その日は彼女にとって最高の一日となるはずだった。  
……そう、あいつさえいなければ――  
 
「おーいヴェイン、こっちも頼む」  
 ヒロユキの指示する仕事をテキパキとこなす。  
 本日ヒロユキ宅は大掃除。彼の家は広くて大きくてボロいので、ヴェインに手伝いを頼んであるのだ。  
「ボロいは余計だ」  
「おいヒロユキ。ひとりごと言ってないでこっちも手伝ってくれ」  
「あ、ああ……。悪ぃ」  
 納得がいかないようにヒロユキは自分の仕事に戻る。  
「ダーリン、次は何すればいい?」  
「お、速いな。じゃあ今度はこのゴミ袋をまとめて外に出しておいてくれ」  
 静かに頷いて応答し、大きなゴミ袋が5,6個かたまっているのを一度に背負う。  
「おいおい…大丈夫か? あまり無理しない方がいいぞ」  
 心配いらないという風にヒロユキの方を振り返る。  
「しかし助かるな……」  
 彼女を見送って、額の汗を拭い一息ついてそこら辺にあった椅子に腰掛ける。  
「ダーリン、次は?」  
「速ッ!?」  
 ヴェインがこんなにも張り切っているのには、とある理由がある。  
 
 それは昨日のこと――  
 
 セミが競って声高に鳴いているなか、ふいに頬を撫でてゆく風が心地よい。  
水色の半袖のシャツに短めの青いスカートという、青系統で揃えた服装も涼しげな気分にしてくれているのかもしれない。  
 学校の帰り。退屈な授業から解放され、身も心も解放された気分になる。  
こんなときは相手に隙を見せてしまいがちだ。気をつけなければ。  
……と思った瞬間である。ぼーっとしてたのが原因か、通行人に肩がぶつかってしまった。  
「あ、わりぃ」  
 いつものように返事無しにすたすたと去ってしまおうと思ったが、今回は「いつも」とは違った。  
ぶつかった相手の……この声は…まさか。  
「ダーリン……」  
 そう、その声の主は彼女の想いを寄せている"ダーリン"――つまりヒロユキだったのだ。  
 またしても不覚を……彼女はそう思った。  
以前アーテリーにこの格好を見られてしまったことがあったが、あのときはかなりバカにされてしまった。  
そのことに触れるとメラメラと燃え上がる殺意に焼き尽くされそうなので、ここらへんでやめておこう。  
彼にだけはこの格好を見られたくは無かった。ランドセルを背負って、いかにも無力である「コドモ」のような醜態を……。  
 
 走り出して逃げようか、いやしかしそれでは彼に不快感を与えてしまうかもしれない……。  
決めることの難しい選択肢が頭をぐるぐる回っていたが、制限時間は切れてしまった。  
 現在ヒロユキの頭の中にはランドセルを背負ったヴェインの姿しか入っていないだろう。  
そして今開こうとしている彼の口からは、この状況に関する話題が発せられるに決まっている。  
『はは、なんだその格好?』『くくく……似合ってるぜ』  
彼に何て言われるのだろう。……こわい。わらわれるのが。  
 
「えらいな。学校行ってるんだ」  
「え‥‥?」  
 それは意外な言葉だった。こちらに向けられている笑顔は嘲りではなく、親しげなものだった。  
「アーテリーのやつも家でごろごろしてないで少しは見習ってもらいてーな」  
 あいつの耳に届かないようにするためだろうか、小声でそう言うと悪戯っぽく笑う。  
「……ふふ」  
 彼との些細なやり取りが固い彼女の口元を綻ばす。  
自然と微笑んでいた彼女の顔は、それがまるで「いつも」の表情に思えた。  
それは純粋無垢な少女の――はっと自分の表情に気がつくと頬を赤らめて俯く。そして「いつも」の無表情を取り繕う。  
幸いなのか残念なのかはわからないが、その様子にヒロユキは気づいていなかった。  
 
