイ、みゆき、ゆーこの三人は教室から出ていってしまった。教室に残った面々はその後も創設祭の準備を手伝ってくれたが、いつものような賑やかさはなく、ぎこちない感じが拭えないまま、その日の作業は終了した。  
 
解散した後、僕と綾辻さんは神社にいった。  
本当なら「あれはさすがに言い過ぎじゃないかな」とか言うべきなんだろうが、僕は言わなかった。  
逆に「明日からはもう無理しなくていいんじゃないかな」と言ってしまった。「僕の好きになった綾辻さんを、きっと皆も受け入れてくれると思う」とも。  
綾辻さんは「別にいつも無理しているわけじゃないわ……でも、ありがとう」と言って笑った。本当の綾辻さんの本当の笑顔だった。  
その後、僕は彼女にこう言われた。  
「あなたを私のものにします」  
とても不器用で、真っ直ぐな告白。正直、僕は戸惑った。戸惑う僕を見て綾辻さんは「あれ、ちょっと端折りすぎたかかしら」と頬を赤く染めながら、素直な気持ちを言葉にしてくれた。  
そして僕らは契約のキスを交わして、恋人になった。  
 
翌日はやはり今まで通りとは行かなかった。綾辻さんを見る目はいつもと違っていたし、ヒソヒソと陰口を言っている者もいた。  
ひょっとしたらヤヨイ達が昨日の出来事をより悪いように吹聴したのかも知れない。体育の時にはドッヂボールで一人内野をやらされるような露骨な嫌がらせもされていたようだ。  
昨日の一件で、綾辻さんとクラスの人間関係は予想以上に悪化してしまったようだ。  
僕は心配して綾辻さんに声をかけたが、彼女は「別に平気よ。低レベルな人間の低レベルな嫌がらせなんて」と全く気にしていないようだった。  
放課後、創設祭の準備に多くのクラスメイトが居残りしてくれた。ヤヨイ、みゆき、ゆーこの三人も。  
昨日の出来事と今日の綾辻さんへのクラスメイトの態度からいって、誰も残ってくれないのではないかと思っていたのだが、予想外だった。  
僕は素直に喜んだし、綾辻さんも驚きながらも、安心しているようだった。  
 しかし、僕達の考えは甘かった。居残ったクラスメイトのほとんどがヤヨイ達に言われて居残っていたのだ。  
「綾辻さんは今まで猫かぶってて、心の中では皆を見下して馬鹿にしていた。そのことを皆の前で謝ってもらう。だから皆、今日はすぐに帰らないで」と。  
そして、ヤヨイ達はプライドの高い綾辻さんが素直に謝罪するとは思っていなかった。  
そんな綾辻さんのプライドを打ち砕き謝罪させるために、とても卑劣で残酷な作戦を実行しようとしていたのだ。  
 
ヤヨイが綾辻さんに近づいた。  
「ねぇ、綾辻さん。昨日のこと、謝る気はないの?」  
突然の謝罪要求に、綾辻さんは戸惑ったようだった。しかし、すぐに力強い視線をヤヨイに向けて、反論した。  
「私が何か謝らなきゃいけないことをしたかしら?」  
その一言にヤヨイ達が怒りの表情を浮かべた。ヤヨイ達だけでなく、クラス中に怒りの空気が満ちていた。  
ここで僕が不穏な空気に気づいて、綾辻さんとヤヨイの間に割って入るべきだった。しかし、僕は綾辻さんの強気で凛々しい表情に見惚れてしまっていた。  
「昨日私達をバカにしたでしょ?それだけじゃないわ、今まで猫っかぶりして、ずっと私達のことを見下してたんでしょ?そのことを謝る気はないのかって言ってるの!」  
声を荒げるヤヨイにも、綾辻さんは冷静に言い返した。  
「昨日はあなた達が私に言いがかりをつけてきたから、反論しただけよ。それに、普段からあなた達を見下したりはしていないわ。被害妄想もほどほどにしてよね」  
言い返されたヤヨイは歯を食いしばり悔しさを露にした。しかし、すぐにヤヨイの表情は緩み、ニヤリと笑みを浮かべた。  
「そう。謝る気は毛頭ないってわけ……なら、力づくで謝らせるしかないわね!みゆき!ゆーこ!」  
ヤヨイの合図でみゆきとゆーこが背後から綾辻さんの両腕を掴んだ。  
「なっ、何を……」  
さすがの綾辻さんも突然の出来事に冷静さを失っていた。僕も何が何だかわからないまま、その場に立ち尽くしていた。  
みゆきとゆーこは綾辻さんの両腕を背中に回すと、手首を交差させ、ガムテープで縛りだした。  
「いたっ……」  
かなりきつく縛ろうとしているらしく、綾辻さんの表情は苦痛に歪んだ。普段は見せない表情に、僕は見惚れ……いや、今はそんな状況じゃない!止めなくては!  
「おい!何を……」  
止めに入ろうとした瞬間、数人の男子が後ろから僕を抱え込んだ。  
「わりぃな。でも、綾辻さんにけじめをつけてもらうのに、邪魔されちゃ困る」  
そんなことを言いながら、僕の両手、両脚をガムテープで縛った。口にはタオルを噛まされて、僕は身動きが取れず、声を出すことも出来なくなった。  
「橘く……んっ!」  
綾辻さんも手首をしっかり縛られて、両腕をみゆきとゆーこに押さえられ、体の自由を奪われていた。  
綾辻さんはキョロキョロと回りを見渡していた。自分の置かれている状況がまだ完全に把握出来ていないようだった。そんな綾辻さんにヤヨイが近づき、綾辻さんの顎に右手を添えて顔を上げさせた。  
「素直に謝れない子はお仕置きよ」  
一体何が始まるんだ。混乱した僕の頭の中には、ただ漠然とした不安の影が広がっていた。  
 
