いつまでも同じ日々が続くものだと思っていた――
いや……ただ俺がそう望んでいた、それだけなのかもしれない。
「‥‥ユキっ‥‥‥」
日曜日の朝は、ゆっくり寝て過ごさなければならない。
「ヒロユキっ、ヒロユキっ!!」
それを破るものは何人たりとも許しては置けない。
「さあ覚悟はできてんだろーなぁアーテリー!」
さっきから布団をバンバン叩いてたヤツに飛びかかろうとする。
「え――?」
アーテリーは泣いていた。目から大粒の泪が零れ、また零れ落ちる。
「えぅ…ひっく、ひっく‥‥ミルキィ様が…ミルキィ様が……!」
気が付いたときには、もうミルキィの寝ている部屋にいた。
「おいっ、おいっ! どうしたんだよっ!!」
布団がふたつ並んで敷かれていた。アーテリーと一緒に寝ていたのだろう。
ひとつは慌てて飛び起きたのだろうか乱れていて、もうひとつは――
「は、はっ‥‥はあっ、はぁ――!」
ミルキィが寝ている。息が荒い。顔も赤く、汗の量もひどい。
どうすればいい? 俺に何ができる?
こんなに苦しんでいるのに、なにもしてやれない自分が許せない。
「はぁ、ひ、ひろゆ‥‥はあっ、はあっ」
朦朧とした意識の中で呼んでいるのだろうか、俺の名前を。
「ミルキィ……」
俺は布団からはみ出ているミルキィの右手を取って、祈るように両手で包んだ。
こんな病気は知らない。悪魔特有の病気なのか? ん……悪魔?
「悪魔‥‥‥そうだ、フレイだ! アーテリー、フレイを呼んできてくれ!」
「う、うんっ」
全速力で部屋を飛び出すアーテリー。部屋には俺とミルキィだけが残された。
「ミルキィ……頑張ってくれ。いまフレイを呼んでるからな」
握っている彼女の手にぎゅっと力をこめる。
* * * * * * * * * *
アーテリーはすぐに帰ってきた。だがその時間が異様に長く思えた。
「これでしばらくは大丈夫ね」
フレイが粉末状の薬(のようなもの)を飲ませた途端、ミルキィの呼吸は安定してきた。
「すー、すー‥‥‥」
静かな寝息を立てて眠っている。
「よかった……心配させやがって…」
安堵すると同時に、どっと疲れが押し寄せてきた。へなへなとその場にへたり込んでしまう。
「安心するのはまだ早いわ」
「へ?」
「いまは一時的に落ち着いてるだけ……またいつ再発するかわからない…」
そ、そんな…。
「だったら治す方法はないのかっ!?」
「ひとつだけ、あるわ」
「なんだ?」
「そうねぇ…。フフ、あの子に君の精液を注ぎ込めばいいのよ」
「ブ――――ッ!!」
思わず吹き出してしまう。いくらなんでもストレート過ぎる。
「そんな、ダーリンっ!?」「ヒロユキっ!?」
突然ヴェインとアーテリーが素っ頓狂な声を上げる。そっか、お前らここにいたんだったな。すっかり忘れてた。
「なんだよ」
ふたりは揃って頬に両手を当てて震えている。
「ヒロユキ、せーえきってなに?」
「‥‥‥‥」
こいつにはもう何も言う気になれん。
「私のダーリンが‥‥私だけのダーリンが‥‥‥」
こっちには声すら届きそうにない。
「マジでそれしかないのか?」
フレイの方に向きなおると、彼女は妖しい笑みをうかべていた。
「ヒロユキ君……あとは君に任せたわっ」
「はい?」
「さ、私たちは失礼しましょうね」
「「あっ」」
「お、おいっ、待――」
フレイはヴェインとアーテリーをそれぞれ両脇に抱えると、全速力で部屋を飛び出していった。
「‥‥‥‥」
「すー、すー‥‥‥」
部屋にはまた俺たちだけが取り残された。
* * * * * * * * * *
「あの子を治すには……残念だけど、彼に任せるしかないのね…」
フレイは自分の力で彼女を治したかった。しかし、それはできない。
ミルキィが他の者に取られることは何よりも辛いことだったが、それよりも彼女が元気になる方を望んだ。
「今日はアーテリーちゃんに慰めてもらおうかな〜♪」
「びくッ――」
右脇に抱えられ、ひょっこり顔を出しているアーテリーに にたりと微笑む。
そうして今日、アーテリーは忘れられない一日を過ごすことになるのだった。
* * * * * * * * * *
『そうねぇ…。フフ、あの子に君の精液を注ぎ込めばいいのよ』
その後のどれくらいかの時間、俺はただミルキィが寝ている傍でボーっと座っていた。
お、俺にどうしろと……。こういうのは苦手だし、そんな簡単にしていいことなのだろうか。
「‥‥ロユキ…。ヒロユキ……」
そんなとき、彼女の瞼がゆっくりと開いた。
「よ、よう。お目覚めはいかがでございましょうか?」
まずい。動揺してる。落ち着け、俺。そうだ、アレだ。掌に人と三回書いて……。
「ヒロユキ‥‥‥好き…」
「おう。……え?」
突然の告白。俺は自分の耳を疑った。
病の所為か、あるいは恥じらいの所為か。ミルキィは耳まで真っ赤にしながら続ける。
「ふふ……。この病に感謝しなきゃいけないかもな…」
「ミルキィ‥‥」
「ヒロユキと、あの…その‥‥『夫婦(めおと)の契』を結ぶことになるなんて…」
こっちまで恥ずかしくなってくるわい。
「ヒロユキ…」
「待ていっ!!」
「はひゃにゃっ!?」
たまらず俺はミルキィの口を横に引っ張る。俺の主張を無視しやがって。
「俺も‥‥」
「え…?」
「契約が何だとかじゃなくて…あぁもう、恥ずかしくて言えるかっ!
