変態紳士 たちばなっ!
暇だから水泳部に仮入部してみた。
「こんにちはっ、橘純一です。初めまして」
「……なにしてるんです。先輩」
いつもはクールながらも柔らかな応対を見せる七咲だが、いまはじーっと、明らかに怪しんだ眼でこちらを見ている。
ははっ、ちょっとゾクゾクしてきちゃったじゃないか。
V字のATフィールド(水着 定価980円)は僕の屹立を抑えてくれるのか、若干気にしつつもやんわりと笑顔で返す。
「なんか水泳をやりたくてね。超気持ち良い」
「明らかに取って付けたような自己アピールはやめてください。……塚原先輩良いんですか? この人絶対遊びに来てますよ」
「帰れ……と言いたい所なんだけど、先生の許可が下りてるのよ。仕方ないわ」
塚原先輩が不承不承と言った視線をこちらに向ける。
ゾクゾク。まずい、早速出てしまいそうだ。
「取り合えずみんな、仮入部生として扱ってあげてください。連絡は以上」
そう言うと水泳部員は準備運動を済ました後、早速プールへ入っていった。
僕はと言うと早速家から持ってきたサーフボードを取り出して――。
「何やってるんですか先輩!」
僕の頭を突然七咲が殴った。しかもグーで、割と強めだった。
「な、何をするっ!?」
「そんな驚くことじゃないでしょう! 何でサーフボード取り出してるんですか!」
「え?」
「え? じゃないです! 馬鹿ですか先輩は!!」
激昂した七咲は投げるようにサーフボードを地面に思い切り叩きつけ、僕の腕を取った。
「来てくださいっ。仮入部生用のメニューをこなしますよ!」
プールの中に僕を押し込んだ七咲はどういうことか、両手両足に『5k』と書かれたリストバンドを着用させた。
「さあ、行きましょうか」
清清しい笑顔の七咲。
しかしこれではあの世以外に道は無いような気がしてならない。っていうか無理。仮入部でこれ出来るヤツとか居るわけない。バー○ーカーとかじゃないと無理だろこれ。
「ついてきてくださいね」
そう言って平泳ぎで前を行く七咲――ん? 平泳ぎ?
僕は閃いたことを即座に行動に移した。
水中から平泳ぎで先導する七咲を見ると、やはり、そこは、光り輝く、理想郷(アヴァロン)……。
うおおおおおおお!!!!
その時! 僕の身体はまるで羽を得たように軽くなった!
軽やかなフォームで七咲目掛けて泳ぎだす!
その姿はまさに、間違いなくスイマーそのものだった!
どんどん理想郷が近づいていく。行け橘純一! 理想郷はもうすぐだ!!
「きゃあっ……!?」
七咲の悲鳴。そして、僕の視界を埋め尽くすディープパープル……。
この先の未来には絶望しかない。そんなことは百も承知。
しかし、橘純一には譲れない道が、ある……!!
すると、その想いに呼応するように僕の“勝利すべき絶対の剣―エクスカリバー―”がこれ異常なくそそり立つ!
どぴゅ! どぴゅ!
……………………ははっ。
「まったく…………」
沈んでいくボディ。しかし、心は沈まない。むしろ、高く大きく飛翔していた。
「やれやれ、だぜ……」
僕が浮かべていたのは笑顔だった。満面の、これ以上ないであろう清清しさを表した、笑顔だった。
続かない。