お寿司が好き。でもワサビは苦手。ツンとして、涙が出るから。  
それがいいって言われても、わかんないもんはわかんない。  
 
「はおはお〜。梅原君、一人?」  
「おお、誰かと思えば香苗さんか」  
 
テラスに一人で座ってる梅原君に声をかけ、ちゃっかり正面に腰を下ろす。  
 
「橘君、一緒じゃないんだ?」  
「あぁ…まぁ、最近は…な」  
「おぉ、そかそか。橘君も変わったもんだね〜」  
「そりゃあ、彼女ができたら変わりもするさ…」  
「そっかぁ。羨ましいですなぁ」  
「いやいや、まったくもって」  
 
私は笑いながら椅子にもたれ掛かると、前脚部分を浮かせてゆらゆら揺らした。  
 
「あー、香苗さん、危ないぞ」  
「だいじょぶだいじょぶ。こけたりしないって」  
「いや…見えそうだから、下着」  
 
がたんっ、と椅子を戻す勢いのままにスカートの前をおさえる。  
まずいまずい。今日の下着はあんまり可愛くない。って、そういう問題でもない。  
 
「…見た?」  
「いや、だから…見えそうだった」  
「…見たかった?」  
「どんな質問だ」  
 
梅原君が苦笑する。答えないってことは…どっちなんだろ? 見たいのかな、見たくないのかな。  
ま、私のパンツ見たいイコール私に気がある、とはならないんだけど。  
私は梅原君のパンツを見たいとは思わないけど、梅原君に気があるわけだし。  
 
「梅原君って、高校卒業したらどうすんの?」  
「いきなり普通の質問になったな」  
「さっきみたいな質問の方が好みだった?」  
「すまん悪かった普通が一番だ。卒業したら寿司の修業だな、多分」  
「あ、やっぱりそうなんだ」  
 
就職か。取りあえず進学してから考えよう、なんて思ってる私とは違うなぁ。  
 
「香苗さんは?」  
「私は…とりあえず進学、かな」  
「ほぉ〜、どこ狙いなんだ?」  
 
第一希望の大学の名前を挙げた。私の成績で行ける近場の大学というだけの理由だけど。  
 
「なるほど、レベルの高いとこだな」  
「え? 別に普通でしょ」  
「いやいや、あそこのお姉様方はAクラスだぞ」  
「は?」  
「市街地が近いからか私服のセンスもいいし、洗練された美女が集う大学として非常に評価を…」  
 
私、何でこの人の事好きなんだっけ? 時々本気でわかんなくなる。  
話題と言えばこういうランク付けとかどの子が可愛いとかそんなんばっかり。  
謎の情報網があるみたいで、やたらと男子が梅原君の周りに集まるけど、女子からの人気は無い。  
 
「あのさ、梅原君は、彼女欲しくないの?」  
「また唐突な質問だな」  
「じゃあ、ホモなの?」  
「何がじゃあなんだ、何が! 女性が好きに決まってるだろ」  
「どういった人がタイプなの?」  
「…そうだな。ま、大人っぽくて…綺麗な人、かな」  
 
あ、やばい。これ地雷踏んだ。梅原君、今絶対あの人の事考えてる。  
私達が一年生の時に三年だった剣道部の先輩。確かに大人っぽくて、綺麗な人だった。  
梅原君は当時その人にすごく憧れて、かなりお熱な感じだったらしい。  
いや、当時っていうか、もしかしたら今も…  
 
「ふーん…。年上の人が好みなんだ?」  
「いや、別に年上にこだわってるわけじゃないんだが」  
「だけどぉ? 言うなればぁ?」  
「や、やめろって」  
 
焦ってやんの。でも、そうやってちょっと淋しそうに笑うとこ、弱いかも。  
なんか、切ない気持ちを抱えてる梅原君って、サビ入りのお寿司みたい。  
好きなんだけど、お子様の私には食べてあげられない。梅原君がサビ無きになればいいのに。  
 
「高校で彼女作らないまま寿司屋になったら、もう一生彼女できないよ」  
「何故決め付けるんだ…」  
「だって、寿司屋って男の人しかいないじゃん」  
「んなわけあるか!」  
「でも大学行かないんだったら、出会い率激減だよ」  
「まぁ、確かに…。んじゃ進学するかな」  
「え?」  
 
その選択あったの?  
 
「親父もそこまでうるさくないから、別に進学しても文句言わないだろうしな」  
「じゃあ、彼女作るのは進学してから?」  
「そりゃわからんけど、焦る必要は無くなるだろ」  
「彼女欲しさに大学行くなんて不純だね」  
「いやいや、香苗さんが煽ったんでしょうが」  
 
確かにその通りなんだけど、そこは高校で彼女作るぞってなって欲しかったのに。  
乙女心のわからん奴。  
 
「ちなみに梅原君は行くならどこの大学行きたいの?」  
「ん…そう、だな」  
 
少し空を眺めるようにして考えた後、梅原君が大学の名前を口にした。  
あ、知ってる。そこ知ってるよ。…梅原君が好きな先輩がいる大学だ。それ、出しちゃうんだ。  
 
「…なぁんだ」  
「香苗さん?」  
 
なぁんだ。全然じゃん。全然、まだまだ好きなんじゃん。私が入り込む余地なんて、無い。  
あーあくっそ〜。なんだそれ。何でそんなに一途になれんの。やってらんない。やってらんないよ。  
もう、ほらやっぱり、サビ入りのお寿司はダメだ。ツンとして、涙が出そうになる。  
 
