■  
 
こうまで悩んだのは、生まれて初めてだったと思う。  
迷って迷って、大いに迷って、純一はようやく決心した。  
今日、冬が過ぎ去ってようやく桜が芽吹き始めたこの日、純一は薫を家に呼ぼうと決めた。  
 
いやと言うほど上り下りを繰り返した家の階段がやけに長く感じられる。  
のどが渇いて、さっきから呼吸がおかしくなっている。  
体ががちがちに硬くなっていて、階段を一段踏みしめるたびにお盆のコーヒーが  
あっちこっち、カップの中で円を描いてこぼれそうになる。  
部屋の前で深呼吸。もう一度、さっきより大きく。もう一度、もっともっと大きく。  
ようやく、ドアノブに手をかけて、一呼吸で開けた。  
まるでスパイになったような気分で、努めて明るい笑顔を作り出し、「おまたせ」を  
言った。あまりに緊張していたためか少しうわずった。  
中にいた、正座の、やっぱり体ががちがちに硬くなっていた薫が肩をびくりを  
震わせた。ゆっくり振り向き、ムリして作っているのが見え見えの笑顔で「ありがとう」を言った。  
「わ、悪いわね。コーヒーなんて作らせちゃって」  
「別にだい、大丈夫だよ。それより薫はミルクは入れるほうだっけ」  
「ああ、ええと、うん。一つだけ?え?砂糖?」  
「いやいや、ミルク。うん」  
意思の疎通がとれているようで、二人ともお互いの話が耳を素通りしている。  
とりあえず最低限の情報のやりとりだけは済ませて、純一が震える手でピンクの  
カップにミルクを一つ、入れた。  
そのまま薫の正面に正座。いただきます。猫舌でなくても熱いそれを、二人そろって  
ぐびぐび喉に通していく。  
 
■  
 
冬はあっという間に過ぎ去っていった。  
恋人同士になったと梅原に伝え、ギョエーという怪鳥のような声を頂戴して早数ヶ月。  
橘純一と棚町薫の間にどのような変化があったかといえば、実は目に見えて変わった  
ところはあまりない。以前と同じように、薫が大騒ぎして、純一がそれを諌めて、  
まーたやってるよと苦笑される、そんな毎日。  
数少ない変わったところ、といえば一つは薫がたまに純一の家に遊びに来るようになったこと。  
もう一つは、誰にも見られないところで静かにキスを交わすようになったこと。  
たとえば、誰もいなくなった放課後の教室で。  
たとえば、薫のバイト先で陰に隠れて。  
そして、純一の部屋で。  
しっとりしていて、やわらかくていい匂いがする薫の体を抱きしめると、純一は  
このまま死んでしまってもいいような気分がする。いや、嘘だ。死んだら薫と一緒に  
いられなくなる。絶対に絶対に、ずっと長生きして、天寿を全うするまで薫と一緒に  
いるのだと惚気もいいところなことを考えて、にやける頬を叩くのである。  
「なーに一人で百面相してんのよ」  
腕の中で、ごろごろと甘える薫が楽しそうに笑う。  
「ん。幸せだなーって思ってさ」  
「んふふー。あたしみたいな美人を恋人にできるなんて、あんたは本当に幸せ者よ」  
「そうだな。……なあ、薫」  
「んー?」  
口ごもる純一のほっぺたを軽くつねって、  
「なにかなー?ちゃんと言ってくれないと、わかんないわよー?」  
「……キスしたい」  
「ん。いいよ」  
くすくすと小さく笑って目を閉じた薫の唇に、自分のそれを重ねる。  
ぎゅっと肩をつかまれて、思わず純一も薫の背中に手を回す。  
もう何度となく交わしてきた口付け。それを繰り返すたびに、薫の華奢な体に触れるたびに、  
純一はますます薫が愛おしくなって、薫のすべてを自分のものにしたいと思うのだ。  
付き合いはじめて数ヶ月、いまだにそれが出来ていないのは、純一が臆病だったからなのだけれど。  
 