…いいかっ、一度しか言わないからなっ! さあ、心して聴くがよい!!」
ええい。黛ヒロユキ一世一代の踏ん張り所だ。
「――お前が好きだ」
時が止まる。
「えっ、え……? え、えぁ……うぁぅ…ぁ…よかっ…た…ぁ……!」
ポロポロと泪を零し、抱きついてくる。
「お…おい、泣くなよ…」
それからしばらく、俺たちはそのまま抱き合っていた。
* * * * * * * * * *
「んで、どうすればいいんだ?」
……はあ、ついにこのときがやってきてしまったか。
「そ…そんなこと私に訊くなっ!」
って言われましてもねえ。
「「はぁ」」
ふたり揃って溜息をつく。
先程からミルキィが布団に仰向けになってて、俺がその上に跨ってての状態のままだ。
この状態でも十分キビしいんだが。
「‥‥‥‥‥」
「‥‥‥‥‥」
沈黙。こういうときの時間も長く感じるものだ。
「おおっ、ヒロユキ! こんなもの見つけたぞっ!」
「ん?」
ミルキィが一冊の本を見せてくる。
「なになに……せっ――」
『セックスマニュアル』とだけ書いてある、実にシンプルな装丁。
「ヒロユキ、こんなもの持ってたんだ…」
「ち、違うっ!!」
フレイか…。仕方無い。この際コレに頼ってみるか…。
「なになに‥‥?」
恐る恐る例の本を開いてみる。
まずは目次だ。余計なモノを見る勇気も気力も無い。
その中から使えそうな項目を拾って、そこだけを見る。
そうしなければミルキィと事を終えるまでに何十、いや何百回も気絶しなくてはならない。
(えっと最初は……。キス、か。よし無理だ。これは飛ばそう)
いや、待て。もしかしたらこいつ、これやったら喜ぶかな――ってなに考えてるんだ俺っ!?
