「橘さ〜ん、橘詞さ〜ん!」
「はぁ〜い♪」
詞はその日、有給を使ってとある場所へ行き、足取り軽く近所の
スーパーへ買い物に出掛けた。
「ええっと・・・これは・・・よし、今日は奮発しよう!」
詞は珍しくご機嫌だった。
「フフッ♪純一が知ったら、どんな顔するのかな?喜んでくれるかしら♪」
次々に買い物カゴに食材を入れていく詞。終始詞はご機嫌だった。
買い物を終えると、スーパーを後にし、徒歩で自宅へ歩いて行く。
途中の公園で詞が目にした物。小さな赤ちゃんを抱き、微笑みながら
話しかける若い母親。詞はその光景を目にすると、心が和むのと
同時に、小さな不安が頭をよぎる。
夫と二人暮らしの小さなアパート。
詞は、早速今夜の夕食の仕込みにに取り掛かる。愛する夫が喜ぶ
様な、心尽くしのビーフシチューとフィレステーキ。詞の料理の腕は中々の物で、
味見をすると、「うん!我ながら上出来♪」と、満足感で満たされた。
冬の夕暮れ。辺りはすっかり暗くなり、純一と詞のアパートの灯が
点り、少し空けた窓からは、ビーフシチューの良い香りが漂っている。
夕食の準備を終えると、詞はリビングのテーブルに伏せって、じっと
動かない。これまでの事を思い出している。
「今まで、色んな事があったな・・・」
純一と初めてあった高校2年生の春。純一に手帳を拾われて、初めて
見せた“本当の自分”。クリスマスイブの学校のパーティー。ツリーを眺めながら
告白した、“本当の気持ち”。そして数え切れない、二人の時間。
そのどれもが詞の大切な、『宝物』。
・・・
ガチャッ!
「ただいま〜!あぁ、疲れた・・・」
仕事を終えた純一が、リビングに入って来る。
「お帰りなさい!寒かったでしょ♪」
「詞、今日は少しは休めたかい?」
「どうして?」
「だって、最近は夜遅くまで研究所に籠っていたから。あんまり
無料しちゃダメだよ!」
「ううん、平気!今の仕事とっても面白いから、つい夢中になって♪」
純一はスーツを脱いで、ジーパンとトレーナーを着ながら、詞と話している。
「そういえば、さっきから良い匂いがする・・・僕お腹ペコペコだよ」
「手を洗ったら、食事にしましょう。」
・・・
「凄い!今日は何かの記念日だっけ?」
「さぁ、なんでしょうね♪」
とりとめの無い会話。でも、今の二人には、そんな会話も大切な
物なのだ。
・・・
・・・
「詞・・・どうしたの?今日は何か変だよ・・・」
食事中、詞は確かに様子が変だった。顔をホンノリ赤らめて、恥ずかし
そうにしている。いつもなら、もっと裏モードを発揮して、純一を
コキ使っている。二人の関係は、高校生の時から変わっていない。
でも、今日は少し違っている。
・・・
「詞、どうしたの?」
「あのね純一・・・話があるの・・・」
詞は恥ずかしそうに、下を向く。
「・・・きたの・・・」
「えっ?」
詞は少し言葉を詰まらせながら、純一に告白する。
「・・・赤ちゃん・・・出来たの・・・」
「・・・え・・・ええええええっ!」
純一は驚きの余り、声をあげる。
「それじゃ・・・」
「ええ、最近体調がすぐれないから、今日病院へ行ったの。そしたら
先生が・・・3ヶ月ですって♪」
純一は詞に近寄ると、詞の身体を優しく包み込み、抱きしめる。
「詞、やった!やった!おめでとう!」
純一に抱かれながらも、詞は小さく身体を震わせる。
「詞、どうしたの?」
詞は身体を震わせたまま、純一に抱き付いていた・・・
・・・
「純一・・・私・・・不安なの・・・だって・・・」
「だって・・・?」
「あたし、ちゃんと母親になれるのかなって・・・私の家族が普通
じゃ無かったのは、あなたも知ってるでしょ?そんな親に育てられた
あたしが、ちゃんと子供を育てられるのかな?ってね・・・」
震える詞の不安を取り除く様に、純一はそっと唇を重ね、詞を更に
抱きしめる。
「詞・・・大丈夫だよ!詞には僕がいる!それに僕の両親もいるし
美也もいる。それに詞が自分の両親の事を言ってるとしたら、そう
ならない様に、二人で考えて行動すれば良い。誰だって、始めから
立派な親なんかじゃない!僕達二人で頑張れば良いだけの話だよ」
「純一♪」
詞は純一の決意を聞いて、心が救われた想いだった。
・・・
「純一、随分頼もしくなったのね♪」
「そりゃ、絢辻さんに鍛えられたからね♪」
「何よ〜!もう!」
詞はふいに純一の頬をつねる。
「痛いよ、詞!」
「もう♪」
純一は自分の頬をつねっていた手を取り詞を抱きしめると、詞に
満面の笑みを浮かべる。
「おめでとう、ママ♪」
純一の優しさに触れ、詞の瞳から一筋の雫が溢れ落ちる。
「ありがとう!これからも宜しくね、パパ♪」
純一と詞は、今の気持ちをずっと忘れない様に、また唇を重ね合わせ、
身体を寄せ合う。
冬の空の下、こうしてまた新しい家族が生まれようとしていた・・・