「ん、純一……好き……」  
「薫……」  
長い、長いキスをして、このまま時間が止まってしまえばいいのにと思う。  
頭が真っ白になって、薫の柔らかい髪をそっと撫でて、  
「にぃに、入るよー」  
「ぶぁ!!」  
最近わかったことなのだが、美也はタイミングが壊滅的に悪い。  
べたべたにくっついた二人を見てまず一度硬直。その後十秒ほど目を点にして、  
美也はようやく呆れ半分怒り半分のため息をついた。  
「や、やっほー、美也ちゃん。今日もいい天気ね?」  
「……みゃー、お邪魔だった?」  
「そそ、そんなことはないぞー。これはアレだ、ほら、薫が目にごみが入ったからってこう……」  
「別にごまかさなくてもいいよ……はあ。みゃーもにぃにみたいなカッコイイ彼氏が欲しいよ」  
急に居心地が悪くなって自然に体を離した。  
薫が珍しく、真っ赤になってうつむいていた。  
妙な沈黙が痛い。美也はもう一度ため息をついて、  
「……。それより棚町さん、そろそろ七時だけど、まだ平気なの?」  
「え?……うわ、もうこんな時間!?やば、帰らないと!」  
「にぃにも。お父さんとお母さん、もう帰ってくるみたいだよ?女の子連れ込んでるなんて  
 バレたら大変じゃない?」  
「げ!」  
急にどたばたしはじめた二人を見て、美也は苦笑しながら出て行った。  
「あああ、コートコート!コートどこ置いたっけ!」  
「ここだここ!落ち着けって!ほら雑誌も忘れてる!」  
「ああ、ええとありがと!あ、それと」  
「まだ何かあるのか!?」  
ちゅ。  
「……え」  
「ばいばいのちゅー。それじゃ、また明日ね!」  
顔を真っ赤にして、薫は必要以上のテンションで部屋を出て行った。  
 
嵐のような勢いで出て行った恋人を、純一はまだぼーっとする頭で窓から見送る。  
ばいばいのちゅー。  
最後に一瞬だけ触れたその感覚を惜しむように純一は唇に指を這わせて、  
「らぶらぶだね、にぃに。にししし」  
「うぉう」  
いつの間にか背後にあらわれた妹に、純一はリアルな驚きの声をあげた。  
「ねー、もうお父さんとお母さんに言っちゃえば?棚町さんとつきあってるってさー。  
 いい加減言っておいたほうがのちのち楽なんじゃない?」  
「……いや、まだ言わないよ」  
「じゃあいつ言うのさ」  
「……け、結婚するって決めたら?」  
美也は頭を掻いて、  
「にぃにって、けっこうロマンチストさんだよね」  
「なんだよ、別にいいだろ。ていうか、恥ずかしいから絡むなよ」  
「おまけにヘタレ」  
「余計なお世話だ」  
「さて、そんなロマンチストでヘタレなにぃににニュースです」  
美也はいたずらっぽく指を立てた。くるくると宙に円を描く。  
「明日からみゃーとお父さんとお母さん、いないから」  
「は?」  
「んーとね、ほら、神戸のおじさんが病気で倒れちゃったんだってさ。ちょうど連休だしみゃー達  
 お見舞いに行くから。だいじょぶ、にぃには大事な用事があって行けないってもう言ってある。  
 だから明日明後日はこの家には誰もいません。  
 一日マンガ読んでても怒られないし、店屋物のご飯もいっぱい食べられるし、  
 夜遅くまでゲームセンターにいたっていいし」  
美也はわざとらしく言葉を遅らせてにんまりと笑う。  
「だーいすきな人と一緒に、にゃんにゃんして過ごしてもいいし」  
「美也!!」  
「やーん!あ、お父さんとお母さん帰ってきたよ!おっかえりー!」  
 