 
学校の帰り、いつもと同じ帰り道。きょうはちょっと違う帰り道。  
ふたりは並んで黙々と足を運び続ける。しかし淋しくは無い。ランドセルが少し重い気がした。  
「あ、思い出した」  
 突然ヒロユキは歩みを止めてヴェインの方を向く。  
「今度の土曜日にウチの大掃除あるんだけど、もしよかったら手伝ってくれねーか?  
いや、駄目だったらいいんだけど」  
 もちろん断る気は無かった。愛するダーリンのお願いならば何でもしよう。  
彼は了承してくれないと思っているのだろうか、頬をぽりぽり掻いて少し困った顔になる。  
これは彼の癖なのだろうか。この顔を見ると何かしてあげたくなってしまう……。  
「日曜日は何でも言うこと聞くからさ」  
 
 即・お手伝い決定。  
 
 とまあこんな簡単な経緯である。  
 
「ミルキィ様、こっちは終わりました〜♪」  
 廊下の雑巾掛けを担当していたアーテリーは額の清々しい汗を拭い、バケツの水に汚れた雑巾を浸す。  
水が木造の床板に染みこんで、少し古ぼけたような鄙びた木の香りが芳香療法的な効果を醸し出す。  
「ん、エラいな。アーテリーは」  
 頭を撫でられると幸せそうに喉を鳴らす。まるで飼い主に従順な猫のそれである。  
「遅い……。ダーリン、こっちは全部終わった」  
「おお。偉いぞヴェイン」  
「っ――!?」  
 アーテリーとミルキィとのやり取りを見て自分もやってみたくなったのだろうか。  
イマイチ少女の気持ちと空気を読めてないヒロユキはヴェインの頭を優しくなでなでする。  
 顔を耳の先まで真っ赤にして無言で俯くヴェイン。いまにも頭のてっぺんから湯気があがりそうな勢いだった。  
どう反応したら良いのかわからないのか、もじもじと指先を合わせたりしている。  
しっぽがあったらそれはそれはものすごくハタハタと振っているだろう。  
彼女にとって『なでなで』は少々刺激が強すぎたようだ。  
 しかしそんなおいしいネタを見す見す見逃してやるほどアーテリーは大人ではない。  
「にょほほほぉ〜♪ やっぱりヴェインってば オ・コ・サ・m――はぶゥッ!?」  
 それは刹那の出来事だった。もはや音速の域に達しているヴェインの右ストレートが炸裂し、  
ロケットアーテリーよろしく廊下の果てまで吹っ飛ばし、P[N・S]=MVに忠実な物凄い衝突により壁にヒビが入り少し崩れる。  
こうしてまたエントロピーが増大してゆく……。  
 
  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *   
 
「よっこらせっと。よし、こんなもんでいいか」  
 最後の作業――移動させた家具を元の位置に戻すのが終わると、  
ヒロユキは首にかけておいたタオルで顔を拭って伸びをする。実に親父くさい。  
「オヤジで悪かったな」  
「……さっきから誰に話してるんだ? ヒロユキは」  
 まさか天の声に対するツッコミだ、なんて馬鹿馬鹿しい返答をするわけにもいかないのでミルキィの質問は適当にあしらっておいた。  
「じゃあ終わりにしよう。みんなお疲れさん。ありがとな」  
 家主の大掃除終了宣言。作業員3名から歓声があがる。ついに彼らは成し遂げたのだ。  
「ミルキィ様ぁ、一緒におふろ行きませんかー? むふふふ〜……」  
 下心ありまくりの様子でアーテリーはおねだりするような格好で歩み寄る。  
「おおいいな。今日は特に暑かったから……。でものぞいちゃ駄目だぞ、エロユキ」  
「の、のぞき!? このスケベ、変態! ミルキィ様に近寄るなー!」  
「はいはい……さっさと行ってらっしゃい…」   
 もう慣れっこになったのか、わいわい騒がしく風呂場へ向かうミルキィとアーテリーをヒロユキは呆れ顔で見送った。  
「やれやれ。……ん?」  
 縁側に座ったときに、家に帰ろうと玄関の方に向かっているヴェインに気がついた。  
明日なんでも言う事きいてやるとの条件で手伝いを頼んだのではあるが、  
今日はこのまま何のお礼も無しにハイサヨナラは流石に可哀想だ。  
「ちょっと待って」  
「……?」  
 くるりとヒロユキのほうに向き直って不思議そうな顔をする。  
「今日はありがとな。少しぐらいゆっくりしてけよ。待ってろ、麦茶いれてくる」  
 そう言ってさっき自分が座っていた縁側を指す。  
気を使ってもらえた事が嬉しかったのか、ヴェインは少し恥ずかしそうに目を逸らして頷き、ちょこんと縁側に腰かける。  
(……明日は)  
 明日は約束の日。その事を考えると期待に胸がどきどきする。  
(なにお願いしよう…)  
 ヴェインの頭の中にピンク色の妄想がもんもんと映し出されてゆく。  
勿論どの映像をとってきても、それにはヒロユキの姿がある。理想のダーリン像が……。  
「私が……いっぱいリードするから…ダーリン」  
 