「なに、これ」  
綾辻さんは思いの外静かな声で言った。  
「私たちを馬鹿にした罰よ。素直に謝れないのなら、それ相応の罰をうけてもらわなくちゃね」  
「……へぇ。これが私に何一つ勝るところのないあなた達が、必死で考えた反撃の方法ってわけ……」  
  綾辻さんは声を荒げることはない。しかし、その言葉はとげとげしく、怒りの感情が伺える。こんなことをされれば、怒るのも無理はない。  
しかし、両腕をガムテープで固定され、身動きがとれない状況を考えれば、ここはプライドを捨ててでも謝って開放してもらうべきだと僕は思った。  
「幼稚ね。全くもってあなた達らしいわ。プライベートが寂しいから私にいちゃもんをつけて、口げんかで敵わないから今度は力づくだなんて。  
大体あなた達はうまくいかないことは何でも他人のせいにするわよね。こんなことをする前に、少しでも自分を高めようって気持ちは無いの?情けない」  
あぁ、やってしまった。強烈な綾辻節が炸裂し、ヤヨイ達三人の表情が曇った。  
それだけじゃない。教室全体の不穏な空気が、はっきりと綾辻さんへの敵意に変わっていくのが感じられた。  
今の発言はまずかった。綾辻さんの言う「あなた達」はもちろんヤヨイ、みゆき、ゆーこのことだったが、クラスメイト全員を指したものと捉えることもできた。  
そしてほとんどの人間にとって耳が痛い言葉だったに違いない。自分を高める努力をする、言葉で言うのは簡単だが、それを実行できている綾辻さんのような人はごくわずかだ。  
僕も含めて高校生のほとんどが何をしていいのかわからず迷い、もがいている。そんなクラスメイト達を、今の発言で完全に敵に回してしまった。  
「その見下した態度をやめろって言ってんのよっ!」  
パーンと乾いた音が教室に響いた。ヤヨイが綾辻さんの頬をビンタしたのだ。  
体の自由を奪った挙句、顔にビンタをするなんて、酷過ぎる。しかし、クラスメイトはその行為を黙認した。教室の空気はヤヨイの行為を肯定したのだ。  
「痛かった?でもね、あなたの言葉の暴力は、私達をもっと傷つけたのよ!」  
二発目のビンタ。綾辻さんはうつむいてしまった。痛みに耐えかねて、泣いてしまったのだろうか。  
「謝る気になったかしら?」  
綾辻さんの顔を覗き込むヤヨイ。  
そのヤヨイの顔を目がけて、綾辻さんは唾を吐いた。  
「きゃああっ!」  
  悲鳴を上げるヤヨイ。取り巻きのみゆきとゆーこも綾辻さんの行為に驚きの表情だ。クラスメイトもどよめいた。「なんて女だ」と言う男子のつぶやきが聞こえた。  
いや、本当にそう思う。綾辻さんはなんて強い人なんだろう。でも、その強さが、この場では周囲の人間の怒りを買うことになることを、冷静さを失っている綾辻さんには理解出来ていない。このままじゃ、まずい。  
「こいつ……もう許さないからっ!」  
ヤヨイは顔を袖で拭うと、落ちていたハサミを拾った。そして綾辻さんの方へ……まさか、刺す気か?  
綾辻さんも刺されると思ったのか、目をギュッと閉じて顔を背けた。  
 