けらけらと笑いながら逃げ出した美也を追いかけるにも気力が萎えてしまって、  
純一はその場にあぐらを書いた。頭をぽりぽり掻いてため息をついた。  
まったく、昔はかわいかったのにいつの間にあんなに生意気になってしまったんだろう。  
だいたい親戚が病気だったら長男の自分も一緒に行くべきじゃないのか。  
そこまで考えて大の字に寝転がった。  
まあ、美也なりの気遣いなのだろう。それがありがたくもあり、迷惑でもあるわけだけど。  
ようやく冷静になって、明日と明後日は家に自分しかいないということに思いが回る。  
……いや、ちょっと待て。  
よくよく考えると、とんでもないことのような気がする。  
この広めの家に、自分ひとり。知り合いを呼ぶのはぜんぜん不自然なことではない。と思う。  
そのまますぐに、楽しみなのと怖いのが同時に襲ってくる。  
もしここで、「明日はウチ誰もいないから、遊びに来ないか」と薫に電話したら、  
どんな返事が返ってくるだろうか。  
あっさりOKが返ってくるのか、やっぱりムリだって言われるのか。  
なんだかんだ、べたべたくっついて恋人同士の関係を満喫している二人も、  
まだ「オトコとオンナの関係」には至っていない。  
そりゃ、純一も健全な男子高校生だし、そういうことに興味もあるし、してみたいとも思う。  
でも、怖かった。嫌がられたら、拒まれたらどうしようと。  
もしそうなったら、何よりも大事な二人の時間がなくなってしまう気がする。  
呼ぶべきか。そうすべきではないのか。  
まだ、早いという気もする。  
同時に、もう十分時間は経ったという気もする。  
考える。考える。ごろごろ転がってみる。美也にヘタレと言われるのも仕方ない気がする。  
ごろごろごろごろ転がって転がって、考えて考えて、結局純一は、  
 
■  
 
もう一体どれだけの時間そうしていたのかわからない。  
純一と薫は正座のまま、からっぽのカップが載ったお盆を挟んでにらめっこしている。  
正直気まずいと言うほかない。やめておけばよかったとも思っている。  
薫は来た。今日は誰もいないことも伝えておいた。  
それでも来た。それはつまり、その。いい、ということなのだろう。  
その現実が純一の体全体を襲って、まともな思考をできなくしている。  
「「あの」」  
見事にハモる。ついでに二人ともどもっている。  
「「その」」  
沈黙。  
二人きりの時間はもう覚えていないくらいいっぱいあったけれど、こんなに  
どきどきしたのは、良くも悪くも初めてだった。  
薫も顔を上気させて、視線があちこちに飛んでいる。  
かっこわるい。  
こういうときは、男が女を緊張させないようにエスコートすべきだと思う。  
いったいどうして、ドラマの主人公はああいう小粋なジョークとか、相手の心を解きほぐす  
言葉がつらつらと出てくるのだろう。  
自分のふがいなさが嫌で、腹が立って、純一は頭を掻いた。  
「あ、あはは。その……やっぱり意識、しちゃうよね」  
「……薫」  
部屋は静かだった。夕暮れ時の窓の外で、カラスが鳴いた。  
「びっくりした。あたしたち、今まで恋人っぽいことはいっぱいしてきたのに、一番恋人らしいこと、  
 まだしてなかったんだよね。だからずっと、……ううん、その、結婚?するまでは、しないんだって、  
 勝手に思ってた。でも、あんたから電話来て、どきどきして、今日あんたの顔みたら、  
  ますます……ああもう、何言ってんだろ、あたし……」  
恥ずかしくて仕方ないというように、顔を真っ赤にして早口にまくし立てる。  
 
「でも、嬉しかった」  
「え?」  
「なんか、恥ずかしくて恥ずかしくて死んじゃうかもって思ったんだけど、でも、ああ、  
 やっと言ってくれたって、そういうふうにも思った。やっと誘ってくれたって思った」  
勢いのあった言葉は少しずつ落ち着きを帯びていって、薫は最後に小さくはにかんだ。  
「あたしは、純一が好き。世界じゅうで誰よりも好き。だから、純一がしたいことは全部していい。  
 純一が喜んでくれるなら、あたしに出来ることは全部してあげたい」   
窓から差す光に薫の笑った顔が映えた。すごくきれいだと、単純にそう思った。  
純一は思う。きっと薫も、考えたんだろう。  
枕か何かを抱きしめて、ごろごろ転がって、自分の気持ちを考えたんだろう。  
転がって転がって、考えて考えて、ベッドの上を何往復したのかもわからなくなるくらい考えて、  
そしてたぶん、本当にすべてを受け入れるつもりでここに来たんだと思う。  
似たもの同士の二人。きっと悩み方も同じだったと考えると、少しおかしい。  
「薫」  
「あ……」  
我慢できなかった。薫の体を、思い切り抱きしめた。  
「ごめん。また、薫から言わせた。僕から言おうと思ってたのに……かっこわるくて、ごめん」  
「……あんたがかっこわるいのは、前からでしょ」  
「そうだね。もっとがんばる」  
「あんたは、そのままでいい。……かっこわるいあんたが、最高にかっこいい」  
体が嘘みたいに軽くなった。  
薫の目が涙で潤んでいた。  
頬に手を伸ばして、そっと唇を重ねた。  
「……好きだ、薫」  
「ん……じゅん、いち……」  
体を押し倒して、薫に覆いかぶさった。薫の顔は真っ赤になっていて、息が荒くなっていた。  
 