「呼んだか?」  
「えっ…!?」  
 彼の突然の登場に、流石のヴェインも驚きの声を発した。  
「悪ぃ、驚かせたか? ほら、冷たい麦茶だ。あとアイスも持ってきたぞ」  
 右手に麦茶(やっぱ夏は氷入りだね!)の入ったコップが2個のったお盆を持ち、  
左手にソーダ味の青いアイスバーを持ってヴェインの隣に座り、座った隣にお盆を置いて麦茶のコップをひとつ手渡した。  
もしアーテリーが同じことをしたら、2,3回はお盆をひっくり返して水浸しになっていた事だろう。  
 ヴェインはお礼を言うと一気にそれを飲み干す。  
「おお、随分と良い飲みっぷりだな。よっぽど喉が渇いてたんだな」  
 ちょっとはしたなかったかな、と少し後悔しながらヴェインは頷いた。  
「しかし暑ぃな……。あいつら、風呂は客人を先に入らせろよなぁ」  
「ううん。あとでダーリンと一緒に入るからいい」  
「そうかそうか。あとで一緒……に!?」  
 相槌を打った後、自分がとんでもない返事をしてしまった事に気づいて飛び上がる。  
「ななななっ、なななに言ってるんだよ!?」  
「今日はダーリンに奉仕する日だから」  
 平然と言ってのける彼女に対して、ヒロユキは更に焦る。  
「いらんっ! (そんなサービスなんぞ)断じていらんっ!! ――ハッ!?」  
「……私はダーリンにとって必要のない存在…」  
 そんな事を呟いて暗い顔で俯いてしまったヴェインに今度は何とか弁解しようと奮闘する。  
「そうじゃなくてだな! ほら、気持ちは嬉しいぜ!? な! 必要無いなんて思ってないからさ。  
お前がいてくれたからこそ今日の掃除だって終わらす事ができたんだから。ありがとな」  
 俺は長生きできそうに無いなと心の隅で感じた。  
 
  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *   
 
「今日はよく眠れそうだな……」  
 よく働いた後の風呂は最高だ。汗と一緒に疲労感までもが流れ去ってゆく感じがする。  
 ミルキィ達が風呂から上がったあとヴェインにも勧めたのだが『いらない』と断られて帰ってしまった。  
「今夜は一緒に寝てもいい?」  
「ああ。今夜は一緒に……っておい!?」  
 
 本日2回目のドッキリ。一糸纏わぬ姿のヴェインが狭い浴槽の中に向かい合って座っていた。  
タオルを巻いたまま風呂に入るのは良くないが、何も身に纏ってないのはもっと良くない。  
……つーか何で気づかなかったんだろう。  
「ダメ。大きな声出したらアイツらに気づかれる」  
 右手でヒロユキの口を塞ぐ。身を寄せたときにヴェインの肌が触れ、少しどきっとする。  
「わーったよ。……でも何でここにいるんだよ」  
「こうやって『ヴェインとプロパイル』って言ってみて」  
指を口の中に入れて横に広げる動作をする。  
「こ…こうか? 『うぇいんとふろふぁいる』」  
「決定」  
「えあっ!? なんじゃそりゃあ!!」  
「しーっ」  
 また声が大きいと注意されてしまった。  
(……ったく、今日は厄日だ)  
 しかし彼の予想以上に、その日も次の日も大変な事が起こるのであった。  
 