しかし、ヤヨイは綾辻さんの体にハサミを突き立てたりはしなかった。その刃先は体ではなく、体を覆う制服に向かった。  
「な、なにをするの」  
「なにをするかなんて、見ればわかるでしょ?」  
右の袖口からジョキジョキと肩まで切っていき、次は左、十分に切れ目が入ると、綾辻さんを押さえていたみゆきとゆーこが制服を乱暴に引きちぎった。  
「あっ……」  
今までにない弱々しい綾辻さんの声が教室に響いた。  
続いて、ベージュのセーターにもハサミが入れられた。毛糸のセーターは制服の上着よりも切りやすかったようで、あっという間に綾辻さんの体から引き剥がされた。  
綾辻さんは両腕を縛られ、立たされた状態で、上半身は白いワイシャツ姿にまで剥かれてしまった。  
ヤヨイ達が何をしようとしているのかは明らかだった。綾辻さんを脱がす気だ。クラスメイトの男子も大勢いる前で、下着姿に……あるいはそれ以上に恥ずかしい姿にしようとしているのだ。  
酷過ぎる。それはあまりにも酷過ぎる。僕はやめろと叫びたかったが、口にタオルを噛まされていて、呻き声を上げるのが精一杯だった。  
クラスメイトに止める気配はなかった。  
男子達にはもちろん止める理由など無かった。クラスメイトの美少女のあられもない姿を見られる絶好のチャンスだ。  
女子達もこれから行われることが女の子にとって耐え難い屈辱であることを理解しているはずなのだが、綾辻さんに対する怒りや、同性の体への興味や、自分が標的になるかも知れないという恐怖や  
あるいは自分なら絶対にされたくないことを自分より優れた人がされるという背徳的な快感を味わいたいと思っている人もいるかも知れないが、とにかく誰も止めようとはしなかった。  
「こ、こんなことして……停学くらいじゃ済まされないわよ……」  
  綾辻さんの言葉にしてはありきたりな脅し文句だった。目が泳いで、唇は震え、明らかに動揺しているのが伺える。体の自由を奪い、さらに精神的にも圧倒的な優位にたったヤヨイに、そんな陳腐な脅し文句は通用しなかった。  
「停学も退学も上等よ。でもね、あんたも二度と学校に来られなくしてあげるわ」  
そう言うと、綾辻さんのシャツの袖にハサミをあてがった。  
 
「謝りたければ、いつでもどうぞ」  
シャツの生地はセーター以上に切りやすいようで、切るというよりは割かれるように切れていった。その切れ目からは綾辻さんの白い腕が覗く。  
右の袖から肩までが切り離されると腕は完全に露出し、ブラの肩紐もチラリと見えた。そして、左側も……  
両袖を割かれたシャツは、はらりと床に落ちた。そして、綾辻さんのブラを着けただけの上半身がクラスメイトに晒された。  
透き通るような白い肌、ウエストにはしっかりくびれがあり、腹筋もムキムキな訳ではないが、スッと縦に割れていた。彼女の運動神経の高さが伝わってくる。  
腹筋の割れ目にあるヘソも黒い汚れのない、手入れされた美しいものだった。  
そして胸の膨らみと、それを包むブラジャー……決して大きくはないが形の整った胸を守るのは、薄いピンク色の、控えめにフリルがついたブラジャーだった。  
清楚という言葉が相応しい、眩しいまでに美しい綾辻さんの体に、僕は彼女が置かれている状況を忘れて見入ってしまった。  
だが、目をギュッと閉じ、唇を噛み切らんばかりに噛んで恥辱に耐える彼女の表情を見て、我に帰った。こんな酷い目に合っている恋人を助けることができない状況が悔しかった。  
男子はヒューと口笛を鳴らす奴、何カップかとヒソヒソ話す奴。  
女子はニヤニヤと笑って綾辻さんを見る奴、「ちょっとかわいそすぎない?」などと言いながらも助ける素振りを見せない奴……どいつもこいつも腹立たしかった。  
綾辻さんの意志で、恋人になった僕がそれを見るに相応しいと認められたときに初めて見せるはずだったこんな姿を、クラスの連中は何かのショーでも観るように楽しんで見ている。  
そんな奴らのいやらしい視線が、いやらしい言葉が、同情の言葉さえも、綾辻さんの高いプライドを傷つける。  
いや、プライドが高いが故に綾辻さんは、人一倍の屈辱を味わわなくてはならないんだ。  
この状況は完全にヤヨイの計画通りなのだろう。クラス中に綾辻さんの悪口を言い周り、男子には綾辻さんを脱がすことをちらつかせたのかも知れないが、それで味方につけた。  
唾をかけられて激高し、服を脱がせたように装って、実は最初からこうするつもりだったのだろう。  
そして、こんな行為を許さないであろう正義感の強い薫や梅原がバイトと家の手伝いで居残りできない今日、早々に計画を実行した。なんという計画力、行動力だ。  
綾辻さんではないが、この労力を自分を高める方向に使えばいいのにと思ってしまう。  
僕を拘束して教室に残したのは、綾辻さんの羞恥心をより煽るためだろう。恋人である僕が、クラスの連中に恥ずかしい姿を見られている綾辻さんを見ているということが、彼女の屈辱感を一層高めるだろうとヤヨイは考えたのだろう。  
綾辻さんとヤヨイは見た目も中身も全く似ていないが、プライドが高いところだけは共通している。ヤヨイが考えた「プライドが高い女の子が最も傷つく計画」が、綾辻さんに対して抜群の効果を発揮しているのも当然のことだ。  
あの綾辻さんが今は唇を噛んで震えることしかできないか弱い女の子になってしまった……ヤヨイの計画は、確実に綾辻さんを追い詰めていた。  
 