「薫」  
「うん。……あ、でも、ちょっと。……ベッドでして」  
わたわたと手を振るしぐさがかわいらしい。  
おかしくて小さく笑うと、不満げにぷうっと頬を膨らませた。  
「よっと」  
手を滑り込ませてお姫様抱っこのかたちになる。  
「うわ!ちょ……」  
「薫、軽いな」  
「うそ。……す、すこーし、お肉が増えてきたと思ってたんだけど……」  
ぼそぼそと話して黙ってしまう。確かに背中のあたりは思ったよりぷよぷよしている。  
絶対怒られるから言わないけれど、でも純一は、そんな感覚が嫌いじゃなかった。  
そっと優しくベッドに横たわらせた。  
ぎゅっと目をつぶって緊張している薫に、もう一度口付けた。  
 
 
 
「純一……」  
「その……うまくできるかわからないけど、優しくする」  
「……ん」  
セーターの下に手を差し込んだ。薫の体が小さく震えた。  
「いやだったら言って」  
「いやじゃ、ない……」  
薫の肌は、いつか口で触れたときと同じようにすべすべしていて、やわらかかった。  
手を這わせるたびに、小さく声を上げた。  
少しずつ手を体の上のほうに這わせていくと、やわらかい、しっとりしたかたまりに触れた。  
「薫……」  
「こ、こうなると、思ったから……ブラ、してこなかった」  
恥ずかしがって目線をそらした薫がたまらなくかわいかった。  
 
その端のほうをそっと、親指と人差し指でつまんでみる。あ、と小さい声が上がる。  
おっかなびっくり、指先で感触を確かめるように揉みしだく。まるでマシュマロみたいだ。  
硬くなっている先っぽを指で触れて、軽くはじくと薫の声はますます甘くなっていく。  
たまらなくなって、セーターを力任せにずらした。  
あらわになった二つのふくらみは、期待しているかのようなピンク色をしていた。  
「きれいだ……」  
「や、うそ……そんなきれいなもんじゃないわよ……」  
「きれいだよ」  
呼吸にあわせてゆっくり上下しているそのふくらみに口をつけた。汗のしょっぱい味がする。  
甘い匂いがいっぱいに広がって、頭がくらくらした。  
「や、吸わないで……へんな感じ……」  
「ん、ちゅ……薫のおっぱい、おいしい……」  
「ヘンタイじゃないの、まったく……」  
憎まれ口をたたきながら、薫はそっと頭を撫でてくれる。  
髪に触れる暖かい感触。なんだかとても安心する。子供に戻った気持ちがする。  
空いていた左手で薫のおなかをさする。  
おへそに指を入れてぐりぐりとかき回してみると、薫がひときわ高い声を上げた。  
「ひぃ!?ちょ、ちょっと、そこ触らないでよ!」  
「ちゅぅ……ん、薫、ここ弱いんだ?」  
「ば、そういうことじゃなくて……ひぁぁん!」  
どうやら薫は、おなかの真ん中あたりが性感帯になっているみたいだ。  
優しく、激しく、緩急をつけておへそのまわりを撫でてやると、だんだん薫も  
体の硬さがとれてきて、抑えようとしていた声が大きくなる。  
「あ、あ、あ、ん!もう、ちょーし乗ってんじゃ……あぅぅ!」  
「薫、体がどんどん赤くなってくよ」  
「あんたのせいで……ひ!」  
 