 ヴェインと反対の方を向いて湯につかっていたが、  
ちょんちょんと背中をつつかれたので振り向かずに(←ここが重要)尋ねた。  
「どうかしたか?」  
「ダーリン、身体洗ってあげる」  
「自分で洗……(…でもやってもらってもいいか。せっかくだし)んじゃあ頼む」  
 彼女に見られないように頭にのせておいたタオルを湯船から出る瞬間に腰に巻く。  
この速さで俺の右に出るものはいないだろうと心の中で決めポーズを取るが、  
しかしそんな事で自慢しても情けないので、速攻で記憶を脳内から抹消した。  
 ヒロユキは木製の小さな腰掛を2つ取って並べ、そこの一つに座る。  
続いてヴェインが浴槽から出て、石鹸と垢すりをもってヒロユキの後ろにちょこんと座った。  
 
 ごしごし・・・ ごしごし・・・  
 
(ぬう……これは…ちょっと……良いかも…)  
 ごしごしと垢すりを擦るヴェインの力加減は恐ろしいほど丁度良かった。  
いまなら先程の選択は誤っていなかったと自信を持って言える。  
「どう……?」  
 擦っている側には勿論どんな具合なのかわからない。  
おそらく気になっているのだろう、少し不安そうな声だった。  
「ああ、すごく上手だ。これは頼んで正解だったぞ」  
「やった」  
 独り言だろう、誰にも聞こえないような小さな歓喜の声が少し可愛く思えた。  
「――ッ!? いてっ、いててっ!!」  
「……あ」  
 褒められたのがよっぽど嬉しかったのか、調子に乗って猛スピードの往復運動に発展してしまった。  
果たして本当に先程の選択は誤っていなかっただろうか……。ヒロユキの脳裏にちらとそんな事が浮かんだ。  
 
 風呂桶で浴槽から湯をすくって背中を流す。石鹸と一緒に汚れも垢も流れていく。  
少し背中がひりひりするが、そのせいかいつもよりさっぱりとした感じがした。  
「ありがとな。それじゃ後は自分で――」  
「次は前、洗う」  
「……へ?」  
 嫌な予感。ひりひり、さっぱりとした背中に何か冷たいものが流れていく感じがする。  
 
「あの〜……。今なんとおっしゃって?」  
「前洗うからダーリン、こっち向いて」  
「フォォォォオオオオオオオーーーゥ!!」  
 耐え切れず奇声を発して出口へ突っ走ろうとした。しかしそれがいけなかった。  
「うべっ」  
 目の前の世界が大きく一周する。  
ただでさえ摩擦係数の少ないタイルの床に濡れた足、見事に設置された石鹸……。  
巧妙に仕掛けられた罠によってヒロユキは物凄い勢いで美しい弧を描きながらこけた。  
そのアクロバティックな大技の観客は残念ながら一人だけだった。  
仰向けに大の字で倒れた彼のもとへ心配そうに近寄るヴェイン。  
だが彼女はこの状況がまたとない好機だという事に気づいてしまった。  
 痛みに悶えるヒロユキの目には、にやりと妖しく笑って右手に垢すり  
左手に石鹸を持って立ちはだかって、ある種のオーラを発しているヴェインの姿が映っていたとか。  
 
 ごしごし・・・ ごしごし・・・  
 
 人間は背中に比べると腹の方が抵抗力が低い気がする。つまり、背中に比べるとくすぐったい。  
それはそれはヒロユキにとって拷問だったに違いない。ちょっと擦るたびに げらげら笑ってしまうほどだから、下手すりゃ窒息死である。  
脇・胸板・腹・足の裏などのツボを(わざとではないが)確実に狙っていくヴェインの手際のよさに色んな意味で下を巻いた。  
 