「どうかしたか、香苗さん」  
「…なんでもない…。多分、頑張れば梅原君も行けるよ、そこ」  
 
下を向いて、必死に堪える。泣くな泣くな泣くな。変な奴だと思われる。  
 
「まぁ相当頑張れば、だけどな。…俺さ、もしその大学行けたら、やりたいことがあるんだ」  
「へぇ…」  
 
聞きたくないから、その話。  
 
「ある人にさ、伝えたいんだよ」  
「うん…」  
 
うん、じゃないって。やめてってば。梅原君の馬鹿。私の、馬鹿。  
 
「俺、好きな人ができましたって」  
「…………え?」  
 
今、何て?  
聞き間違いかと思ってゆっくり顔を上げると、梅原君とばっちり目が合った。  
 
「わわ! ちょ…何見て…え? あの…え?」  
「俺、約束してたんだよ。いつか俺に好きな人ができたら、報告するって」  
「な、何でそんな約束…?」  
「その…コクってフラれた時に、色々ありまして…」  
「えぇ! 告白してたの!?」  
 
衝撃の事実。てか色々って何。  
 
「いや、俺だって告白ぐらいするだろ」  
「知らないからそんなの! しかもそんな報告わざわざ大学行かなくってもできるでしょ!」  
「それがその人、大学行ってから一人暮らし始めて、連絡先がわからんのだ」  
「知るかーっ!!」  
 
叫んだ。周りの人達がこっちを一斉に振り向くのも気にせず叫んだ。  
 
「返せ! 私のお寿司返せ! このワサビ!!」  
「は? な、何? お腹空いてんの?」  
「ちっがうわ〜っ!!」  
 
バンバンとテーブルを叩いて猛抗議をする。乙女心を弄びやがってばっきゃろー。  
結局、梅原君が私を取り押さえるまで私は散々に暴れた。  
 
「か、香苗さん…落ち着いたか?」  
「うん…ごめん。取り乱して…」  
「いや、いいよ。えーと、何の話してたっけ?」  
「…梅原君の好きな人が誰かって話」  
「……してないよな?」  
「どうせするつもりだったから、いいでしょ」  
 
「まぁ…そうかな」  
「誰?」  
「あのさ、大体の流れから、察してもらえると…」  
「誰?」  
「俺としては精一杯の告白をしたつもりで…」  
「誰?」  
「…じゃあ、ヒントな。実は俺の好みとは真逆のタイプです」  
「あ、じゃあ少なくとも私じゃないね。誰?」  
「………提案がある」  
「何でしょう?」  
「今日、俺の店で寿司食わない?」  
「……そのこころは?」  
「こころばかりのおもてなしと、ここぞとばかりの想いの吐露をと」  
「トロが食べたい」  
「…えぇえぇ握りますとも」  
「サビ抜きで」  
「抜きますともてやんでい。で、どうかな。今日来てもらえるかな?」  
 
そんなの、聞かれるまでもない。  
私はこぶしを突き上げて、テレフォンショッキングの締めの言葉を高らかに叫んだ。  
 
 
 
 
「それで、その人と、どう色々あったの?」  
「そこは…後で話すから、今は食えよ。ただで食う特上ネタはうまいだろ?」  
「もう、さいっこう! サーモンサビ抜き追加で。もしかして、その人と何かやましい事があったの?」  
「だから…もういいや。何にもない。それはもうすっぱりとフラレた」  
「あ、そうなんだ」  
「でも俺は諦められなくて、ずっと先輩を好きでいますからって、言っちまったんだよ」  
「青春だね」  
「そしたら、先輩に言われたんだ」  
「何て?」  
「私の存在が、この先の梅原の進む道を邪魔してしまうのが、本当に申し訳ないって」  
「…」  
「そんな風に謝るのは、ズルイよな。先輩の事を好きでい続ける事も許されないってんだからさ」  
「でも、それは…」  
「わかってるって。ああ言ってくれなきゃ、いつまでも先輩の影を追っ掛けて、恋に恋するだけだった」  
「…梅原君」  
 
多分その人は、梅原君にとって、憧れで、理想で、本当に好きな人だったんだと思う。  
私はその人に代わることはできないし、梅原君もそんな事を望んではいないはずだ。  
だから、これからもっとお互いの事を知って、少しずつ前に進んで、変わっていけばいい。  
 
「ね、梅原君」  
「はいよ」  
「さっきのサーモン、やっぱりちょっとだけ、ワサビ入れて」  
「香苗さん、ワサビ嫌いなんだろ?」  
「うん。でも、食べる。食べきったら、ちゃんと私の気持ちも、言うから」  
 
お寿司が好き。でもワサビは苦手。ツンとして、涙が出るから。  
それがいいって言われても、わかんないもんはわかんない。  
わかんないけど…いつかはこのツンもおいしくなる。そう信じよう。  
 
〜終〜  
 
 

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