胸とおなかを同時に責められて、薫も余裕がなくなってきた。  
体をもじもじさせて、頭を抑える手に力がこもる。  
純一がふと顔を上げると、薫と目があった。  
泣き出しそうな、でも幸せそうな目をとろとろと飴のようにとろけさせて、  
「じゅ、純一ぃ……キスぅ……」  
「ん?口が寂しくなっちゃった?」  
「んぅ……お願い、キスして……」  
めったにない薫のおねだり。背中がぞくぞくするのを感じる。  
胸から口を離して、夢中で薫の唇にむしゃぶりついた。  
いつものような静かなキスではなく、お互いをむさぼるような荒々しい口付け。  
薫の舌が、こつこつと純一の前歯を叩く。純一はそれに自分の舌を絡ませる。唾液を交換する。  
「あふ……純一、純一ぃ……大好きぃ……」  
「薫……」  
自分が大好きな人が、自分をこんなに好きと言ってくれることは、なんて幸せなんだろうと思う。  
半ばぼーっとしていた頭が、薫のことでいっぱいになる。  
薫のすべてを自分のものにしたくなる。  
唇を重ねたまま、純一はスカートに手を伸ばした。  
「ひ!」  
「あ、ごめ……ま、まだ早かった?」  
「……う、ううん。いい。好きにして。あんたがしたいようにして」  
「う、……うん」  
言われるまま、ぎこちなくプリーツスカートを下ろしていく。  
真っ白な下着は見ただけでわかるほど湿っていて、手を近づけると熱い熱気がある。  
「薫……すごい濡れてる」  
「い、言わないでよ、バカぁ……」  
両手で顔を隠して、いやいやするのがたまらなく愛しい。  
ごくりと唾を飲み込んで、薫の一番大事なところを守っている布切れに手を差し込んだ。  
ぐちゅ、という生々しい水音がした。  
 
「ひう!あ、や……」  
「うわ……」  
今まで「お宝ビデオ」でしか見たことのなかったそれに、今触れているのだという実感。  
とてつもない背徳感がして、でも自分を抑えることもできなくて、  
「あ……あ、あ、ゆび、指ぃ!指、中入れないで!!」  
聞こえなかったふりをして、薫の中に指を押し込む。  
薫のなかはぬらぬらしていて、火傷しそうに熱い。  
もっと奥まで……いける気がする。中は狭かったが、純一の指をくわえこむように、  
ひだが優しく包み込んでくれる気がする。  
「あ、ほんと、ほんとにだめぇ!あ、あたし、いっちゃ……!」  
「え」  
びくびくびく、と大きく体をのけぞらせて、薫は言葉を失った。  
瞬間、薫の中から洪水のような飛沫があふれ出し、純一の手のひらをびしょびしょに濡らした。  
弓なりになった薫は、そのままベッドに倒れこんで、激しい呼吸を繰り返した。  
薫からあふれ出した飛沫が、シーツに大きな染みを作った。  
「ば、ばか……ほんとに、だめっていったのに……」  
「え、えと。……あの、薫、その、イっちゃったの?」  
「見りゃわかるでしょ、バカァ!!」  
薫の拳骨が頭にクリーンヒットした。痛い。  
痛かったが、ちゃんと薫を気持ちよくさせられたんだと思って、なんだか安心した。  
「なにニヤついてんのよ!!あんたバカでしょ!!ていうかなんでそんなに手馴れてるわけ!?  
 自分でもあんなの……あ」  
「自分でも?」  
「あ、えーと……」  
「……薫、もしかして、」  
「う、うっさい!!ええそうよ、あんたのこと考えて一人でしてたわよ!!  
 恥ずかしいけど嬉しいのよ、バカ!!……ったまきた、あんたもほら!!あたしだけじゃ不公平でしょうが!!」  
「え、ちょっと、おい!」  
 