 背中の方よりも比較的短めな時間だったが、彼にとってそれは2時間以上に感じられた。  
背中も終わり、前も終わり、残るは腰に巻かれたタオルの中の禁断の(男に対してこんな言葉を用いても味気が無いが)空間である。  
「‥‥‥ごくり」  
「『ごくり』って、ちょっとヴェインさん!?」  
 もはや彼女の耳にヒロユキの声は届いていなかった。  
 ヴェインは倒れた彼の上に覆い被さるようにして顔を寄せる。  
彼女の胸がヒロユキの胸板に触れると、こりこりとした何か尖ったものが当たった。  
ふたりの顔の距離はだんだんと縮んでいって……最後には彼女の瞳は彼の顔のみを映していた。  
「――っ!?」  
 触れ合う唇――やわらかい体温、あたたかな感触。触れるか触れないかの、微かな触れ合い。  
そんな軽いキスもヒロユキの思考回路を中断させるには充分だった。  
 彼が固まっている間に、ヴェインは少しずつ下の方に四つん這いになって移動してゆく。  
「待て! それはマズ――」  
 嫌な御開帳。ぱっとタオルをはぎ取ると、ヒロユキのモノがぴょっこりと姿を現した。  
状況を飲み込めていないのか、それはまだ小さかった。  
「これが……ダーリンの…」  
 ヴェインの目は好奇心に満ち溢れて妖しい光を湛えていた。少し興奮しているのか、顔が火照っていて息も荒い。  
ヒロユキは転んだときのショックと現在の状況で軽度のパニック状態に陥ってしまい、身体を動かす事ができなかった。  
そして左手を床において自分の体重を支えて、右手をそっと彼のソレに添える。  
「うわっ!?」  
 脳髄に鋭い刺激が走る。ぼんやりとしていた意識も一瞬のうちに現実へと引き戻された。  
それがしばらくすると、何かあたたかいものに包まれているような感覚として伝わってくる。  
彼女の小さい手が自分のものを……本能のままにヒロユキのそれが少し膨張する。  
「大丈夫だから……私に任せて」  
 そう言ってヴェインは頭を傾ける。そしてそのままそれに顔を近づけて――  
「ん……ふ…」  
 瞬間、そこから電流が走った。  
……熱い。ヒロユキの身体はみるみるうちに赤く染まっていく。額から、背中から熱い汗が滝のように流れる。  
まるで禁断の果実に触れたかのように……してはいけないことをしているという背徳感のようなものに襲われ、なにかにただひたすら焦る。  
それはまた彼女も同じだった。すっかり上気しきった頬、夢うつつにとろんとした目――使い魔などではなく立派な淫魔の姿だった。  
 両手で根元を包むように握り、小さな舌で先端をちろちろと舐める。  
「……ここ、こんなに熱いんだ…。熱いけど……あたたかい」  
 あたたかいのは彼女の触れる肌もそうだった。熱くぬめる、ざらざらとした舌の感触。  
そして大きく口を開けると、根元をしっかりと握って頭を更に傾ける。  
「うわ」  
 先端が固い口蓋に擦れ、思わずヒロユキは仰け反ってしまった。  
そんな彼の反応に満足してヴェインは小さく微笑むと、一旦深く咥え込んでから舌を絡ませ、  
頭を引いて先っちょまで舐めながら吸い上げる。  
 しばらくそれを繰り返した後、今度は右手を根元からくびれにまで滑らせる。  
「――!?」  
「ちゅ…ちゅく……。ここ、びくってなってる……はむ…ふぁ…」  
 一番感じるポイントを見つけたらしく、ヴェインはそこを重点的に攻める。  
右手がくびれを中心に扱くたびに彼のモノは熱く大きくなり、またびくんびくんと脈を打つ。  
時おりヴェインは彼の様子を伺い、加減を調節した。だんだんペースが速くなってきている。  
「ん…ダーリン…んちゅ……気持ちいい…?」  
 ふたりの放つ熱気で浴室の温度は一気に上昇した。  
止め処なく流れ込んでくる快感の波に、もはやヒロユキには返事をする力も、動いて逃げる力も残っていなかった。  
いまはただこの渦に飲まれていたいとさえ心の片隅で思っているかもしれない。  
そんな彼の顔を見れば、やっぱり返事は必要無かった。   
「よかった……私、ちゃんとできてる……」  
 頭を離して、じっくりと観察するように唾でぬらぬらと光っているソレを見つめる。  
先端についた透明な液体をぼーっと見つめながら指先で弄る彼女の姿を、これまたぼーっとした頭でヒロユキは見つめた。  
(一体誰からこんな事を教わったのだろうか……多分フレイのやつだな)  
 しかしそんな事はどうでも良かった。ヴェインが俺の為だけに一生懸命にしてくれてる。  
そう思うと、この自分よりもかなり歳の離れた女の子がどうしようもなく愛らしく思えてきて、より一層ヒロユキを昂ぶらせた。  
 ヴェインは先端に軽くキスをすると、今度は根元を強く握って一気に深くまで頬張り、激しい前後運動を始める。  
先程触れた唇の感触だけでもイってしまいそうなのに……。  
激しく責めたてる熱い唾液を纏った舌、敏感なところを締め上げるあたたかい両手、上気しきった艶っぽい顔――  
どれもヒロユキの思考を溶かしきってしまうには充分過ぎて、まだ余りあるほどだった。  
なにかが溢れそうになるのをなんとか抑えようと必死に堪えるが、そろそろ限界がきているのだとヒロユキは悟った。  
室内に響く卑猥な水音が、だんだんと聞こえなくなってくる。  
頭の後ろが痺れて甘い快楽ばかり感じるようになって、他の感覚がしなくなってきたのだ。  
「ヴェ…イン……。俺……もう…」  
 同じように彼女の耳にも彼の声は届いていなかった。  
小さな目は何処も見ていなかった。ひたすらに行為に夢中になっているのだ。  
「んっ、んんっ、ちゅ、ふちゅっ」  
 いつ果ててもおかしくなかった。何度も頭を打ちつけてくる彼女の姿を見ながら、  
自分の中の奥深くから何かが込みあがってくるのがわかった。  
「んちゅ、あむ…ん…ダーリン……ちゅく…」  
 今までで一番甘く、深く咥えこんだ瞬間。ついにヒロユキは耐え切れなくなった。  
「く……駄目だっ、出る!!」  
「はむ――ぷはぁっ!?」  
 そう叫ぶやいなや、肩をつかんで咥えこんでいたヴェインの身体を無理やり引き離す。  
 