あたりはすっかり暗くなっていた。窓から差し込む月光が、この部屋の唯一の灯りだった。
灯りは布団の上に横になっているミルキィを照らす。
目を瞑っている。これからのことに覚悟を決めているのだろうか、少し緊張したような顔だ。
(ミルキィ…。安心しろとは言えないけど、できるかぎり優しくするから――)
目を瞑ったままの彼女の唇に軽くキスをする。これくらい軽い方が感度がよいらしい。
「――っ!?」
その瞬間ぱっと目を開けて、暫くした後ぽっと頬を赤らめる。そんな様子が素直にかわいらしく思えた。
とりあえず『胸への愛撫』ってやつをやってみる。
横になっている彼女の、服(パジャマ)の上から膨らみにそっと手を添える。
「あ‥‥」
大きいとか小さいとかはわからないが、やっぱり大きい方なんだろうな…。
まずは肩を揉むときのように、マッサージするような感じで揉む。
「くふぅ…。ヒロユキに…触られてる……」
ひとりごとか。ただ揉むだけでも、もう甘い声を漏らし始めた。どうやら胸は弱点らしい。
しかし、こういう風に反応がいいと、俺もなんか嬉しいような気がする。
……ん? 気のせいか先端が少し堅くなってきたような…。
「ミルキィ‥‥上着、脱がしていいか…?」
「へ、変なことを訊くなっ!」
案の定、首を縦には振ってくれない。まあ俺だってこういうことは訊きたくないんだが。
「じゃあちょっくら失礼して」
「ダメ! ダメだっ!! ダメダメ! 断じて許さんっ!」
服の裾今度は連続でどついてきた。めちゃめちゃいてえ。
「いて、いててっ! 待て、俺が悪かった! じゃあ俺も脱ぐからさ、だから‥‥」
「うう〜…。…‥仕方が無い、わかった」
こいつガンコだからな…。こうでもしないと許してくれないだろう。
「だけど、同時にな」
「おう」
「‥‥‥‥」
「‥‥‥‥」
無言のまま見つめ合う。
「うぅ‥‥あっち向いてて」
「…ああ」
それは俺にとってもありがたい。あとやっぱり電気は消しといて正解だった。
「「いっせーのーでっ!」」
俺はバッと勢いよく上着を脱いだ。
そして恐る恐る後ろを振り返ると、ミルキィの――
ちゃんと上着を着たままの姿があった。
「あ、あはは…。その〜、やっぱり恥ずかしくてぇ」
ばつの悪そうな顔をして、ぽりぽりと頭を掻いている。
「貴様…話が違うぞ……?」
「うわあ…ごめんっ、ごめんなさいっ!」
謝っても、もう遅い。
「あにゃんっ!」
ミルキィに飛びつき、無理矢理上着を脱がそうとする。
いやいやと暴れるが、そんなに抵抗力は無かった。
むしろそれは俺の加虐心に火をつけるための演技にすら思えてくる。
ブラジャーをたくし上げると、形の良い胸が露になる。
反射的にそれを隠そうとする彼女の手を押さえ、軽く胸を撫でまわす。
「あ……」
できるだけ優しく、できるだけ焦らすように…。
「あうッ―――!」
先端をちょっと摘むと、予想以上に反応が大きかった。
「大丈夫か…?」
「んぅっ、うあ、ヒロユ‥‥く、くび、くすぐった――っ、は‥‥ぁ」
俺の吐息がミルキィの首筋をくすぐる。それもどうやら良いようで。
「はぁ、はあ……。こ、今度は私が…」
「え?」
いきなり俺を仰向けに押し倒し、ズボンのジッパーに手をかけ……っておい。
「ちょ待ったぁぁあああーー!!」
「なにぇッ!?」
逆に押し倒す。突然のことに目をぱちくりさせている。
「き、気持ちは嬉しいけどさ…。また今度、なっ?」
「む…。‥‥ん、わかった」
とりあえずやり過ごすことができた。
そのフェラチオとかいうのやると射精までの時間が短くなってしまうらしい。
さっき『早漏』の項目が目に入ったのだが、そこはかとなく嫌な予感がしたのだ。
「だって……」
ミルキィは俯いてぽつりと呟いた。
「ん? どうした?」
「ヒロユキばっかに大変なことさせて……悪いから」
違う。違うだろ。
大変なのはお前の方だろ。
「ミルキィ」
「ヒロ…んむっ――!?」
唇で唇を塞ぐ。近づく顔と顔。柔らかな、そして甘い感触。
いつかミルキィと一緒に少女漫画で見たようなワンシーン。
それをいま俺たちがしているのだと思うと信じられない。
おそらく俺はキレてるんだ。プッツンしてるんだろう。
「…んちゅ‥‥ちゅくっ……」
キスを続けたままミルキィのズボンに手を掛け…。
「…ぷはっ!? ちょ、ちょっとヒロユ――」
下着と一緒に膝までずり下ろした。
「あうう〜……」
彼女の隠された部分が露になる。
「濡れてる……」
「うう〜〜〜」
しまった。うっかり口を滑った。
顔を赤くしてぽかぽか叩いてくる。
「って、いてっ、悪ぃ悪ぃ! いまのは俺が悪かったっ!」
窓から差し込む月光が彼女の身体をぼんやりと照らす。
その淡いトーンが、独特の艶かしさ・神秘性をかもしだしている。
「…ミルキィ、そろそろ」
「ん。うん……」
ついにこのときが来た。
「………」
「………」
時が動かない。今までに無い緊張が俺を襲う。
(リラックス、リラックス、俺っ!!)