「じっとしてなさい!!」  
たぶん、一番恥ずかしい瞬間を見られて頭に血が上っていたんだと思う。  
薫は自分でもわかってなさそうなくらい興奮していて、純一のジーンズをひっつかみ、無理やり  
ジッパーを下げた。もうがちがちに硬くなっていた純一自身が、自分でも信じられない勢いで顔を出した。  
「うひゃ!?」  
「う、うわ」  
沈黙。  
「……………こ、これが、あたしの中に……」  
「あのー、薫さん?そ、そんなに見つめられると恥ずかし……」  
「あ……あ?」  
薫ははっと我に返って、  
「う、うるさいって言ったでしょ!!あんたのことも気持ちよくしてあげるから、じっとしてなさい!!」  
「うわわ!?」  
大声でまくしたてて、薫はいきなり純一の分身を咥えこんだ。  
薫の口の中は、薫のいちばん大事なところと同じくらい熱い。舌のちろちろした動きがもどかしい。  
「ん、ん……」  
「か、薫、ムリしないでいい……」  
「ぷあ、ムリなんかしてない!こ、こんな大きいままじゃあたしの中に入るわけないんだから、  
 ちょっと毒抜きするのよ!毒抜き!はむ……っ!」  
顔を激しく上下させて、ねっとりと舌を絡ませる。自分の汚い部分を受け入れられている感覚は  
恥ずかしくて、でもとんでもなく気持ちよかった。  
さっきから薫の痴態を見て興奮していた純一は、  
「ごめ、もう……!」  
「ん、んんんん!?」  
薫の口の中に思い切り欲望を吐き出した。薫がしていたように、純一も薫のことを考えて  
自分で処理することはあったけれど、そんなのとは比較にならないくらいの量だった。  
「かお……」  
「ん……ん、ぐ。んく、んく」  
薫は口を離すことなく、純一からあふれ出したものは全部自分のものと言うように、  
喉を通らせていく。その姿は蟲惑的で、射精の気持ちよさと合わさって、ますます頭がおかしくなる。  
自分を咥えている薫のその柔らかな髪を、そっと撫でた。  
 
 
「……薫」  
「ん。……いいよ。きて」  
もう何度目かなんて忘れたキス。しとどに濡れた薫の秘所に、純一は自分のそれを当てがった。  
「痛かったら言えよ?」  
「……優しくしてくれるんでしょ?」  
「……努力する」  
顔を見合わせて、揃って小さく笑った。  
できるだけゆっくり、ゆっくりと、純一は腰を突き出す。入り口に入ったところで、薫が  
苦痛に顔をゆがませたのがわかった。あわてて引き抜こうとすると、薫は腕をひっつかみ、  
顔を横に振った。泣きそうな顔で、目に涙まで浮かべているくせに、純一を受け入れようとしていた。  
「ありがとう」  
いまの自分にできる精一杯。薫に今までで一番優しいキスをして、唇を重ねたまま  
腰を沈めていく。途中で何かに阻まれた感覚がした。  
いいのか?  
あんたになら、いい。  
口に出さなくても、それくらいのことなら目だけでわかる。  
純一は小さく頷いて、強く抵抗する薫の純潔の証を破った。  
「〜〜〜〜〜〜っ……!!」  
ばたばたと、繋がったところから赤いものが流れ出した。  
純一のベッドがみるみる赤色に染まっていく。  
自分の体を抱きしめて、薫がぼろぼろと涙を流した。  
「か、薫!!」  
「……くない。痛くなんてない。やっと、あんたのものになれたんだもん……」  
「……」  
もう言葉はいらないと思った。女の子にこうまで言われて引き下がったら、それこそ  
裏切りになると思う。ゆっくりと腰を進めていって、一番奥にたどり着いた。  
こつこつと、壁をノックする。  
「あ、う……」  
苦痛の声を上げる薫に、またキスをした。腰を引き下げ、また突き刺して、ゆっくりと  
結合部をなじませていく。  
薫の中は、血と愛液でぬるぬるしていた。純一のものを離すまいとして強く  
収縮を繰り返している。全体が刺激されて、とんでもなく気持ちよかった。  
 
我慢できなくなって、前後の動きが自然と早くなってきた。  
「あ、あ、あ……」  
薫の声が、ほんの少しずつ艶を帯びたものになっていく。  
「じゅん、純一……き、気持ちいい?あたし、気持ちよくしてあげられてる?」  
「うん……最高だ。すごく、気持ちいい」  
「うれしい……」  
本当に嬉しかったのだと思う。薫は優しい笑みを見せてくれて、純一を  
ますます昂ぶらせる。  
おさえがきかなくなった。前後の動きは激しさをまして、力任せになる。  
窓を閉め切った部屋の中が、二人の熱気でむわっとする。  
静かな部屋の中でぐちゅぐちゅという水音と、オトコとオンナの嬌声が響く。  
限界が近かった。  
引き抜こうとして、また腕をつかまれた。  
何かいいたげな、迷ったような顔をしていた。  
「か、薫……外、出さないと……」  
「中、だめ……」  
「え?」  
薫の足が純一の腰に絡まった。離すまいとしているのか、ものすごい力を感じた。  
「薫!」  
「中、だめぇ……だ、だけど……」  
もう薫も何を言っているのかわかっていなかったのだと思う。  
呆けたような顔で、  
「中、だめだけど……なかに、だして……」  
そこが最後だった。純一のこらえ切れなかった欲望が背中を電流のように  
走りぬけ、薫の内部に自分自身を大量に送り込んだ。  
 