  どくんっ どく どくどく……  
 
「ひぁっ?」  
 赤くなった頬を伝って、小さな肩から控えめな胸元まで。  
ヒロユキの放った熱い白濁液は、頭からヴェインの全てを汚してしまった。  
「うぁ…やべ……。す、すまんヴェインっ」  
 突然の出来事に我を忘れている彼女の前で、あたふたと焦るヒロユキ。  
「これ…も…熱い」  
 頬についたそれを摘んで観察する。  
「そそっ、そんなの弄ってるんじゃねえよ!  
と…とりあえず直ぐに洗うから、さ! ちょっと待ってろシャワーは………冷てぇ!? 水の方に回しちまった」  
 ついさっきまで彼女の行為に悦んでいた者とはまるで別人である。彼は『いつもの』ヒロユキに戻っていた。  
 
  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *   
 
 まだ胸がドキドキしている。  
ヒロユキは彼女の頭を丁寧に洗い流しながら、ヴェインは彼に梳くように髪を洗われながら。  
ふたりの間には湯煙のような、もうもうとした微妙な空気が澱んでいた。何て話し出そうか、話すことは何があったか……。  
そんなことを考えているうちに時間は ただただ過ぎていった。  
「今度は俺が背中流してやるよ」  
 彼の言葉に こくりと頷く。  
 