「よしミルキィ。深呼吸、深呼吸」
「ん。すーはーすーはー」
「すーはー、すーはー……」
「すーはーすーはー」
「すーはー……くく、あははっ」
ふたりで必死に深呼吸してる様子が何となく滑稽だった。
「む…笑うなっ! …ふふ」
今度はミルキィも笑い出す。
さっきまでのカタい空気は、もう窓から風にのって何処か遠くの空へ飛んでいった。
「ミルキィ」
何回その名を呼んだだろうか。
月光に照らされた彼女は美しかった。
「ヒロユキ…」
それに誘われるかのように。
俺は自分のものを彼女に押しあてた。
「あぐ――!!」
悲痛な声。思わず腰を退こうとすると、ミルキィは足を俺の腰に、手を俺の背中に回してきた。
「だめぇっ……離れちゃ…だめ」
「でも…痛いんだろ? …お前、泣いてるぞ」
「……ううん。これは嬉し泪だ。ヒロユキと…結ばれて……」
そう言って泪を拭い、無理に笑おうとする。
いよいよ彼女が愛しくてどうしようもなくなってきた。
「う‥‥んん、はぁ……」
しばらくそのままじっとしていると、だんだんとミルキィの呼吸が安定してきた。
ミルキィのなかはあたたかかった。
やさしく俺をつつみこんでくれる。またそれでいてきつい。
こういう感触は言葉で形容することが極めて難しく、また形容されることを拒み、嫌う。
快感、罪悪感、安堵、そして愛情。様々な感情が俺の中に渦巻く。
(いつまでもこうしていたい‥‥‥‥ん?)
…あれ、なんだ? なんかもう限界が近づいてるような気が…‥。
こ、これはまさか…!
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【早漏】
精液早漏の意。性交の際、男子の射精が異常に早く起る症状。――(『広辞苑第五版』より)
―→○○さぁ早漏を治そうで候○○2こすり目
―→早漏なんて、いわないで!Part2(´Д`)ノ
―→【早漏?】 結婚したら主人が2分に・・・
―→●早漏を治したい●【挿れて2分じゃ話になんね】
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うああああ。い、嫌だ……。
(くそ……どうする?)
この考えている間にも果ててしまいそうだ。
「ヒロユキ…? どした…? 辛そうな顔してる」
「ぜ、全然気にしないても全くOK!」
言葉すらまともに喋れていない。
(そ、そうだ。こいつも早く満足させりゃあいいんだ)
「…動くよ」
「え? …うん、わかった」
始めはゆっくりだったが(こちらも限界をとうに超えているので)すぐにスピードは増してゆく。
「んっ、んんっ、んあっ、ああっ」
そして部屋にはある種の独特な、卑猥な音が。
(ああ、俺はもう……)
膣内からは愛液と呼ばれるものが溢れ、シーツを湿らす。
思考はとっくに遮断され、何が何だかわからない。
「ミルキィ…かわいい…」
「ふあぁっ! あ、」
いつか言いそうで言わなかった言葉。
「ミルキィ…好きだ…」
「あ、ああっ! あうっ、はぅ、も、もうだめっヒロ――」
いつか言いたくて言えなかった言葉。
「あく、うぁ、ぁ…ぁあああっ!!」
締め付けが今までで一番強いものになる。これ以上たえるのは、もう無理だ。
「うぁ、ミルキィっ!」
いままでで一番深くに突き入れる。
瞬間。俺は熱い迸りを感じ、そして全て彼女のなかを満たしていく。
「ふぁ‥‥ヒロユキが…なかに……」
「ぅ…ぁぁ‥‥」
何かが吸い取られていく感触。激しい脱力感。そうして意識も薄れてゆく――
* * * * * * * * * *
「朝ごはんができましたよぅ〜、あ・な・た♪」
「変な口調と変な呼び方するのはやめろ」
いつまでも同じ関係が続くのだと思っていた。
「ヒロユキぃ〜♪」
「いきなり抱きつくのはやめろ」
だけどあの日から、それは変わった。俺とミルキィは――
「んふ〜♪」
「頬擦りするのはやめろ」
これからはこいつとの新しく幸せな日々が続くのだと、俺は信じる。
「そうだヒロユキ。"はねむーん"に行こう。よし行こう」
「そんな金無い」
「うむ、そう言うと思った。ヒロユキはケチだからな。言葉数までケチってるし」
「‥‥‥‥」
「そこで、だ。魔力も有り余ってるし空を飛んで行くのはどうだ?」
「はい?」
「アーテリー、留守番は頼んだぞ」
「そんなぁ‥‥」
「ん、それじゃヒロユキ。行くぞ」
「待てっ! あれはメチャメチャ疲れ――おぁぁぁぁああああああっ!!!」
これからも 明るくて幸せな日々が ずっと続くのだ と
〜 終わり 〜