「こんな姿になってもまだ謝らないのね。さすが綾辻さん。ブラを見られるぐらいじゃあ、全然恥ずかしくないみたいね」  
「私だったら恥ずかしくて死んじゃうわ」  
「謝ったほうがいいとおもうよぉ」  
ヤヨイ、みゆき、ゆーこが言う。しかし、綾辻さんは謝らない。なんで謝らないのか、僕には不思議で仕方がなかった。  
こんな仕打ちを受けて、恥ずかしさと悔しさに耐えることしかできなくて、震えているようなこの状況で、彼女は何を守ろうとしているのだろう。  
それがプライドだというのなら、そんなものは捨ててしまうべきだ。そうでなくては、もっと大事なものを奪われてしまう。  
 でも、綾辻さんがそう簡単にプライドを捨てられないことは僕が一番良く知っていた。偽りの仮面を被ってまで守ってきた自分を、そう簡単に捨てることなどできないんだ。  
 数秒の沈黙。そしてヤヨイが口を開いた。  
「なら、これならどうかしら!」  
強い口調で言い放つと、ハサミをブラのホックにあてがい、断ち切った。ブラは弾けるように綾辻さんの胸から離れ、床へと舞い落ち、綾辻さんの胸が皆の前に晒された。  
男子から「おおっ」とどよめきが上がる。僕には見えなかったが、ブラによって隠されていた乳首が見えてしまったのだろう。  
「やあっ!」  
綾辻さんは初めて悲鳴を上げ、腕を押さえていたみゆきとゆーこを振り払い、胸を隠すように床にうずくまった。  
下半身には今まで通りの黒いスカート、しかし、上半身は一糸まとわぬ白い肌を晒し、両腕は背中でガムテープによって固定されている。  
僕の視線には膝で潰された柔らかな胸が横から見えていた。艶のある黒くて長い髪が床に広がり、まるで土下座をしているような格好だった。  
手を使わずに胸を隠すにはこの姿勢になるしかないが……プライドを守ろうとして、必死に恥辱に耐えた結果がこれなのか……  
もうやめてくれと、叫びたかった。ヤヨイ達にも、綾辻さんにも。  
「あらぁ、綾辻さん。『いやっ』とか、かわいい声出しちゃったわねぇ」  
「さすがの綾辻さんも恥ずかしかったのかしら?」  
うずくまる綾辻さんの両腕に、みゆきとゆーこが手をかけた。胸を見られまいと必死で隠す綾辻さんの体を引き起こして、皆の前に晒すつもりなのだろう。  
相手の意図を察して綾辻さんは体を揺すって腕を捕まれまいとするも、抵抗むなしく両腕はがっちりと掴まれた。  
「早く謝らないと、綾辻さんのかわいいお胸の品評会が始まっちゃうわよ?」  
ヤヨイが満面の笑みを浮かべて言った。  
「…………なさい……」  
綾辻さんが、消え入りそうな小さな声で、何かを言った。  
 

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