「……こんな加減で大丈夫か?」  
 また無言で頷く。  
はじめ軽く背中をごしごししていたが、ふと仕返しに少し悪戯してやろうとヒロユキは思いついた。  
両手を広げてヴェインの身体にまわして背中から抱きしめる格好になる。  
「ぁ……なに?」  
 突然の行為に困っている彼女の耳元でそっと囁く。  
「さっきのお返しだ」  
「え……? あっ――!?」  
 ヒロユキの手が彼女の平らな胸に伸びる。  
彼女の若い肌はとてもすべすべしていて、まるで吸い寄せられるように手をかけた。  
「あぅ‥‥待っ……ん…」  
 先程の行為で彼女自身も興奮していたらしく、すっぽりと掌に包みこまれた  
やわらかいふくらみの頂点が少し硬くなっていることに気がついた。  
「だ、だめっ……くすぐっ――ああっ!」  
 一人前のサキュバスのようだったのがウソのように、いまのヴェインは余りにもか弱い。  
「『大きな声出したらアイツらに気づかれる』んじゃなかったのか?」  
「………!!」  
 ヒロユキのその一言にヴェインは慌てて両手で口を塞ぐ。また自分の嬌声が恥ずかしかったのか、みるみるうちに顔が赤くなっていく。  
そんな彼女の仕種がとても可愛らしく思える一方、ヒロユキの加虐心に火がついた。  
 
「きゃぅっ!?」  
 すっかり硬くなった蕾を摘まんでみると、一際大きな反応が返ってきた。  
その反応に満足して、ヒロユキは左手は胸のまわりに添えたまま右手を下のほうに滑らせてゆく。  
ぴったりと密着した彼女の背中に、自分の心臓の鼓動が響いているのが聞こえる。伝えあう体温がここちよい。  
「ヴェインのふともも…むちむちしてる……」  
「ん……やぁ…」  
 握る指先に少し力を込めると、瑞々しい弾力が返ってくるふともも。  
その感触をたのしみながら軽くうなじにキスをした。  
「ひぁあっ」  
 それだけでびくっと身体を振るわせる。  
もっと凄い反応が見たい。もっとかわいい反応が。  
逸る気持ちを抑えながら、ふとももにかけた手を内股へゆっくりと撫でるように滑らせる。  
「――!! だ、だめ…だーり……そこ…はっ」  
 そこは頭を洗い流したときのお湯とは明らかに違う、ねっとりとした液体で湿っていた。  
「ヴェイン…濡れてる……」  
 そのときヒロユキは確かに見た。  
彼がそう言った瞬間、彼女の頭から勢いよく煙が噴き出すのを。  
「……ヴェイン? 大丈夫かっ!?」  
 突如くたりと力が抜けて崩れおりそうになる彼女を しっかりと抱きしめる。  
ヒロユキが風呂に入る前から長時間湯船につかっていたのだ。彼女がのぼせてダウンしてしまうのも無理はなかった……。  
 
 気を失ったヴェインに自分の替えのパジャマを着せて、ミルキィ達に見つからないように寝室まで運んで  
布団を敷いてそっと寝かせて濡らしたタオルを頭にかけて……あれからの事後処理は非常に面倒なものだった。  
調子に乗りすぎた罰が当たったな……とヒロユキも反省。  
 
  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *   
 
「遊園地ぃ〜! ゆうえんちぃー!」  
「遊園地行きたぁいー! ゆうえんちぃ〜」  
 この光景は何処かで見たことがある。……そうだ。いつか皆で海へ行ったときの事だ。  
 
 ヴェインを寝かせた後にミルキィ達のいる部屋へ入ったヒロユキを襲ったのは、ひどいデジャ・ヴュだった。  
ミルキィとアーテリーに押し潰されて身動きがとれない。  
「明日は何でも言うこと聞いてくれる約束だからな。だから皆で遊園地に行こう」  
「遊園地っ! 遊園地っ!」  
「な、な? いいだろヒロユキ? な? 遊園地行きたぁいー」  
 女声2重唱で贈る遊園地コールは終わることを知らず延々と続く。このままではキリがない。  
「わかった、わかったからどいてくれ……重――ぐふっ」  
 最後の禁句は二人の拳によって掻き消された。  
 
 ――夜がふけてゆく。  
窓から差しこむ月の光にのって、虫の歌声がきこえてくる。  
こうしてまた忙しない一日が終わるのだ。  
この夜が静かなぶん、また明日。いちだんとごたごたした日がやってくるのだろう。  
 
 〜前編(後編があるかどうかはわからないけど)おわり〜  
 
 
 

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