「ん、あっ」
「っ…」
小さな声が聞こえる。
誰の?
…俺、柴原ユウキには、聞き覚えがあるものだった。
朝倉だ。
綺麗じゃない、ボロボロの方の。
つい数時間前に、保健室へ寝かせてきたはずの。
で、俺は家に戻ったはずなのだが…今いるここはどう見ても保健室。
何故?
「…」
朝倉は寝ていたはずのベッドを降り、床に座り込んでいて。
ゆっくりと下着をずり下ろしていた。
…………って。
【まっ、まままま待て、何やってんだお前!?】
思うままに叫ぶ。
が。
どうしてだろうか。
確かに言ったはずなのに。
…声が、出ていない。
と、いうよりはむしろ。
聞こえていない…?
【んなアホな】
脳内で響く声。
そう。
俺の声は、俺の脳内で再生されて…少なくとも朝倉には届いていない。
それが証拠に、朝倉は俺が戸惑っている間にも…何も聞こえていないかのように、するすると服を脱ぎ捨てていき、全裸になっていて。
昨日見たときと寸分違わぬ、その裸身。
…。
……。
………。
…………ちょっと待て。
全裸。
真っ裸。
どう見ても裸ですが、何か問題でも?
【なああああっ!!】
いや、問題大アリだ。
同学年の男が見ている前で裸になるって、そんな。
けど、そんな俺の叫びも、今の朝倉には届いていないわけで。
それ以前に、朝倉が俺のことに気付いているかどうかすら…。
不意に。
「んっ…」
驚いた。
そりゃあ驚くさ。
だって、いきなりだ。
「…ふぅっ…」
…朝倉が、自慰行為をしている。
【…】
どうして。
愚問なのかもしれないが、今俺が思ったのはそんなことだけで。
目を閉じてみても、見えるのは自分を慰める朝倉。
耳を塞いでも、聞こえてくるのは朝倉のか細い声。
徐々に行為は激しさを増し、声も大きくなっていく。
どうしろと。
もう少し大人だったなら、この状況を楽しむくらいの余裕があったのかもしれないけど、その、今は、まだ…
「ユウ、キ、くんっ…」
【え】
今、確かに。
朝倉は、俺の名を?
それがどういうことなのかを考える間も無く、
「…あっ!!」
一際大きい嬌声。
驚き、思わず俺は朝倉の方に目を向けた。
体中に汗をびっしょりとかいていて、股間からは汗とはまた違う透明な液体が垂れ出ていて。
何故だろう。
そんな様を見ていると、無意味に鼓動が激しくなるのを感じる。
無意識に、俺は手を伸ばし…
「!!!」
そこで、世界は暗転した。
「!!!」
気付くと、見慣れた我が部屋の風景が真っ先に目に入った。
「夢か?」
呟いてみる。
当たり前のように、声が出た。
さっきまでいくら叫ぼうとしても出なかった声が、こんなにもあっさりと。
なら、さっきのは…今まで見たことは、一体?
「…」
考えてもしょうがない。
元々こういうことに慣れない性質だ。
そう自分の中で折り合いを付け、辺りを見渡す。
視界に入った時計が指し示す時刻は、午前五時。
…早いよなあ、いつにもまして。
それでもまあ、朝倉と関わったのも何かの縁だろうし。
クソババアの朝の稽古が終わったら、様子を見に行ってやろうか。
食べ物とか持っていった方がいいのかもな。
そう思いつつ、ユウキはゆっくりと起き上がった。
そう。
まだ知らない。
これが、これから始まる一連の出来事の入り口にしか過ぎないことを。
…俺は、まだ知らなかった。