「う!うぅ……」  
「は、はぁぁぁぁぁぁぁぁん!!」  
二回目とは思えない量だったと思う。  
足を絡まれて、薫の一番奥にすべてを出し切った。  
途方もない疲労感と、安堵感があった。  
「か、おる……」  
薫の上に覆いかぶさる。薫の体もまだ熱くなっていて、顔は涙でぐしゃぐしゃなくせに  
本当に嬉しそうにはにかんでいた。  
「ごめ……中に、出しちゃった」  
「いい。おなかの奥で、あんたがいっぱいに感じられたの。すごく幸せだったの」  
優しく頭を撫でられる。  
そのまま二人とも何も言わないで、お互いの体温を感じていた。  
外はいつのまにか、カラスの声が聞こえなくなっていた。  
 
■  
 
ベッドの中で、体をべったり寄せ合っている二人の姿がある。  
少し話をして、キスして、また話をして、キスして。  
純一は幸せだった。薫もきっとそう思ってくれていたと思う。  
何を話していたかといわれると、少し困る。二言三言ずつ交わした言葉は  
照れ隠しと嬉しさで頭がぼーっとしていて、よく覚えていないからだ。  
ただ、またしよう、とか、好きという言葉を繰り返していたことくらい。  
薫の髪に手を伸ばす。  
さらさらしていて、気持ちいい。  
薫が小さく笑ってくれるだけで、本当に幸せなきもちになった。  
 
廊下の電話が鳴った。  
仕方ないなと体を起こすと、薫がぶーたれた。  
すぐ戻るよ、と言って、受話器を取った。  
「もしもし……」  
『あ、にぃに?やっほー、みゃーだよー』  
「わかるよ……」  
『あら、元気がないね。もしかして疲れてる?』  
どきりとした。美也はこういうとき妙に鋭い。  
「そ、そんなことはないぞ。それよりどうした?」  
『あ、そうそう。おじさんね、結局ちょっとカゼをこじらせただけだったみたい。  
 なーんの心配もいらないんだってさ。なんかわざわざこっちまで来たのが  
 バカみたいになっちゃったよ……』  
「そうか。よかった」  
『そっちはどう?家族がいない生活、満喫してる?』  
「まあ、ぼちぼちな」  
『ちゃんとご飯は食べなきゃダメだよー。夜遅くまでゲームとかマンガもほどほどにね。  
 あ、それとぉ』  
くすくすと笑う声が聞こえた。  
なんだかいやーな予感がした。  
『美也、このトシでおばさんになるのはイヤだから。そこは気をつけてね』  
「な!!」  
『にししし。それじゃ、ばいばーい!』  
そこでぶちっと電話は切れた。  
とんでもない脱力感が体を襲った。あいつ、まさか本当に薫とシちゃったとは  
思ってないとは思うけど……  
 
「どったの?」  
薫が顔をのぞかせた。タオルケットを体に巻いただけの扇情的な格好に  
またむらむらきてしまったが、なんとかおさえた。  
「美也だよ」  
「ああ。おじさんのところに行ってるんだっけ。何か言ってた?」  
何か言われましたとも。  
ただ、それをいうとまた真っ赤になってしまってヘタすると怒り出しそうな  
気がしたから、黙っていた。  
「いや、何も。それよりおなかへったな。何か作ろうか」  
「あんた料理できたんだ」  
「それなりにね」  
「あ、じゃあシャツだけでも着ないと。ちょっと待ってて、手伝う」  
ぱたぱたと部屋に戻っていった薫の後姿を見ながら、純一はこれからも  
こういうことはきっとあるんだろうと思う。エッチして、だらだらと話をして、  
幸せを噛み締めることが。  
僕は、本当に幸せだ。  
薫がいてくれるだけで、薫に触れることができるだけで。  
廊下に腰を落とした。  
窓の外で蛍の光が流れていた。  
 
いちおう追記しておく。  
美也の「注意」は、近いうちに結局実現してしまうかたちになった。  
それでまた大騒ぎになるんだけど、それはまた、別の話だ。  
 
 
 

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